44.ある日、森の中――美女に出会った。
愛を司る神と、欲の代弁者が公序良俗を守る為に立ち上がった銀縁眼鏡から攻撃を受けている、その頃。
勇者様のおめめを治療中の、村娘ご一行様は。
目の治療という繊細な作業に過度の光量は厳禁と、施術の場所を森の中へと移し。
「ふしゅ~……」
「ふしゅぅぅ……」
「しゅこー……」
怪しい黒覆面を頭から被り、意識のない勇者様の玉体を囲んでいた。
ぶっちゃけ傍目に怪しい儀式会場にしか見えない。
地面に刻まれた謎の五芒星。角の先にはそれぞれに異なる植物や果実が供えられている。
星の角から角へと繋げられていく曲線。地に走る線からは薄紫色の光が仄かに発され、雰囲気抜群だ!
勇者様が安置されている石の寝台の、頭側に立っているのは治療(儀式?)を主導する教s……薬師、リアンカちゃん。
彼女は両の手に木の枝を捧げ持ち……何をしているのだろう?
「あの……リャン姉さん?」
「ん? なぁに、リリ」
施術の助手をしようと素直に指示に従い、いつの間にかこんな事になっていた。
今更のような気はしたが、自分達の行動に疑問が生まれて若竜の片方が問いかけた。
「私達、一体何をしているんでしょうか」
「勇者様の治療ですよ?」
果たしてこれは、治療なのか。
目の前の薬師を信頼してはいるものの、胸の奥の疑問は尽きない。
そんな妹分の疑問を察してだろうか。
リアンカちゃんは黒いとんがり覆面を被ったまま、リリフに向かって優しく微笑んだ。
「今ですね、勇者様のお体に宿る悪しき霊を、五体に見立てた魔方陣に移しているところなんですよ」
「まさかの心霊医療。えっと、姉さんってそんな特技をお持ちだったんですか?」
「いいえ? 物は試しの初チャレンジです!」
「まさかの初挑戦! これ、効果あるんですか?」
「むぅちゃんのくれた覚え書き通りにやってるから、問題ない! 筈! そもそもこれ、むぅちゃんお手製の霊薬の効果を高める為の施術だし!」
「ムルグセストさんの仕込みでしたか……本当に、効果があるんでしょうか」
「多分あるんじゃないかな?」
「そこ、曖昧なんですね」
ハテノ村の薬師は、どこまで本気でどこからが冗談か計り知れないところがある。
だけどリアンカちゃんが本気で? 実行しているようだから。
今はこの儀式の効果を信じよう……。
そう思い、リリフは受けた指示に従って鈴を鳴らした。
魘されたような勇者様の呻き声が聞こえた。
勇者様の治療を始めて、三十分くらいが経ちました。
丁度良いところに都合の良い素材があったお陰で、勇者様の両目を封じていた結晶体は無事に撤去できましたが。
やっぱり、そこからが大変でした。
出発の時に、ここぞとばかりに色々非常時用に持たせてくれたむぅちゃんやめぇちゃんに大感謝です。
特にむぅちゃんが鞄に入れてくれた霊薬には、有効なモノがごろごろと……とっても奮発してくれたみたいで。
二人には本当、頭の下がる思いです。
この友情に報いる為にも、珍しい天界植物をたくさん用意しておかないと、ですね。
ただお薬の中には有効だけど、限定された条件下や予め定めてある鍵となる動作を実行しなくちゃ真価を発揮しないモノがあって、少しだけ厄介でした。
触媒に仕える素材が手持ちにあって助かりましたよ! こういう特殊なモノを混ぜているんなら、前もって教えておいてほしかったモノです。素材が足りなかったら使えないところでした!
「そろそろ良いかな」
まずは勇者様の額に生えちゃった異物を取り除かないと。
既に生えてしまったモノはどうにもなりません。
だから、切除して傷口を癒やす方向でどうにかしようと思います。
まさか目玉に変異した体組織が、勝手に体内に引っ込んでくれる訳ありませんからね?
