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45.彼らの勝負の行方




「Oh……なんてこったい」

 まあ、なんということでしょう!

 私は目の前の現実に、ちょっと遠い目をしてしまいました。

 いけない、この反応は勇者様の専売特許だって言うのに……!

「なあ、リャン姉」

「なにかな、ロロ」

「勇者の額の目玉って、抉ったんじゃなかったっけ」

「えぐりましたねぇ……ご先祖様が」

「じゃあさ、聞くけど」

「……はい」


「なんで勇者の額、また目が生えてんの?」


 ロロイの率直な一言に、私達の間に微妙な沈黙が訪れました。

 ただただ私達の微妙な空気に気付くことなく、楽しそうなせっちゃんの声だけが響きます。

「あっすぱっらさん、あっすぱらさん♪」

「ふんだばー」

「アスパラさん、せっちゃんが可愛くしてあげますのー」

 るんるるん♪と鼻歌交じりに、せっちゃんがアスパラの外見を改造していきます。

 せっちゃんが嵌めていたティアラっぽいデザインの指輪を、アスパラの頭部(?)にするっと嵌めて。

 白いレースのリボンを何重にも巻いて、ふんわりさせて。

 あらあら勇者様の愛しの(あすぱら)ったらお洒落さんですねー。まるでバレエのプリマドンナみたいですよ?

 ふふふ、微笑ましい。

 そう思いながらせっちゃんとアスパラを見守る私は只今絶賛、現実逃避中。

 あからさまに視線を逸らす私に、ロロイが再度尋ねました。

「リャン姉、勇者の額」

「ふふふ、うふふふふ……ロロイ、今日は良いお天気ですね?」

「うん。いい天気だな。それで、勇者の額」

 可愛い弟分に、真顔の直球で何度も尋ねられて……私は神妙な顔で、答えざるを得ませんでした。

「じ、自己修復機能付き☆」

「目玉の?」

 私の薬は、どうやらアフターケアも完璧だった模様です。

 これが勇者様の回復力によるものか、私の薬のしつこい効果によるものか……考えてみたけど、やっぱり私の薬の効果だと思います。

 まだ試作段階なのに、なんなんでしょうね。このしつこさは。

「しかもさっきの目玉より進化してませんか? その、睫毛が生えているように見えるのは私の気のせいでしょうか」

「気のせいじゃないと思うよ、リリ」

 ぱっちりおめめに、ふぁっさふぁさの睫が生えて、あら素敵!

 正常な位置にさえ生えていればと悔やまれてなりません。

 


 勇者様の額の目を、ないないすることに決めて。

 その課程で、既に生えてしまった目玉を抉ってから傷を治すという荒技に走ったのは勇者様の頑丈さが念頭にあったからです。

 我ながら、治療の雑さは否定できないんですけど。


 雑な治療でも、ちゃんと効果的だったはずなのに。


 まさか再び目玉が生えてこようとは……


「リャン姉さん、どうしてこうなったのか説明して下さいませんか?」

「今少し時間と予算をいただければ……」

 私は自分の雑さを反省しました。

 そして生えてしまった部分は現状では如何ともしがたいということが判明しました。

 両目を塞いでいた謎の目隠しを除去するのは上手くいったんですけどね。

 この目玉やら変な翼やらをどうにかするには、ここではちゃんとした治療をしっかり行う為には色々足りてないんですよ。設備も、薬も、他のアイテム諸々も。

 だってここ、野外ですしね! まともな設備なんぞある筈もありません。

 そもそも私は薬師です。薬を使った簡単な手当は出来ますが、専門的な医療行為に詳しい訳もなく。

 ……勇者様の外見の、やらかし具合を加速させたのが例え私だとしても。

「現状ではこれ以上、手を出しようがありません! この再生能力を見るに、これ以上手を出しても悪化する未来しか見えません」

 ほんの少し、どこまで『悪化』するのかちょっと見たいと思わないでもありませんが。

 勇者様の精神状態も最悪ですしね。

 ここはさっさと見切りを付けて、勇者様の心を取り戻す為にやれることをやっておきましょう!

「という訳で、画伯達の後を追いましょう! 目指すは愛の神殿()です!」

「あら、うちのお客様でしたの」

 

 ………………『うち』?


