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105.女神の料理法そのよん



 重要な裁判長という役目。

 それに就任したのは、親族会議当時、四歳のせっちゃんでした。

四歳()の時点で不安しか感じないんだが!? 俺の気のせいじゃないよな! 絶対に碌でもない前科を作っているだろう、裁判長が!」

 勇者様の渾身のツッコミが轟きました。

 遠く、女神のいる場所にまで聞こえたのか、女神がビクッと跳ね起きます。

 ……落とし穴に落ちて気を失っていたんですが、正気づいちゃったようですね。

 私達は勇者様が叫ぶぞ、今にも叫ぶぞとなんとなく予想が出来ていたので耳を塞いでやり過ごしました。

「あっはっは、勇者様ったら人聞き悪~い。間違ってませんけど」

「間違っていないのか……」

「何しろ初裁判で出した判決で、臨席していた人を悉く戦慄させたっていう実績がありますから」

「姫は何をやったんだ!? 実績って、それ確実に良くない意味だよな!?」

「あー……確かとある子供に対して血縁上の母親と育ての母親、どっちが真の母かって内容でな? 子供の親父が死んで前妻と後妻のどっちが子供を引き取るかで揉めたんだわ。魔族は子供好きが多いから熾烈に争った末、裁判で白黒つけようってなったらしい」

「……どこかで聞いた話だな?」

「裁判で真の母だって判定された方が子供を引き取るっつっててなー……」

 勇者様の言う通り、なんだかどこかで聞いたような話ですが。

 生みの母と育ての母、どちらを尊重するかはっきりさせるというのは、とても難しいことだと思います。とうかそれ二人のお母さんの人格とかも考慮しないといけませんし、明確にこれっていう答えは出ないんじゃないでしょうか。

 そんな難しい裁定を任されちゃった四歳のせっちゃんは、言いました。

「喧嘩はダメですのー。こういうときは、仲良く『はんぶんこ』ですの!」

 というような意味合いのことを、幼児語で。

 ……うん、それが金銭とか土地とか、分けられるブツなら問題ないんだけどね?

 判決はまさかの『はんぶんこ』。

 おやつじゃないんだよ、せっちゃん。子供の無邪気さって怖いですね!

 比喩的意味であることに一縷の望みをかけた大人達の思惑など読み取ることなく、せっちゃんはこう続けたのです。

「上半分と下半分、どちらにするかジャンケンですの」

 ガチの『はんぶんこ』でした。

 裁判の場だということを忘れて熱を加速させていた二人の母親さん達も動きを止めました。

 というか場の空気自体が凍り付きました。

 せっちゃんの「誰かノコギリ持ってきてくださいですのー」という声で、誰よりも先に我に返ったのは前任の裁判長……せっちゃんの様子を見る為に、初回限定で補佐を買って出てくださっていたまぁちゃん達の大叔父さん。

 大慌てでその場に待ったをかけて、頭を押さえながら判決を出し直してくれました。

 結果、子供と二人の母親とは一定期間ごとに交互に暮らして、成人の際に子供自身にどちらが本当の母親か決めさせることになったそうです。問題の先送りですけど、穏便な解決法ですよね。

 そして裁判長せっちゃんの迷裁きは語り草となり、裁判を頼む人はめっきり減少したそうです。

「良いのか、勇者。せっちゃんにサバいてもらおうなんざ、下手すりゃ真っ二つだぞ!」

「サバくってそっちなのか!? 『捌く』なのか!?」

「あに様ぁ、せっちゃん恥ずかしいですのー。それはちっちゃい頃のことですの!」

 ぷうっと頬を膨らませ、まぁちゃんの腕にぶら下がって抗議するせっちゃん。

 うん、拗ねてみせてるんでしょうけど、可愛さしかありません。

「んじゃせっちゃん、今だったらどう判決出すよ?」

「論点はどっちが本当の母様かということですの!」

「……お?」

「ですから、別に『偽の母様』を立てれば、偽の母様が他にいるんですから、二人は『本当の母様』になりますの! これで万事解決ですのー!」

「おー……そう来たか」

 視線で「どうよ?」と問いかけるまぁちゃんに、勇者様は目を逸らすという反応で以てお答えするのでした。

 うん、せっちゃん。

 万事解決ってそれ、根本的に解決してないからね?

