32.第一回兎狩り大会開催のお知らせ
「うーさーぎ、おーいし……うさぎさん、食べたいですのー」
「姫、空腹なのか?」
美の女神の神殿を脱出した天然ナビ&目隠し半裸の二人組は、草原と林の狭間を木々に沿って歩いていた。
目隠し半裸の方は、目を隠しているが故に常より微妙に歩みが遅い。
それでも転ばずに歩いているのは、修行の成せる業なのか何なのか……無駄に多才な勇者様の悲しい特技の一つが、日の目を見ている瞬間である。
「あ、勇者さん……」
「ん? どうしたんだひ、めぇぇええええっ!?」
「足下に切り株がありましたのー」←過去形
「……出来れば、もう少し早く言ってくれると助かる」
見事ころり転げた勇者様。
如何に気配に敏く、目を隠していてもある程度周囲の状況を把握できる特技があったとしても……それも完全ではないという現実を我が身で以て示してしまった。
「こんなところに切り株があるってことは……誰か間伐でもしているのか?」
「わかりませんのー……あ、うさぎさん」
ごつんっ
その時、勇者様やせっちゃんの傍を素晴らしい速度で兎が一羽駆け抜けていき……進路方向にある切り株に、勢いのまま激突した。
危ない! 兎は急には曲がれない。
そんな標語が、状況を察した勇者様の脳裏で踊る。
切り株に頭からぶつかった兎は、絶命していた。
「丁度良い、兎が食べたかったんだろう」
「勇者さんが食べて下さいですの」
「姫? 食べたいって言っていたじゃないか」
「でもせっちゃんは一週間くらいなら絶食しても元気ですの。でもでも勇者さんは人間さん……ちゃぁんと食べないと、お腹が空いて力が出なくなっちゃいますの! リャン姉様だって、三食きちんと食べてますのよ」
「だけど姫、俺は大丈夫だから。年下の女性を差し置いて食事なんて出来ない」
「良いから食べて下さいですの!」
そう言って、兎の亡骸(未加工)をぐいぐいと勇者様の口元に押し付ける、せっちゃん。
御臨終なさった兎の亡骸は、まだまだ命を失ったばかりでイキモノらしい温かみを宿している。
「や、やめっやめ……っ無理だから! 色々と無理だから、姫!」
山篭りに慣れた勇者様でも、解体どころか血抜きも毛皮を剥ぎすらしていない、生の兎さんを口にするのは厳しいモノがある様子。
加工しようにも目隠ししたまま、死んだ獣を処理するような器用な真似は出来そうもない。
そしてせっちゃんにも死んだばかりの兎さんを食べられるよう加工する術はなかった。
「………………」
「勇者さん、食べませんの?」
「姫、この兎さんは……さっき、姫のお友達が随分と活躍してくれただろう? 彼らに、あげよう?」
「っ! まあ、まあ! 勇者さん、有難うですの! みんなにくれるんですの!? お優しいですのー!」
ぴょんぴょんと、自らが兎になったかの様に跳ねるせっちゃん。
その足下……影の中で蠢く者共も心なしか嬉しそうだ。
粘着質な音を響かせ、歓喜に身を躍らせて。
……何かがのそっとせっちゃんの影から出てきた。
「あ、みゅぅちゃんですのー。勇者さんに有難うって、お礼を言いに来ましたの?」
うじゅる、うじゅる。
近づく大きな気配……
それは、勇者様にも覚えのある気配で。
「ま、まさか……」
おののく勇者様。
その全身に、何かが巻き付いた。
「お前も来ていたのか、ラッキーマウs……!?」
勇者様の全身が、深い緋色の粘液まみれになった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
私達が次の標的を愛の神に定め、御先祖様の道案内でてっくてくと歩いていると、
「おぉ~い、むっすめさーん!」
何やら後方から、どっかで聞いたような声が?
なんだろうと振り返ってみると、そこには先程さよならバイバイしたはずの酒の神のお姿が!
