11.幸運の迷い路 ~勇者様の保護監督権~
出会い頭にこっちが室内へ踏み入るなり、いきなり土下座かましてきた女神様。
果たして本当にこの女性が女神様なのでしょうか!
幸運の女神という割に、幸うっすそうな印象なんですけど。
今もこうして私達の前で、びくびくおどおど肩を震わせています。
さあ、私達は一体、こんなに怯えられるような何をした。
身に覚えはなくともなんかやらかしていても不思議はありません。
ですが。
どうやら女神様に、私達が何かした訳ではなさそうで。
幸運の女神様はびくびくおどおどしたまま額づき姿勢で仰いました。
ちょっと、聞き捨てならないことを。
「ライオット君のことは、ライオット君のことは……駄目だと思いはしたんだけど! でも、でも、あの方には逆らいきれなくてぇぇえ……っ!!」
待って、何したんですか貴女。
あまりに聞き捨てることが難しかったので、つい思わず。
気がついた時には、私ってば幸運の女神様の肩をがっちり掴んじゃっていました。
自分でも気付かない内に、結構な力を込めちゃっていたようで。
ぎりぎりと、指が無意識に女神の肩に食い込んでいく。
痛がる素振りはありませんでしたが。
女神様は逆に痛ましい物を見るような目で、私達を一瞬だけ見たかと思うと……溢れる罪悪感に耐えきれないとばかりに、ふいっと目を逸らす始末。
うん、これ確実に何かやらかしてますね。
やらかしてるなぁ、とは思うのですが……相手は勇者様のいわば生命線。
取り扱いもかつてなく慎重に行きたいところ。
ここは、一先ず様子見から入ってみましょう!
私は女神様の肩をぎりりっと掴んだまま、右腕をおもむろに鞄に突っ込んで……女神様が、何故かびくっと私の手の先に注視しましたが。
そこは気にせず、目的のブツを掴んでずずいっと押しつけるように差し出しました。
「これ、つまらないものですが!」
お近づきの印といったら、まずはこれですよね?
「こ、これは……?」
「昨日、私達みんなで焼きました」
お手製の煎餅です。
差し出した風呂敷包みは、いわゆる手土産というヤツでした。
今度は門番さん達にアタックしたのとは別の、正統派です。
大陸に覇を唱える魔王様とその配下が手ずから作ったお煎餅なんて、早々食べられるものじゃありませんよ?
「どうぞどうぞお納めくださいな!」
「え? えっと、はい……?」
怖々とお煎餅入りの風呂敷を受け取る、女神様。
何故か私の顔色をちらちらと窺いながら、案じるような目でお煎餅の入った包みを見下ろしています。
「まあまずはこれでも一枚、食べて落ち着いて下さい」
「じ、自白剤とか……」
「入ってませんよ!」
まったく、女神様は私のことをなんだと思っているんでしょうか。
入っているのは自白剤ではなく別のナニかです。
「な、何が入ってるんですか!?」
「あれ、女神様。私の顔色読みました?」
「お嬢さん、貴女は気付いていないだけで、思っていることが顔に出やすい性質ですからね!?」
「え? マジですか」
どうやら女神様は地上を……というか勇者様の身辺を、思ったよりも見守ってくれていたようです。
私のことも、どうやら御存知の様子。
……御存知でどうして、私に不安そうな眼差しを向けてくるんですかね?
「落ち着いて下さい、女神様。お手元のお煎餅に混入しているのは梅紫蘇です。あとザラメ(苺風味☆)」
「え、あ……普通の、お煎b」
「あと人参とセロリと、活きの良いアスパラガス」
「最後の! 今の、最後の一言!」
「それから女神様の健康を祈願して、ハテノ村の薬師秘伝・ドーピング剤を各種少々……」
「本当に健康をお祈りしてくれてるんですか!? 危険な予感しかしないのですが……」
「それで女神様、場の空気も程良く和んだところで、なんですが」
「えっ和み……? 私の疑問、流されてますよね?」
女神様は何やら混乱しているみたいでしたけど。
私はお構いなしに、お煎餅入りの風呂敷包みを抱えた女神様に、我ながらにこやかな笑顔で問いかけました。
「ところで女神様! 出会い頭に土下座するくらいの何を勇者様に対して後ろめたく思ってるんですか!」
時として回りくどい会話の運びが有効な時もありますけれど。
やっぱり直球勝負が一番手っ取り早いですよね!
