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12.幸運の迷い路 ~業運無双~




「それじゃあ、点呼取りまーす! 幸運試しの試練に挑むひとー!」

「「「「「「はーい!」」」」」」

 うん、みんな良い子のお返事です!

 女神様に迷宮の概要説明を受けた後、私達は「自分は大丈夫だ」と確信しました。

 だからこそ、気軽に手を挙げて挑戦の意思を表明します。

 ノリノリで手を挙げてくれたのは、まぁちゃんとせっちゃん、ロロイにリリフ、それからりっちゃんとヨシュアンさん。

 サルファと御先祖様を除いて、私も含めた計七名!

「そ、そんな軽々しく……私が言うのもおかしい気がしますが、仮にも己が神意に叶うか否かの是非を問う神の試練の一つなんですよ? 神を前にした試しは人間の全てを測る。命の保証など何処にもありませんのに、どうしてそうも軽いノリで参加を決めることが出来るのです?」

 女神様が、私達を心配そうに見ています。

 でも答えは簡単です。

 だってこれは、運の善し悪しが試される試練。

 そして私達は、御先祖様とサルファ以外の全員が反則級の魔道具で運の底上げ済みです。

 特にヨシュアンさんの底上げっぷりとか洒落になりませんよ!

 試されるものが運だというのなら、ドンと来いというものです。

 私達の自信満ち溢れる様子に、釈然としない顔をしながらも。

 女神様は私達の前に、扉を開きました。

 うん、どこから出したんですか。その扉。

 何の脈絡もなく、目の前にいきなり現れましたよ?

「この扉の向こう、潜ればそこは天界とはまた層のずれた異なる次元。幸運の女神(わたし)の領域、『幸運の迷い路』と呼ばれる迷宮の中です。一度踏み入れば、設定された唯一の出口を見つける他に脱出の術はありません。……本当に、挑むのですね?」

 念を押す女神様に、私は笑顔でぐっと親指を立てて意思を示しました。

 女神様、困ったような顔が様になっていますね!

 ……様になるくらい、困った顔を浮かべる機会が多いんでしょうか。

 私の隣で、まぁちゃんがひょいっと肩を竦める仕草。

 まるで気にしても仕方がないと言わんばかりの様子に、女神様は困惑しながらも、私達の前に迷宮の扉を開きました。

 躊躇いなく、私達は進みます。


 大きな扉を潜り抜けた先は、正方形を立体的に組み立てたような四角い部屋の中。

 私達の背後に開いていた筈の扉は、もうどこにも見当たりません。

 女神様の言葉通り、脱出する為の出口は一つという事ですね。

 そして私達の通された場所には、四つの扉がありました。


 女神様が説明してくれた、この『幸運の迷い路(ダンジョン)』のこと。

 説明の内容を、思い出します。

 それは私達の馴染み深い迷宮……魔境妖精郷(アルフヘイム)で日夜挑戦者を待ち続ける、エルフさん達の迷宮とは様式の大きく異なるものでした。

 幸運の女神様の迷宮は、無数の部屋で構成されています。

 部屋と部屋を繋ぐ廊下や道の類は一切ありません。

 それなのに迷宮の名前は迷い路。名付け親の感性を疑います。

 まあ、それは些細な問題ですが。

 全ての部屋は等しく天井と床、それから四方の壁を正方形で囲まれた立方体……キューブ型をしています。


 どの部屋も、室内には四方の壁に一つずつの扉。

 それから床に、転移用の魔法陣が一つ。

 全ての部屋が共通の様式で、そして部屋と部屋の間を繋げられることなく独立して存在している。


 ちょっと想像し辛かったんですけれど、この迷宮は女神様が作った特大の風呂桶の中に、小さな立方体の部屋(キューブ)を沢山沈めこんだような作りになっている……という感じで私は解釈しました。

