50.あれに見えるはアスパラの城
あまりにもメルヘンでシュールな、勇者様の心の中。
そこかしこを跳ね回る、アスパラ。
アスパラがこれだけ放し飼いになっていなければ、絵本の一場面並みに綺麗で心落ち着く空間だったでしょうに……。
その辺をほっつき歩いているアスパラの内、十五匹程を捕獲してみたものの。
捕まえて発見してしまったのは、背中で異質な存在感を放つ縫い目の存在。
縫い目を解いて、出てきた中身は……
「何故にオーレリアスさん……しかもご乱心気味」
皆様、覚えておいででしょうか。
図らずも、この場に乗り込んだ私達三人にとっては面識のある相手です。
勇者様が子供の頃から側に仕え、また友達としても接してきたという人間の国のお貴族様。ちなみに爵位はなんだったか忘れました。
体長1.5m以内の哺乳類という微妙な縛りで召喚魔法が使えるお兄さんで、私のペットのカリカをくれたのがこの人です。
でもこの人の記憶で一番濃厚なのは、お宅が動物天国だったことですよね……他にも何かあったような気がしなくもありませんが、全てお家の印象で塗り潰されました。何か腹立たしいことがあったような気もしないではないんですけどね?
でもそんなオーレリアスさんが、何故アスパラの中に……
だけどアスパラの中身は、オーレリアスさんだけではありませんでした。
アスパラの背中をそれぞれ確認して見たら、全部背中に縫い目がついていました。
こりゃ確認して見るしかないでしょうと次々アスパラの皮を剥いでいくと……なんか色々出てきました。
内訳を書くと、こんな感じなんですけど……
アスパラ(巨大)×一
→ よく育ったモミの木×一本
アスパラ(大)×三
→ オーレリアス×一匹、見知らぬおっさん×一人、トナカイ×一頭
アスパラ(中)×四
→ 森の子グマちゃん×二匹、カモシカ×一頭、白鳥×一羽
アスパラ(小)×二
→ 森の子リスちゃん×一匹、森のウサギちゃん×一匹
アスパラ(極小)×二
→ 妖精の名付け親×一匹、ショウジョウバッタ×一匹
最初にオーレリアスさんが出てきたもんだから、中身は勇者様の大事な人かと思いきや、予想以上に雑多な生物が出てきたんですけど。
こうなると、むしろここに混ざっているオーレリアスさんの方が異質に見えますね? 森でもお散歩中に被害に遭われたんでしょうか。なんでアスパラの着ぐるみ着てたのか知りませんけど。
これ、アスパラは今回の騒動で発生した後天的な異常だと思うんですよね。……このままだと勇者様の心、全部アスパラに乗っ取られる……ううん、成り代わられるんじゃ。
「こうなると他のアスパラの中身も気になるところですね!」
「一々中身出してる時間はないだろ。面倒だ」
「でもここに現れた異物は排除しろって女神様が言ってましたよね……? 異物に見えるものだけでも、挙げれば凄い数がいそうですけど」
勇者様に限って、その心の中でこれだけアスパラが自由にのびのび乱舞しているとは思えません。となると、やっぱり異物はアスパラだと思うんですが……この場合、異物の対象はアスパラ(皮のみ)でしょうか、それとも中に入ってるブツごと丸っと異物に数えて良いんでしょうか。
勇者様の心をアスパラに染めるとして。
放し飼いにしているものはアスパラに見せかけて中身は偽物とか、そんな七面倒くさいことせず最初っからアスパラを大量投入すれば良いと思うんですよね。
だけど中身は別って状況は、やっぱり勇者様の心の中に住んでいるあれこれがアスパラの皮を被せられて異常化している、という風に見えます。
……ってことはアスパラの皮を剥ぐに止めて、中身は保護した方が良いんでしょうか。うっかり中身ごと消滅させちゃったら、勇者様の心に存在しないことになっちゃったりしません? その、記憶を無くしたりとか、大事に思えなくなっちゃったりとか。
「やっぱり、中身ごと刈り取るのは止めた方が良さそう。今日は慎重論で動くとしましょう」
「そうですね。それに中身を解放しても、そこでうだうだやってる内に他の物体がアスパラ(皮)を着せられてたらどうするんですか? まずは勇者さんの心がアスパラに浸食されていく(現在進行形)原因……大本を絶ってからの方が良いような気がします」
「あ、うん。そうかも。リリ、賢いね?」
「そんな……姉さん達だって、直ぐに気付きましたよ」
大きくなって、私よりも目線が高くなってしまったリリフ。
でもその恥ずかしそうな、はにかんだ笑みは子供の頃と何も変わっていません。
思わずリリの笑顔にほんわか和んでしまったので、可愛い妹分の頭をちょっと撫でておきました。
「何はともあれ、これで当面の方針が決まりましたね」
そう、私達が今すべきこと。
それは、ここの動植物をアスパラに変えようとしている元凶の排除。つまり有象無象の雑魚アスパラに構わず、もっと決定的におかしなモノを探すこと。
具体的に言うと、ここのヒト達をアスパラに変えてる何か、なんですが……。
「どういう仕組みでアスパラの皮被ってんだろ……?」
「何者かが被せて回ってるとか?」
「それか、皮の配給所があるとか……? 脱衣所みたいな」
あまりに異常な状況過ぎて、想像がつきませんでいた。
でも、まあ、あからさまに怪しい何かを探して歩き回れば間違いはありませんよね!
