9.関所破り、そのに
我らがまぁちゃんは風呂敷包みを振りかぶって、叫びました。
「行くぜ、つまらないものですが――おるぁっ手土産アタック第一弾!」
「手土産投げたーー?!」
まぁちゃんが投げた風呂敷包みは、綺麗な放物線を描き。
強硬な姿勢で門を守ろうとしていた、二人の神様の顔面……ではなく、その頭のちょっと上あたりの壁に命中しました。
門番の神達はまぁちゃんの手元が狂ったと思ったのか、ちょっと気が緩んだお顔をしますが。
別に外した訳じゃありません。狙い通りです。
その証拠に、風呂敷包みが炸裂しました。
盛大に、周囲に粉塵を撒き散らし空気を染めながら。
誰かの特定の部位にぶつけたところで、こうはいきません。
その場合、被害にあるのは一名止まり。
だけどその頭上で炸裂させることで……より広範囲の空間を汚染します。
え? あの風呂敷包みの中ですか?
私がご用意した……痺れ薬と睡眠薬と石化剤を適当にブレンドした物ですが。
夢の中に落とされながらも全身に絶えず痺れが走り、体が外郭を形成するように石化した皮膚で動きを拘束されるという訳のわからない薬です。私は何を思ってあんな物を作ったのでしょうね? そして何に使う予定で保存しておいたのか……薬箱を漁っていたら出て来たんですよ。昔の調合失敗作が。
ああ、そう言えば……どうしてあんな変な薬を作ったのか、思い出しました。あの頃はまぁちゃんの持ってる状態異常付与の力を幾つ同時に再現できるかと、つい思ってしまって。同時に発症させたら意味のわからない結果になるということに気付くまでに幾つの失敗作をこさえたモノか……
折角なので今回、有効に再利用することにした訳ですが。
「さっすがはまぁちゃん! 百発百中だね☆」
「このくらい、軽いぜ!」
バシッと良い音を立てて、自らの二の腕を誇る様に叩いて得意げに笑う、まぁちゃん。悪戯を繰り返して転げ回った少年時代と変わらぬ素敵な笑顔です。
さてここは、実は勇者様を拉致った神様の居住地を囲う壁の外。
内部に突入する為に、通行拒否を宣言してくれた門番達を無力化する必要がありまして。……決して、いじめている訳ではありませんよ? ただ邪魔なので排除しようとしているだけで。
それと、もう一つ。
ここは神々の世界。そして住んでいるのは皆、神々。
そんな場所に来て、私の薬が……魔境の薬物が、彼らに有用かどうか、確かめたいなと思いまして。いえ、確かめる必要があったんです。そう、いざという時の為に保険は一つでも多く維持しておかないと、ですから!
まあ、そんな訳で。
丁度良いので、どうせ倒さなくっちゃいけない彼らで実験してみようと思った次第。
まぁちゃんが腕まくりしてやる気を示してくれていたけれど、ここは引き下がっていただいて遠投係に徹していただきました。
この薬に対する反応で、魔境の薬が効くかどうかの大体の指標を立てられると思うんですけど。
さあ、どんな結果が……?
ぶっふぁりと門番達を襲った粉塵が晴れた時。
そこには、神ならぬ石仏と化して立ち尽くす二体の石像が。
あれ? 効き過ぎ……?
っていうか何で立ち尽くしていた筈の門番さん達が結跏趺坐。
その姿は、あまりに神がかっていて……状態異常:悟りに陥っていたアディオンさんを思い起こしました。
「大体の神は魔境の魔力と反発すっからな。薬に染み付いた魔境の魔力に薬で弱ったところを呑まれちまったんじゃねえの?」
「それ本当ですか、御先祖様」
「嘘を吐く必要はねえと思わんのか」
「じゃあこの……仏そのもののポーズは一体」
「それは知らねえよ」
彼らに何があったのでしょう。
石になるにしても麻痺やら睡魔やら何やらに見舞われて苦痛の表情を浮かべるんじゃないかと思っていたのに……なんと見事なアルカイックスマイル!
