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17.再臨のナターシャ




 サルファが広げた布地は、しゃらしゃらと衣擦れの音を立てて広がります。

 ふぁさっと重力に従って、全貌を現したソレは赤と黒。

 派手で、どこかケバケバしくも感じる赤と黒の淫靡なドレス。

 黒と紫のレースには何故か白い蝶が刺繍されていて……それがやっぱり蜘蛛の巣に引っ掛かって死を待っているようにしか見えません。あ、なんか勇者様と印象が重なりますね、この蝶。

 今回は更にその印象を強調しようというのでしょうか……ドレスには、蜘蛛の巣をモチーフにした銀色の刺繍が施されていました。

 重たげな布地の各所にイミテーションの安っぽい宝石が縫い止められ、黒いコルセットを締め上げる紐だけは何故か白いリボン。暗い色合いの中に白を配することで、腰の細さに目が行くよう仕組まれています。

 がっぱりと開いた胸元は、女性が着たらきっと胸が零れ落ちそうになる筈。

 ――このドレスを着るのは、ガタイのよろしい男性ですが。

 零れるような胸は元から持ち合わせていませんが、代わりに乳首がチラ見えしそうになって調整に手間取りました。

 見えそうで見えないギリギリのチラリズム、というやつは画伯によると重要だそうです。

 そして開いた胸元を飾るのは、黒い幅広レースと細鎖、イミテーションダイヤで作られたチョーカー。喉仏隠しも兼ねた逸品ですが、ドレスと同じレースで作っている為かしっくりきます。鎖骨の間で揺れるのは、鶉の卵ほどの大きさのルビー。

 これもまぁちゃんの設定(こだわり)を考慮して偽物を使っているんですが、赤い宝石は偽物でも充分にまぁちゃんの白い肌を際立たせ、美しく対比させています。

 勿論、見えている部分の肌だけでなく、見えない部分にも手を抜きません。

 まぁちゃんの白い足を包むのは、黒い網タイツ。

 靴は敢えて人間さん達の国で流行っているという、ピーコックグリーンのハイヒールをご用意してもらいました! 幸運の女神様の、お世話係の人形に!

 これで孔雀の羽根の扇を持たせれば……身体は一先ず完成です!

 後は髪と、お化粧なんですが……

「サルファ、何の準備もなく天界に来ちゃったのにお化粧とか出来るの?」

「だいじょーぶ☆ 鎖鎌とかいつも携帯していた道具以外の俺の手荷物、リアンカちゃんに差し入れしようと思って持ってたメイクボックスだけだから……化粧はバッチリだから☆ ……化粧だけは」

「また何とも使いどころの限定される荷物が唯一の所持品ですか」

 サルファが掲げて見せたのは、物凄く色々な瓶が詰まったメイクボックスとやらで。

 中を見ると、私には用途のわからない化粧品がいっぱいです。

 ……これは差し入れられても使いこなせる自信はありません。

 時間になって合流した画伯と私がまぁちゃんの髪飾りを吟味している間に、サルファは見事な手際でまぁちゃんの顔を整え始めました。

「まぁの旦那、今回の設定は?」

「前と同じだ。場末の酒場の商売女風。年齢設定は二十五歳だとサバを読んだ四十六歳」

「まった際どいとこつくね☆ でも俺、そういうの好き」

「……ついでに髪も染めるか」

「あ、良いね良いねー! 俺に任せてくれる?」

「お前、無駄に上手に染めそうじゃねーか。安っぽく、あからさまに失敗してムラになった偽物臭い金髪、とか出来るか」

「どんと任せといてよ☆ 俺、自分で言うのもなんだけど超☆器用な方だから!」


「画伯、金髪だそうですよ」

「そっかー……じゃあ金メッキの簪はナシだね! 金髪に金メッキとか、埋没しちゃうって」

「いっそ黒の漆塗りなんてどうです? 簪」

「黒漆は手元に蒔絵の高いヤツしかない。場末のお姐さんが付けるには釣り合わなくって不自然だし」

「確かにお高そうですね。そんなの貢がせられるくらいだったら、場末にはいませんよねぇ」

「……あ、これなんてどぅ? この黒薔薇になろうとして成りきれなかった感じが漂う、くすんだ紫の薔薇!」

「あ、良い感じですね! 本当に黒か紫かどっちつかずの中途半端な感じ! 割合黒が勝ってる感じの!」

「それとさ、それとそれと……リアンカちゃん、提案なんだけどさ」

「はい? なんですか、画伯」

「折角だから、ちょっと……陛下のドレスに、ギミック付けてみない?」

 そう言って画伯が提案してきたのは、なんとなく「女郎蜘蛛」の雰囲気漂うまぁちゃんに……というか、まぁちゃんのドレスの臀部の部分から、巨大な蜘蛛のお尻と足が生えているように見せかける仕掛けの話で。