「あれ、どうしたんですか? 私達、何か忘れ物でもしてました?」
「いやいや、そうじゃなくってね? 実は鍛冶神に頼まれて……俺っちも同行させてもらうぜよ☆」
「相変わらず個性のふらふらした神様ですね。でも、鍛冶神様に頼まれたって、どうしたんです」
「いやさー、ほら、お宅ら美の女神を捕獲出来たら鍛冶神にリボンでぐるぐる巻きにして贈呈するって言ったじゃん?」
「リボンで緊縛とまでは言っていなかったような……でも可能なら献上する気持ちは確かにありますよ。御希望ならリボンで縛り上げても良いですけど」
リボンを体に巻いてプレゼント★ってヤツでしょうか。
私にはよくわかりませんが、男の浪漫ってヤツなんですかね?
面倒ですが、鍛冶神様にはとってもお世話になりました。
それが鍛冶神様のご希望というのなら、添えることに否やはありませんが……でもリボンって、割と脆いと思うんですよね。身を飾ることが前提の布地で、絹とかレースとかだったりすると簡単にベリッと破けて逃げ出せそうです。
「リボンを使う場合、縛り上げるのはヨシュアンさんにお願いしましょうか。その道の玄人ですもんね、ヨシュアンさん」
「リアンカ様、それはどういう……」
「え? どうしたの、りっちゃん。不安そうなお顔で」
なんだかりっちゃんが、懸念と不安に満ちた顔で私を見ています。
なんですかね、その沈痛な面持ち。
ヨシュアンさんの画伯としての面……副業を思って、私達の精神衛生上良くないとか考えているのかもしれません。何があったのか知りませんけど、りっちゃんは最近ちょっと、ヨシュアンさんの副業に過剰反応し過ぎじゃないかと思います。
「ヨシュアンさんなら罪人とか縛り上げ慣れてるし、リボンみたいな脆い素材の紐でも絶対に縄抜け出来ないよう拘束できるかと思っただけなんですけど……」
軍人ですもんね、ヨシュアンさん!
それも外見に似合わず、とっても有能な軍人さんですもんね、ヨシュアンさん!
エリート軍人で副業エロ画伯で、顔は美少女とかネタ詰め込み過ぎじゃないかと思わなくもありませんけど、それがヨシュアンさんですものね!
とりあえずヨシュアンさんは私の提案を快く許諾してくれて、一方でりっちゃんは何故か肩を落として重い溜息をついていました。
「とびっきり芸術的に仕上げてやるぜ☆」
「わあ、画伯ったら頼もしーい!」
ぐっと親指を立てて画伯は意欲を示してくれました。小脇に早速幅広のリボンを抱えちゃっているくらい、どうやら乗り気の様です。
「……という訳で、御注文に応えるつもりはありますよ? こんなので良いんでしたら」
「ははは……とても頼もしいけど、そうじゃなくってね? 鍛冶神が俺に頼んだのは、娘さん達が美の女神を捕獲できるか否かの見届けなんだよ」
「見届け、ですか……? つまり、私達がそれをやり遂げられるかどうかを不安に感じている、という」
鍛冶神様のところをお訪ねした時、私達の最高戦力である魔王のまぁちゃんは不在で、鍛冶神様とはお会いしませんでした。
まぁちゃんやせっちゃんという戦力を欠いた私達だけしか知らないとなると、不安に感じられるのも仕方ない気はしますが……
「約束はできれば、っていう感じだったし。達成できないならそれはそれで良いんだよ。……鍛冶神が心配してんのは、捕獲未達成に終わった後、誰もそれをわざわざ鍛冶神にまで教えに来てくれなくって期待したまま時を無為に過ごすことで……」
「止めてください、酒神様……! なんか胸が痛いので!」
つまり、引籠りで交友関係の狭い鍛冶神様が、期待させられたまま放置される未来を予想したって事ですよね。
糠喜びしている状況で放置されるとか……あ、やっぱり胸が痛いです。
孤独とは縁遠い賑やかな環境で育ってきた私。
そんな私には予想も出来ない孤独感に、鍛冶神様はどっぷりと浸かって生きてこられたんですね……
今度お会いすることがあれば、鍛冶神様にはとびっきり優しくしようと思いました。その為にも、やっぱり美の女神は何としても捕獲しないと……
「……あ」
捕獲、という単語で思い出しました。
そういえば他にも捕獲しないといけないのがいました……!
