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38.勇者様の初恋(惨)




 一瞬だった。

 一瞬にして、俺の視界と頭が(アスパラ)色に染めあげられる。

 もう、アスパラしか目に入らない。


「ふ、ふんだばー……?」

 戸惑いに満ちた、愛らしい声。意外と重低音。

 あれ、アスパラ(こいつ)ってこんな可愛かったっk……

「ちょっと待つんだ正気に返れ俺ぇぇぇ!!」

 自分の思考回路が血迷った方向への迷走を始めたことに気付いた瞬間、俺は渾身の力を込めて自分で自分の頭を殴り倒していた。

 ……自分で自分の頭を攻撃するなんて不自然な体勢だったから、さして効果はなかったが。

 だけど自分への目を覚ませ!という祈りを込めて殴らずにはいられなかったんだ。

「いま何考えた!? なに思った、俺! それは錯覚だ! 有り得ないだろ冷静になってもう一度ちゃんとよく考えろ、顧みて俺ぇぇぇぇぇえっ!!」

 冷静に、冷静に……いや、どう頑張っても冷静にはなれそうになかったが。

 それでもなけなしの理性とかなんかその辺の思考力を総動員して、血迷った自分の頭を否定する。

 そうだ、気の迷いだ。

 こんなことがある筈は……


 大丈夫、大丈夫。気のせい。

 そう自分に言い聞かせながら、再度しどけなく地面に横たわるアスパラに目をやった。

「………………」

「……ふ、ふんだばー?」

「…………ぐっ!?」


 きゅんっ☆


 ……肋骨に守られた胸の最奥で、聞こえてはならない音が鳴った。

 何らかの力により、強制的に心臓が大きく高鳴る。

「もう死ねよ、俺ぇぇぇえええええ!? 相手は人外っていうか野菜(?)だぞ!? 食材に食欲以外の理由できゅんとするとか、どこまで堕ちるつもりなんだ変態じゃないかソレぇぇええええええええ!!」

 愛を司る神の名は、伊達ではない。

 強烈な愛の神の力がどんなに強く、抗い難いモノか……身を以て思い知らされる。

 だけどそんなモノに、屈する訳にはいかない。

 俺が俺である為に。

 俺が俺を辞めない為に……全身の気力を振り絞り、神の力に抗おうとした。

 仕事をしろ、理性。

 帰ってきて、正常な思考力!

 どこかに逃亡しようとするんじゃない、常識……!

 異常を異常と認知できなくなったらお終まいだ。

 そんなことになったら、一体誰が非常識を非常識だと訴えるんだ。

 『彼ら』に異を唱えられるのは、俺しかいないのに……!

 だけど、神の力を相手にして……だからだろうか。

 抗うことが、なんて難しい。

 今にも自我を呑み込まれてしまいそうだと、直感で悟る。

 どんなに切羽詰まった危険な状態にあるのか、認識できている訳じゃない。

 むしろソレは、俺の認識外で起きているんだと思う。


 精神が、浸食される。


 自覚できない筈のそれが、なんとなくわかる。


 何とか抗おう、食い留めようとしても……精神の奥深く、心の中で起きている事に対して、反抗の取っ掛かりすらも掴めない。

「く、う……っ」

 ゆっくりと、心臓の奥深くに毒蛇のような何かが食らいつく。

 じわじわと染み出してきた毒液は、この上ない猛毒。

 頭の働きを麻痺させて、抗う間も許さず浸食していく。

 それを、なんとか食い止めたいのに。

「くぅ……っ」

「ふんだばーだばだばー」

「うぐっ……負けるな、俺。負けてなるものか!」

「くるっくー♪ くっくどぅどぅー!」

「あ、待って。止めて、姫。今はちょっと……!」

 アスパラを前に蹲り、悶え呻く俺。

 攻撃されないと判断し、手旗信号を上げ始めるアスパラ。

 アスパラと相対する俺の構図を何かの遊びだと思ったらしく、楽し気に俺の背中へと伸し掛かってくる姫。

 お願いだ、今は止めてくれ……!

 ギリギリだから! 俺、ギリギリなんだからな!?

 捻じ伏せられそうになる精神をどうにか立て直そうと、足掻いて抵抗を続けている。だけどその精神の最終防波堤は、圧倒的な精神汚染を前にいつ何時突破されてもおかしくない状況で……

 何とか死守しようと、必死に抗うが。

 ソレは、もう、何をきっかけに決壊してもおかしくなかった。


 だというのに、必死で精神の均衡を守ろうとする俺に。

 姫……!


