10.幸運神殿
そんな訳で、やって来ました幸運(の女神様の)神殿!
一応、御利益ありそうなので門を潜る前に拝んでおきましょう。
何か良いことありますよ―に!
両手を合わせたままそっと目を開けると、なんか私以外のみんなも女神の神殿を拝んでいました。
何もせずに私達の気が済むまで待っていてくれている様子の、御先祖様以外。
みんな同じこと考えたんですね、と。
なんとなく笑ってしまいました。
「――さて、幸運の女神の神殿に踏み入る前に、一丁相談があるんだが……なあ、コレ、この馬鹿に付けるべきか?」
そう言って、まぁちゃんが懐から取り出したもの。
それは白銀の紐細工で作られた腕輪……に見える装飾品で。
私達、サルファと御先祖様を除いた全員の腕に、同じく白銀の紐で作られた腕輪がはまっています。
うん、つまりアレですね。
これから幸運の女神に挑むとなれば、たぶん試練も運の善し悪しが大きく関わって来ると思われるので。
『業運の腕輪』による幸運の底上げがされていないサルファに、果たして腕輪を付けるべきかどうか……と。
腕輪を付けたからと言って、必ずしも運が良くなる訳じゃないところが問題です。
「サルファの業値に準拠……」
ぽつりと誰かが言った言葉に。
私達は一斉に、似たような意味の違う言葉を吐いていました。
「無理だろ」
「絶対に碌なことしてないって……」
「つけても運が良くなるとは思えません」
「サルファさん、お可哀想ですの……」
「御愁傷様です」
「あれ、俺しょっぱなからなんか変なレッテル貼られちゃってない!?」
なんか行いも良いとは思えないし。
それに人望があるとも思えなかったし。
腕輪を付けたら、-値いっちゃうんじゃないですかね?
サルファ本人も腕輪の説明を受けて、まずいと思ったのでしょうか。
妙にそよりと凪いだ常にない微笑みを浮かべ、奴は言いました。
「俺……今回は檜のお兄さんと見学してる☆ 離れたとこから応援してるよ、リアンカちゃん達!」
奴は幸運の女神に試練を聞いてもいないのに、神殿にすらまだ入っていないというのに。
こんな段階で、堂々と棄権してきました。
うん、でも……サルファが役に立つような展開があるとも思えませんし。
居てもいなくてもどっちでも良いので。
それは賢明な判断の様にも思えます。
でも試練への挑戦辞退って受け入れてもらえるんでしょうか。
「あー……まあ、幸運の女神ならイケるだろ。これが他の神だったら全員参加申し渡されてもおかしくねえがな。幸運の女神なら、イケる」
御先祖様の妙に確信が籠ったお言葉を信じましょう。
ここの女神様はお人好しだと聞きますし、最悪の場合は泣き落としでどうにかさせます。サルファに。
そうして足を踏み入れた神殿は、見た目以上にこじんまりとした印象を受けました。
神殿に入ってすぐの場所は、小さなホールになっていました。
そこに、何でそんな恰好をしているのかは不明ですが。
何やら……のっぺりとした目鼻の位置に小さな穴があるだけの白いお面を被った、小さな子供が立っていました。
背格好的に性別を感じさせる体型とは無縁ですし、格好もずるずるの布を無理やり巻きつけた感じで男女どっちかわかりません。
私達を見つけて、ぺこりと頭を下げて。
子供特有の高く澄んだ声が、私達を迎え入れました。
「――武神アルディーク様及び、お連れの御一行様ですね」
これは、御先祖様の御威光による効果なのでしょうか。
それとも千客万来の心得でも掲げているのでしょうか。
ご厚意によるものか、礼儀によるものか、それとも別の意味が隠されているのか。
その辺りは、不明ですが。
私達を迎え入れた子供は丁寧に礼を取り、この神殿の主に仕えているのだといいます。
名乗りは、ありませんでした。
名前はないのだと聞きました。
私には生きた子供に見えるのですが、この子は生きていないそうです。
「俺はあまり好きじゃねえがな……神にはコレを便利だって使う奴が多い。木偶人形だよ」
つまらなさそうな顔で、御先祖様が仰います。
命じられた言葉に従うだけの存在で、個としての性格は持っていない。
魂もないただの人形なので、気遣う必要はないと。
……魔境にもお人形さんの召使とか、使い魔とか、傀儡とかそういうものはよく目にしますが。
目の前のお人形さんは、本当に生きた子供のように見えます。
りっちゃんが、洗練されていると呟きました。
ヨシュアンさんは、完成度高いね!と興味深そうに良い笑顔で観察していました。
魔族さんでもここまで自然に生物っぽく見える人形を作って動かすのは一仕事だそうで。
……でも一仕事で出来るんですか。
出来ても気軽に日常で使うようなものじゃないそうですが。
無理とは言わないところが流石です。
でも魔族さんでも作るのに手間のかかる存在が、この世界じゃ一般的に、頻繁に便利に使われている……と。
ちょっと私、舐めてかかってました。
神様といっても、今まで見た例があまり凄くなさそうなのばっかりだったので舐めていたみたいですが……底は、まだまだ深そうです。
私に測りきれるかは、謎ですが。
人形の案内のまま、私達は神殿の奥へと向かいます。
御先祖様がいるお陰、でしょうか。
どうやら待たされることなく、真っ直ぐに神殿の主の元までご案内いただけそうです。
案内される先には、幅の狭い柱廊が続きます。
内部は細かく区分けされているのか、左右の壁には等間隔に沢山の扉が並び、それぞれに謎の言語で札が掛けられています。
大陸中の色んな言語と触れ合って育ったつもりでしたが……私達にも読めないってこれ何語なんですかね?