 取敢えず魔境の皆さんは揉め事が起きても裁判のお世話にならないよう、せっちゃんが裁判長就任以前と比べて自分達で解決しようと図る傾向が強くなっているそうな。結果的に揉めない努力が推進されているんだから、これはこれでせっちゃんの功績って言えなくもない気がしないでもありません。

「これで良いのか、魔境の裁判……」

 勇者様が何やら床に膝をついて嘆いておいででしたが、割と良く見る光景なのでいつものことと放置しました。


 

 魔境の裁判の話題に気を取られている間にも、女神は女神で動いていました。

 こっちで拘束している訳でもありませんし、動き回るのは当然ですよね。

 まあ、自由に行動できる範囲はこっちで絞らせてもらっているんですけど。

 女神が坂を落とし穴に落ちたりして頭をくらくらさせている内に、彼女を追い立てる為に私達が放ったイソギンチャク(勇者様の模造頭部付き)が迫ってきていたようです。

 再び、死に物狂いで逃げる女神。

 意外なことに健脚です。

 いやー……あの女神の性格とか諸々鑑みて、運動出来なさそうな気がしていたんですけどね?

 それは私の勝手な先入観による思い込みだったようです。

 他の身体能力がどうかは知りませんが、少なくとも脚力に関しては一般的な成人男性並みにはありそうですね。魔境の(・・・)一般的な成人男性、ですけど。

 下り坂で落ち窪んだ地点に転がされていた女神は、今度は窪んだ地点の反対側……上り坂を、イソギンチャクに追われて駆け上っている真っ最中です。

「なんで、わたしが、こんな目に……っ」

 勇者様を攫ったからです。問答無用。

 流石にずっと追いかけられて疲れているのか、ぜいぜい言っていますね。

 走りながら叫んだり悲鳴を上げたりしているので余計に体力を削っていそうです。

 さてさて、そろそろ女神も坂を上りきる頃合いでしょうか。

 つまりは、次の難所(トラップ)地点ですね!

 私は張り切ってご用意しました。


 上り坂を上り切った先には……急ごしらえですが、切り立った崖、みたいな雰囲気でいきなり垂直に一mくらいの落ち窪んだ段差があります。

 何も知らずに駆け上った女神は、勢いを殺して踏み留まれるでしょうか。

 そもそも突然現れる段差に気付けますかね?


 気付けなかった模様です。

 

 すぐ背後に迫るイソギンチャクの気配に焦ったのか、前方……足元への注意が疎かだったようです。

 女神は、いきなり消えた足場に鋭くひゅっと息を呑み……落下しました。

 穴の中には、たっぷりの……水と卵で溶いた、片栗粉が。

「ふぎゃぁぁああああああああっ!?」

 さっきから、此方の狙いを一つも外しませんね。

 ご丁寧にも一つ一つ……設置した全部に引っかかっている気がします。

 なんかもう、私達の期待にわざと応えてくれているのかと勘繰りたくなるくらいです。

 女神は、顔面から水溶き片栗粉の池にダイブしました。

「げふっげふっ」

 ざばぁっと池から這い出そうと藻掻き、上半身だけ先に脱する女神。

 咳き込むお顔も、水溶き片栗(卵入り)に塗れてうっすらクリーム色です。

 でも、このくらいじゃまだまだ済ませません。

 その後も未知の生命体が蠢く穴に落ちたり、黄色い謎の液体を全身塗布されてみたり。

 天井から金盥が降ってきたりパン粉の敷き詰められた落とし穴に落ちたり。

 女神は散々な目に遭わせられながらも、おぞましいイソギンチャクから少しでも逃げようと転びまろびつしながら先へ先へと進み……


 ……そうして、今。

 彼女は、対峙していました。

 煮えたぎった油の満たされた……風呂よりも大きな、地獄の窯のような大鍋。

 中に具材を投入する為に存在するかのような、飛び込み台のように出っ張った足場。

 いつの間にかイソギンチャク共の姿もなく、女神だけが煮えたぎった油の池と向かい合っています。

 こんな場所に落ちれば、ひとたまりもない。

 だというのに……

 後退することすら許さないとでもいわんばかりにですね。

 退路は悉く、いつのまにか物理的に絶たれています。

 いま、女神に進むべき方向は見えていないことでしょう。

 ただただ、進めば何かが終わりを告げる……油の張られた大鍋だけが、彼女を待ち受ける様に大口を開けている状態です。

 魅入られたように、大鍋に向き合う場所で女神の足は釘付けとなっていました。

 進む先も退がる先も見つけられず。

 立ち往生する女神は何を思うのでしょうか。


 ただ立ち尽くす。

 そんな女神に、頭上から誰のものともわからない声がかけられました。

 まあ、まぁちゃんの声なんですが。


「我が身が可愛ければ、身を引け。ライオット・ベルツを開放しろ。彼に関する一切の権利を放棄し、二度と関わらないと誓え」


 厳かに告げられたのは、明らかに女神を脅すもの。

 降伏勧告ともとれるそれに、女神は――


「嫌よ」


 簡潔な一言で、己の意思を固く示した。

 あ、終わりましたね。

 女神の末路、決定です(怒)♪

 








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