石になった門番さん達は、慈母の微笑みを口元に湛えておりました。
「これは……もう少し薬の効きに関しては検証を重ねた方が良さそうですね。道行く方を無作為に襲う訳にはいかないので、これから倒しに行く神々の体ででも」
「っつうかそいつらに使うことを見越して実験するっつう話じゃなかったか?」
「細かいことは気にしません」
「……まあ良いか。どんな結果になっても、俺が補えば」
「まぁちゃん大好き!」
「よし、任せとけ。どんな神も最終的には俺が全部薙ぎ払ってやるよ……! 御先祖は除くがな!」
「とりあえず行く手を遮るモノは根こそぎシメてきゃ良いだろ。可愛い子孫の為だ、俺も一肌脱がしてやるぜ!」
「え、脱がせるの?」
「ああ、こう……ベリッとな」
「……一肌って服じゃなくって皮膚のことでしたっけ?」
なんだか段々、御先祖様の人となりがわかって来たような気がします。ある意味、なんとも魔境らしい思考回路をお持ちのような……。
「そうだな、一先ずは……幸運の女神んとこから行ってみるか」
「え、幸運の女神様の肌を剥ぐんですか!?」
「リアンカちゃん、誰もそうは言ってないぞ?」
「じゃあ、幸運の女神様の衣服を剥ぐんですか……?」
「御先祖、幸運の女神は勇者の人生への貢献度高っけぇんだから穏便にな。穏便に」
「そうそう、そうですよ! 間違っても怒らせたりとかして、勇者様へのご加護が薄くなったりとかしないように……」
「だから誰も幸運の女神をシメるとは言ってねえだろ! あの神はそこまで強硬な奴でもねえしな。まずはオハナシアイってヤツだ」
「不安だ、この先祖……」
先程の襲撃で瓦解した門番達の防衛線をするりと抜けて。
私達がやって来ましたのは……勇者様に加護を与えているという、神様方の群れの里!
つまり、この高い塀の中のどこかに勇者様が……!
大きな門を、気持ちも新しく潜り抜けながら先を眺め渡したのですが。
広い空、青く澄み渡り。
無数の空に浮かぶ島から流れ落ちた水飛沫が陽光を照り弾いて虹を作り。
大地の先には朽ち果てたモノや新しく綺麗なモノ、様々な建築物が入り混じり、森や河川と組み合わさって調和を作り上げている。
ああ、建物の配置や自然物の場所とか、全部計算し尽くして作られた里なんですね。
パッと見ただけでも、誰かの設計図が重なって見えるようです。
このどこかに勇者様がいる、と。
……うん、全然さっぱり居場所なんてわかりませんね!
どっか偉そうな神殿とかかな、と思ったんですが。
建造物が基本ほとんど誰かしらの『神殿』であるようで、むしろどの神殿が『当たり』なのか皆目見当がつきません。
「予定としちゃ、幸運の女神んとこでまず軽く試練を流しとくだろ? それから選定、陽光。最後に愛の神を蹴り倒して美の女神んとこだ。帰り間際にこの里の主神んとこに殴り込みかけるのも忘れちゃなんねえな」
「いつの間にか御先祖様が物騒な予定を詰め込んでるんですけど……まぁちゃん、どうしよ!?」
「……どうするっつっても俺達は天界に不慣れだ。今はどうするでもなく、御先祖の指示に従うしかねえだろ」
そうして私達は、御先祖様に導かれるまま。
第一の目的地として指差された先は……初っ端から空の上ですか。
どうやら里の上空をふよふよしている浮島の一つに、幸運の女神の神殿はあるようです。
そこに向かうとなれば……空を飛ぶ手段が必要ですね?
まぁちゃんが何も言わずとも、さっさと私を抱き上げました。
ついでにせっちゃんも、まぁちゃんの背に乗せられています。
……せっちゃんは自力で飛べるんですけどね?
まぁちゃんは、移動が大変な時は私とせっちゃんの足代わりになる、という習性が染みついてしまっているみたいです。
せっちゃんがまぁちゃんの肩に居て、私がまぁちゃんに片腕抱きされている。
この体勢になると、なんだか『定位置』という言葉が頭に浮かぶ。
これも幼少期からの習いってやつでしょうか。
一方で、この面子の中には……もう一人高所の移動に難のある人がいるんですが。
サルファはどうするんでしょうね?
マルエル婆の手前、置いて行く訳にもいきません。
「うわっ なに!? 俺なにされちゃうの!?」
ヨシュアンさんが徐に懐から取り出した縄をぱしぱしと引っ張って、強度を確かめ。
それからサルファの足首に、良い笑顔でヨシュアンさんは縄を結びつけました。牽引ロープですね。
そうですか、逆さ吊りで連れて行く気ですかー。
うん、良いと思います。
「えっ あ……いやぁぁあああああんっ 服がめくれちゃう☆」
「お前、ズボンだろ」
ノリが良いのか、それとも素なのか。
素だったら、随分と痛々しいのですが。
逆さ吊りで空の旅(数十分)を楽しむことになったサルファは、身を捩って不思議なポーズを取っています。
これはもしや……お色気ポーズ!?
