31.ご先祖様、曰く
さてさて、なんだか皆さんお久しぶりのよーな気もしますが!
無事に勇者様を自由に羽ばたかせる為の重要アイテム『鍛冶神の槌』を手に入れた私達は、次の目的地への移動を余儀なくされていました。
まあ、鍛冶神様のお宅にいつまでも留まっている訳にはいきませんし?
移動に否やはないのですが……
「えっと、それで次はどこに行けば良いんだっけ?」
今までに紆余曲折はそれ程なかった気がするんですけどね?
なんとなく寄り道(酒神との呑み比べ等)に時間を費やしたせいか、当初の予定ってどんなんだったっけ?と頭を捻る事態となりました。
そんな私を、私達の保護者歴も長いりっちゃんが頭痛を堪えるようなお顔で見ていました。見てないで教えて下さいよ、りっちゃん!
「リアンカ様、本来の目的は?」
「勇者様の奪還! えっと、結婚式場に乗り込んで略奪するんだったっけ……画伯が」
「えっ俺? えー? そんな困っちゃうなぁ。恰好は男性用礼服? それとも花嫁衣装が良い?」
「そこで躊躇うことなく花嫁衣装を選択肢にぶっ込んでくれる画伯って素敵☆ですよね!」
「俺も、もうちょっと一般的な男前だったら選択肢は男物の礼服一択なんだけどねー。ほら、俺の顔って童顔の女顔だし。遊び心の強い中性的な衣装とか、いっそ女物の方が似合っちゃうんだよねぇ。正装しても男装した女の子にしか見えないというか、良いとこ頑張って背伸びしている男の子に見えるというか」
「ヨシュアンさん、美少女面ですもんね! 女の子だったら間違いなく選り取り見取りで恋人選び放題でしたよ。男だから通好み扱いになってますけど。でも顔は間違いなくキラキラの美少女です。顔だけは」
「やっだなぁ、リアンカちゃんってば。褒めてもエロ本くらいしか出てこないよ?」
そう言って、わざとらしい手つきですすすっと懐に手を伸ばすヨシュアンさん。
多分、その反応はふりだったんだと思うんですけど。
看過できないとばかりに、電光石火の反応速度で即座にヨシュアンさんの頭部を鷲掴みにした人がいました。
言わずもがな、りっちゃんです。
「出すな。場を弁えずに出すんじゃありません、貴方は馬鹿ですか」
「あ、あたたたたっ リーヴィル、食いこんでる! 指が食い込んでるから! お前なんか新しい付け爪装着してない!?」
「わかっていますよね、ヨシュアン? 食い込ませているんですよ」
「懲りない人だよね、ヨシュアンさんってば」
そんないつも通りの和気藹々とした雰囲気。
切迫した状況も忘れて、思わず和んでしまいそうです。
煎餅を齧りながら、サルファが言いました。
「えっと、んじゃ花嫁衣装を調達しに行くってことで良いんだっけ?」
「違うだろ」
同じくお煎餅を齧りながら否定をしたのは、ロロイでした。
迷いのない瞳をしています。
「あれ? ロロイは何をすれば良いのか整理できてるの?」
「っていうかリャン姉、目的見失い過ぎ」
次に何をするべきか、とか。何をする筈だったとか。
何だか色んな事がごっちゃになっている上に、鍛冶神様のところ以降の目的地とか行動目標とか、やることとか……考えてみればまだ相談していないので、明確にこれというモノが決まっていなかった気がするんですけれど。
まだ何も相談していないのに、ロロイはやるべきことが理解できているようです。
流石に弟分に後れを取るのは不甲斐無いですよね。
ロロイに答えを聞く前に、自分でも少し考えてみるべきでしょう。
……という訳で、状況を少し整理します。
そもそもの発端は、勇者様が攫われたこと。
だから、助ける為に私達は天界に来た……んでしたよね? 確か。
それで、助けるにしても勇者様の籍は既に天界に書き換えられたのも同然で、その身柄は後見の神々の手にあるということで。助けようにも後見の神様達から勇者様に関する権利を強奪しないことには天界から引き離せない……と。そう御先祖様が言ったので。
じゃあ神々張っ倒して勇者様の身柄を奪い取るかーなんてまぁちゃんが言い出しました。良い考えだと思います。
まず私達が向かったのは、幸運の女神のところ。
そこで穏便に勇者様に関する権利をポイしてもらってさよならバイバイする筈でした。
ですが、何故なのかは謎ですが、せっちゃんが勇者様のところに転移してしまうという非常事態が発生!
