第24話 ペンタゴンの星から
エイミの告白は僕の脳を甘く揺さぶったんだ。こんなはずじゃない、そうは頭で分かっているのが救いだった。今はエイミが愛しく見えて仕方ない。
「いまから魔法で、私の家に戻るから袖でも引っ張っておいて」
「はい!」
恋人同士とは思えないほど、エイミはぶっきらぼうにハルトに言い放つ。それに対してハルトは異様なほど従順に答える。彼はどうも、おかしくなっていた。
夕焼けの街からかなり離れたところまで飛んだのか、街空は星明かりが照らす淡い光が夜空を染める。摩天楼が立ち並ぶ街が丘の下に広がる。立っているこのテラスはよほど高い場所にあるのだろう。部屋を振り返るとファンシーでかわいい家具や装飾がなされている。
「ここってエイミの部屋なのかい?」
エイミは答えずに、髪を束ねていたヘアゴムをはずし、クローゼットから着替えを出した。
「あんたって顔はいいけど、私のタイプじゃないみたい、だけど今の私にはあなたが必要なの、協力だけしてちょうだい。ほら後ろをお向き」
エイミはベッドに乗り、カーテンを閉めて着替える。僕は後ろを向いた。前には等身大ほどの大きな鏡があって、カーテンの奥に着替えているエイミの姿が映っている。僕はどうしても、片目だけでも開いたが、どうしても目の筋肉が言うことを聞かず、勝手に閉じてしまう。
「こら、勝手に魔力が消耗しちゃうから、おとなしく目を閉じてなさい」
僕はやっぱりエイミに操られている。だけど、全然いやな感じはしない。それは多分僕の下心がそうさせているのかもしれない。
「これから、起こることの説明を聞くのと聞かないのあなたはどっちを選ぶ? もちろん聞くよね。まあ、いいわ」
エイミは着替え終わって、カーテンを開いてベッドから降りた。僕は振り向いた。エイミにこれから起こることを聞くまでもなく想像はついた。それは、彼女は先ほど出した簡素な着替えとは違う、純白のドレスに身を包んでいたからだ。
「魔法って便利よね、衣食住のほとんどはどうにかなるし、あなたを思い通りにもできる。それでも、どうにもならないことだってあるわ」
「いったいなんだい?」
エイミは目を見開いて答えた。
「自由よ」
自由に着替えたり、人を操った操ったり、好きな場所にも行けて自由がないのか。
「君は僕と結婚して自由を手に入れるのかい? 僕は甲斐性もないし」
まるで、駄目男の最低なプロポーズを言い聞かせているみたいだった。
「あなたになんて興味は何にもないの、ただあなたを利用したいだけ。私はね、こんな綺麗なお城でプリンセスとして過ごすのはごめんなの」
エイミは両手拳をを下に突き上げて、大きな声で訴えた。
「知ってる? エルフの王女の一生ってまるで、華やかで絢爛な生活ができることは否定しないわ。だけど政略結婚の日々。重婚で各国の世継ぎをエルフの国で育てて、連合国を形成しているの。私もその一人だった。嫌よ、好きでもない相手となんか」
エイミは泣き、膝から崩れ落ち顔をうずめて、その場で座り込んだ。
「エイミ、君が嫌だと思ったことは、そんな事しなくていい。いいさ、僕を利用してくれ」
エイミは口角をあげて表情を崩した。
「そういえば、あなたの名前を聞いてなかったわね、いいわ、この際だから聞いてあげる」
その高飛車な態度が今まで許されていたほどに、その態度が彼女には様になっていた。
「ハルト、高峯ハルト。二千年前の世界から来たんだ。友達の妖精に置いて行かれて、君に突いてきたんだ。改めて、これからもよろしく」
「じゃあ、あなたって、本当に“予言の勇者”なの。だけど不用意に信用なんてできないわ、何か証明できるものを持ってる」
自分が大昔から来たことを証明できるものは何一つ持ってはいなかったが、それらしきものといえば、僕がこの世界で目覚めたときに握っていた、羊皮紙を思い出す。この紙には、そのことを示す一文が書かれていたから。
ハルトは羊皮紙をエイミに手渡す。
「僕がこの世界で目覚めたときに、握っていた紙だけど、ちょっと見てもらっても良いかな」
エイミは羊皮紙を読むと、しばらく黙り込み羊皮紙をハルトに返した。
「信じてあげる。それと、あなたにこの世界のこと、話してあげる。」
エイミは銀色の小さな地球儀を指さした。
「私たちがこの世界の覇権の一翼を担っているんだけど、何でか分かる?」
「僕が勇者と呼ばれることに関係があるのかい」
勇者が時の権力者と近しい存在であることは、いろんな物語や、クエストが示している。
「半分正解ってところかな。正確にはこれからの物語は勇者と呼ばれるあなたの前にいた、伝説の勇者の話。」
エイミは窓を開けて、空に光る、ひときわ大きなペンタゴンの星を指さした。アンタレスより淡く、ベテルギウスよりも大きくて、エメラルドとサファイヤの星。
「綺麗だ、僕はあんなに綺麗な星を見るのは初めてだよ」
「そうね、あの星綺麗でしょ、私も大好き。でも初めて見る新しい星なんかじゃないわ」
エイミは窓辺の近くの光る植物の露を指でなぞり、口に含んだ。
「あの星では、太陽が二十四時間で一周するの、だけどここでは太陽が一周するのに六百五十六時間かかるわ。私たちエルフほどの精神性と長寿がないと駄目みたい」
そのことを聞いてやっと気づいた。
「それじゃあ、あの星は地球。あの大きなエメラルドグリーンは世界樹ということだね。それじゃあこの場所はつまり・・・」
エイミは一瞬で僕をここまで連れてきた事に、改めて驚く。一瞬で月面旅行にいけるほどの魔法があるなら、そんな魔力があるならとんでもない魔法使いなんだと。
「ここは月の極夜都市リザ=トワイライト。勇者との約束と予言の街よ」
月から見た地球は、僕にこの世界が僕の知る世界じゃないことを確信させた。