 部屋と部屋の間を移動する方法は、ごく簡単。

 四方の壁についている扉のどれかを開けるか、床の転移魔法陣に乗れば良い。

 でもどの部屋からどの部屋に移動するかに規則性はなく。

 現在地からどの部屋に行くかは、全てランダムだそうです。

 ……そう、ランダムで。


 だけど迷宮の出口が設置されている部屋は、無数のキューブの中の一つだけ。


 つまり完全に運の要素だけで、いつ辿りつけるともわからない出口を探して延々、延々、物凄く延々と扉を開けるか転移するかし続けろ……と。

 大概の人は出口に辿り着く前に体力を消耗して動けなくなるか、無間地獄と化した移動に発狂するか、というところだとか。

 確かに、運が悪いとずっと出口に辿り着けなさそうです。

 部屋の数が少なければ、それでもいつか辿りつけると希望も湧きそうですけど……女神様は部屋の数を「無数」と言いました。

 神の領域にいる方が無数というんです。

 きっと人間の私とは色々なものの尺度が違うと思うんですけど……それで無数なんて言われてしまうと、それってもう殆ど無限に近しい数なんじゃないかと思えてくる程で。

 きっとそれも錯覚じゃないと思います。


 そんな迷宮に、素の状態で挑めと言われたら躊躇いましたけど。

 こんな時こそ、この腕輪の底上げ効果がものを言う筈!

 まぁちゃんに従って、装備していて良かった……業運の腕輪。

 先々代の魔王由来の素材を贅沢にたっぷりと使用して作られた装備です。

 その効果は折り紙つきですよ!

「っということで、私は転移魔法陣を使います」

「じゃ、俺その次な」

「せっちゃんもリャン姉様と同じ方法で移動しますの」

「ロロイ、私達は扉を使いましょう。魔法陣の順番待ちをするより早いかもしれないから」

「そうだな。どっちが先に出口に辿りつけるか競うか?」

「あら? 私が勝ったらロロイが大事にしている飴の瓶を貰ってしまいますよ。勿論中身ごと」

「リリフ、お前が負けたら秘蔵のコンポートを瓶ごと譲れ。あれ、リャン姉が漬けたヤツだろ」

 いつ出口に辿りつけるだろうか、なんて不安は一切なく。

 私達は気軽に移動を開始しました。

 ちなみに転移魔法陣も扉も、使えるのは一回に付き定員一名だそうです。

 皆で一気に行けなくってちょっと残念な気もしますが、一人ひとりの運を測る為の迷宮なのでそういう仕様なのでしょう。


 そして。

 結果は思った以上にすぐさま出ました。


 ぽんっと転移魔法陣に乗って、別の部屋へと転移して。

 たった一回の転移で、見上げたそこには。

 他の扉とは様式の違う、一目見て明らかに特別だとわかる扉が鎮座しておりました。

 ご丁寧に、出口を示す記号が刻まれています。

 人間さんの国でも(たま)に見た、緑地に白色で描かれた記号。

 走っているような姿勢の人型が、扉を潜る場面。

「アレ、なんて言うんでしたっけ」

 誰にともなく、自分一人しかいない室内で呟いた言葉には、即座に応じるものがありました。

「ピクトさんだろ」

「あ、まぁちゃん!」

 いつの間にか、魔法陣からずれて立つ私の隣に、魔王様。

 どうやらまぁちゃんも、一発で出口の間を引き当てたようです。

 ……まぁちゃんは私より業運補正が高いので然もありなんって感じですけど!

「呆気なかったな、幸運試し」

「呆気なかったですねぇ……まあ、本当はもっとずっと手間取るものなんでしょうけど」

「曾爺さんに感謝しとくか」

「髪伸ばしまくって有難うって?」

「他の試練もこんな軽く済むんなら面倒はねぇんだがな」

 そうして私達が喋っている間にも、魔法陣からはヨシュアンさんが生え、りっちゃんが生え……壁の扉からは、どうやら他に部屋を二つ三つ経由することになったそうですが、それでも時間をかけることなくリリフとロロイがひょっこりと到着して。