「この中で刃物の扱いが一番上手い人って誰だと思う?」
「リャン姉」
「……え? 私?」
「包丁とかで扱い慣れてるだろ」
言われてみると、竜の二人は主な武器:爪とかだし。
せっちゃんは不安要素しかないし。
アスパラは当然ながら論外です。奴らは刃物を使うのではなく、使われる側です。
「俺がやるか?」
そう請け負ってくれるご先祖様ですが、ご先祖様の定番武器って木刀ですよね。
でも生前、死後合わせて人生経験がもっとも豊富なのもご先祖様ですし……
「俺は羊飼いだからな。獣を捌くのはお手の物だぞ?」
「あ、じゃあご先祖様お願いします」
「おー」
何とも気軽に、ご先祖様がやってくれることになりました。
勇者様、良かったですね! 手慣れてるそうなので痛みは少なく済みそうですよ。多分。
そんなこんなで勇者様の額を抉る算段立てて。
勇者様の顔面に痛みが麻痺する薬を塗布し、安らかな寝息を立てるお口から痛み止めを飲み込ませて。
「そんじゃそろそろヤるぞー」
お手製の消毒薬(赤紫色)で殺菌した短刀を、ご先祖様がぐわっと勢いよく振り上げた瞬間でした。
「あ、あなた方は……ここで何をやっているの!?」
なんか、知らない声が森の奥から制止かけてきました。
この時、私達は、すっかり身に馴染んでしまってうっかり忘れていたのです。
私達が未だ黒いとんがりの覆面を被りっぱなしで。
私としては純然たる医療行為を行っているつもりでしたが……傍目には、なんか黒くて怪しい儀式の真っ最中にしか見えないと言うことを。
そして地面に書かれた五芒星の真ん中で石の寝台に横たわる勇者様は、まさに生贄に見えちゃっていたみたいです。
うん、そりゃ通りがかりの人から制止もかかろうってもんですよね。
「あ」
そして。
私やせっちゃん、竜の二人は制止の声に思わず振り返ったんですけど。
ご先祖様はかかる声にも動きを止めようとはせず、思い切りよく止められた行為を完遂しちゃいました。
わー、前宣言通り手際良ーい(棒)。
次の瞬間、見知らぬ女性の悲鳴が森にこだましました。
目撃してしまった光景が、中々に衝撃的だったようで。
通りすがりの善意ある女性(闇の儀式にしか見えない場面に遭遇して躊躇いなく制止できるのは善意がないと無理だと思われます)は、眩暈に襲われているようです。足がふらつくのをやり過ごす為、近場の木に抱き着いておいででした。
まあ、幼いお子さん連れのようですし。
確かに子供に見せるには、少々どころでなく配慮の足りない光景だったと思います。
流石に子供に流血沙汰を見せるのは、ちょっと……。
そう思うくらいの良識は、私達にだってあります。
でも言い訳をするなら、こんなところに誰か通りかかるなんて思わなかったんですよー……?
この不運にして奇異な、遭遇。
これは如何なる神の悪戯なのでしょうか。
通りすがりに衝撃的映像をご覧になってしまわれた女性は、ご自身によく似た幼い娘さん連れの金髪美女でした。
天界にいる以上は、何らかの女神様なのでしょう。
何の神様かは知りませんが、背中から蝶の羽が生えています。珍しいお姿ですね?
そんな彼女は、現在私達の前で困惑を顕わに持て成されておいでです☆
なんでかって?
そりゃ誤解を受けたまま放置して、犯罪者として手配されては堪りませんから!
顔面覆面で隠してますけど、狭い群社会の中で余所者と言えばそこそこ目立ちますから!
余所者ってだけで本人特定すぐ終わりますよ! 経験則で村人の私はそれを知っています。
よって、誤解を解く為、私達は目撃者の女性……通りすがりの金髪美女に事情を説明する必要があったのです。
「そうですか、体に不具合の出てしまったお友達の、治療の為……」
「そう、治療の為」
「余計な部位……患部を除去する目的で、ちょっと傷をつけただけなんです」
「あの、地面に描かれた魔方陣も……」
「治療に必要だった」
「手持ちの霊薬に込められた魔力を高める効果があるんです。決して怪しい儀式でも、生贄を捧げている訳でもありませんから」
ゆっくりと確認を取る様に、疑問を口にする美女。
それに律儀に答えて、疑問を潰していくロロイとリリフ。
ロロイはちゃんと答えているけど、ちょーっと言葉足らずかな?
そこを補うようにリリフが言葉を重ねますが、何故でしょう。
言葉を重ねれば重ねる程、なんとなく胡散臭さが漂うような……。
……まあ、持て成しはご先祖様や竜の二人にお任せで、その間にも私は手を休めることなく勇者様の治療中ですけどね!
抉ったが最後、そこから先は手を淀みなく動かさなければなりません。勇者様の顔面に間違っても傷跡とか残せませんからね! 治療にまごついて傷が残ったなんて話になれば、私は勇者様のご尊顔に一定以上の価値を見いだすお姉様方に私刑を受けかねません。まあ、そんなことになっても、まぁちゃんが助けてくれるとは思いますが……でもお姉様方のお気持ちは収まりつかないでしょうし、私も勇者様の顔に傷を残すとか罪悪感ありますし。やっちまった感が半端ないでしょうし?
結局は、私も勇者様のご尊顔に傷を残すのは惜しいと思っている訳です。
だから綺麗に治さなくっちゃ!
どこまで綺麗に修復できるかは時間との勝負ですよ!
「………………治療?」
そんな張り切る私の姿を見て、何故か再確認するように。
心底不思議そうな困惑顔で、美女が深く首を傾げておいででした。
何か疑問でもあるんでしょうか?
早く治療しなくっちゃとうっかり慌てて気が急いて。
黒いとんがり覆面を脱ぐって過程を忘れたまま、そのまま一時間近く。
不審人物全開☆のばりばり怪しい格好で勇者様の全身を弄繰り回していたことに気付いたのは、当座のやるべき施療が全部終わってからでした。
そしてそんな見るからに怪しい私の治療光景に、通りがかりの金髪母子は終始不安げな眼差しを注いでいたのでした。
うん、そりゃ困惑しますね。
さあ、この通りがかりの金髪美人な親子さんは一体……(棒)!?
ちなみにその頃、愛の神はヨーグルトの瓶を片手にりっちゃんの殴打武器から逃げ回っていた。