駄目です、男がやっても笑いしかとれません!
そんなサルファの艶姿(笑)を、ヨシュアンさんが衝動的なもので肩をぶるぶる震わせながら、指差して馬鹿笑いしています。
束の間ですが何とも和やかで、穏やかな道行でした。道、ありませんけど。
「ところで画伯、いつも縄を持ち歩いているんですか?」
「そうそう常日頃から弛まぬ研究の為……って何言わせるのリアンカちゃん!?」
「画伯が勝手に言ったんですが……」
「語るに落ちるとはこのことですね、ヨシュアン」
「リーヴィルまで何言いだすのさー……俺だって軍人の端くれなんだから、曲者の捕縛用に縄くらい持ち歩くって」
「……そして捉えた曲者でマニアックな縛り方の研究するんだろ。不審者引き渡された尋問係から苦情上がってたぞ」
「そもそも不審者の捕縛用に持ち歩く拘束具って縄である必要ないんじゃ。魔族の軍人なら、携帯に便利な専用の魔道具を幾らでも手配できるんじゃありませんか?」
リリフの言葉に、場に一瞬だけ沈黙が訪れました。
言われてみれば確かに、拘束するのに使う道具が縄である必要はない訳で。
それこそ魔法の品を作るのに長けた魔族さん達ですから。
もっと小型で携帯に適した拘束具って他に色々あると思うんですよね。
「画伯……本当はやっぱり、ただの趣味で持ち歩いてるんですね?」
「やっだなぁ、ただの紳士の嗜みだよ」
「一体どこの変態紳士ですか。本物の紳士である勇者様に謝って下さい」
ですが『本物の紳士』である勇者様自身、旅の備えとして縄を持ち歩いていたりするんですよね。誰かを縛ること前提で持ち歩いている訳じゃないんでしょうけど。
……あれ? やっぱり縄の携帯って紳士の嗜みなんですか?
私の胸に、変な疑惑が芽生えます。
これは……勇者様をお救い出来たら、一度は聞いてみるべきでしょうか。
「あ、そうだ御先祖様」
「ん? どーした、リアンカちゃん」
「幸運の女神様って……どんな御方なんですか?」
その女神様が勇者様に加護を与えてくれたお陰で、勇者様が大きくなれたことは理解しています。
だけどそれと性格やら考え方やらは別の話で。
神というだけで、最近は印象悪くなってしまいそうになるので。
ここは性格悪くても失望しないでいられるよう、事前に心構えをしておくべく御先祖様に話を振ってみました。
御先祖様は、あまり考えることなくさらっとお答え下さいまして。
「まあ、なんつうかお人好しだな」
「お人好し? それはまた何と言うか……あの女神(美)様とはまた違った趣ですね。本当に同じ一族の方ですか」
「同じ一族の神っつっても、そりゃ個々で違いはあるだろーさ。全部同じだったら環境の変化に耐えられずに自然淘汰されちまうぜ?」
「むしろあの女神(美)と同じ性格の集団だったら身内で滅ぼしあって自滅してそうだよね☆ そっちの方が随分楽だけど」
「ああ、確かに。特に女神だったら顔を合わせた途端に殺し合いそうですね。どっちがより美しいかとか、そういうくだらねぇ理由で」
「あっは☆ ありそう(笑)」
どうやらあの美の女神(笑)に関しては、全員が見解の一致をみたようです。
うん、あの女神様って協調性なさそうですしね。
集団になったら、即座に瓦解してバラけそうです。
ですが現在、ここの神々の里がそうなっていないということは。
あんな女神がのさばっていて、尚、その間を取り持ったり調整したりと協調性溢れる行いをしてしまう神が他にいるということで。
……なんだか凄まじく苦労していそうですが。
そんな協調性のある神の一柱に、お人好しという御先祖様の言葉が本当なら……幸運の女神も、入っていそうですよね。
それって何とも大変で、可哀想なことだと思ってしまいました。
きっとストレスとか、いっぱい抱えている筈で。
まだ会ってもいないのに同情してしまった私は、果たして実際に幸運の女神を前にした時……毅然とした態度を取ることが出来るでしょうか。
とりあえず勇者様を返して!って要求を通さないといけないんですけど。
そのお願いって、幸運の女神様に美の女神との間で板挟みになって☆ってお願いしているようなものですよね。
ちゃんとお願いできるかどうか、少し不安になってしまいました。
次回から幸運の女神攻略編に入ります。