2.業と運、罪深きことがその身を滅ぼす
直前に、ちょっと駄々をこねましたが。
やはり全身が揃って嬉しかったのでしょう。
復活した悪魔、シャイターンさんは仰いました。
はしゃぎ気味に、意気揚々と。
「天に行きたいのだね? ではではで~は! こちらも約束を守るつもりはあるのでね! ちゃんと送って差し上げようじゃありませんかー!」
「そのつもりがあるんなら、つべこべ言わずにきちっと約束守れよ。おい」
割と気軽にOK.くれました。
そんなお手軽に行けるんですか。行けるんですね。
……どうやら大丈夫なようです。
となれば、いざ行かんと……その前に。
「では、今すぐに行くかい?」
「いや。ちょっと待て」
「おや? 時間が惜しいんじゃなかったのかい」
「惜しいっちゃ惜しいが……俺はすぐにでも行けるが、リアンカはそうもいかねーだろ」
「え? 私もこのまま大丈夫だけど」
「馬鹿、怪我したらどうするんだ。相手はいけ好かねぇ年増の性悪婆とはいえ、腐っても神だろ」
「まぁちゃん、あの女神様のこと結構嫌いなんだね。美人だったけど」
「はっ……鼻で笑ってやらぁ。顔の美醜やら体つきやらは問題じゃねーよ。美人は魔王城で見慣れてっからな」
「そう言われれば私もまぁちゃんで見慣れてます」
「顔なんざ所詮は面の皮一枚、剥いじまえばただの肉だ」
「あ、そっちの光景は見慣れてないかな!」
「まあ、顔は如何でも良いんだよ。顔は。それより神が相手だからな。相応に装備を整えとかねーと何があるか」
一応、殴り込みですから。
それぞれ装備を整えようという話になりました。
時間が勿体無いかな、って思ってましたけど。
確かに準備不足で勇者様の救出に失敗したら目も当てられませんしね。
……めぇちゃんやむぅちゃんに、薬師房から非常時用の薬袋を持ってくるように頼みましょうか。『非常時α』と『非常時β』時用も必要ですね。
「『宝物殿ver.3(聖剣の墓場)』でも漁っとくか。人間共の種々様々な伝説の武器防具が選り取り見取りで借用し放題だぜ? まあ、破『魔』の武器が多いんで魔力の塊みてぇな魔族にゃ使えねーのばっかりだけどな。探しゃ神殺しの武器もあんだろ」
「わあ、魔王の為に役立てさせられるとか、死んじゃった過去の勇者さんたち超☆無念!」
「馬鹿言え。当代の勇者救出に使おうってんだから過去の勇者その他も血の涙を流して喜ぶだろうよ」
「陛下、血の涙の時点で宿っているのは怨念では……」
「つっても魔境にある魔力を持った武器防具の類は魔族が使うの前提だろ。人間が問題なく装備できるもんっつったら、やっぱ過去の勇者どもの遺物が確実だ。墓の底で精々泣いてもらうしかねーな」
「過去の勇者の共同墓地、この城の地下なんですけどね。夜、騒音に悩ませられることにならなければ良いんですが」
「その時はお前が抑えろ、死霊術師だろ」
「『希望の墓場』の方々は、死霊術師でも魔族には荷が重いんですが」
私の身の安全の為、ということで。
まぁちゃんの発案によって、過去の勇者さん達が魔境に持ち込んだ武具の類を盛大に漁ることになりました。
とはいっても、私は武装と無縁ですけど……持つとして、護身用のナイフくらいですかね? それよりは特性麻酔針とかの方が個人的には使い勝手良いんですけど……ああ、でも、神に薬物(魔境製)が効く保証はありません。
やっぱり、何か軽めの物を持っておいた方が良いんでしょうか。
しかしあまり大した武装は出来そうにないんですけど?
