表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/114

47.血迷う勇者様に安息を




 ぐぉっほごっほと()せ返る、勇者様。凄く、涙目です。

 欲しかろうと思って水の入った杯を差し出した私に、しかし勇者様は杯を受け取ろうとはせず必死さの滲む声音で言いました。

「ひ、姫は……っ俺の愛しの姫はいずこ!?」

「お探し求めの愛しの君(アスパラ・プリンセス)はこちらです」

 こんな状況でも、お目覚め一番に尋ねるのは例のアスパラのことだなんて。

 愛ですねー……。

 偽りの、と枕詞がつきますが。

 あまり興奮させるのも体に悪かろうと、私はせっちゃんに弄られてすっかり見違えた(笑)アスパラをひょいっと差し出しました。

 体(?)に巻き付けられた桃色のレースリボンが、ふんわりと揺れます。

「ああ……愛しい君。もう、君を離さない……!」

 感極まったように、ひしっとアスパラを抱きしめる勇者様。

 なんてシュールな光景でしょう。

 お気に入りのぬいぐるみと再会した五歳の女の子みたいに、ぎゅうぎゅうとアスパラガスを胸に抱き込んで離しません。

 あまり抱きしめ過ぎずに離してあげて。

 アスパラはお野菜だから。傷んじゃうから!

「だ、だばー」

 戸惑いに満ちたアスパラの声が聞こえます。


 耐えろ。

 一番辛いのは、きっとお前(アスパラ)じゃない。


 辛いのは、きっと正気に戻った時の勇者様。(戻れるのかはさておき)

 それと勇者様の珍行動を見せつけられているのに笑うことの出来ない私達の腹筋だから……!

 私達が、直視できずにふいっと視線を逸らす中。

 アスパラにメロメロ(爆)な勇者様の奇行は、ひたすら続きました。

 それはもう、落ち着くこともなく。


 そして勇者様の常軌を逸した行動を、初めて目の当たりにして。

 愛の神様はどんよりとした負の空気を背負い、両手で顔を覆って項垂れておられたのでした。

 その様子は、今までの太々しさがなんだか嘘のようでした。

「さあ、これでもまだ勇者様の変貌に関して無関係だと……?」

「待って。本当にちょっと待って。今、現実を受け止めるのに忙しいから。頭の中、全く整理できていないから」

「いい加減に認めたらどうです!? 勇者様の頭のねじが五十本くらいすっぽーんと抜けてとち狂っちゃったのは、貴方が関与したせいだと!」

「僕は何もやってない……!!」

「言い逃れは許しません! こっちには証人だっているんです! だよね、せっちゃん!? あの露出過多な神様が勇者様を射ったんでしょう?」

「違いますのー」

「え゛っ」

 え、違うの?

 愛の神の矢が原因でこんな事になってるって言うから、私はてっきり……

 そんな風に思ったのは私だけじゃないらしく、他の皆も驚いています。いや、誰だって愛の矢にやられたって聞いたら愛の神の関与を疑いますよね? 私だけじゃありませんよね!?

「ほら、僕は何もしていない。濡れ衣無罪だ!」

「え、えっと、あー……いやいやでもでも! 原因は愛の神様の矢だって聞いてますよ! ということは、愛の神様だって無関係じゃありませんよね!?」

「……まずは、本当に僕の矢のせいなのか確かめさせてもらおうか」

 私達が愛の神様の責任を追及しまくったからでしょうか。

 愛の神様も微妙に気まずそうな顔で、アスパラに夢中な勇者様に忍び寄ります。

 その背後から手を掲げると、愛の神様の掌が薄らぼんやりと光を放ちました。

 ちなみに光の色は見事な桃色でした。

「う、うーん……」

 勇者様に光る掌を向けて、何事か調べ始めたらしき愛の神様。

 そのまま、十五秒。

 きっかり十五秒後に、愛の神様は膝から崩れ落ちて頭を抱えて仕舞われました。

 え、なんですか。その反応。

「愛の神様、何事かわかったんですか!?」

 皆で詰め寄り、取り囲み、愛の神様が頭を抱える理由を問います。

 勇者様は、どうだったんですか!?

「……ここは笑うべきかな。本当に、僕の矢が刺さっているんだけれど。それも、最も威力の強い特別製の黄金(きん)の矢が……」

「ほらやっぱり!」

「しかも、自然には絶対に冷めない運命の恋級の」

「絶望的じゃないですか!! それ、どうするんですか!」

 勇者様がアスパラへ運命級の恋って……酷い字面です。

 どうするんですか、というかどうするんでしょうか。

 なんだか愛の神様の引きつった顔を見ていると、「取り返しがつかないことに……」という言葉が思い浮かびます。

 そんなことありませんね!

 勇者様は、元の素敵なツッコミ勇者様に戻れますよね!?