「そういえば、酒神様! それに御先祖様も! ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」
「なんだ?」
「なになに?」
「えっと、美の女神を捕まえるのは吝かじゃないんですが……実はもう一匹、いえ一羽、捕獲しないといけないブツがいまして」
「一羽? 鳥か?」
「いえ、うさぎ……」
なんとなく言い辛い物を感じましたが、躊躇っていてはお話になりません。
私は意を決して、目の前の神様方に大きな声で訊きました。
「なんか気持ち悪い兎の着ぐるみ着込んだ、小動物っぽい顔の女神知りませんか……! というか捕獲したいんで情報下さい!」
皆様、覚えておいででしょうか。
私達が天界に来るにあたり、魔境での後を任せた方……まぁちゃんの大叔父さんにあたるザッハおじさんのことを!
おじさんに兎捕まえて来いって言われてました。
なのに今までうっかり忘れて手がかりすら探してませんでしたよ!
この神群の神様であることは、美の女神の使いっパシリをしていたことからも明らかだと思うんです。だったら他の神様に聞きゃ良かったのに、幸運の女神様にも鍛冶神様にも聞き忘れてしまいました。
でも、まだ遅くはないはず。
目の前にはこの神群の神様である酒神様と、以前兎に呼び出された経緯からして明らかに面識がありそうな御先祖様がいます!
この方々に聞けば、たぶん何かの情報は手に入るんじゃないでしょうか?
そんな希望的観測で、聞いてみましたところ。
「あ? 着ぐるみ? ……ああ、愛んとこの小娘か」
「ラブコメの神だな。他にそんな奇抜な兎娘いねーよ」
案の定、どうやら情報をお持ちの様子。
なんか白けた顔をしている気もしましたが、気にしません。
私の円滑な御近所づきあいに必要な人(神?)身御供が手に入るか否かの瀬戸際です。
幸い、御先祖様も酒神様も気の良いお方なので、正直に頼んでみましょう。まぁちゃんがいないので、神を一匹捕獲するとなると私達だけでは骨が折れそうです。それが例え、気持ちの悪い兎の着ぐるみ常用しているような奇怪な女だろうと……!
「実は、魔境にあの兎を娶って添い遂げたいという方がいまして……お世話になっているので、謝礼代りに捕獲してくるよう要請されてるんですよね」
「「なんて奇特な」」
御先祖様と酒神様の声がぴたりと重なりました。
うん、私も同感です。
さて、皆様も御察しのこととは思いますが。
御先祖様も酒神様も面白がりというか……ノリの良い方々でした。
片や魔境に村を作った猛者、片や常時酔いどれ状態ですからね。
素直にお願いした結果、兎の捕獲への協力を快諾して下さいました。
というか御先祖様に至っては、以前地上に呼びつけられた意趣返しだそうです。
忘れた頃に報復するつもりで何をしてやろうか吟味しているところだったそうなので、丁度良いと大変素晴らしい笑顔で後押しして下さいました。うん、御先祖様ってば超絶良い笑顔ですね!
「ラブコメの神なら、愛の神の下位眷族だ。奴の神殿にいんだろ」
「いやいや、待った待った。ラブコメを罠にかけんなら、是非とも奴の親しい神を絞め上げて協力させるべきだと俺思うんだけど」
「あのラブコメ娘の親しいヤツ? あの着ぐるみ、他の神どもと距離置いてんだろ。親しい奴なんていたか」
「この神群に属してないフラン・アルディーク、アンタが知らないのも無理はない。けど俺は知ってるぜ☆ あいつと無二の親友、ツーといえばカーな関係の神をな!」
「誰ですか、それ。事前に捕獲するんなら早めに捕まえに行きたいんですけど」
「ずばり、ラッキースケベの神だ」
なんですか、その邪まで俗っぽい気配に満ちた神。
ラッキーでスケベって、それ神様が担当すべき事柄なんでしょうか。
いや、でも、私が何か勘違いしているだけで、もしかしたら何か良くわからないけど真面目な現象の神様かも……?