「りっちゃんりっちゃん、物知りなりっちゃんなら読める? 知ってたりする? この文字」
「いえ、私も流石に神代文字は……それもこれは、神々の文字のようですし。大陸の、人間の間に伝わった文字の原型、しかもその上位文字でしょう。そもそも地上に判読方法が伝わっていません」
「読めないまでもやっぱ知ってた! なんとなくそんな気がしたけれど!」
「おー……よく知ってんなぁ。バトちゃんの部下って思ったより優秀じゃん。ちなみに俺は読めねえぜ」
「おい御先祖、アンタ天界暮らし長いんだろ!?」
「確かに天界の暮らしは長い! 長いが、一々覚える必要も興味もねえ文字何ぞ覚えてられるか! 第一、こっちは神群の里の数だけ違う言語が蔓延ってやがんだぞ? 付き合ってられるか」
「おおう、潔いまでに覚える気ゼロですね!」
今の私達は魔族さんが無節操に大陸のあちこちから拾ってくる拾い子達のお陰で、自然とあらゆる言語が頭に入って来る暮らしをしていますが。
そもそも御先祖は、そんな私達の村を始めた立場の人で。
その当時は村全体での孤児の受け入れ態勢なんて整っていなかったでしょうし。
やっぱり私達とは事情が異なるんでしょうねー……って、あれ? 確か御先祖様って、大陸の各地を転々として最終的に魔境に流れ着いたんじゃありませんでしたっけ?
大陸各地で、沢山の生きた言語に触れてきたでしょうに……。
この様子じゃ、わざわざ文字を覚える努力はしていなさそうです。
「というか御先祖様って、読み書きできるんですか? 魔境以外の場所に住む人間は、生まれの身分や立場で身に備えた教養に大きく差が出るって話に聞きますけど」
「あ゛? 教養? 歌舞音曲の類ならからっきしだぞ。暇潰しに葦笛くらいなら吹くけどな」
「わあ、なんとも羊飼いっぽい……ってそうじゃなくって」
「後は村の祭りでルール無用に踊り狂うくらいか? 何しろ魔境に村を作ったは良いが、村人それぞれの出身地が最終的に凄まじくちゃんぽん状態に陥ってたからな。踊りやら音楽やらは最初から縛り皆無で誰も彼も好き好きに騒ぎまくった結果、大陸方々の風習が変形合体繰り返して祭りの度にそりゃえらいことに……」
「いやいやだからそういうことじゃなくってですね!? それはそれでそのお話には凄まじく好奇心を刺激されますけれども!」
あれ? もしかして今のハテノ村に続く古いお祭りに、どことなく闇鍋風味な混沌ぶりが漂うのは……大陸各地の風習が時と共に取り込まれて混ざり合って混沌と化したから、ではなく。
もしや村が出来た本当に最初の頃から、既に色んな風習が混ざりまくってそのままにしていた……ってことですか?
「筋金入りだな、ハテノ村……流石リャン姉を育てた故郷」
「本当に筋金入りですね、ハテノ村。魔境で生き残るだけあります」
「……って、リリフ? ロロイ!? 二人も幼少期はハテノ村で育ったんだから、二人の故郷とも言えるよね!?」
ハテノ村が育んだのは、決して私だけじゃない。
というかこの場でハテノ村と無関係に育った人はりっちゃんとヨシュアンさんとサルファくらいじゃないですかね!
後は漏れなく濃い影響を受けている筈です。
御先祖様は影響を受けた側ではなく影響を与えた側ですが!
