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ここは人類最前線8 ~攫われた勇者様を救え!~  作者: 小林晴幸
班別行動い組! ~誰も見てはならぬ~
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28.勇者様狙撃事件 ~放った矢は戻らない~

 美の女神VS選定の女神




 その時、とある神々の宮(しゃこうじょう)にて。

 麗しき女の甲高い声が、きぃきぃと周囲に耳鳴りを覚えさせるような音調で悪し様にとある女神を罵っていた。

「だから、わたくしに権利を全て寄越しなさいと言っているのよ!」

「こちらこそ何度も言わせないでもらおう」

 見るからに怒り心頭、我を忘れる寸前といった様子で気を高ぶらせている絶世の美女(めがみ)に相対するは、淡々とした口調で冷静に対応する女神。

「あの者は、私に仕える祭祀の一族。それもただ連なるのではなく、次代の祭祀そのものだ。それを無断で天界に攫った挙句、あの者の身にまつわる全ての権利を寄越せとは。どうして私がそれを承諾する必要がある。祭祀の後継者を奪われた私こそ、貴女に謝罪と賠償を請求してしかるべきだと思うが?」

「どうしてわたくしが謝罪なんてしなくてはならないの? わたくしは、あの人間が赤子の頃から加護を刻み、見守ってきたの。その時から、わたくしのモノなのよ」

「誰がそんな自分勝手な主張に頷けるものか。それを言うのであればあの者は我が祭祀の一族に生まれた瞬間から我が庇護に属する者。誰が淫乱阿婆擦れ女になど差し出すものか。私は我が祭祀となる者を阿婆擦れの生贄にするつもりはない」

「淫乱阿婆擦れ!? 口のきき方に気をつけなさい……貴女、わたくしに対する尊敬の念が足りないのじゃなくって!?」

「尊敬? 敬意を向けられるに相応しい行いを、貴女が何かしただろうか。私は寡聞にして聞いた覚えがない」

「なんですって!?」

 怒鳴られている方の女神は、静謐な物腰だ。

 こちらは打って変わって理性的な態度を崩さないよう律しているように見えながらも、僅かに頬が紅潮しているあたりを見るにやはり理性は瓦解する一歩手前の段階にあるようだ。

 互いに趣は違うものの似たような雰囲気を纏っているのは、同じ神群に属する親戚だからか、はたまた同じ案件で怒りをぶつけあっているからか。

 何にせよ、女の争いは恐ろしく手に負えない。冷静な話し合いという言葉はとうに吹っ飛んで久しく、そもそも感情的な部分に重きを置く題材から切り込んで発生した案件だ。周囲の神々も仲裁しようにも手を出しかねているし、下手に手を出せばとばっちりで酷い目に遭うことは目に見えていた。誰だって冷静さを忘れた女達からの集中砲火は嫌だ。

 全然話が纏まりそうにない。女神たちの主義主張は、互いに譲り合うという『謙譲』の念に欠けまくっていた。まだまだ彼女達の納得できる決着は遠そうだ。

 本来であればこんな時、争う両者を取り持ち、なるべく平和に事が収まるよう決着を付けさせるのは神群の長、彼らにとっての最高神の役目なのだが……

 女神達の対立に手を出すことも出来ず、自分達で事を収めることは不可能と見て取った周囲の神々。彼らは焦りを込めて女神達と、それから宮の出入り口をちらちら交互に見比べている。神であるのに、今にも祈り始めそうな救いを求める空気があった。

「長はまだ来ないのか!?」

「女神達が争っていること、伝令は送ったのだろう?」

 彼らの求める最高神がこの場にいれば、話は早々と終着を迎えて事がスムーズに進み、女神達が納得できる否かはともかく何らかの結論から新たな動きが出たことだろう。

 もしかしたら最高神の裁き方によってはとある女神がやりたい放題の自由野放し状態になる可能性もあったかもしれない。

 だが、それを望まない者がいる。

 彼らの最高神がただ時間的猶予を確保する……時間稼ぎの為だけに、待ち伏せからの闇討ち展開で某武神(前歴羊飼い)に凹られたとか、そのせいで絶賛伏せっている真っ最中とか。

 そんなことは知らない神々は、ひたすら最高神の到着を願って女神達の争いに頭や胃の痛みを感じていた。


「話にならないわ。良いから黙ってわたくしに従えば良いのよ。どうぞ頂いて下さいとここは権利を差し出すべきでしょう!? わたくしはこの神群第一位の女神ですのよ!」

「聞き捨てならないわね。訂正願いましょう。誰に認められて自身をこの神群第一位の女神だなどと……その称号は、長の妻たるわたくしのもの。最高神の妻であるわたくしに与えられた位階だと御存知ないのかしら。無知なのか、無恥なのか……頭が足りていないのではなくて?」

「なんですってぇ!? わたくしは最高神にも敬われてしかるべき尊い生まれなのよ。この美貌だけでも崇拝を集め、生まれ持つ身分も他より高く、誰もが認める最高の女神だわ!」

「ほほほ……厚顔無恥とは本当に貴女を指す言葉のようね。そのような浅い考えしか持てないからこそ、行動にも愚かさが透けてみえるのでしょう。……前時代の化石が何を言っているのやら」

「……喧嘩を売っているのかしら?」

「血の気の多いお馬鹿さんは大変ねぇ。猪にでも嫁入りしてはどう?」

「わかった。喧嘩を売っているのね……!」


 ――ひぃっ飛び火したー!?

