13.救出対象が増えました、雄姫様とお姫様です
せっちゃんが消えた。
もしかしたら先に迷宮を出たのかも、と一縷の望みを託しましたが。
迷宮を出て確認して、わかったことはただ一つ。
せっちゃんが、手の届く場所にはいないということ。
可愛いあの姿を完全に隠してしまったということ。
その事に、私達は動揺せずにはいられませんでした。
幸運試しの迷宮を脱出して、私とまぁちゃんはいの一番に女神様を締めあg……お話しを窺うことにしました。
ですが女神様は、困惑した様子。
私達が切羽詰る理由がわからないようです。
「一時間と待たずに迷宮を脱した貴女方がおかしいと思うのですが……あの迷宮は、出口に辿り着くまでの所要時間が個々人によって異なります。魔境の姫はまだ迷宮の中を彷徨っているだけなのでは?」
「良いから、とにかく、とっとと確認しろ」
まぁちゃんが迷宮の中にせっちゃんがいるのか、いるなら現在地はどこか精査しろと女神様に凄みます。
もう相手が勇者様の生命線だとか云々は頭から吹っ飛んでいるようです。
まあ、まぁちゃんにとっては絶対的に、勇者様よりせっちゃんの方がずっとずっと可愛くって大切なので仕方ありませんが。
勇者様も男の子ですし、最悪の場合は幸運との縁が切れても自分で何とか……あ、駄目そうですね。今以上に運が悪くなったら本当に死んでしまうかもしれない気がしてきました。
なんか一瞬、頭の中に勇者様のお葬式風景(何故か鳥葬)が浮かんじゃったんですよね。
勇者様が幸運の女神様に見放されたらと思うと、何故か不吉な想像が頭を過ぎります。うん、深く考えない方が良いですね!
ただ勇者様に幸運の女神様は絶対に必要だ、と。
そう感じた私の予想は間違っていないと思います。
「そ、そんなに言うんでしたら調べてみますけど……」
私が遠い目をしている間に、幸運の女神様はまぁちゃんの勢いに負けてしまったらしく。
詰め寄られて若干挙動不審に陥りながらも、迷宮の中を調べてくれることになったようです。
そうして女神様が取り出したのは、藁しべで。
……藁しべ、お好きなんですか?
確か勇者様の背中に刻まれた幸運の刻印も、藁しべでしたよね。
女神様は取り出した藁しべを簡単に編み始め、くるりと巻いて輪を作りました。……その行動が、迷宮を調べることにどう繋がるんですかね?
疑問に思いながらも、今は女神様の行動を見守るべきでしょう。
この女神様は魔境の住民と違って、無意味に人をおちょくったり翻弄したりする方ではないようですから。
多分、真面目な方なんだと思います。
押しに弱いけど。
女神様は藁しべで作った輪っかを目線の高さに浮かべると、その中を覗きこみ始めました。
どうやら幸運の女神様なりの、遠見の術か何かそんな感じのことをしているようです。
女神様の迷宮の中を、アレで確認しているんでしょう。
でもあの迷宮は広大だと、女神様ご本人が言ってましたし。
暫く時間がかかるだろうかと、手持無沙汰に思います。
……待っている間に、新しい薬でも作りましょうか?
思い悩んでいたんですが、結果は私が思うよりもずっと早く出ました。
もしかしたらまぁちゃんが苛々していることを慮って、無理して超速確認してくれたのかもしれません。
だけどそれで出てきた結果は、私達にとっては嬉しくないものでした。
「な……そんなっ!?」
取り乱したような声に、否が応でも不測の事態が起きたのだと感じ取らずにはいられません。
何事が起きたのかと、まぁちゃんの背中でゆらりと不穏な気配が……逃げて。超逃げて、女神様。
危険の高まる予兆を私は感じていましたが、取り乱す女神様は一向に気付いてくれません!
「こんなことはあり得ませんっ……私の迷宮は挑戦者の体力を消耗させ、心を折りはしても迷宮自体に致死性はありませんのに。なのに、何故……? どうして迷宮の何処にも、彼女の姿がないのか……出口は一つしかないというのに!」
女神様のお言葉に。
まぁちゃんが、自分の拳の感触を確かめ始めました。
うん、何をするつもりですか。まぁちゃん!