「御先祖、御先祖。リアンカが訊いてんのは歌舞音曲じゃなくって読み書き算術の方だろ。村を作ろうって気構えで旅してたんだ、そのくらいは出来たんじゃねえのか?」
「は? 読み書き算術?」
話が盛大に逸れていっているのを察してか、空気を読んだまぁちゃんが私の代わりに御先祖様への質問を繰り出します。
そうです、私が聞きたかったのはそっちです!
仮にも方々を旅して転々としていたのなら、少なくとも計算が出来ないと行く先々で商人さんにぼったくられたり騙されたりしたんじゃないですか?
我が先祖のことながら、人に騙されて黙っているような人じゃないとは思うんですが……いえ、私がそう思いたいだけかもしれませんけど。
どうなんでしょうか。
私の先祖は、手練手管に長けた商人達の良いカモだったんでしょうか。
そんな心配を寄せる私に、御先祖様はふっと微かな笑みを溢しました。
「ああ、そっちな」
微かな笑みが、意図的に深められます。
にやりと吊り上げられた口元は……なんか獰猛でした。
「そもそも俺を育てた爺さんは、大陸各地を転々として荒稼ぎした傭兵でな。商人と関わる時の気構え等々、実践的なことをよぉーく知っててな? 旅の間、頼りになったぜぇ? 移民を決めて、魔境に行くまでにめっちゃ役立った」
「その気構えっていうのが、もしかして読み書きとか算術……」
「いや? 商人に舐められない為の処世術だの、足元見られて暴利を貪られない為の心理戦必勝法だのとかだった。交渉の場に爺さんが一人いるだけで結果は大違いのぼろ儲けだった」
「それ読み書き算術とはちょっと違いませんか?」
「俺もまあ、生まれた国の簡単な文字くらいは書けたけどな。どんどん国を次から次へと渡り歩いて行くんだぜ? 覚えるにしたって追いつくかっての。単語の書き方一つ二つ覚える頃には次の国に移動してたし」
「わあ……御先祖様、本当に商人にカモにされてませんでしたか? 変な契約書に署名捺印とか、してませんよね」
「そこは心配ない。爺さん曰く、自分が読み書き出来ずとも、信頼できる他の人間に出来りゃ問題ない、だそうだ。故郷の国の城で旅に連れてけってくっつけられた男が良ーい具合に博識でな。頭の出来も良かったんで、金が絡む交渉事やら契約やらの度に連れ回してやった。重宝したぜ?」
当時を思い出してか、御先祖様が飄々と笑っています。
その連れ回された人っていうのがとても苦労をしていそうですね。
なんだか勇者様やりっちゃんと似た空気が……ん?
……あれ? いま何か一般人とは無縁そうな単語が話に混ざっていたような……
「それに行く先々、現地で仲間になった奴もいたしな。そいつにも二重に確認取っといたんで、まあ何とかってとこか」
「しかも重ねて確認とか、御先祖様も抜け目のない人ですねー」
「抜け目があったら騙されるだろ。ただでさえ、俺らが連れてたお羊様やらお山羊様やら、目ぇ付けられまくって大変だったしな」
確かに金色の毛皮を持つ羊は珍しいでしょうし、目立つでしょう。
そういう騙し取られる恐れのある生き物を大量に連れていたとなると、用心深さも自然と培われていったのかもしれません。
その用心深さで、これから交渉することになるだろう……幸運の女神様の相手でも、上手い具合に助っ人していただけないものでしょうか。
やがて、私達が歩いている内に柱廊にも終わりがやって来ます。
通された先は、お客を迎える為にある場所でしょうか。
ちょっと勇者様のお父様が座ってたあの……そう、謁見だか何だかの部屋に雰囲気が似ています!
ですが此方の部屋は、ええ。
一面、ピンクホワイトでした。
言い直します。
一面、真珠みたいな光沢のある白と、明るく艶やかなピンク色の布で覆われていました。
多分、そういう装飾なんでしょう。
壁という壁に交錯するように張り巡らされた布。
タペストリーともまた違う、布。
……なんで布なんでしょうね?
そして部屋の奥、勇者様のお宅(城)だったら玉座が置いてある場所は一段高くなっていて。
そこに、座椅子に座って此方を見下ろす女性がいました。
もう一度言います。
座椅子に座っていました。
女神様っぽい女の人が。
麦わらみたいな色の長い髪を後頭部できっちりと結い上げた女性。
でも前髪と両端の髪だけが垂らされていて……長いですね?
前髪が長くて、顔がよく見えません。
あれ、鬱陶しくないんですかね……?
