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46.用法用量守って使おう気付け薬




 十字架から下ろされた画伯と愛の神は、なんだかくったりとしていました。

 茹でた菠薐草並みにしなしなでしたよ。

「画伯……いつも元気な画伯が、こんなに憔悴するなんて」

 憔悴っていうか、まあ気絶しているだけなんですけどね。

 しんみりとした口調で呟きながら、私は震える肩を堪えきれずに俯いて視線を逸らします。

 画伯、なんて変わり果てたお姿に……!


 二人の麗しの顔面は、見る影もなく。

 カラーストッキングを取った下には、黒と赤と白で盛大に落書き?されて何というか妙に迫力のある有様となっておりました。

 伝統芸能という言葉が、私の脳裏を過ぎります。

 あー……南方諸国にこんなお化粧して芸事を披露する集団がいましたっけ?


「せっちゃん知ってますの! これ、隈取りっていうんですの!」

「ぶふ……っ主様、そうですね。隈取りですね……!」

 リリ、堪えきれてませんよ!

 あまりに無残な二人の顔は、最早そのままでは原型もわからず。

 ストッキングを剥ぐまで心配そうに、不安そうに肩を寄せ合わせていた愛神の奥さんとお嬢さんまで肩をぶるぶると震わせて笑いの衝動と戦っておいででした。

 ああ、この見事な光景を記録に残したい……なんでこんな時に気絶しているんですか、画伯! 顔をキャンパスにされてる張本人ですけど!

「え、えっと、このままじゃ話も、進みませんし……っ。取りあえず、起こしましょうか」

 一先ず二人を覚醒させようってことになりました。

 ええ、勇者様の精神状態を改善させるにも、愛の神に話を聞かないことにはやりようもありませんしね。

 ということで気付け薬をちょいっとな☆


 私は魔境から持参した『気付け薬』を、一滴。

 それぞれ二人の口に落とし込みました。


 次の瞬間。


「甘苦辛口、激すっぱぁぁああああああああっ!?」

「口の中が壮絶に生臭い!!」


 そして陸揚げされて跳ねる海老のように、飛び起きる二人。

 流石は魔境でも悪評名高い『気付け薬』……昔から世界に存在するありとあらゆる味覚を一度に絶妙の不協和音で味わうことが出来ると評判です。

 元々は大昔の薬師が、どんな種族を相手にも一定の効果のある、汎用性の高い『気付け薬』を作ろうとして完成したのがこれ、だそうです。

 種族によって薬の効き方って違いますからね。例えば魔族さんだったら肉体が狂人……違った、強靭過ぎて人間用に調合した薬だと効果が望めなかったり、逆に獣人さんだと一部の薬が人間より効きすぎてむしろ状態異常引き起こしたりと。だから、種族に合わせた調合が必要になる訳ですが。そこを度外視して効果を上げようとした結果、アグレッシブに味覚を攻める方向に走ったとか。

 何百年と経っても今でも廃れず使用されているので、需要は高いんだと思います。まあ、味覚に優しい他の『気付け薬』を買いに来る人も多いですけどね! 中には罰ゲームとして使用している悪い例もありますけどね!!

 このチョイスはむぅちゃんのお薦めだったんですけど、定評あるだけありますね。この効果。

 意識のある時には絶対に摂取しないで下さいってわざわざ瓶に注意書きがされている程です。

 それをつい今し方味わう経験に恵まれたお二人は、墓場から蘇ったばかりの亡者もかくや、という様子でしきりと口直しを求めて身悶えています。

 ……ここまで激烈な反応されると、ちょっと好奇心が疼きますよね?

 って、いけないいけない。

 この『気付け薬』だけは体験しないで済むなら手を出すなって教訓があるんでした。

 あれは忘れもしない、七歳の時。

 私と同じように好奇心に駆られたまぁちゃんが、この『気付け薬』を舐めてみたことがありました。←血筋

 私は、忘れません。

 あの時の、悶絶した末に気絶したまぁちゃんの姿を……。

 『気付け薬』なのに気絶させるとは、これ如何に。というかこういう事態に陥るので、意識がある時は舐めちゃ駄目らしいです。意識がない状態なら跳ね起きるけど、意識があったら頭の中が吹っ飛ぶそうな。

 うん、危険物ですね!

 好奇心を我慢できない人は多いので、この薬が原因で気絶する人が年に一人か二人は薬師房にも運ばれてきます。

 そんな好奇心に操られた先人達のお陰で、私達はちょっと賢くなった訳です。

 そう、薬の用法・用量は絶対に厳守しなくっちゃ駄目だと!


 目を覚ました二人に、口直しとして檸檬水を渡しつつ。

 私はついにこの時が来たかと、疲労困憊の様子を隠せずにいる愛の神の前に仁王立ちしました。

 ええ、相手の様子がどんなだろうと問答無用! 構っている余地はありません。それよりこっちが絶対に大事なことですから!

「愛の神様!」

「あれ、いつの間にか客が増えてる」

「貴方にお願いがあって参りました」

「うん? 何かな、人の子。今ちょっと疲れているから、出来れば穏便な内容だと嬉しいけど」

 何故そこで、ちらりとりっちゃんの方を見るんですか?