「まぁちゃん、重い武器も鎧も、私には無理だよ?」
「……ナイフとか、軽めの装備がありゃ良いんだがな」
「前にまぁちゃんや勇者様と確認した時に、何か目ぼしいのあったかな……」
「あー……なくても、安心しろ。爺さん(先々代の魔王)の髪で作った魔道具シリーズに良いのがあっから。まさにお前らに打ってつけのヤツがな」
「お前……ら?」
「個人差が出る装備なんだよ。お前と、せっちゃんならイケると踏んでんだが」
何故かまぁちゃんが、遠い目でそう言いました。
その言葉、打ってつけってどういう意味で言っているんでしょうか。
気になったので、過去の勇者さん達の異物を漁る前に持って来てもらいました。
そうして見せてもらったのは、白銀の紐細工で編み上げられた幾つかの腕輪。
デザインは一つ一つ違うんですが、それらは全部同じ効果を持つ装備みたいで……
腕輪を収めた箱に、説明書きが入っていました。
【業運の腕輪】
アイテム種別:装飾品
魔王由来の豊富な魔力を宿した逸品。
装備した者によって祝福の品にも呪いの品にもなる。
効果:装備者の業を数値化し、運の有無に変換する。
業が+値であればあるだけ運が良くなり、-値であればあるだけ運が悪くなる。
また、業には装備者の人望も加算され、他者から好感情を寄せられていれば+値に、悪感情を寄せられていれば-値に傾いていく。(他者からの数値は「一×人数」換算)
装備者は己の人格に驕ることなく、謙虚に自己分析を重ねてから着用することを推奨する。
(※一度装着すれば専用の解呪鍵を使用するまで外れないので注意)
「「「「…………」」」」
説明書きを、初見の皆で顔寄せ合って読み上げて。
思わず、読んだ全員で無言になりました。
みんな真顔でした。
普段の行いも試されますけど、人望って……
いつも悠々とした様子の画伯でさえ、顔が微妙に引き攣っています。
「何これ、呪いの腕輪? 運試しの要素強過ぎない?」
「なんか……こういう、「これのお陰で自分の運勢上向きになりましたー!」っていうリピーターの声にお客が騙されるヤツあるよね」
「ああ、あの微妙にインチキ臭い……確かに」
「というかこれ、むしろ勇者様にこそ装備させておくべきだったんじゃ……」
「ああ、うん、そうだよ……勇者君にこそ必要な装備じゃん」
勇者様……彼であれば、問題なく躊躇うことなく装備してもらえたのに。
あの方、運は絶望的に悪いですけど普段の言動は品行方正そのものですから。無駄に善行だけコツコツと積み上げていること間違いナシです。
それにご実家に行った時にも実感しましたが、人望は並外れて高いですからね。良くも悪くも。そう、良くも悪くも。
確実に、この腕輪で劇的に運勢が向上するお一人です。
「まぁちゃん、なんでこれもっと早く勇者様にあげなかったの? そうしたら、そうしたら……勇者様の運が、凄く良くなっ………………なります、よね? あ、なんか想像出来ない」
どうしましょう。
運の良い勇者様って、想像出来ません。
それって勇者様と言えるんでしょうか。えっと、言えますよね?
内心で複雑に思いながらも、それでも勇者様が今よりは少し幸せになれたでしょう……と、思えなくもないので。
まぁちゃんに咎めるような目を向けてしまいます。
この腕輪の存在、もしかして今の今まで忘れていたとか言いませんよね?
「勇者の奴にはもっと前に勧めてやったぜ、一回だけな」
「ちなみにそれっていつ頃の話?」
「あー……一年、以上前? カーバンクルの狩り祭、直後くらいか?」
「勇者様……」
それって、もう大分前ですよね?