危険です。
本当に、危険です。
せっちゃんのことも心配で心配で堪らない。
今この時、女神様に危険だと心配しつつも……私もまぁちゃんのことを諌めるように言いつつ、体の方は女神様を締め上げる準備を始めている時点でとっても危険過ぎます!
でもせっちゃんが心配で手が止まらない!
私は無言で、薬の類を収めた鞄を探り……やがて、これぞという硝子瓶を掴んで、
「転移履歴だ、幸運娘。転移の記録から痕跡を辿れ」
「あ、は、はい!」
危険な空気を察したのでしょうか。
それまで傍観していた御先祖様が、取り乱す女神様ににじり寄りつつあった私達を横目に見ながら、幸運の女神様に声をかけました。
強い口調は、かつて村長を務めた貫禄によるものでしょうか。
聞く人を従わせるような、有無を言わさぬ響きがあります。
声を掛けられた本人ではないのに、私とまぁちゃんが思わず動きを止めて指示に従う女神様の行動を見守っちゃうくらいです。
御先祖様は腕を組んだ姿で、壁際に背を預けたまま厳しい顔をしています。
生前、魔法の類は使ったことがないと聞いていましたが……(存在そのものが超常現象とか言われていましたけど)。
ですが神として長く過ごす内に、魔法的な領域への勘も鋭くなっているのでしょうか。
フラン・アルディークは言いました。
転移魔法の履歴を調べろと。
確かにせっちゃんは転移魔法陣を使っています。
その記録が残っていて、転移先もわかるというのなら。
せっちゃんがどこに消えたのか、その手掛かりとしての期待が持てます。
幸運の女神様もそこは理解しているようで、真剣な顔で藁しべの輪っかを用いた調査を続け……
やがて、絶望的な声で絶望的な結果を私達に告げました。
「やっぱり、魔境の姫は私の迷宮内には既にいません。こんなこと有り得ない。有り得ない筈なんですが……あの転移魔法陣は、迷宮の中以外には繋がっていない、筈、なんですが…………
――彼女は何故か、美の御方の神殿に転移してしまったようです 」
何ですと?
私の隣、まぁちゃんの方から。
荒ぶる風が、室内一杯に吹き荒れるのを私は感じてしまったのでした。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「え。姫?」
思いがけない味方の、脈絡のない登場に。
ぽかんと口を開けて、勇者様は今までの取り乱し様とは打って変わった声を上げた。
呆気に取られたような、『現実感』というやつをどこかに忘れてきたような声。
半裸の美青年に寝台の上で圧し掛かられ、全身を拘束され中だということすら忘れていた。
忘れてしまうくらい、目の前に少女がいることに衝撃を受けている。
「な、なんで……っ」
何故、此処にいる筈もないのに。
せっちゃんが此処にいるのかと。
「勇者さん、こんにちはーですの」
だけどせっちゃんはそんな勇者様の状態を考慮しない!
