55.サンドバックに転職しますか?(はい/いいえ)
「さて、いよいよ場も暖まってきたところでしょうか」
「暖まるどころか、俺の肝は冷えたんだが……」
「勇者様、私が貴方に聞きたいこと。なんだかわかりますよね」
「……ああ」
一通りとっても久々な気がする勇者様とのなんだか懐かしい会話を楽しんだ後。
早く現実でもこんな風に、本当の勇者様と気の置けない会話をする為に。
私は、勇者様に聞こう聞こうと思っていたことを尋ねました。
「封印なんてされちゃうような、超重要ブツっぽい『真心』さんにお尋ねです。ずばりと聞いちゃいますが、このアスパラに汚染された勇者様のお心を速攻で正常化する方法……知りません?」
「知っている」
「って知ってるんですか! だったらもっとさくさくっと教えて下さいよ!!」
「勿体ぶらずに自己申告しとけよ。誰があんたのいかれた頭を修理してやろうってしてるかわかってんのか?」
「ロロイ、言い過ぎ! でも勇者さんも正常に戻りたいのなら、協力的に振る舞ってもらえますか」
「こちらが話題を振る前に豪快に脱線させてくれた君達が言わないでくれ! 言わなかったんじゃ無い、言わせて貰えなかったんだ!」
「それは私が悪いですねごめんなさい!」
心当たりはなくもありません。
身に覚えがあるからこそ、謝罪の言葉はするっと口から出てきてくれました。
謝ったので許して下さいね、勇者様? これ以上、話を脱線させたいのなら乗っかるのも吝かではありませんけども。
だけど勇者様は賢明にも口を噤み、どうやら不満や文句の類いを飲み込んで下さった模様。
嘘は吐けなくても、黙秘は出来るんですね。勇者様(真心)。
「薄々察してはいるかもしれないが、アスパラ汚染の原因はこの城にある。この城は……本来、ライオットの持ち城、つまりは私的な空間が心の中に投写されたもの。個人的な縄張りの象徴だ。文字通り、心の砦というやつだな」
ほほう……湖に映った姿が本来のものなら、随分と優美な古城のようでしたが。
あのお城が実際に存在し、しかも勇者様の私有物……ということですか?
そういえば以前、故郷にお城を持っているって話を何かの折に聞いたことがあったような。
まあ、ここはアスパラに絶賛汚染中の心の中。
優美なお城も見る影もないアスパラと成り果ててますけどね!
「心の砦のくせに、外観からして思いっきりアスパラに浸食されてますが」
「え゛っ」
「……ご存じない?」
「………………俺は、アスパラの汚染が始まって直ぐ、初期の頃に封じられたんだが……城まで、浸食が?」
顔を引きつらせ、頭痛を堪えるような面持ちの勇者様(真心)。
私は言及を避け、ただこれだけを言いました。
「後で一緒に外から眺めてみましょっか!」
「何故に、そんな満面の笑顔……! 嫌な予感がひしひしと!」
「ついでにこのお城の中、『真心』さん以外の勇者様っぽいブツがその辺うろちょろしているようですが。あれらは『真心』さんとは別物なんですよね?」
「それは多分、俺と同じようにライオットの心で重要な役割を占める一部だろう……今、どうなっているのか知るのが怖いが」
「皆さん絶好調でうっとり恍惚としたままドレスを着たアスパラ(人間大)を思い思いに口説いてましたよ!」
「知りたくなかった! 駄目だ、想像したくない! 正気に返れ、他の俺……!!」
心なしか、目は虚ろで体がかたかた細かく震えておいでの勇者様。
これは……話にちょっと聞いただけで、この反応。実物を目の前にしたらどうなってしまうのでしょうか。
青ざめた顔で、現実から逸らすように目を背けて。
勇者様は聞かなかったことにしたいのか、心を正常化する為に説明に戻られました。
「この城の一階に、大きな仕掛け扉があるのは見ただろうか」
「あ、見ましたよ。あからさまに怪しい扉を」
露骨なまでに超重要と目に訴えてくる扉でした。
あの扉、この流れで出てくるって事は本当に重要な扉なんですね?
