22.突撃! お宅訪問 ~鍛冶神様の繊細事情~
お宅訪問の結果、判明した事実。
わあ、鍛冶神様ってば牛魔人だったんだ☆
新事実の発覚です。
「いや、だからアレは被り物……」
「酒神様、でもあんなに身にしっくり馴染んでらっしゃるじゃないですか! アレはもう、体の一部! あの面こそ鍛冶神様の顔面といっても過言じゃない気がします」
だって人間とは形状の違う牛の頭ですよ!?
鼻だって口だって、人間より長いし……それだけでなく他にも色々。
なのにそういった齟齬を全く気にする必要もないとばかりに馴染んでらっしゃる。私にはわかります。アレは日常的に牛の頭で慣れた男だと。
私達が鍛冶神様の意外な姿に驚きを持って凝視していると、視線が気になったんでしょうか?
牛男はちらりと此方を見て、私達に気付くと怯え混じりに機敏な動作で跳び退りました。わあ、そこまで驚きますか!
「ひ、ひぃ……っなんだお前たち! ひとの家に無断でずっかずかと……ぶ、酒神が連れてきたのか!? 遊びに来るのは構わないが、なんで、どうして見知らぬ他人を……!」
「ま、落ち着きなよ鍛冶神! 大丈夫だって! 別に害はないない、鍛冶神の精神面を滅多打ちにしにきたわけじゃな……ないよな? うん、ないはずだ!」
「すごい曖昧表現……酒神、本気でそう思ってるんかの!?」
「えーと、あー……うん、害はない、はず、だ!」
「失礼、お話し中に申し訳ありませんが……先触れを立てることなくお伺いしてしまったことは謝ります。手土産もお持ちしましたので此方をお納めください。どうぞつまらないものですが……」
私達の面子を代表して、りっちゃんが鍛冶神様に差し出した物。
それは皆で焼いた思い出のお煎餅……☆
ちゃんと箱詰めして、風呂敷で包めば立派な手土産です。
手ぶらでの訪問は失礼? そんな常識に裏を掻かれる私達ではありません。ばっちり対応して、隙なんてありませんよ! りっちゃんが!
「あ、これはどうもご丁寧に……って、そもそも招いた覚えがないお客さんは歓迎してないんだが!」
「私達は用を果たしに来ただけなのでお構いなく」
「遠回しに帰ってほしいって言ってるのに通じない!」
おろおろと落ち着かない様子の鍛冶神様。
対人能力に問題があるって言ってましたっけ? 私達を気にしながら、じりじりと後退していきます。
「……さて、酒神様。取り成して下さるって言ってましたよね?」
「言ったな。OK.男に二言はないさ」
何か細工が施されているのか、それとも神の御業か。
被り物の筈なのに何故か涙ぐむ牛頭に、酒神様はへらりと笑うとたすたすって早足に接近しました。
「へい、鍛冶神!」
「う、うん? なんだい酒神」
「このお嬢ちゃん達の訪問は鍛冶神の嫁(別居中)絡みだ。ちょいと話くらい聞いたれ?」
「は、ハニーの!?」
は、ハニー? ハニー???
ハニー……
え? 鍛冶神様あの性悪女神のこと蜂蜜ちゃんなんて呼んでるんですか? ……正気で?
一瞬、この牛頭が素面かどうか疑いました。
あ、性悪女神といえば、そう言えば。
……さっきから気になりつつも何となく触れないようにしてたんですけど…………鍛冶神様、なにやってんですかね。
私の目が正常なら、なんか巨大な寝台をバラして……その廃材やら何やらで、ひたすら同じ造形のお人形さんをお作りになっておられるようにお見受けするんですけど。
その、美の女神様激似の、二十cmないくらいの大きさのお人形を。
あれ、どっからどう見ても鍛冶神様の性悪嫁さんがモデルですよね?
本当に何をやってるのかと追求したいようなしたくないような。
何を思ってあの牛男はあんな見栄えは美しいけど中身はちょっと……な女神の人形を量産しているのでしょうか。
ひたすら別居中の嫁に似せた人形を作り続ける牛男……ちょっと気持ち悪いですね。
大事な御兄弟のことです。おかしいと思えば即座にツッコミを入れてもおかしくない筈の酒神様は、最初からずっとそんな鍛冶神様の謎の奇行を気にもしておられないようで。
大事な御兄弟のことですよ? よく流せますね。
酒神様なら追及は出来ずとも、異常と思えば挙動不審にくr………………まさか、この謎の作業風景がいつものこととか言いませんよね?