 事態が望まぬ方向に進みつつある光景に、神々は恐れをなして首を竦める。恐ろしい女の争いが別の燃料を投下され、更に多くを巻き込んで燃え広がろうというのか。


 足止めを兼ねた、地味な妨害工作。

 調停役を欠いた女神達の争いは、規模を拡大しながらまだまだ続く。

 ……勇者様はいつから『黄金の林檎(あらそいのタネ)』になったんでしょうね?




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 某女神に虐げられて日頃から色々鬱憤系のアレコレが溜まっていそうなティボルトさん。

 彼の持ち出した一本の矢は、特別な黄金の輝きに満ちていた。

「そ、それは……!?」

「伝承くらいは聞いたことがあるんじゃないですか?……これは美の女神様の御子息、愛の神様がお持ちの矢と同じ物。金の矢は、他人の恋心に作用する力を有します」

「なんでそんな危険ブツを所持してるんだ!」

「愛の神様の情けです!美の女神様に天界に引きずり込まれた矮小な我ら一人一人に配って下さったんですよ、一人一本!」

「なんでそんなことを」

「…………嫌々従うからこそ辛いんじゃないか、と。我慢が限界に達して耐えられなくなったら使うと良いって仰せで。そう、心底美の女神様に惚れこんでしまえば、この天界での日々も辛くはなくなるんじゃないかと」

「つまりはある意味自決用……!そこまで気にかけるんだったら、そもそも美の女神の暴挙を見過ごすなよ!」

「そこは私も同感です!!」

「同感なのか……」

 美の女神の愛人に強制就職させられた方々が、今までどれだけいたことだろう。

 そこは定かではないが、少なくとも目の前のティボルト青年はどうやら愛の神に貰った矢を今まで使うことなく後生大事に保管していたらしい。

 それは美の女神に心から屈することを矜持が許さなかったのか、それともまだ耐えられると根性で我慢大会を己に敷いていたのか、あるいはただの貧乏性か。

 いずれにせよ、彼が金の矢を未だ保有していたが為に結構な危機が訪れつつあるようだ。主に、ティボルト本人に。

 いま、彼がつがえた矢で狙っているのは……せっちゃん。

 もしも矢が放たれ、運悪くせっちゃんに命中してしまおうものなら……その洒落にならない効力からして、魔王陛下からの私刑フルコースは確定だ。せっちゃんの精神上の健やかさも案じられてしまう。

「冷静になってくれ。その矢で、どうするつもりだ……!」

「みんな私達のように堕ちてしまえばいいのです! 奈落の最下層まで」

「駄目だこれ全然正気じゃない! その決断は直接的にこの場の全員の心中に繋がるから冷静になるんだ! 大体、彼女に金の矢を放ってどうするんだ、具体的に。自分に好意を向けさせるつもりか……!?」

「そんな浅ましい真似はしません」

 その言葉に継いで、ティボルトは勇者様の耳には意味の通らぬ何事かを呟いた。

 声に呼応するようにして、輝きが放たれる。

 それは、陽光を反射した光。

 勇者様、せっちゃん、ティボルト……全員を取り囲むようにして、四方八方はピッカピカの鏡に取り囲まれていた。まるで、ミラーハウスのように。

 女神の身嗜みを整える為だけに覚えさせられた、悲しい魔法。

 それが今、悪辣な罠となって勇者様達に襲いかかる!

「こ、これは!?」

「この鏡で彼女を恋愛不能レベルの重度のナルシストにしてやります……!」

「なんてことをー!!?」

 このまま魔境の可憐な黒百合は可憐な黒水仙になってしまうのか。

 そんなことになったら後が怖いぞ! 今も怖いけど!

 事態をよくわかっていないせっちゃんが、きょとんと首を傾げる。

「鳥さんごっこですのー? くわっくわっ♪」

「姫、狩猟ごっこじゃないから!」

 弓を向けられても緊迫感も、危機感すらもないせっちゃん。

 彼女の態度を舐められている、とでも感じたのか。

 ティボルトは目尻をきりりと吊りあげて、

「奴隷の怒りをその身に受けなさい……!」

「それをこっちに向けられるのは筋違い――!!」

 矢は、あっさりと放たれた。


 現実問題として。

 普段の天然ぶりから意識されることは滅多にないものの、せっちゃんは魔王の妹。魔境でも屈指の実力者なのだが。

 神とはいえ、元人間の特に武人という訳でもないおにーさんが矢を放ったところで、それが大人しくする必要のないせっちゃんに命中するのかどうかという話。

 冷静に彼我の実力やら何やらを加味して分析すれば、当たる訳がないという結論に至る筈なのだが。

 良くも悪くも、この時、せっちゃんのことを少なからず知っている筈の勇者様は冷静ではなかった。


 何事も、冷静さを失うことは無用なリスクを招く。


 真っ直ぐ素直に、何の捻りもなく飛んでくる矢。

 その速度はまあまあ速いが、まあ普通。

 魔境にいれば常識? 何それ? とばかりに物理法則を度外視したキワモノ共がわんさかいる訳で。

 そんな際どい猛者達の間でのっほほ~んと遊びながら育ったせっちゃんにとって、そんな素直すぎる矢は。


「ひょいーんっ♪」

「「えっ」」


 止まっているも同然だった。




「 え゛っ 」




 そして黄金の矢の被害は。

 咄嗟にせっちゃんを庇おうとして身を投げ出していた勇者様の。

 トスッと見事に額を撃ち抜いた。


 → 勇者様、重度の自己愛野郎(ナルシスト)に……?




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