「勇者さんにはー、にゃんこちゃん! にゃんこちゃんのお帽子が似合いそうですのー」

「ふんだばー」

「アスパラさんには、そうですのー……小鹿ちゃんのお帽子(角つき)なんて似合うかもしれませんの!」

 そう言って、姫がアスパラに手を加える。

 常の、まともな俺であれば間違いなく見ていられなくて目を逸らしただろう。

「勇者さんも見て下さいですの! アスパラさん、可愛いですの?」

「あ、ああ……っ」

 姫の手によって目の前に突き付けられるアスパラ。

 

 至近距離で見つめるアスパラには……妙に不似合いな、鹿の角が。


 

  きゅんっ☆




 ――視界が、そして世界が。

 俺の感情が、(アスパラ)に染まった。

 (精神の防波堤崩壊)




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 それは、私が捕獲した着ぐるみ女神を梱ぽu……逃亡できないよう、縛り上げている時の事でした。

「あぁー! 見つけましたのー! リャン姉様ぁー」

 あまりにも聞きなれた、可愛い声が背後の森から聞こえてきます。

 私は思わず、気持ち悪い兎のこともこの時ばかりは忘却の果てにポイして振り向きました。もう、矢も楯もたまらない気持ちで、焦りすら感じながら。

「せっちゃん!?」

「リャン姉様ぁ!」

 とたたたたっ

 森から、可愛い超絶美少女が駆け寄って来ます。

 確認するまでもありません。

 せっちゃんです。

 間違いなく、せっちゃんです……!

「リャン姉様ぁ! トース!」

「えっ あ……アタック!」

 何故か出会い頭に、球体の何かをトスされました。

 思わず、条件反射で叩き落します。

「何故に……」

 地面に叩きつけられ転がったのは、木魚でした。

 ……どっから持ってきたんですかね?

 ちょっと首を傾げてしまいます。っていや、今はそのことは全然重要でもなんでもなく!

 今はそれより遥かに。

 ええ、遥かに重要なことが存在するじゃありませんか!

「せっちゃん、無事!?」

「リャン姉様あ!」

「せっちゃん元気ですかー!?」

「ハイですの! せっちゃん、元気な良い子ちゃんですのー!」

「……よし、元気ですね!」

 せっちゃんが虚偽を申告するなんて有り得ません。

 だから、せっちゃんの身には本当に何もなかったんだと。

 せっちゃんは五体無事だと信じられる。

 ……美の女神の神殿にいる筈のせっちゃんが、どうして此処にいるのかはよくわからないけど。

 でも、せっちゃんですしね!

 せっちゃんなら、何故か此処にいても不思議はないような気がしてくるから、それこそ不思議です。

「そうだ、せっちゃん。せっちゃんが此処にいるってことは……勇者様は!?」

 何がどうしてそうなったのかはわかりませんが。

 だけど幸運の女神様のところで確認した時点では、二人は一緒に行動していた筈。

 せっちゃんが単独でここにいる可能性もありますが……でも、さっきまでは、勇者様と最後に一緒にいたのがせっちゃんなのは間違いありません。

 だったらせっちゃんと一緒に、勇者様もこの付近にいる可能性があります。

 一緒に行動していなくったって、最後に一緒にいたのはせっちゃんなんだから様子を聞くことは出来ると思いますし。

 だから、私はせっちゃんに尋ねた訳ですが。


 せっちゃんは、珍しいことに。

 どうしてだかちょっと困ったような顔をして。


 ちょっと困惑した様子で、言いました。


「勇者さんなら、あそこですのー……」

「え?」

 せっちゃんが指で、彼女が出現した方向を指差します。

 つまり、森ですね。

 彼方にいるのかと、私はせっちゃんの指差す方向へと目を向けて……

 自分の目を、疑いました。

 だって、そこにいたのは。


 ……変わり果てた、勇者様。


「えっ 勇者様!?」

 勇者様は私達には目もくれず、木陰に腰かけていて。

 ……こちらに目もくれないという時点で、違和感はあったんですけど。

 勇者様の性格を思えば、心配していただろう友人(わたし)達を前にして無視するような真似をする筈がありません。

 それに、私達の広げている惨状が惨状ですし。(※対兎用罠地獄)

 この状況で本物の勇者様が、何も行動を起こさない筈がないのに。

 だから、様子がおかしいと思いました。

 もしかして、体調でも悪いのかと。


 ……ある意味では、体調も異常で。

 様子はまさに『おかしい』状態真っ只中だった訳ですが。


「ゆ、勇者様……? どうしたんですか?」

 恐る恐ると、感じ取った違和感に怯みながら。

 私はゆっくり勇者様に近付きながら、安否を問うたのですが。

「ふふ、ははは……」

 ……私の案じる声には、全く応えず。

 ですが勇者様に(きざ)した異常な状態を知らしめるように、言動で暗に応えるものがありました。

 えっと勇者様?

 そのアヤシイ笑い声は何事ですか?

 ますますもって異常を訴える勇者様のお姿を、私は十分な距離にまで近づき、自分の目で確かめることとなりました。

「ゆ、勇者様!!???」

 そう、無残な勇者様のお姿を。


「ふふふ……本当に、君はなんて可愛いんだろう。俺をこんなにときめかせて、この心臓を壊してしまうつもりなのか?」

「ふ、ふんだばー」

 

 ………………そこには、虚ろながらもとっても幸せそうな、極めちゃった蕩ける笑みを浮かべて。

 他は目に入らないという様子で、アスパラを愛でて愛でて愛を囁く勇者様っていう……中々に自分の目と現実を疑う物体が落ちていました。

 アスパラも困惑しているんですが。

 勇者様、貴方に一体何があったっていうんですかー……!!?


 どうしてこんなに壊れちゃったのか。

 壊れるにしても、なんでアスパラに愛を囁いているのか。

 因果関係は全くの不明。

 理解不能で、私は思わず立ち尽くしちゃいましたよ。どうしよう。






探し物はなんですか♪ 勇者様の常識です

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