勇者様の心なんて変なものは早々なさ………………ないのかどうかわかりませんけど。一目でこれだ!って異常はどこかにある筈です。多分。
何の手がかりもないので、まずはぶらぶらほっつき回るしかありませんけど。
「今後の方針が定まったのは良いことですが……リャン姉さん、この方々どうします?」
「あ」
リリフがそっと、縛られた状態で転がるオーレリアスさんを示します。
オーレリアスさんは……
「あぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ……」
……まだ正気には戻れそうにありませんね。
完全にイカレていらっしゃる。
「こいつ、このままここに転がしておけば良いんじゃないか」
「でも、せっかくアスパラから解放したのに……ここに放置すれば、また遠からずアスパラになるんじゃ」
「それを物陰で待ち伏せる、ってのも一つの手じゃないか」
「いや、そんないつになるとも知れないのに……ただ待つだけなんて退屈です!」
「リャン姉……」
「リャン姉さん……っ」
私の一言は、鶴の一声という奴でした。
ただ、まあ、うん。
一応、勇者様の心の中の住人とはいっても、知人の分身みたいなものですしね。
ただアスパラに浸食されていくに任せて放置というのも忍びありません。
だから埋めていくことにしました。
やった☆ これならアスパラ(皮)に詰め込まれずに済みますね!
掘り起こされない限り、アスパラを被るのなんて無理ですよ。
念の為、窒息防止に呼吸だけは出来るよう、首から上は残しました。
でも首から下は土の中です。
「あああアスパラ帝国ばんざーい……!」
なんだか空恐ろしいことを叫ぶお兄さんを、首までしっかりと念入りに大地の下に埋め込んで。
私達は誰かに引き留められることもなく、ただ先を急ぎました。
私達は三人並んでアスパラ(に浸食された)森を歩きます。
何が起こるかわからないから、ということで私の両手は竜の二人に繋がれていて……なんだか二人に子供扱いされているみたいで不思議な気分です。
結構頻繁にアスパラを見かけますが、背中に縫い目があるアスパラばかり。
よくよく観察してみると、その行動にはアスパラよりも個々に他の生き物の習性などが見え隠れしています。中身の本能や性格は残っている、とういことでしょうか。
私達は時々アスパラの中身を予想して遊んでみたりしつつ、ただひたすらにぶらぶらしました。
そして、ぶらついた甲斐はあったのでしょうか。
私達は森の木々が途絶える場所に辿り着いたのです。
そこは、空の蒼と森の緑が映り込む、美しい湖で。
湖の畔には、それこそ絵本にでも出てきそうな城が……城が…………城?
私は、思わず目を擦りました。
両隣で、二人が同じ動作をしている気配を感じます。
ついでに眼精疲労によく効く目薬も差してみます。
めぇちゃん手製の目薬の効果は抜群、目の錯覚や見間違いもこれで減退間違いなしです。
――さあ、どうだ!
何となく挑むような気持ちになりながら。
私は再び顔を上げ、城(?)の方へと目をやり……
どうしようかと思いました。
だって、やっぱり。
そこには超巨大なアスパラが林立しているようにしか見えないんですけど……!!
空と森を映す湖は、本当にとても綺麗で、綺麗で。
透明度が高いんでしょうね、湖の底までよく見えます……。
わあ、お魚さんですねー……何割か、アスパラが魚みたいに泳いでますけど、中身はお魚でしょうか。
そして鮮明に森の木々を映した水面には、湖の畔に建つ白くて美しい古城の姿が揺らめいているんですけど。
視覚情報が盛大に狂っていて、反応に困ります。
湖に映った光景は、確かに古城です。古城なんですよ?
品良く美しい古城なのに……実際に建っているブツは、どう見ても密集して林立する超巨大アスパラにしか見えないという悲しい事態が引き起こされております。
あれですかね、水鏡に映った光景の方が本当の姿とかいう、お伽噺でありがちなアレでしょうか。
だとすると、この、私達を見下ろすように林立するアスパラの方が紛い物の光景なんですよね。
……そうとわかっていても、あまりに異常な建築物の存在に目頭が熱くなりました。あとついでに腹筋も。
勇者様の心の中の、異物。
その中でもアレは間違いなく最大級の重量と全長を誇る異物だと思うのですが、如何でしょうか。
リアンカ「ある意味、魔王城よりインパクトあります」
ロロイ「リャン姉……魔王城を並べるのは止めよう。魔王が泣くぞ」
リアンカ「まぁちゃんだったらきっと爆笑し過ぎての笑い泣きでしょうね」