 思いがけない声に振り返ってみると、そこには麗しの金髪美人さん。

 先ほど驚かしたお詫びに出したお煎餅を、よく似た母子がはりはりと囓っています。

「……今になって改めてお伺いするのも失礼ですが、おねえさん、もしや?」

「あら! 私ったらご挨拶もせずに……遅くなってごめんなさいね。私、愛の神の妻ですの」

 まあ、なんてことでしょう!


 私達はどうやら、知らない間に愛神(てき)の弱味と接触成功していたようです。





 折角なのでご案内下さるという奥さんのご厚意に甘えること、暫し。

 やっぱり実際に住んでいる人の案内だけあって、思ったより早く愛の神の住み処が見えてきました。

 未だ治療も中途半端なら、愛の神の呪いのせいで精神状態も正常とは程遠い勇者様。

 彼が目覚めた時、ご乱行に及ばぬよう運搬には気を付けました。

 有り体に言うと、箱詰めです。

 中の様子が見えるよう、顔の部分だけ硝子張りの、大きな人間サイズジャストフィットな箱をご先祖様が持ってきて下さいましたので。

 これ幸いと私達は勇者様を中に詰めました。

 箱に体がぶつかって痛めたりしないよう、緩衝材代わりに近くに咲いていた白薔薇の花をいっぱい入れて。

 箱に繋がった紐を、力仕事を請け負ってくれたロロイがずるずる引っ張ってくれています。

「これって棺桶じゃ……」

「しっリリフ、言うな。黙っていた方が面白いから」

 ん? どうしたんでしょうか。

 リリフとロロイが顔を近づけて何やら囁き合っているようですが……二人は本当に仲良しさんですね?

「私達が遅れている間、画伯はしっかりやっていてくれたでしょうか」

「大丈夫じゃない? リーヴィルさんもいるし」

 ほんの少しだけ、不安に思いながらも。

 それでもなんだかんだで彼らは期待を裏切らない、はず。

 だから愛の神のことも、足止めついでにふん縛るくらいのことはしていてくれるんじゃないかなー……と。


 その期待は、半分当たって半分外れました。


「こ、これは……っ一体誰がこんな非道なことを!?」

「と、とうたまー!」

 愛の神の奥さんと娘さん(幼女)、愕然。

 それまでのんびりしている様子だったのに、お二人は血相を変えて駆け出しました。

 それも仕方のないことでしょう。


 私は愛の神の人相を知りません。

 だけどアレかな、と見当のつく人ならいます。

 うん、やっぱりアレかな。


 愛の神と目される人物は、今。



 画伯と二人仲良く隣り合って……磔刑に処されていました。



 若々しい白い肌をしているから、とってもよく目に映えますね……

 ………………頭部に被せられた、ちょっと透け気味のカラータイツが。

 わあ、目に眩しい……☆


 なんという衝撃的な光景。犯人は誰ですか。

 頭部に装備しているブツのせいで、人相が判然としないんですけど!

 でもあれ、絶対に画伯と愛の神ですよね!? 背中に背負った翼とか、装備したままの武器的に!

 ちなみに画伯は緑で、愛の神は紫色のタイツを装備していました。頭に。

 あれ、履く物で被る物じゃないんですけどねー……?