「それ、どんな神なんですか」
「うん? 偶発的な幸運で発生するスケベな事故を司る神?」
どうしよう。想像した通りの神だった……。
「ヤバい……なんか俺、その神と気が合うかも」
「ヨシュアン、真面目な顔で何を言っているんですか……」
無駄にシリアスな声を出して、深刻そうな顔で息を呑むヨシュアンさん。
そうですね、カリスマ画伯とは気が合うかもしれませんね……。
その神が、無二の親友ですか。
私は遠い故郷にいる、表情筋死滅気味な知人を思いました。
ザッハおじさん、本当にそんなのがお嫁さんで良いんですか……?と。
でもあの欲の薄い……薄かった(過去形)ザッハおじさんの頼みです。
小さい頃は子守をしてくれたり遊んでくれたりと、まぁちゃんやせっちゃん共々大変お世話になりました。ロロイやリリフが村にいた赤ちゃん竜時代には、初めてのファイヤーブレスでザッハおじさんが綺麗に伸ばしていた髪の毛を炎上させちまったこともあります。
今もほら、こうして過去に思いを馳せればあの時のザッハおじさんの虚ろな笑い声が耳の奥に蘇って来るような……
……あれ? そう言えばあの時ってちゃんと謝ったっけ?
…………。
………………。
……さーて、過去に目を向けている段じゃありませんでしたね!
切り替え。そう、意識を切り替えて仕事しないと!
っていうか過去の償いも兼ねてお願い叶えとかないといけませんよね! ええ、ええ、お嫁さんを調達して、それでチャラです。今、私がそう決めました。むしろこちらからお願いするので、そういうことにして置いて下さい。
「それで酒神様! そのエロスケベ神とやらはどこにいるんですか!? 留置所?」
「……なんかいきなり張りきり出したな、リャン姉」
「というかリャン姉さん、エロスケベじゃなくってラッキースケベですよ。どちらもあまり俗っぽさに差はない気はしますけど」
「うん、っていうかロロとリリもがんばろっか! 二人とも、ちょっとやそっとじゃ返せないような借りがザッハおじさんにある様な気がするからね!?」
「「???」」
「……くぅっ 二人とも幼すぎて覚えてなさそう! 実行犯なのに!」
「私は覚えていますよ、リアンカ様……というか思い出したんですね、リアンカ様」
「りっちゃん、ごめん! 遠い目しないで!?」
「あの時は……悪いことをしたと、よくわかっていなさそうな幼い方々に代わって、私が誠心誠意謝罪を繰り返したものでした」
「ごめんね、ごめんねりっちゃん! でもきっと悪いのは私だけじゃない」
「そうですね、陛下と姫殿下も同罪です」
「……帰ったら肩叩きするね、りっちゃん! そうだ、温泉旅行は好き!?」
とりあえず魔境に帰りついたら、りっちゃんの為に魔境一番の高級温泉旅館に予約を入れようと思いました。
ペア宿泊券とかご用意したら喜ぶかな?
って、駄目だ。りっちゃん恋人いなかったや……。
愛の神のとこに直行する前に、回り道。
これが済んだら愛の神(邪神疑惑)との対決予定ですが……
その勝負、まだ書いてもいないっていうのに書く前から楽しい勝負になる気がし過ぎて、正直どっちが勝つのか小林には未知数な勝負となりそうです。
誰と戦うか、どんな勝負になるのかはまだ秘密ですが、ある意味で宿命の対決(爆)になる予定。
あまりにも決着がつかないようなら、読んでくださる皆様の感想とかで勝敗を決する……かもしれません。