勇者様が、まだ魔境に来てあまり時が経っていない頃です。
まぁちゃんが魔王だと知って、まだあまりその事実に馴染んでなくて。
その時はまだ御自分の運の悪さを認めていなかったのか、甘く見ていたのか。もしくは装備品に頼るまいと思ったのか。
あるいはまぁちゃんの魔王という肩書が頭にあって、借りを作るまいと拒んだのか……騙されるかもしれないと思ったのか。
何が理由で、この腕輪を必要ないと思ったのかは知れません。
ですが……魔境で勇者様が遭遇した悲運なアレコレを思い出すだに、一つだけ言えます。
「勇者様……魔境に馴染んでから勧められてたら、また答えもちょっとは違ったでしょうに」
特にこの最近の様子を思うと、この腕輪の効果が本物なら縋りついてでも譲って欲しいと魔王にお願いしていたかもしれません。
そんな勇者様の悲哀を思うと……勇者様、貴方のことを思うと胸が切ないよ。
天上の世界には、きっとこの腕輪を一つ余分に持っていきましょう。
ええ、絶対に。
幸い、腕輪は沢山箱に入っています。
「それでまぁちゃん、この腕輪を私がつけるの?」
「腕輪を外すのに必要な鍵もちゃんとあるから、まずは試してみろよ。大丈夫だろうとは思うが、-値になっちまったら困るからな」
「それじゃあ、まずはお試しで……」
私は中から気にいるデザインのモノを探しました。
やがて選びだしたのは細身の本体に、薄紅のリボンが編み込まれているもの。リボンの結び目の真ん中に、中央に玉を内包した白い造花が配されています。
まぁちゃんのお祖父ちゃんのキラキラした毛髪は、まるで銀か白金みたいに見えて柔らかいのが不思議なつけ心地でした。
それぞれの腕輪は、どんなデザインのものも必ず大きな玉が中央に配置されていました。
問題の業を数値化したものは、この玉に浮かびあがってくれるんだとか。
+なら赤、-なら青の数字で、最初に装着した時点の業値で固定化されるそうです。
だったらとびっきりの善行を積んだ後に装備したいところですが、そのとびっきりの善行を考える時間も実践する時間もないので仕方ありません。
「えーと、最近誰かに迷惑かけたかな……どうしよう。心当たりがあり過ぎる」
「大丈夫ですの! リャン姉様は良い子ちゃんですもの」
「うぅ……良い子ちゃんはせっちゃんの方だと思うんだけど」
割と笑えない数字が出てきそうな気もしましたが、何故かまぁちゃんとせっちゃんは大丈夫の一点張りで。
ちょっと二人とも、私のことを過信してませんか?
……従兄妹達からの信頼が厚過ぎる気がします。
ああ、自分の行いを数値化されるとなると……数字を見るのが怖い。
それでも見ないと始まらないので、浮かび上がって来た数字に目を凝らすと……
「あ、赤だ。…………赤だー!」
思わず握った、右拳。
空に突き上げて、ガッツポーズを決めてしまいました。
しかも数値は赤で「3711」……これって結構高めなんじゃないですか!?
「……って、あれ? 数字がまた変動し始めましたよ?」
「あ、最初に業の数値が出た後で人望値が加算されるみたいだよ」
「まだ終わってないですと!?」
「最終結果は………………+6012か。思ったより低いな」
「低いの!? 基準がわからない……!」
「何事もなく平凡に生きている村娘だったら、高くて300くらいか?」
「やっぱり高いじゃないですか、私の数値ー!」
というか、赤表示だっただけで驚いてるんですけど!
なんでまぁちゃんはちょっと不服そうなの!?
私の疑心たっぷりな様子に、りっちゃんが苦笑しながらそっと囁きました。
「リアンカさん、お忘れですか? 確かに……た・し・か・に、幼少時からの貴女がたの悪戯には………………困る者もおりましたが」
「りっちゃん、言い含む物があるならハッキリ言って良いよ?」
「あ、いえ。そうではなく。陛下に影響されてか貴女は悪戯っ子でしたけど、でも薬師としては真面目に取り組んでいたでしょう? 伝手とコネを全開にして」
「伝手と、コネ……?」
薬師として、真面目に。
ええ、それはもう自分でも自信を持って言えます。
真面目に取り組んでいましたよ。勿論。
でもそこに伝手とコネ? 薬師として伝手とコネを活用した、となると……
「あ」
……思い当たることが、なくはありません。
私は、魔王の従妹で。
まぁちゃんの逆鱗の一枚で。
魔王の怒りを恐れる魔境の皆々様は、そのことを重々御存知です。
そして小さな頃から、まぁちゃんにくっついて魔境中をあっちこっちに足を延ばして遊び回っていました。
つまり、私って顔が広いんですよね。
魔境に住んでいれば当然ですが、村の外は危険がいっぱいで。
同じハテノ村の村人でも、中には村から遠く離れたことがない人もいっぱいいます。
皆がみんな、戦闘能力が高い訳じゃないので当たり前です。
安全な村に閉じ籠りっきりというのは、自衛手段の一つだから。
私も戦闘能力がない村人の一人です。
本来だったら、きっと村から離れることもなく閉じ籠っていた。
だけど、従兄がまぁちゃんだったから。
そのお陰で、私は魔境の方々に顔が利くようになりましたし、一緒に遠出を重ねて魔境の歩き方みたいなものも覚えていきました。
戦闘能力がなくっても、工夫次第でいろんな所に行ける。
昔はずっとまぁちゃんと一緒に色々な場所に行っていた。
でもいつしか、一人でも出歩けるようになって。
魔境の各地にある獣人さんの里だとか、魔族さんの集落だとか、妖精さんのお宅だとか、そういったところにも一人で遊びに行って。
ついでに方々で見られる素材を採集しては、薬の研究だのなんだのをするようになりました。
更には村人や魔王城の魔族さんだけでなく、知り合った種族の方に適した薬を調合したり、だとか。
それぞれの里の人と、薬や素材の取引をするようになったりとか。
伝手とコネを全開にして、そういうこともしていた訳で……
あれ? もしかしてこれ善行になってたんですかね?