 でも、変なんです。

 物凄く、変なんです。

 私とまぁちゃんが顔を見合せて、魔法陣を覗きこんでしまうくらいに。

 変。


 だって、せっちゃんが来ない。


 他の皆は既に出口の間に集まっています。

 なのにせっちゃんだけが現れません。

 私達は魔法陣を取り囲んで、せっちゃんが現れるのを待ったんですが……


「三十分、経過だ。流石におかしいだろ」

「せっちゃん……どこかで道草でもしてるのかな」

「いや、だがせっちゃんだぜ? 良い子のせっちゃんだ」

「そうですよね。陛下とリアンカちゃんが待ってるとなると、姫様だったら寄り道せず真っ直ぐ来るんじゃないかな」

「主様……まさか、何かあったんじゃ」

「ですが王妹殿下もまた、腕輪の補正があります。あの方の幸運補正は504,215……それだけの数値を得ていて、悪いことが起きるとも思えません」

「もしかしたら、この場の誰よりも早く出口の間に辿り着いていた……とか」

「ロロイ、どういうこと? 転移魔法陣を使ったのは私が最初なんだけど」

「転移するのにかかる時間が、リャン姉よりセツ姉の方が短かった……ってことは有得ないか? それで誰よりも早くこの場に辿り着き……」

「……他の人の姿が見えないことで、先に出口を潜ったと思った?」

 ロロイの推測は、推測に過ぎませんけど。

 でもせっちゃんならそれも有りそうだと思える推測でした。

 もしもこの場に誰より最初について、私達がいないと見たら。

 自分より先に転移魔法陣を使った筈の私とまぁちゃんを探して、せっちゃんは出口に向かうかもしれない。

 ……そうだとしたら、既にせっちゃんは迷宮を脱出していることになります。

 それで、いつまで経っても出てこない私達を待っていて、

「…………せっちゃんって、寂しがり屋さんだよね」

「主様……私達を待って、泣いてないでしょうか」

 リリフのその言葉で、私達は意を決しました。

 待つよりも、先に向かおうと。

 ……それでせっちゃんがまだ迷宮の中にいるようなら、今度こそ本当に幸運の女神様にお願い(・・・)して融通(・・)してもらうだけです。 

 ええ、あの女神様は親切そうですし、お人好しだって御先祖様が評してましたし?

 言葉で話せばきっとわかってくれますよね。

 ええ、ええ、お願いすればきっと……わかってくれる筈です。


 迷宮の中に残っていても、連絡の取り様がありません。

 女神様の『説得(・・)』要員として私とまぁちゃんは先に迷宮を出ることになりましたが、念の為、りっちゃんとヨシュアンさんが出口の間で一時間ほど待つことになりました。

 何か異変があったら、女神様をせっついて外側から対応してもらいます。

「よし、女神を問い詰めんぞ!」

「うん!」

 さあ、覚悟の時ですよ。女神様。

 せっちゃんにもしものことがあったら……その時は土下座付き謝罪くらいじゃ許しませんからね!?

 もしせっちゃんが泣いていたり、とか。

 そんなことがあれば、まぁちゃんが怒りと心配の余り何をするかわからないけど。

 その時はきっと、私も心配の余りまぁちゃんを制止することは出来ないことでしょう! 

 だから本当の本当に――覚悟して下さい、女神様!




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




「――待て、これは何の真似だ!」

「何の真似、ですか……さあ。此方も命じられた身ですので、あの方の思うところまでは測りかねますが」

「早まるな、早まるな……それでも今までの経験で推し量れるものはあるんじゃないか!? ちなみに俺はあの女神に直接関わった時間も経験も君より圧倒的に少ない筈だが、それでも何となく察するものはあるぞ!? 本当は察したくもないんだけどな!」