 その蜘蛛(偽)部分だけで、まぁちゃんの身体よりおっきくなりそうなんですが。

「アラクネですか?」

「いやいや、やっぱ女郎蜘蛛だよ☆」

 なんとなく面白そうだったので、実行しました。

 まぁちゃんは好きにしろ、って言ってくれたから。

 だから――手加減はしませんでした。


 そして、私達の前に。


 『ナターシャ姐さんMk-Ⅱ女郎蜘蛛ver.』が降臨しました。


 

 まぁちゃんという最高の素材を前に、画伯とサルファという二人の職人が手を組んで作り上げた最高の傑作。

 そう言っても過言ではない艶姿に、私達は大きな衝撃を受けます。

 そしてこの衝撃と破壊力を受け流す術を……私達は、知りませんでした。


「あっは! ふは、ふはははははは! あっはっはっはっはっはっは!! あはは、け、け、けっさ、傑作だなぁおい……!!!」

 最高傑作、最高に傑作。

 字面は一緒なのに、受ける印象が異なるのは気のせいでしょうか。

 指を差しながら、この場の誰よりも盛大に大笑いをしている――鏡を前に腹を抱えた、まぁちゃん。

 本人が笑っているモノを、私達が勿論遠慮なんてする筈なくて。

 この衝撃も二度目の私やロロイ、リリフはまだ辛うじて呼吸が出来ていますが。

 それでもやっぱり笑わずにいられる筈もなく、頬の表情筋と腹筋が痛い!!

 凄い! 凄い素材の無駄遣い!! 美貌が無駄過ぎる……っ!

 あ、笑い過ぎて涙が……なんて段階はまぁちゃんの艶姿を披露されて一分で過ぎ去りました。

 御先祖様なんて笑い過ぎて床に懐いてますよ。床の上で身悶えてますよ!

 笑い過ぎて呼吸困難に陥っています。

 なんかもう、死にそうな勢いで。

 ヨシュアンさんの方は呼吸困難よりむしろ過呼吸の方向で苦しみ悶えています。これを突き抜けたら、笑い殺しという新種の死因で御臨終してしまうかもしれない。

 りっちゃんは逆に笑いを堪えようとまぁちゃんから目を逸らし、儚い努力に尽力していますが……肩、震えてるよ。りっちゃん。

 ものすっごいガタガタ震えているから……!

 震え過ぎて痙攣しているのかと思いました。


 そんな、攻撃力がかつてなく高いまぁちゃん。

 ……いいえ、ナターシャ姐さん!

 確かにこの姿をいざ目の前にした時、余程感覚が狂っているか、盲目でもない限り……大きな隙が出来るのは免れないだろうな、と。

 笑うのではなく蹲って怯える方向で反応を見せる幸運の女神様の姿をチラリと見て、私は確信を持ったのでした。

 怯えるにしろ笑うにしろ、湧きあがって来る衝動的な発作を堪えるのはなかなか困難ですからね!


 私達自らの腹筋崩壊を以て、まぁちゃんの麗し艶姿の威力を確認した後。

 いつ何が起こるかわからない、この不確定要素満載の天界で孤立状態にあるせっちゃんと勇者様を回収すべく、まぁちゃんは私達を置いて美の女神の神殿へと急行することになりました。

 りっちゃんやヨシュアンさん、勿論ロロイ達だって空は飛べます。

 だけどまぁちゃんが本気になったら、誰もその飛行速度について行けないから。

 だから、まぁちゃんは単独で先に行く。

 高速飛行物体ナターシャ姐さんとして。

 ……設定はうらぶれた場末の商売お姐さんとか言ってるけど、あんな物体が出没するとか何処の場末なんですかね?