そういえば医者のいない獣人さんの里とかで、えらく感謝されたような記憶が……
「リアンカ、お前ナニやった? 俺の想定値よりずっと低いぞ」
「いやいやまぁちゃん、これだけ数値高かったら充分だよね!?」
「陛下ってば……リアンカちゃんは勇者君が村に来てからずっと近くにいるじゃん」
「あ? どういうこった、ヨシュアン」
「いやいや、だから。良く考えてみようよ、陛下。すっごい美形で男女問わず大人気の陛下と、勇者君がだよ? 特に他の女性は基本寄せ付けない勇者君がだよ。すごーく近く、隣にずっとリアンカちゃんを置いている訳だよ」
「……チッ。そういうことか」
「そうそう。これでリアンカちゃんが妬まれなかったらおかしいって」
「勇者の奴、無事に帰って来たら締めるか」
なんかまぁちゃんと画伯が然もありなんって顔で言ってるんですけど。
冷静に考えて、積んだ善行に対して私の数値が低いっていうんなら、それは私の行いが原因だと思うんですけど。
これってどうなんでしょうね?
薬師房の非常時用おくすりセット
・非常時用
別名「緊急災害時用」。
応急処置や生き残る為に必要な諸々。主に支援物資。
・非常時α時用
別名「急襲応戦・撤退時用」。
突然ナニかに襲われて対応を迫られた時に必要なあれこれ。
・非常時β時用
別名「遠地開拓時用」
何かの理由で村を放棄せねばならない時や、不十分な設備での薬剤の精製・開発を迫られた時用。薬の研究に必要な最低限のアレコレ。
これら非常時用の薬袋はハテノ村の薬師それぞれが個別に準備しており、最低限共通で必要だと思うモノ以外はそれぞれの薬師が特に重要と思うモノを厳選して入れている為に薬師の性格が出る。
業運の腕環(※デザイン各種)
先々代の魔王の髪を素材に開発されたマジカル☆なアイテム。
装備者の背負う業を数値化し、運の良し悪しに干渉するというよく考えると凶悪な効果を持つ。
良い行いを重ねていれば数値は+に傾き、悪い行いを重ねれば数値は-に傾く。更に数値化されるのは本人の行いのみならず、その人に寄せられた好悪の感情までをも読み取って業として加算される。
感謝や好意、憧れなどの正の感情であればプラスに、嫌悪や憎しみ、妬み、怒りなどの負の感情であればマイナスに。
「畏怖」等の複雑な感情は、崇拝と恐怖の割合どちらが多いか、などで振り分けられる。
腕輪についている宝石に、業の合算値が表示される。
プラスであれば赤文字表記、マイナスであれば青文字表記。
プラスに数値が高ければ高いほど運勢が上がり、マイナスであれば運勢が下がる。
一度はめると解呪のアイテムを使わねば外す事の出来ない、ある意味呪いの腕環。
その人の行いと人望が数値化され、しかもそれに運勢を左右されるという人によっては悲劇にしかならないアイテム。
色々な物が曝される。
善良な真人間でも不器用で人付き合いが上手くいっていなければ泣きを見るし、悪意に満ちた人間でも面の皮が厚くて大きな猫の皮を常備していれば良い目を見られる可能性がある。
自分からこの腕輪をはめたがる人はあまりいない。
多くの人に行き渡るよう数多く生産されたが、作られた後で多数の問題が表面化して先々代の魔王に回収された。
以来、問題の多い装備として魔王が管理している。
ちなみにまぁちゃんの表示がプラスに傾いているのは、魔境の民から寄せられた尊崇の感情やらなにやらと、勇者様の御国で正体をさらさず衆目に触れた際に美貌への憧れを集めていたため。