大至急、まぁちゃんがお迎えに行くことになってナターシャ姐さんが再臨しました。色々な意味で目に眩しかったです。相変わらず、サルファも化粧の腕だけは見事なものでした。アレは真似できません。
そしてまぁちゃんがせっちゃんと、ついでに余裕があれば勇者様の回収に向かうべく飛び立った後。
私達は勇者様に嵌められていた拘束具を何とかする為、制作者である鍛冶神様を訪ねた訳です。
訪ねて、取引が成立しました。
鍛冶神様の制作物に宿った力を無効化する槌と引き換えに、お礼として美の女神を捕獲した際には鍛冶神様に引き渡すっていう……此方の腹が一切痛まない素敵な取引を!
美の女神を無事に捕獲できる保証がないので、半ば空手形でしたけど。それでも鍛冶神様は喜んでくれたので、何とか実現させたいところです。
……で、今に至ると。
「勇者様の拘束を外せる神器が手に入っちゃいましたからねー。それも美の女神の神殿ごと崩壊させられそうな素敵なブツが。……と、なれば私達も囚われの勇者様救出に向かうべきでしょうか。美の女神の巣に」
「いえ、勇者殿の身柄も心配ではありますが……姫殿下の実力を思えば滅多なことは起きないでしょう。陛下も向かわれましたからね。でしたら私達は救出に向かうよりも先に、済ませておくべき雑事を減らすべきではありませんか?」
「……絶対に避けては通れない雑事が、そう言えばありましたね」
つまり、アレですよね?
勇者様の後見神を、一柱でも多く潰しておくべきっていう。
確かにそれは、大切なことです。
勇者様の救出に避けては通れない道なので、どこかの段階でやらなきゃいけないことではあるんですが……
「でもりっちゃん、私達、最高戦力を欠いた現状で大丈夫かな。勝てる保証があると思う?」
御先祖様は私には想像もつかないほど強いみたいですが、それでもあくまで道先案内人です。案内や神々との仲介に徹していて、神に挑むという人の試練には関与しない姿勢を取っています。そりゃ、試練ですからね。自分で達成することに意義があるのでしょうけれど。
御先祖様を除いた面子で一番強いのはまぁちゃんです。次が、せっちゃん。
その二人を欠いて、私達に神々を張り倒すことなんて出来るでしょうか?
「とりあえず、現状把握に努めるだけでも意味はあると思いますよ」
「りっちゃん、でも……」
「檜武人様がいれば、最悪でも死ぬことはないと思います。でしたら、相手の強さや傾向が如何許りのものかを掴む為、一度挑戦するだけしてみませんか?」
「だけどね、りっちゃん。考えてみよう? この面子で、御先祖様を抜いたら……一番強いの、画伯なんだよ?」
ロロイとリリフも真竜の秘蔵っ子ですから、強いことは強いと思います。でもまだ若いし、経験不足な点が見受けられます。
ただの人間の村娘に過ぎない私は論外で、サルファの戦闘能力も人間の域を超えたものではありません。
……となれば、真の意味で強者と言えるのは魔族のお二人でしょう。だけどりっちゃんは特殊な状況下で謎の力を発揮するものの、基本的には文官で能力も術師特化。しかも死霊術と補助・回復系統が得意という直接戦闘は不利な……不利ですよね? ええ、不利なタイプです。
それに引き換え、ヨシュアンさんは副業が目立ちすぎてついつい忘れてしまいがちですが、本来の本業は軍人さん。しかも魔王の直属になってしまう程の凄腕で、出張で方々に出かけては特殊な任務を達成しているそうなので経験面でもバッチリです。
つまり、この場で一番強いのはどう結論付けようと画伯、っていう。
ルール無用の反則ありだったら、この場で誰が一番強いのか断言出来なくなりますけどね! 何でもありだったら、誰が最後まで勝ち残るか本気で予測がつきません。誰も彼も可能性がある様な気がして来てしまって……そう思わせる皆は、結構凄いと思います。
「………………」
「あっはははは、リーヴィル? その沈黙はなんだよ」
「いえ、急に眩暈というか……ヨシュアンが戦力の筆頭かと思うと、不安が押し寄せてきただけですので」