「ライオット殿はきっと聡い方なのでしょうね。私は貴方ほど賢くはないので、察することは不可能そうです」

「そう言いながらも目を逸らしている当たり、本当は如実に何か察しちゃっているんだろ――――!?」

 そこは、とある女神の神殿。

 彼の神群の住まう領域内でも、殊更煌びやかな神殿の一つ。

 溢れんばかりの我欲を絢爛な内装の裏に纏う、『美女神の神殿』……その更に、奥深くにて。

 目を覆わんばかりに、破廉恥で不憫な目に、今まさに勇者様は遭わされようとしていた。

 場所は、巨大な寝台が自分こそ主役とばかりに室内の大部分を占領する、まさに寝台の上以外に身の置き場のなさそうな部屋の中。

 透け感の強い絹や総レースの布を何重にも重ねた天蓋に、天蓋を纏める宝石の鎖。大粒のダイアが蠟燭の明かりに妖しく煌いた。

 初雪を思わせる真っ白なシーツの海は、柔らかくたわんで寝台の上を侵略する者達の重みを受け止め、乱れていく。


 そんな、いかがわしさ満点の部屋の中で。


 勇者様は今まさに、最低限の身体の自由すら奪われようとしていた。

 某画伯の著作の表紙を飾れそうな勢いで。


 彼の四肢を拘束するのは、ベルベットの赤いリボンが編み込まれた金鎖。

 装飾性の高い鎖は、見た目にはそれほど頑丈そうにも見えない。

 少なくとも、人外の領域に一歩、二歩、三歩と無意識に踏み込んでしまっている勇者様の肉体を束縛出来る程の強度はなさそうに見えるというのに。

 如何なる魔法か神秘の業か、それとも神の御業というヤツなのか。

 両手も両足も縛られた勇者様は、幾ら体中の筋力全開で力を出そうとしても、出し切れず。

 むしろ力は抜けていくばっかりで。

 どう頑張っても、見た目は脆そうな鎖を引き千切ることが出来ない。

 自分の意思とは関係なく弛緩してしまう全身をもどかしく思いながら、解けることない戒めに抗おうと無駄な抵抗を続けている。

 どこぞのカリスマ☆画伯が見れば、嬉々として絵に写し取りそうな光景だ。勿論、絵具もふんだんに使って見事な描写力を発揮してくれるだろう。現実の光景をそのまま写し取ったような素敵な絵を描き上げてくれる筈だ。そう、マニアやストーカーの方が涎を垂らして、大枚叩いて競りでも始めそうな絵を。

 それも勿論、ノーマルver.と洒落にならない女体化ver.の二種類。

「どうして……どうして、こんなことをするんだ! 君だって、かつての被害者なんだろう!?」

「私だって心苦しく思っております。ですが……今のこの身は、あの方の下僕。命じられれば言葉のままに従う木偶人形のようなものです」

「君は……それで良いのかっ」

「良いとは思っておりませんが、百年を超える躾の結果です。私は彼の御方の言葉に逆らえない」

「一体何をされちゃったんだ、君は!?」

「……私が何を語らずとも、いずれわかることでしょう。そう、明日は我が身という言葉をお贈り致します」

「止めて! 俺を離してあげて!!」

 絶賛、貞操の危機まっしぐらな感じに御膳立てされている真っ最中のようにしか見えない、勇者様。

 その足を寝台の柱に、両腕を纏めて寝台のヘッドボードに、真顔で淡々と繋いでいくのは半裸の美青年。

 勇者様が美の女神に拉致されてからであった、彼の世話役。

 彼はてきぱきと手際よく勇者様を寝台に押さえ付け、仰向けにしたまま勇者様の手足に鎖を巻き付け続けている。

 動揺もなく手慣れた様子に、勇者様は戦慄した。

 こんなことを、彼はいつもやっているのか……やらされているのかと。

 一体何の世話をしているんだとツッコミを入れるべき当人は、手足を縛られていくことへの動揺でまともなツッコミも入れられずにいる。ツッコミとしては嘆かわしいが、そうなってしまうのも無理はない。

 何より自らの貞操の危機を前にして、それ系のトラウマ話に事欠かない勇者様は……常よりもずっと、必死だったのだから。

「もう止めてくれ!」

 必死というか、既に泣きが入り始めているような……

「美の女神様が、用意を整えておけとお命じになったのが悪いのです。私には……お止することも、逃がして差し上げることも出来ません」

「もっと頑張ろう!? もっと頑張って抵抗しよう! 俺も一緒に抗うから、だから……っ」

「私の心は、とうに……何百年と前に折れております」

「く……っ既に諦念しかないというのか!」

 美の女神の趣味か、悪戯なのか。

 それとも本気か。

 洒落にならない体験への直通ルートに乗せられつつある勇者様は、それでも我が身を諦めきれずにいる。

 この状況で悲観せずにいられる精神力はたいしたものだ。

 だが精神が強くとも、自由がなくては状況の打開など出来る筈もない。

 救いを求めて、勇者様は叫ぶことしか出来なかった。

 その時までは。


「お、俺の味方はどこかにいないのかぁぁああああああっ!!」


 勇者様が泣きそうな目で叫んだ、その時。

 光源となるモノなどなかった筈なのに、室内がピカッと光った。

 一瞬の光。

 瞬きをする間に消えてしまうような、そんな光が治まった時。

 勇者様は自分の傍にいる筈のない姿を見つけてしまう。

 信じられない思いで、彼の顔が愕然という言葉を体現して固まった。


「あ、勇者さんですの。こんにちは、せっちゃんですのー!」


 そこに。

 何故か。

 首を傾げる魔王の王妹殿下がいた。

 

 勇者様の味方は、そこにいたらしい。



 

 

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