むしろ互いの状況だのなんだの、理解しているのかいないのか。
極めて平素と変わらぬ自然さで、勇者様の顔を見て首を傾げていた。
「何の遊びをしていますの? ガリバーごっこなら、せっちゃんも仲間に入れてほしいですのー」
「いや違、遊んでいるように見えるのか……っていうかガリバーってなんだ!?」
「ガリバーさんはガリバーさんですの。小人さんの国で捕虜になり、巨人さんの国で捕虜になり、他にも色んな国を転々とした方だそうですのー」
「捕虜になってばっかりだなガリバーさん、というかそれは暗に俺の現状を例えているのか!?」
もしや今こうして縛られていることだけでなく、美の女神に拉致られて天界行きしたことからして、遊びと勘違いされていないか?と。
せっちゃんなら勘違いしていてもおかしくないと、勇者様は慌てた。
遊びじゃない、遊びじゃないんだと唯一自由になる首を振って否定を述べる勇者様。
しかし今の彼のお姿は、傍目にはとっても妖しくアウトな感じだ……
むしろせっちゃんには遊びと勘違いされたことを感謝するべきだろう。
これが他の人だったら、遂に開いちゃいけない扉を強制的に開かせられかけているんじゃないかと心配されても無理はない。
何しろ勇者様は、寝台の上で拘束されていて。
半裸の美青年に押し倒されているのだから。
まあ、それで勘違いされても言いがかりでしかないのだが。
現状、彼に待ち受けている危機は美の女神様に食われる(比喩)寸前にあるということだけである。
「セツ姫、何故君が天界、いや此処に……? リアンカは、まぁ殿は一緒じゃないのか?」
まだ縛られたままの情けない姿ながら、勇者様はせっちゃんをじっと見上げて問いかける。
どの角度から見ても見事な被害者ぶりを発揮する勇者様に、せっちゃんは勇者様の現状を一切気にすることなくにっこりと微笑んだ。
「勇者さん、勇者さん、実はせっちゃん、リャン姉様やあに様と一緒に勇者さんを奪いに来ましたのー!」
「本当か!? え、来るの早っ……有難いことだが、本当に助かるが、まだ俺が攫われてから1日と経っていないのにもう天界まで辿り着いたのか!?」
勇者様も自信があった訳じゃないが。
もしも誰かが助けに来てくれるなら、それはきっと魔境の面々だろうと思っていた。
本当に助けにきてくれる気があれば、だが。
でもリアンカは、勇者様のことを友達だと言ってくれた。
友達だからと、いつも一緒にいてくれて。
危ない目に遭ったことも数えきれないが、同時に助けられたことも多い。
友達思いの彼女なら、自分のことを助けようとしてくれるんじゃないか……そう思わなかったと言ったら嘘だ。
だが、それでも。
同じ大陸の、地上のどこかならいざ知らず。
勇者様が攫われた先は、天界――天の上なのだ。
助けようと思ってくれたとしても、まさかすぐには来られないだろうと……半ば諦めていた。
そこで「助けに来るのは絶対に無理だな」と無意識にも思わなかったあたり、彼の魔境の住人に対する信頼の厚さが見て取れた。
いや、リアンカやその後ろ盾であるまぁちゃんへの信頼、だろうか。
いつか助けに来てくれるかも知れない。
そんな風に、無自覚に頼っていた。
だが1日足らずで来てくれるとは、流石に思っていなかった。
思っていなかったが……こんなに早く来てくれたことに無茶をしたのではと心配すらしているが。
でも、思ってしまった。
流石だ、と。
流石、魔境の頂点にいる者達だ、と。
1年半もずっと一緒にいて、勇者様の魔境の面々に対する信頼の強さも狂気を感じさせる域に達していた。
根拠のない信頼とは言えない時点で、おかしいのは魔境なのか勇者様なのか。
勇者様は救いの予感に顔を綻ばせ、ちょっと期待にそわそわ身を揺らしながら。
逸る心を押さえ、せっちゃんに嬉々とした声で尋ねた。
「そっそれでリアンカとまぁ殿は何処に!」
「そういえば、此処どこですの?」
「えっ」
せっちゃんは、くるーりと室内を見回して。
そこが全く見知らぬ場所だと、一つ頷いてこう言った。
「せっちゃん、リャン姉様やあに様とはぐれちゃいましたの!」
きょとんと首を傾げて、ほんのり困ったように眉を下げるせっちゃん。
「勇者さん、あに様達のいる場所がどこか御存知ないですのー?」
こっちが聞きたい、と言おうとしても。
勇者様の喉は一瞬でカラカラに乾いて、声など微塵も出てこなかった。
さあ、どうするよ勇者様。
目の前にいる助けはせっちゃん一人――だけどせっちゃんにもしも何らかの被害があった時には……側にいた勇者様が監督責任を問われ、もし無事に皆と合流できたとしても……まぁちゃんに締められる未来が見える。
きっとそれは、あながち間違いでもない未来予想。
勇者様の顔が、絶望に染まった。
それは救いを期待して、顔色が明るくなった僅か一分後のこと。
人はこれを、糠喜びという。