 ああ、いや、まあ良いや。

 今は一刻の時も惜しいので、さっさと本題に入りましょう。

「貴方のせいです!」

「いきなり何が?」

「見て下さい、勇者様のこの変わり果てた無残な有様を!」

「……うん?」

 私は、愛の神様の前に眠る勇者様の詰められた箱をずずずいっと押し出しました。

 硝子の窓から見える勇者様の寝顔は安らかです。

 勇者様の額に髪がかかって第三の目が見えませんけど、それでも変わり果て様にはわかってもらえるでしょうか。

 私は勇者様の箱に手をかけたまま、愛の神様を憤然と睨みます。

 愛の神様は私の視線を受けて、箱に入った勇者様の顔を見て、それから至極残念そうな顔で言いました。

「ライオット、死んでしまったのか……。まだ若かったのに残念なことだ」

「死んでませんよ! まだ生きてますからね!?」

「リャン姉、でも現状このままなら社会的には死んだも同然だよな。勇者」

「その意見は否定しづらいけども!」

「死んだようにしか見えないのに……? え、生きているのに、この扱い」

 その怪訝そうな目で見るのは止めて下さいませんか、愛の神様。


 私達は愛の神様の前に、勇者様を運搬用の箱から取り出して横たえました。

 地面にそのまま寝かせるのは可哀想なので、土を盛って台座を作ります。

「神殿の中に行けば寝台くらいあるけど」

「あ」

 ……ま、まあ、今更ですよね。

 それよりとっとと愛の神様にご自身の罪を突きつけて差し上げましょう。

「見て下さい! この変わり果てた姿……愛神様のせいですよ!」

「なんだか今、盛大に濡れ衣を着せられたような」

 私がぐいぐいと愛の神様の背を押すと、愛の神様もご自身の目でご覧になったのでしょう。

 無残に変わり果てた、勇者様のお姿を。


 その姿は、半裸のまま両腕を手首で拘束されて。(美神殿の従神(ティボルト)の仕業)←美の女神の指示

 更に背中からは彩りも趣も違う三対の翼。(天界に何の対策もなく連れてこられた弊害)

 そして額には、ぱっちり睫のきゅるるんっ☆と愛らしい第三の瞳。(うっかり事故)←リアンカちゃんのアスパラと薬の管理不行き届き

 さあ、愛の神様! 勇者様のこの姿を見てご自分の罪を思い知って下さい! ←外見に関してはほぼ冤罪


「ライオット、なんて変わり果てた姿に! でもこれ絶対に僕のせいじゃない」

「往生際が悪いですよ! お認め下さい、自身の罪深さ」

「いや、絶対に僕のせいじゃないはず。心当たりは皆無だ」

 頑なに自信の関与を否認する愛の神様。

 その様子にむぅっと眉を寄せてしまう私。

 するとそんな私の裾を、リリフがちょいちょいと引っ張りました。

「リャン姉さん、リャン姉さん」

「え? どうしたんですか、リリ」

「その、勇者さんの一番酷い変貌ぶりは確かに愛の神様の関与が疑われますが……勇者さんの意識がない状態じゃ、確認しようがないのでは?」

「あ」

 言われてみればその通りでした!

 勇者様の変わり果てようは、外見より内面が酷いことになっています。

 それって勇者様が意識不明だと全然わかりませんよね! リリフの言う通りです。

 私は愛の神様に一言詫びてから、勇者様の意識を回復させることにしました。


 使うのは、勿論『気付け薬』です。


 だけど画伯達の反応が一瞬脳裏を過ぎったので、さっき使ったのとは別の『気付け薬』を使うことにしました。

 そっと取り出したのは、小さな小瓶でした。

「リアンカちゃん、それは?」

「『気付け薬』です」

「でもさっき画伯の兄さん達に使ったのと違くね?」

「流石に宮廷料理で培われた勇者様の繊細な味覚を破壊するのは(はばか)られまして」

「俺らは良いの!?」

 勇者様はお育ちは高級ですが、それなりに旅や野営にも慣れているので基本好き嫌いなく何でも食べますけどね。

 だけど味覚が優れているのは確かなので、ちょっとだけ配慮した薬を選びました。


 正体を明かせば、ただのアルコールですけど。


 北方の豪雪地帯で気付けとして用いられる、度数のえっらく高いヤツ。

 しかもいくら酩酊しても意識は絶対に飛ばないという特殊な薬酒です。

 火を付ければ燃えますよ、ははははは。

 うちの村でも毎年、冬越しの祭りでこのお酒に挑戦して急性アルコール中毒に陥るお馬鹿さんが三、四人いるんですよねー……一杯で睡魔が吹っ飛び、二杯目で急性アル中になると村でも評判のお酒です。だからこそ、村の男衆が男気見せるとか謎の宣言かまして挑むお酒でもあるんですけど。


 さて、そんなお酒をば。

 勇者様の口元に指を差し入れて隙間を作り、ずいっと!


 勇者様の口にお酒を注ぎ入れて、ふと思いました。



 あれ。そういえば勇者様ってお酒強かったっけ?



 次の瞬間。

 勇者様が盛大に()せて跳ね起きました。

 おはよう、勇者様。




勇者様

 祭礼などで昔からお酒を口にする機会が多く、弱くはない。

 だけど魔境基準の酒豪共と比べると足下にも及ばない。

 魔境ではよく酔い潰される側に回っている。(ただし、貞操の危機を察した際には頑なに飲まない)



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