ますますもって、聞くのが怖いような……むしろ怖いもの見たさで聞いてみたいような。
これって、やっぱり聞くべきですかね?
「鍛冶神の旦那、これ何やってんのー?」
聞いちゃって良いものかと私が逡巡していると。
そんな私より先に鍛冶神様に聞いちゃった男が一人。
サルファです。
あ、先を越された!
まさか私以外にずばっとそこに触れる野郎がいるとは思いもよらず。思わず目を丸くして私はサルファを凝視してしまいました。
しかし奴は大層気軽な様子でへらりと笑い、ちょこちょこさり気無い動きで接近し……おっと鍛冶神様が反応して距離を取るより早く至近距離まで近づきましたね! そのまま鍛冶神様の足下にしゃがむと、既に完成して放置されていたらしい人形を手に取りました。
私も便乗して側により、人形を観察します。
…………見れば見るほど、どこぞの誘拐女神に良く似ていました。
顔立ちはともかく、表情はあの女神が浮かべるとは思えないほど慈愛に富んでて、現実との乖離っぷりがこれまた気持ち悪かったですけどね!
「うっわぁ、よく出来てんね! 近くで見たことないけど。鍛冶神様の嫁さんってやっぱ美人だよねー☆ なんか美として完成しちゃってる感があって弄りがいなさそうなのが残念だけど。俺だったらやっぱ女の子は自分のこの手で磨いて完成させちゃいたいって言うかー?」
凄いね、サルファ。凄いね。
未だ一言も口を聞いたことのない初対面の繊細な引籠りのオッサン牛男を相手に、ぺらぺら喋る軽薄男。しかも内容が鍛冶神様のメンタルのデリケートの部分に食い込むだろう嫁の話題+自分の感想。
そんな奴のことを、ちょっと尊敬しかけました。気の迷いですね、危ない危ない……!
「サルファって凄い度胸の持ち主ですよね……!」
「リアンカちゃん、人のこと言えない」
あれぇ? なんか真顔でお前が言うなって感じのことを言われました。どういう意味ですかねー?
首を傾げる私。目を逸らすサルファ。
そんな私達二人の襟首を、後ろからがっしり掴む酒神様。
きょとんとした顔で見上げると、酒神様の顔がしっかり引き攣っておられました。
その顔の意味するところは、よく分かりませんが。
行動の意味はすぐに知れました。
目の前で、大きな変化が訪れたからです。
サルファがぺろっと喋った内容を受けてでしょうか。
鍛冶神様がびくっと分厚い筋肉に覆われた肩を跳ねさせたかと思うと、目にも止まらぬ速さで外敵に襲われた子兎みたいに蹲って丸くなってしまいました。おっと、どうされたんですかね。
そのまま頭を抱えて、ぶつぶつと呟いている模様。
声は、被り物越しでもそこそこ良く聞こえました。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい気味が悪くてごめんなさい気色悪いですよね気持ち悪いですよねこんな儂で生きててごめんなさい」
おやおや、何やら鬱陶s……鬱い空気を発生させ始めましたよ?
