110.未来の選択1
「てめぇ、ご先祖……何のつもりだ」
納得いかない、と気炎を上げるまぁちゃん。
そんな魔王様に対して、飄々とご先祖様は宣います。
「まあ、そりゃーな。あの二人の保護者はお前だろうし、バトちゃんの意見も少しは耳に入れないといけないんだろうが……お前さ、俺は前にも言ったよな? もうちょっと二人の未来も考えろって。お前が過保護過ぎるから、二人が全く色気づかねーんじゃねえの?」
「それとこれとは別問題だ! なんでいきなり勇者に選ばせるなんて話になるのかって言ってるんだよ」
「お? 婿がねとして不満か? 現実問題として、今の下界にあそこまでの好物件も中々他にはいねーと思うんだけどな。掴める機会は掴んどいた方が良いぜー? これ、おじいちゃまからの助言な」
ご先祖様は、困惑する私達ににまっと笑って言いました。
勇者様の身を自由にする条件……『黄金の林檎』は、自分が手に入れてきても良いと。
「北方の神群にな、黄金の林檎が実る木があるんだわ。そこの一族でも高位の女神が管理している木で、林檎には神々を若返らせる力がある。そこの神々は不死だが不老じゃない。林檎の力で若さを維持している。……つまり、そこの神群じゃ黄金の林檎ってのは何より大事な宝の一つでなー……人間がいきなり訪ねても譲ってもらえる可能性は低い。けど俺は、そこにも伝手がある。なんかやたら魔境と波長の合う神がいてな……そいつに頼めば手に入るだろう」
それだけではなく、東方の伝手を辿って『オチミズ』を手に入れても良いと。
とにかく、破格の対応を口にして、ピッと指を一本立てました。
「けどな、流石に理由もなく赤の他人の為にそれだけの働きをするのは、筋が違う。俺にそこまでさせるんなら、お前自身が……ライオット・ベルツが俺の眷属に入ることが条件だ」
「婿入りは、ちょっと……俺も跡継ぎなんで」
「別に婿入りしろとまでは言わねーよ。リアンカかセトゥーラと結婚する、それだけだ」
「それだけ、って……それが一番重要だろ!?」
「そう、重要だ。だからじっくり悩んで決めて良いぞ? いま、この場でな」
「ふざけんな! そんな何かの犠牲みたいな形であの二人を結婚させるくらいなら……代わりに俺が結婚する!」
「それは御免蒙る!!」
「まぁちゃん捨て身過ぎだよ!? 私達のことを大事に思ってくれているのはわかってる。だけどちょっと落ち着いて! 後で後悔するのは絶対にまぁちゃんなんだからね!?」
「勢い! 勢いつきすぎだ、まぁ殿! もっと冷静に!」
ちょっとまぁちゃんが予想外な方向で酷いトチ狂い方をしたので。
思わず私と勇者様は、まぁちゃんを取り囲んで二人がかりでどうどうと宥める羽目になりました。
まぁちゃん、目が血走ってて怖いよ。
私達の為に人生を棒に振らないで! 全力で振り過ぎてサヨナラ満塁ホームランになりかけてるから。
ご乱心のまぁちゃん。それに慌てる私や勇者様といった面々。
だけど乱心したいのは、我らが魔王様だけじゃありませんでした。
「何よそれ……」
暗い声が、足元から……見るとなんかやたらと陰鬱な目をした女神が。
あ。
ご先祖様のとんでも発言で、女神のこと忘れてました。
「結婚……? そんなの、そんなの許せないわ。しかもそんな、野暮ったい小娘とだなんて」
野暮ったいと言いつつ、頑なにせっちゃんを見ない女神。
そのギラギラと憎悪に塗れためは、私ばかりを睨みつけています。
野暮ったくってごめんなさいねー。
「リアンカちゃんは野暮ったくなんてないと思うけどー? 俺は可愛いと思うぜ☆」
「充分に野暮ったいわよ! お化粧どころかスキンケアも全然なってないじゃないの。若い今の内は良いかもしれないわ。だけど先のことも考えて若さ保持に気を使いなさいよね! いくら素地が良くっても、磨かなければ原石は原石のままなのよ!」
ぜはーっと肩で息する女神の叫びに、私は思わず溜息を吐きました。
感嘆の溜息を。
「なんか今、初めて女神が『美の女神』だって実感湧きました」
「喧嘩売ってるの、小娘!?」
「勇者様に手を出して、先に私達に喧嘩を売ったのは女神の方ですよね!」
しかしこの女神、本当にせっちゃんのことは全く見ようとしません。
可愛いから見たくないのか、先程カリッと芳ばしく揚げられたから見たくないのか……私だってスキンケアらしきことを欠片もしていない訳じゃありません。しなくとも平気だけど。
でもせっちゃんは、私以上に何もしていない。
魔王城の侍女さん達だって、姫様にはまだ必要ないとか言ってるし。
――さて、駄女神に問いたい。磨かなければ原石のままって言っていましたけど、せっちゃんにも同じこと言えるんですかね?
私の首を傾げる動作を、どう解釈したものか。女神の顔が凶悪です。
だけどご先祖様は大して気にすることも無く、
「お前だっていつかは嫁を貰う気があるんだろ? うちの末裔で何か問題あるってのか? あ?」
……なんか柄悪く、勇者様に詰め寄っています。
ご先祖様、強要するのはどうかと思うんですけど……
あ、勇者様が負けじとご先祖様に立ち向かいましたよ?
「そもそも! さも俺に選択権があるかの様に選べと言うが、そもそも結婚相手として勝手に名を挙げられているリアンカやセツ姫の気持ちはどうなるんだ! そこを考えているのか!? 彼女達に、迷惑で失礼なことをしているんじゃないか」
流石は紳士と名高い勇者様……この期に及んで、こんな自分こそがいっぱいいっぱいだろう状況下で、私達のことを気にかけてくれるんですね。……逃げ道にしようとしているんじゃありませんよね?