状況的に、あの女性が……幸運の女神様なのでしょうか。
何やら若干びくびくと、私達に怯えるような視線が送られてくるんですけど。
どうして怯えられているんでしょうか。
私達はまだ、幸運の女神様のお宅で無体は働いていないつもりなんですけど。
それとも無意識の内に何かやらかしてしまったのでしょうか。
意図せずにやらかさない、とは言い切れない数々の過去の所業を思わず思い出します。
……うん、やってないとは断言できません!
でもどうやら、私の懸念は的外れだったようで。
取敢えずは接近して話でもしないことには進まない、と。
私達が謁見の間っぽいこの部屋の中程まで進んだ頃合いで。
事は置きました。
座椅子に座って……いえ、這う這うの体で縋りついてますね、あれ。
どうやら腰が抜けていたらしい、女神様。
でも私達がやって来たからでしょうか。
力が入らず、動くのもままならないという様子だったんですけど……私達を案内してくれたお人形さんが、女神様の元へと駆け寄ります。
その介助を受けて、女神様は段を降りて……私達と、同じ目線まで下がってきて。
そして。
私達に向かって、深々と土下座しました。
「……って土下座ぁ!?」
吃驚です。
ええ、ええ、本当に吃驚です。
額を擦り付ける様に、女神様が平伏しています。
え、この方本当に女神様なんですか?
私が想像していたのと全然違う、というか……あの美の女神様(笑)と、本当に同じ一族の方なのでしょうか。
というか土下座される謂れがわからなさ過ぎてちょっと怖いんですけど!
ご先祖様効果!? これ、御先祖様効果ですか!?
しかし幸運の女神様は、すだれみたいな前髪越しに……しっかりと、私たち全員の顔を順繰りに見つめて。
ごんっと鈍い音を立てて地面に再び額を擦り付けながら、叫んだのです。
「ごっ……ごめんなさぁぁあああいっ!!」
気合の入った、謝罪以外の何物でもないその言葉に。
私達はますますなんで謝られているのか理解不能で、戸惑いを深めるしか出来ませんでした。
「まぁちゃんまぁちゃん、なんで私達、全力で謝罪されてるんですかね?」
「俺が知るかよ」
こんなこと言って良いのか、わかりませんけど。
なんとなくこの女神様……幸運を司ってるらしいのに、幸薄そうな気がします。
リアンカちゃんの知らない事実
本人も忘れてますが、そもそも御先祖のフラン・アルディークさんは『勇者として』魔王討伐の為に魔境に行けって命令されて旅立ったんだよ☆
フランには端っから従う気がなかった上に、これ幸いと魔王討伐隊じゃなくって新天地探索移民団作って率いてましたけどね!!
結婚して村で隠居して以来ほのぼの暮らしていた爺さんも、いきなり訳の分からん理由で旅立てと勅命を受けた孫の為、倉庫で埃をかぶっていた剣を再び手に取った。
そして「いっそ国の命なんぞに振り回されずに済む新天地目指すか!」と言い出したフランに共鳴した村人たちがわっさわっさと一緒に旅立った。
そんなフラン一行に、王国から付けられたのは一人のインテリ魔術師でした……
魔術師「私は商人ではなく魔術師だと何度言えば理解してもらえるんですか! あと知恵袋でも何でもありませんからね!?」
フラン「ああ!? 馬鹿か、魔術だのなんだのより明日の飯の種の方が大事に決まってんじゃねーか!! その為にてめぇの読解力が必要なんだからキリキリ働け、交渉に行くぞ!」
魔術師「旅立ってから私の存在意義も使い道もまるっきり間違ってるって誰かこの人に教えてあげてください……!!」
幼馴染「マルク爺さん、まーたフランの奴が金庫番と揉めてんぜー」
祖父「金庫番か、ごちゃごちゃ五月蝿い奴だ。男ならどんと構えていれば良いもんを」
フラン「じいちゃん! じいちゃんものんびり見てないで一緒に来い」
祖父「なんだ、儂もか」
フラン「当たり前だろ。じいちゃんが一番商人を牽制すんの上手いんだから」
祖父「そろそろフランだけでも良さそうなもんだがなぁ……」
フラン・アルディークの冒険初期メンバー
フラン 職業:羊飼い(勇者???) 武器:ひのきのぼう
祖父 職業:元傭兵(隠居) 武器:バスタードソード
幼馴染(男) 職業:弓使い 武器:短弓
魔術師(男) 職業:金庫番? 武器:そろばn……樫の杖
その他、元祖ハテノ村発移民団百数十余名