じめじめしだした鍛冶神様に、酒神様はがっくり項垂れて。
私とサルファを背後からずりずりと引きずって、鍛冶神様と距離を取らせようとしてきます。
「酒神様?」
「うちの兄弟、ああなるとどん底まで行くから。周囲にあんたらがいると逆効果だ。説明するから、ちょっと離れてくれ。頼むから無邪気に本人に尋ねるな、追い詰められるだけだから」
「「はーい」」
良い子のお返事で挙手した私達に、酒神様は虚ろな眼差しを返して下さいました。
「まず、何から聞きたい?」
落ち込みの余り、布団を被って本格的に丸くなってしまった鍛冶神様を放置しつつ。
私達はお煎餅と牛蒡茶を囲みつつ、酒神様から事の次第(鍛冶神様の陰鬱な人形制作について)を聞くこととなりました。
でもどう説明するか、考えあぐねたようで。
酒神様は私達から質問を募り、その疑問点に答えるという方法で私達の好奇心を封じることにしたようです。
「何からも何も、あの牛男な神様は何を作ってるんですかね」
「……嫁の像だな。他の何かに見えるか?」
「いや、なんでそんなけったいなもん作ってるんですか」
「奴なりの未練や執着の発散っていうか……嫁関連で落ち込むことがあると、嫁への愛憎込めて気分が落ち着くまでひたすら嫁の人形を作り続ける習性が……」
「うわぁ……なんか人形が意思を持って動きだしそうな理由ですね。予想はしてましたけど! 洒落にならないナニかを感じます」
「鍛冶神も昔はああじゃなかったんだけどなぁ……嫁に、心を折られ過ぎた弊害かね」
「わあ、酒神の旦那遠い目ー」
「まあ、酒神様の説明でなんとなく鍛冶神様が嫁の人形を量産している理由は了解しました。でもまだ、おかしなものが転がってますよね?」
おっと私が新たな疑問を呈したところ、酒神様があからさまに視線を逸らしましたよ! 露骨に明後日の方向をご覧になってるんですけど、何か聞かれたくないところを突いちゃいましたか?
私はなんとなく触れられたくないんだろうなぁとは気付いていましたが、それでも敢えて訊きました。
「ところで酒神様、嫁人形の材料らしき……鍛冶神様の足下に転がっている、解体された寝台は何なんですか?」
私はそこまで高級家具に縁がある訳じゃありませんが、それでも今までの経験(主に勇者様の実家関連)で少しはわかります。
あの寝台、滅茶苦茶いい家具っぽいんですけど……なんでわざわざあんな物バラして人形の材料に使ってるんですか?
私の疑問に答えが返るまで、少しの時間を必要としました。
苦悶に満ちた酒神様のお顔。
やがて沈痛な面持ちで、普段は陽気らしい酒神様は仰ったのです。
「……………………………………あれな、美の女神が使ってた寝台なんだわ」
酒神様の、お答えに。
私達はなんだか本格的にヤバい気配を感じ取っておりました。
説明を聞くと、それはこういうお話でした。
なんでも美の女神様は新しい愛人を確保する度、寝台を新調する習性があるらしく。何を思ってかウキウキと新しい寝台を運び込ませて古いのはポイしちゃうそうなんです。
ですがこの神群のお里で物作り総元締めみたいな立場にいるのは、鍛冶神様だそうで。どこの誰が何を新しく作らせたとか、捨てたとか……そういう情報は鍛冶神様さえその気なら、隠すことなんて出来ないとか。……その事実、美の女神様は知らないとみました。
寝台なんて大きな家具、きっと目立つ買い物なんでしょうねぇ……どんな時に買い替えるのか、完全に知れ渡ってるみたいですし?
そして鍛冶神様は家具業者に繋がるその伝手を駆使して、廃棄された新しい寝台を自分のところに運ばせるよう仕向けているそうで……正直、うわぁって思ったんですけどね?
鍛冶神様は女神様の古い寝台で作れる限りの人形を、作り。
最終的に全ての廃材を人形に作り替え終えた時点を以て、ど派手なキャンプファイヤーを実行。
手塩にかけてせっかく作った精巧なお人形の数々を、一気に炎で燃やし尽くす! というところまでがワンセットだそうです。なんでそんなことをするのかっていうと、念を込めて制作した奥さんそっくりの大量の人形が一気に炎に呑み込まれていくところを見ると不思議とすーってすっきり気分が落ち着いて、精神状態が良くなるから、だそうですが。
……お清めですか?
炎で浄化するとかって、そんなお祓い作法があったような。
「いや、むしろ呪いじゃない? それ」
「あははははー……画伯、笑顔が引き攣ってますよ?」
……ところでこの度、女神様が寝台を新調したのって勇者様を捕獲したからですか? 捕獲したからですよね? よっし、その新調しちゃったウキウキ気分、私が全力で無駄にして差し上げましょう。
自慢じゃないですけど、私とまぁちゃんがタッグを組んだらひとの小さい幸せ台無しにするのなんて、ちょちょいのちょいですよ!
次回、何故かリアンカちゃんとサルファと画伯とりっちゃんと子竜コンビがこぞって本気の人形作りを……