「あはっ りっちゃんってば正直者だね☆」
ですが偵察を兼ねて、という意味でなら無理に勝つ必要はありません。
幾らかの情報を掴んで撤退するのもまた、偵察です。
私達の手に負えなければ、後からまぁちゃんに突撃してもらうとして……情報収集の意味強めで、他の神々の所に行ってみるのも良いでしょう。
「御先祖様、攻略が容易いのはどの神様だと思いますか?」
勇者様に加護を与えている神は、複数。
美の女神はいわば最後の敵なので後回しにするとして。
ああ、それに既に勇者様の身柄引き渡しに承諾して下さっている幸運の女神も除外ですね。
となると、残りは陽光・愛・選定の三柱の神々ですか。
選定の女神の加護は『勇者』という称号に付随するモノ、みたいな扱いで関係性は薄いらしいので、この女神様も後回しで良いとして。
……勇者様が赤ちゃんの時に加護を授けた=それなりに思い入れなり執着なり持っていそうな、面倒な相手は陽光の神と愛の神の二柱。
面倒を先に済ませた方が良いんだろうな、とは思うのですが……
「愛の神って、美の女神様の息子さんでしたっけ」
「あの女神の血縁、それも息子かぁ……」
「教育に悪そうなあの女神が育てたとなると……どのような神か、考えたくもありませんね」
「性根が歪んでそーだよな☆」
「サルファ、はっきり言ったね」
気乗りしない。
それは、多分みんな同じ気持ち。
別に陽光の神様のところへ先に行くのでも良いんですけど、そっちはそっちで情報が全くありませんしねー……いえ、愛の神の予備知識も『美の女神の息子』というだけで大した情報がある訳ではありませんが。
「ここははっきり、知識のありそうな方にお伺いしてみましょう! という訳で、御先祖様!」
「なんだ、リアンカちゃん。ん? 行先決まったのか」
「いいえ、まだです! その行き先を決める参考として、聞きたいことがあります」
「俺に答えられることなら、どんとこい」
「じゃあ、遠慮なく……陽光の神様と、愛の神様。この神様方って、どんな神様なんですか?」
私が質問すると、それまで私達の方針会議には首を突っ込まずにのんびり葦笛を吹いていた御先祖様が、とても気さくに簡潔なお答えをくださいました。
御先祖様、曰く。
「陽光の神? ここの神群第一の武神だな。性格は清廉っつの? 高潔で正義感が強い天然」
「最後の一言余計じゃね?」
「なにそれ、超面倒臭そう」
清廉、高潔、正義感までは良いです。太陽神っていう印象に合ってますし、納得でした。
でも最後の『天然』って……
気のせいでしょうか。最後の一言で、なんだか印象が崩れたような。
「それじゃあ、愛の神様はどうですか?」
「愛の神ねえ? 性格の悪い恋愛至上主義?」
「どうしよう……比べるのが無駄に思えるくらい、どっちも面倒そうな人物(?)評なんですけど」
どうしましょうか。御先祖様の主観が多分に含まれているんだろうなぁというのはわかります。
でもそれを差し引いても、関わるのが面倒な予感しかしません。
どっちから先に当たるべきか、私達は額を突き付け合わせる形で話合いを続けたのですが……
その相談は、御先祖様のこんな一言で終止符が打たれました。
「ああ、あと愛の神な。嫁にめっちゃ弱いぞ」
御先祖様の思い出したような一言を聞いた途端、私達の心は決まっていました。
円陣組んで座り込み、話合っていた私達は誰からともなく、すくっと立ち上がって前向きな視線を道の先に向けていたのです。
「愛の神から先に行こっか!」
「うん、それが良いよね!!」
今までの相談は何だったのかというくらい、即決で。
私達は愛の神様の神殿へ向かうことにしたのです。
面倒そうな評価を聞いて、どうしたものかと思いましたけど。
親近感の持てる弱m……取っ掛かりがあるんだってわかりましたから!
奥さんに弱い、なんとも人情味溢れる弱m……評価じゃないですか!
……それつまり、奥さんを押さえれば何とでもしようがあるってことですよね?