 色々と気になる点もありはしますが、今は黙ってまぁちゃんの……漢の背中を見送りましょう。

 今のまぁちゃんは女らしい格好をしていますが……その背中は、誰よりも漢らしいとふと思ってしまいました。

「行くぜ、リアンカ」

「まぁちゃん……気を付けてね。特に鳥との正面衝突に」

「ハッ……俺を誰だと思ってやがる。十にもならねぇガキじゃねーんだ。今更鳥如き……ぶつかったとしても何てこたぁねえよ!」

 本気で飛ぶと飛行速度が速すぎて、鳥と行き合っても回避行動が上手くいかない。魔族さんにはよくあることです。それはまぁちゃんにも当てはまるんだね……。

 幸運神殿のテラスから頭上を見上げると、広く抜けるように青い大空が広がっています。そこを頻繁に飛び交う、目にも鮮やかで浮世離れした鳥達も自動的に目に入ります。何あの孔雀みたいな尾羽……絶対に飛行には邪魔ですよね。

 ゆったりのびのび、のんびり飛び交う鳥達を見ていると……天界の空には外敵がいないんだろうと察せられます。

 少なくとも空の鳥を捕食するような生き物はいないのでしょう。

 だからこそ平気で、あんなに危機感なくゆったり速度で飛べるのでしょうし。

 魔境の鳥さん達だったら、もっと殺伐切羽詰った危機感に追われ、緊張感溢れる空を外敵と争い合うようにして生きているものですが。

 こっちの鳥さん達は平和ですねー……。


 そんな空に、今からナターシャ姐さん(空の超特急)が解き放たれます。

 

 鳥の方には、まぁちゃんの全速力を回避など出来ませんよね。あんなにぽやんとのんびりした生き様を見ると、超高速で鋭角に進行方向を修正したり避けたりといった姿は想像出来ません。

 果たして、何羽の鳥がまぁちゃんに薙ぎ払われ、弾き飛ばされる憂き目に遭うのか……被害はきっと少なくないことでしょう。

 まぁちゃん自身も空を見てそう思ったのか、なんとも微妙なお顔をしています。

 だけど私達の中で、比重は動きようがない。

 鳥よりも、一刻も早くせっちゃんです! あと、勇者様。

 救出に一時を争うんですから、まぁちゃんも鳥への配慮は捨てるでしょうし。

 せめて被害に遭った鳥さんには成仏していただきたい。

「少し、リアンカを置いてくことには後ろ髪を引かれるが……いつまでも留まってたって仕方ねーな。せっちゃんだって心配だ。今度こそ、行ってくる」

「行ってらっしゃい、まぁちゃん!」


 こうして、まぁちゃんは。

 青いお空に飛び出していきました。

 ちょっと名残惜しげに、私の方に三度ばかり振り返った後で。


 ……だけど不思議なんですけど。

 あんなに大きく広がるスカート部分、下から眺めたら内部が見えて然るべきだと思うんですが……スカートの中、真っ暗で何も見えませんでした。あのドレスはそういう仕様なんでしょーか。




 遠くの空に消えたまぁちゃんを、しばし見送っていた私達。

 だけど、ふと。

 ロロイがぽつりと呟きました。

「………………そういえば、まぁ兄ってどこに行けば良いのか知ってるのか?」

「美の女神の神殿でしょ」

「いや、だから……その女神の神殿の場所を知ってるのか、っていう」


 場に、謎の沈黙が落ちました。


 思わず、私はご先祖様達に助けを求めるような目を向けてしまいます。

「ご、御先祖様、幸運の女神様! も、ももももももももしかして!?」

 口調に同様の現れた、私に。

 ちょっとおろおろ手をぱたつかせながら、幸運の女神様が宥めにかかってきました。

「だ、大丈夫です! 此方の方であの方には地図を渡しておきm……」

 ……その、不自然に途切れた言葉は何ですか?

 言葉の途中で何に思い至ったのか、女神様は両手で口を押えてハッとしたご様子。

 なんだか動揺もあらわな様子に見えるんですけど、気のせいですかね。

 やがて、僅かの間を置いて。

 女神様が沈鬱な声音でそっと囁いたのでした。


「……………………地図に、方位図を書いていませんでした」


 ――さあ、問題の時間です。

 全く土地勘のない初見の場所で、目的地を探し当てる手掛かりは地図一枚。

 ついでに目的地も見知らぬ場所で、特徴すらわからない。

 しかも地図は方位図の記入漏れによって東西南北がわからない仕様だ☆

 ……そんな状態で、果たしてまぁちゃんは目的地に辿り着けるのでしょうか。


 

リアンカちゃん、まぁちゃん、せっちゃん&勇者様……それぞれがバラバラになってしまった、この状況。

孤立無援の人もいれば、周囲に戦慄と脅威を与える威風で堂々と進み行く人もおり。

それぞれの場所で、彼らの元には一体どんな騒動がやって来るのでしょうか。

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