「本来、あれは心の防壁なんだが……実は、あの扉の向こうにこの狂気に満ちたアスパラ汚染を撒き散らす元凶が立て籠もっているんだ。まずは扉を開けて、元凶までの道を拓く。それから元凶を何とかしないことには、この心からアスパラを払拭することは出来ないだろう。何せ、アスパラを廃棄する端から新しいアスパラが生産される状況に陥るのは目に見えているからな」
「いたちごっこにならないよう、まずは大本を何とかするってことですね」
「ああ。それで、扉を開く鍵なんだが……」
「やっぱり、あの八つの窪みが何か? とっても意味ありげでしたけど」
「……ああ」
何か鬱な事実があるんでしょうね。
勇者様は重い溜息を吐くと、打ちのめされたような顔で遠い目をしました。
「……さっき、アスパラを口説く別な俺を見た、と言っただろう?」
「ええ、言いましたが」
「そいつらは……『ライオットの価値観』、その中でも特に大きな部分を占める。ライオットの『良識』が心の中という環境で象徴的な姿を得たものだ。ライオットの心で大きな、特に判断能力に直結する価値観、考え方。だからこそ、アスパラによる浸食が始まった際に速攻で汚染された奴らだ……。あいつらが汚染されている限り、ライオットを正気に戻そうとしても価値観や考え方に狂いが生じるだろう」
「勇者様、何を盛大にバグってんですか……」
「彼らは八つに分割され、それぞれに動いている。扉の鍵も、それぞれの手の中だ。多分、一人一つ持っているんじゃないかと思うが」
「八つに分割された価値観、ですか。まずは彼らを殴って正気に戻しつつ、鍵を強奪しないと先には進めない訳ですね。ちなみに性質も異なるんですか? それとも行動パターンは同じだと考えて良いんでしょうか」
獲物がどんな行動を取るのか、瞬時の判断はどうわかれるのか。そのあたりを把握しておかなくては、捕獲にも手間取る事でしょう。
だから、私は勇者様にアスパラ狂いと化してしまった良識さん達の様子を尋ねた訳なのですが。
「それぞれに異なる形で、本来は良識のそれぞれ側面を司っていた」
「それぞれの側面というと?」
「そうだな、簡単に言い表すと……仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌、この八つの価値観を受け持つ八人の俺が城内のどこかにいる。確実にいる。彼らが扉の鍵に当たる八つの玉を持っているはずだ」
「……なんだかどっかで聞いたことのある話のような気がしないでもないですが。でもその八人は漏れなくアスパラの浸食を受けているんですよね?」
「ああ……残念なことに」
「残念で済めば良いですけど……」
「ん? どういう意味だ」
「だって、勇者様。その人達、アスパラに汚染されているんですよ」
「ああ、そうだな……?」
「嘘偽りを受け付けない『真心』様は、『全力でアスパラを口説く勇者様』という狂気に満ちた光景を前にして、正気でいられるんですか?」
「!!?」
鍵を回収する為には、アスパラを口説く八人の勇者様から鍵を強奪する必要がある。
ってことはつまり、アスパラを口説く勇者様に八回は真っ向から相対しないといけないってことですよ?
盗むことにしても、機会を狙う為には絶対に直視しないといけない訳で。
アスパラの浸食を受け付けない『真心』様の気力は、というか精神力はそれに耐えられるのでしょうか。
私はそれが心配です。
ええ、心配ですよ? 心配でーすともー(棒)。
取りあえずこっちも巻き添えって訳じゃありませんが『真心』さんと一緒に衝撃的すぎるショッキング映像とご対面を果たさなきゃいけないことが確定です。
いえ、もとよりそれが私達の目的で有り方針でもあったんですけどね? 勇者様の心の中の異物を排除するっていう。
「とにかく、これから面を合わせた他の勇者達(複数形)を問答無用で殴り倒していけば良いんだな?」
「ついでにその懐を漁るっていう……え? 殴り倒すの?」
「手っ取り早くて良いな。楽だ」
「うっわぁーい、ロロイったら理解早いね」
「必要以上に言葉に力が入っているのは俺の気のせいだろうか……」
なんだかとってもロロイがやる気です。やる気に満ち溢れています!
ロロイったら、そんなに勇者様の身を案じていたんですね……お友達思いの子に育ってくれておねえさん嬉しい。
「それでそのアスパラに狂った勇者達がどの辺にいるのか、大体の目星は?」
「無意識に鍵を守ろうとしている筈だ。だから防衛力の高いこの城より外には出ていなかった筈だが……君達が突入してきたからな。城内の方がより危険と判断して持ち場を離れていなければ良いが」
「あ、そのご心配は無用です! きっちり出入り口は潰してきましたから☆ それはもう念入りに」
「絶対に逃がさないという思いが透けて見える……備えに余念がないな!」
勇者様がご説明して下さったところ、この古城はアスパラの皮を被っているせいでわかりにくいですが、本来このお城は五階建ての本館に四つの塔という構造だったそうです。
そして八人の『良識』さんが洗脳されつつも自身の持ち場を守るという本能を失っていなければ、それぞれの階と塔の最上階にいるだろうとのこと。あと庭の東屋。
「そこに勇者がいるんだな」
「ちょっと待て、いま! いま! 何か変な呼び方しなかったか!?」
「それじゃあ勇者様のポンコツっぷりを叩き直す為に! しゅっぱーつ」
「叩き直すって文字通りの意味で!?」
ああ、本当。
なんだかとっても懐かしくって、ほっとする。
やっぱり勇者様はツッコミじゃないと、ですよね!
物事はまだ、全然何も解決しちゃいないんですけど。
勇者様が勇者様である、ただそれだけで心が温まります。生ぬるく。
まだこれから、乱心した勇者様を八人もボコりにいかないと行けないんですけどね☆
和やかな気持ちでなんとなくほのぼのしながら、私達は勇者様(ご乱心)ボコり行脚に出発したのでした。