「えっと、状況がいまいち飲み込めないんだけど…………これはどういうことなのかな、サルファ」

「や、やあリアンカちゃん☆ お、お、お早いお着きでー……」

「何がどうすればこんな事に……というかなんで画伯まで(はりつけ)にされてんですか!?」

 愛の神の確保をお願いしていたのは、他ならぬ私です。

 だから愛の神が磔にされていることまでは、まあ何となくわかるんですけど。

 それでなんで画伯まで巻き添え食ってるんでしょうか……。

「誰がこんな酷いことを……」

「あ、あははははー……」

 しかし解せません。

 縄師と讃えられてもおかしくない縄での拘束術をマスターしているヨシュアンさんが縛り上げているのならまだしも、彼の方が縛られているという不思議。

 本当に見事な磔刑です。ガチの縛り方で十字架に磔られています。今にも両脇から脇腹を狙って槍で一突きにされてしまいそうです。

「…………犯行に及んだ人の執念というか、本気が今にも伝わってきそうですね」

 しかも磔にされた二人の頭部には目にも色鮮やかなカラーストッキング。何が犯人をここまでかき立てたというのでしょうか。

 ここまでやられるといっそ清々しい。芸術と呼ぶには苦しいですけど。

 よく見るとお二人の背に生えた立派な翼も、それぞれヨシュアンさんは蜂蜜塗れ、愛の神と思しき方はチーズ塗れに……

「あれ、洗うの大変じゃないですか? 羽が抜けちゃいますよ!」

「ははは、大変だねー……」

「……さっきから妙に歯切れが悪いですね、サルファ」

 この態度、何か知っていると見ました。

 けど、色々なものが軽いこいつにしては妙に口が重い訳で。

 ……何かあるんでしょうか。こいつの口を重くさせるような何かが。


「リアンカ様。もういらしてたんですか」

「あ、りっちゃん!」

 拘束された旦那さんを助け出そうとあたふたしている美人さんに、手を貸すべきか否か。

 そこを悩んでいると、横合いからかけられた声。

 聞き馴染んだ声に顔を向けると、案の定そこにはりっちゃんがいた訳ですが……

「……なんだか妙にすっきりした顔をしていらっしゃるような?」

「え? そうですか?」

「って、それどころじゃなかった。りっちゃん、画伯が! 画伯が!? あとついでに愛の神様がなんか酷いことに!」

「ああ、あれですか……諸行無常とはよく言った物ですね」

「あっれ何かりっちゃんってば悟りを開いたような眼差しを!? え、何その反応。りっちゃん、画伯が酷い目に遭ってるんですよ?」

 あれー? 二人って割と良く一緒にいますけど、お友達じゃなかったんですかねー?

 釈然としない気持ちで見上げる、りっちゃんの涼しげなお顔。

 わあ、全く動じてないですねー。

「えっと……」

 私達、魔境の住民はその時のノリと勢いで生きてる風なところが多分にあるので、知人や友人が磔にされていても「何があった?」とは思いつつそこまで深刻にはなりませんが。(時々あること)

 でも……このノリに不慣れな人にとっては、いきなり誰かが磔刑に処されているなんて、結構刺激の強い事なんでしょうね。


「旦那様、旦那様ぁ! しっかりなさって……!」

「おとうたまぁっ」


 私の視線の先には、余裕綽々だったりっちゃんとは打って変わって深刻さを体現する金髪の美人さんと幼いお嬢さん。

 容姿が優れているだけに、悲劇的な要素と緊迫感が物凄く発生しています。

 流石に善良な母子(おやこ)が目に涙を滲ませて絶賛磔中の旦那さんに取りすがる光景には、思うところがあったのでしょうか。

 それまで涼しげな顔をしていたりっちゃんが、気まずげな顔でそっと視線を逸らしました。

「えーと……奥さんの心臓とお嬢さんの情操教育に良くなさそうだから、取りあえず愛の神を引きずり下ろしましょうか」

「リャン姉さん、それを言うなら『引きずり下ろす』ではなく『引き下ろす』では……」

 どちらにせよ、解放することに代わりはないんですよ。リリフ?


 結局、誰が二人をこんな目に遭わせたのかは謎のままでしたが。

 私達は一先ず、二人を十字架から解放することにしました。

 愛の神に自由を与えることに一抹の不安がなくもありませんでしたが……

「縄、ほどいてやってよ。うん、ほどいても大丈夫だって。うん。……その、結果的に勝負の結果、そっちの眼鏡男子(リーヴィルさん)が最終的には総合優勝みたいなものだったからさ。うん」

 片隅で迷子の子栗鼠ちゃんよろしくかたかた震えていた酒神様が、ふいっと目を逸らしながら保証してくれたので、多分大丈夫だと思います。

「りっちゃん、何やったんですか?」

「何と言うこともありませんよ。ただリアクション勝負がしたいと言うので、背中に薪を背負わせて火を付け、辛子味噌を塗り、最後は翼を縛り上げた上で崩壊間際の泥船に乗せて湖に出発させて差し上げただけで」

「わあ、なんだかその一連の逸話どっかで聞いたことあるー」

 りっちゃんが兎さんで、画伯と愛の神様が狸さんだったのかな?

「良いリアクションは見られましたか?」

「中々秀逸でした」

 しれっと言っていますけど、二人にその一連のリアクションをマジでやらせている間、りっちゃんは見ているだけだったんですね? そういうことですよね?

 私は今頃になって、二人を磔刑に処した人物に思い当たってしまったような気がします。そりゃやった犯人なら涼しげな顔もしていますよね!

 だけどりっちゃんは、他人に理不尽を強いるような人じゃありませんし……りっちゃんにそこまでさせるような何かを、二人はやったんでしょうね。きっと。

 多分それは因果応報、ご愁傷様でした。





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