「愛神様、貴方にお聞きしたいのはただ一つ……率直にお伺いします。勇者様は、治りますよね!?」

「……治るのかな?」

「疑問系に疑問系で返さないで下さいー!!」

「治る治らない以前に、僕に出来るのは『誰かを好きにさせる』ことと『誰かを嫌いにさせること』だけだから。嫌いにさせることは出来ても、『好きな気持ち』を消し去ることは出来ない」

「開き直って絶望的なことを言わないで下さいよ……それ、どっちにしろ勇者様の精神汚染やら矢の影響やらからは逃げられないってことじゃないですか。矢の力で嫌いになるってことも、強制的にそうされるんなら勇者様の精神がどれだけ歪むか……」

 今でもただでさえ酷いことになっているのに、これ以上矢をぷすぷす射ったらますます頓狂な酷いことになりかねません。勇者様の珍行動はもうお腹いっぱいです。

「ああ、そうそう。忘却の神を頼っても無駄だから。僕が司るのは記憶じゃなく、気持ちだ。記憶が消えても気持ちは残るよ」

「更に退路を断たれましたよ……! 貴方は勇者様があのままでも良いんですか!? 人間への興味を一切無くして、アスパラに夢幻に愛を囁き続ける勇者様でも!?」

 改めて、言葉にして思いました。

 勇者様、終わってる……と。

 愛の神の加護を受けた美青年が、それでも良いんでしょうか。この神様は。


 いいえ、良くはなかったみたいです。


「良いわけがないさ」

 愛の神様は、憮然とした顔ではっきりと言い切りました。

「僕はこれでも、ライオットには目をかけていたんだよ? 母上に攫われるだろう二十歳を前に地上で自由な恋愛を謳歌できるようにと加護も強めに与えていたんだ」

「その心遣いは、勇者様に対しては全く真逆に働きましたけどね」

 むしろ加護が効き過ぎて、危うく命の危機です。

 勇者様の培った心的外傷の何割が、愛の神様の加護によって加速したことか……結果的に要らぬ苦労を怒濤の如く味合わせたのは、まず間違いなく愛の神の余計なお世話が原因です。

「でも、それじゃあ……勇者様は一生このままだとでも言うんですか!?」

 相手はアスパラなのに!?

 勇者様、ご実家の跡取り息子さんなのに!

 将来アスパラを王妃に据えるとか、それちょっと斬新すぎません!? 嫁がアスパラじゃ色んな意味で諸々お終いですよ!

 絶対に、お国の人達は猛反対です。

 だからといって、今のこの状態じゃ勇者様も絶対に引き下がりはしないでしょう……。

 力尽くで、アスパラの為に押し通す勇者様。

 それ、確実に狂ったと思われて医者を呼ばれますよね?

 どうしましょう。

 勇者様の社会的な滅亡まで秒読み段階に入ってしまっているような……

 あまりにも勇者様が終わっている件について、このまま天界から助け出すことに成功したとしてそれは本当に勇者様を救ったことになるのか……この可哀想な恋を放置して、救出できたと言えるのか。

 頼みの綱でもあった愛の神は、自分ではどうしようもないなんて言う始末。

 もう、手はないのでしょうか。

 そんなことを思い悩んで葛藤していた私に、でも自分じゃ手に負えないといった愛の神本人が悩みをすっ飛ばすようなことを言いました。

「……まあ、ライオットの恋情を無かったことにする方法がない訳ではないけど」

 なんですと?

「曖昧な言い方しないで下さい! 勇者様を元に戻せるんですか、戻せないんですか、どっちですか!?」

「僕には無理だが、僕には出来ないことを可能とする神もいる。司る物が違えば、能力の及ぶ範囲が変わることも道理だね。頼る相手を選べば、ライオットを元に戻せるよ」

「だから貴方の言い回しは回りくどいです! つまり、勇者様を元に戻せる……正気に戻せる神様がいるってことですよね!?」

「うん、まあね」

 それは大変良いことを聞きました!

 そんな耳寄り情報を教えられては、動かざるを得ません。

 早速その神様の所在を突き止め、突撃訪問しなくては……!

 

「それで、勇者様を元に戻せる神様というのは!?」


 勢い込んで、まるで尋問するかのように詰め寄ってしまいます。

 一刻も早くと気が急いて、ぐいぐいと愛の神様に迫る。物理的に。

 さっきから言動の端々で何となく察していましたが、勇者様に刺さった黄金の矢を無効化したいという思いは、愛の神様も同じのようでしたから。

 だから早速教えてもらおうと、ぐぐっと身を乗り出す私に。

 愛の神様は何とも言えない微妙な顔で。

 そうして、ひょいっと指示した先には――愛の神様の、奥さん?

 きょとんとする私に、愛の神様の奥方はお淑やかににこりと微笑みました。

「改めて、名乗らせていただきます。私は『魂の女神』――精神に課せられる試練と苦難は全て私の領分」

「妻は――魂、つまりは精神の深い部分への干渉力を持つ。彼女の助力を得れば、あるいは……」

 勇者様が、また元の様にかつての姿を見せてくれるかもしれない。

 そう思っただけで、胸が詰まって……


「ただし、私の力だけではこの人を元に戻すことは出来ません。私は、この人の『正しい魂の形(じんかく)』を知らないのですから……元に戻したいのでしたら、貴女がたに協力をお願いしなくてはなりません。それも、大変な苦労を」

 

 勇者様が今の、哀しいまでに愉快なお姿のままなんて絶対に嫌です。

 だけど、それを回避する術があるのなら。

 勇者様を元の勇者様に戻すことが出来るというのなら。

 私は、自分に出来ることであればなんだってできると、と。

 そう思ったのです。


 だから私は「それでも私に助けを求めますか」との麗しの女神様の問いに。

 私はしっかりと深く頷きました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