そんな訳で、真っ直ぐ聞いてみた訳ですが。
果たして女神様は、一度びくんっと肩を揺らして。
これ以上言い逃れは出来ないと思ったのか、観念した様子でようよう話し出しました。
それでも躊躇いがちに言うことには。
「実は……美の御方の要求を跳ね退けることが、出来なくて」
「はい。さっきもそう言ってましたね」
「それって具体的に言うと? どゆこと、女神様」
「………………保護監督権の放棄を迫られて、従ってしまいました」
保護監督権……なんでしょう、そのお言葉だけで、うっすらヤバい予感が漂ってきます。
話を聞いていた皆は神妙な顔で、ごくりと息を呑みました。
「それって、どういう権利のことなんですの?」
一人きょとんと、言葉だけでは想像出来なかったらしく、せっちゃんが首を傾げます。
無邪気な問いに、いよいよもって女神様は断頭台に進む罪人の様な神妙さで……絞り出すように、言いました。
「……『ライオット・ベルツ』の『後見役』に認められている筈の権利の一つ、手元に保護して生活の一切を支援し、天界での生活に馴染むまで監督責任を負う、という権利のことです」
それつまり要約すると、「勇者様の公私の一切をお側で面倒見ちゃうぞ☆権」ということですよね。
しかも期限が「天界での生活に慣れるまで」という具体的な区切りの見当たらない曖昧な物。
その気になったら、まだ生活に慣れてないみたいだからとか何とか言葉を濁して、一生監禁して手元に留め置けちゃいそうなヤバさ漂う権限……という解釈で間違っていないでしょうか。
こういうネタに造詣の深そうな画伯に、思わず確認を取りたくなります。勿論、詳しそうなのは言葉の裏の突き方についてです。
女神様のお言葉によれば、その権利は後見を務める神々に認められたもの。
つまり勇者様に加護を与えた全ての神に平等に権利はあり、目の前の幸運の女神様だって権利の一端を握っていたはず。
そんな、大事で物騒な権利を。
この女神様はあの美の女神(笑)に言われるがまま放棄した、と。
それって……
「幸運の女神様、勇者様を見放しちゃったんですか!?」
「ち、違います! 違います違います、身放したつもりは……っ」
「結果的には見放すどころか猛獣への贄にしたよーなもんだろ」
「うぐ……っあ、あの方は、あの御方は……私よりも、高位の女神で………………逆らえなかったんです」
これはまずいことになりました。
初耳でしたが、あの女神(笑)はなんでも彼らの主神の、叔母に当たるとか。そう、叔母に。
おばさん女神には、主神でさえも幾らか扱いに気を使わせられているそうです。
主神が丁重に扱い、便宜を図っていることを良いことに好き放題か……とぼそりとまぁちゃんが呟きます。
なんでしょう。一瞬、耳が痛い気もしましたが。
気のせいですね。ええ、きっと気のせいです。
とにかく、女神様は血筋の尊さと地位を逆手に自分より低位の神々に強気で接しているそうで。
この調子で他の勇者様の後見神にも勇者様の保護監督権の放棄を迫っているとしたら……ああ、これはあれです。
勇者様が危ないってことです!
今更既に崖っぷちでしたけど! この上、更にギリギリなことに!?
このままじゃ勇者様は一生飼殺し人生を歩む羽目になってしまいそうです。
もう何度目か分かりませんが、怒濤の如くコンポを決めてくる勇者様の危難が見えてくる度、焦りが募ります。
「幸運の女神様!」
「は、はいっ」
どうして勇者様を助けてくれなかったんですか、とは聞きません。
ここは女神様の棲息地ですし、色々なしがらみや神々間の関係というものもあるのでしょう。
それでもどうして、と言いそうになってしまいますが。
私は非難出来るほど、この女神様のことを知らないので。
口走りそうになった言葉を、寸前で捻じ伏せて違う言葉を叫びました。
「こうしちゃいられません。大至急、勇者様の身柄を賭けて試練を一丁お願いします!!」
こうなったら、やることは一つ。
並び立つ障害の数々、薙ぎ払い、踏み倒し、蹴り崩して(もらって)でも。
可能な限り迅速に勇者様の囚われた鳥籠に向かい、早々と救出するしかありません。
「え、え? えっ――あ、はい!」
意気込む私に、気圧される様にして。
女神様は戸惑いがちに、私達に試練を課すことを了承して下さいました。
勿論、勇者様の身柄を担保に。
「……本人の知らないところで身体を賭けられたりなんかしちゃって、勇者君も随分と美味しいよね☆ 美味しいのは他人事に限るけど」
「ヨシュアン、不謹慎ですよ?」
幸運の女神の試練は、今も昔もずっと同じものを設定しているそうです。
何事にも例外なく、幸運を司る女神だからこそ。
運の良い者を尊び、重んじる。
それが幸運の女神様にとっての最重要項目だ、とのことで。
私達は女神様の試練として――運試しを求められました。
運試しなら、単純に籤引きでも良いじゃん、と。
私達の間には言う人もいましたけれど……
籤引きを引き合いに出すと何とも大事というか、大がかりな運試し……それが、私達の前に広がったのです。
幸運の女神の試練。
それは運試しであり……具体的に、その内容を簡潔に言うと。
それは女神の領域にある、とある迷宮の踏破という……なんとも七面倒臭そうなモノだったのです。
まあ、この迷宮の仕組みを説明されて。
面倒そうという感想は、すぐさまサッパリ消し飛びましたけどね!
幸運の女神
がけっぷち、ぎりぎり、起死回生の瞬間、ほんの僅か命運を分けるその時に良い方向へ転がるよう、最後の後押し的な幸運を授ける女神。
勇者様ほどそのお世話になっている方もいませんが、彼女が面倒をみなければいけない人間の数は数多く、その瞬間瞬間で危地にある全ての人間が対象となる。
結果、その幸運の力を分け与えねばならない人間が多すぎて、勇者様にばかり構っていられない場合がほとんど。
勿論加護が与えられている分、勇者様は他よりも幸運の力を融通してもらっているのですが……勇者様には、どうやらそれでは足りない様子。
しかし大勢の人間に幸運を分け与え過ぎて、幸運の女神様は常に力が足りない状況にあるらしい。