勇者様の言葉に、ご先祖様もちょっと考え込みます。
「ま、お前が気にするのは仕方ねぇか。……聞くだけ同じような気もするけどな。今まで見てきた感じ、二人とも自分で結婚できそうな性質じゃねーし。そこは愛の神の嫌な保証付きだ」
「なんのことですか、ご先祖様」
「ん? 試しに聞くがリアンカちゃん、この小僧と結婚すんのは嫌か?」
「失礼ですよ、ご先祖様! 勇者様は正真正銘、本物の聖人君子です。お寺の小僧さんなんかじゃ格が違います。同列に扱っちゃ駄目ですよ!」
「リアンカ、問題はそこじゃない! その、え……っと、その、な……? リアンカ、姫も、了承なしに俺との婚姻はどうか、なんて言われているが……その、どう思っているんだ。そのことについて」
忌憚なく、正直な気持ちを聞かせてほしい。
勇者様はそう言いますが。
……
………………
…………よーく考えてみました。
考えてみました、けど……別に、嫌ではないんですよねぇ。
ただ、なんというか。今まで大事なお友達だと思ってきたから、でしょうか?
なんか、ソワソワする。
「…………嫌じゃないことは、確かですね」
「その間は一体……言いたいことがあれば言ってくれ! 頼むからー!」
「私は感情面では特に問題ないみたいです。せっちゃんはどうかな」
「せっちゃんも嫌じゃないですのよー? 長い人生ですもの、誰かと結婚することの一度や二度、あっても構いませんのー」
「思いがけず姫が達観している……ちょ、君達、気にしなさ過ぎだろう! 自分の今後について、なんだぞ!? もっと気にしてくれ、お願いします!」
「そんなことを言われましても……本当に、嫌じゃないんですけど」
なんか考えてみたら勇者様やまぁちゃん以上に素敵な人って幻の珍獣並みに見つからない気がしてきました。むしろ客観的に見て、この話は役得、かもしれない……?
赤ちゃんの時から、側にはまぁちゃんがいて。
成長してからは、勇者様が側にいて。
……私の男性を見る目って、もしや基準が馬鹿みたいに高くなっているんじゃ……?
そんな私が、まともに、普通に、一般的な男性と恋愛って出来るものなんでしょうか。
………………無理じゃね?
私がそんな結論に至りかけた、刹那でした。
目の前で繰り広げられた私達と勇者様のやり取りの、一体何がそんなに気に障ったのか。
いきなり女神が、本気でブチ切れました。
「いつまでも妾を無視して甘酸っぱい青春しているんじゃないわよーっ!!」
「!? 青春……? いつ、俺達がそんなことをしたと!?」
「ただの大事な確認作業ですよねぇ?」
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……っ無自覚とかふざけているんじゃないの!?」
大変です。
何やら女神は変な勘違いを……ああ!? ぱ、パン粉が! パン粉の衣から手が!
手が生えたー!?
エビフライが、エビフライがもはや別物のナニかにーっ!?
パン粉を塗した下の生地に、さりげなくしれっと繋ぎでセメント混入していた筈なんですけどね。
まさか拘束が甘かったとでもいうのでしょうか。封じられていた女神の両腕が衣を突き破り、自由となってしまいました。
下半身はまだ衣の中ですけど。
これではもう、エビフライとは呼べません。エビラミアです。
「おおぅ……新種の化物を生み出してしまった」
「リアンカ余裕あるな!?」
「きぃっ妾のことを馬鹿にして……そんな阿呆面でいられるのも今ばかりよ!」
「誰が阿呆面ですか、失礼な」
「待て! 迂闊に挑発しては駄目だ……様子がおかしい!」
「あの女神の様子がおかしいのはいつもの事じゃないですか。エビフライになったりとか」
「誰のせいだと思っているのーっ!! 見ていなさい……妾の真の力を見せてあげるわ!」
「……その、揚げ物感溢れるお姿で?」
「…………………………絶対に、許さないわ!」
さあ、果たしてあの女神に何が出来るというのでしょうか!
私もヒトのことは言えませんが、戦闘能力無さそうなんですけど。
何が起こるのかと見物する私達の前で。
女神が跳びました。
両腕以外の全身を、パン粉の衣に封じ込められたまま、跳びました。
一直線に……陽光の神へと、向かって。
「えっ?」
そして体当たり気味に、跳び付いた勢いを殺すことなく。
女神の唇が、陽光の神のソレを塞ぎ……えっ? 私達、一体何を見せられているんですか?
「ん゛ぅ~っ!!?」
陽光の神が呻き、もがきます。
ですが女神は陽光の神にがっしりと腕を回して離れません!
そのまま、一分以上。
……その頃には陽光の神は全身の力を失い、何とか立っているような有様で。
なんかがっくりと力なく項垂れていました。
わー……妙に静かでした。
やがてきゅぽんっとワインからコルク栓を引っこ抜くような音を立てて……女神が、ようやっと陽光の神を解放しました。
あれ? でも……
陽光の神の、様子が変です。
様子がおかしくなっていることを予想していたのか、女神がにたりと艶やかな笑みを浮かべます。その体は、依然として揚げ物感溢れる有様でしたけれど。
そこを指摘してみようかとも思ったんですが……いつの間にか、陽光の神が剣を構えていて。
臨戦態勢に気付き、私達はハッと息を呑む。
だって剣を向けられていたのは……私達に向けて、だったのですから。
陽光の神の目が、正気じゃありませんでした。
アレはもしや……まさか魅了の状態異常ですか!?
→ ようこうのかみ は のろわれている !