第13話 冥府の門
僕とニッピはエントランスまで走った。到着すると、そこには横たわる多くの巨人がいた。この短時間で妖精軍はすでにマモンと戦い、たった数分で敗戦したのだ。しかし、そこには陣をとるはずの、妖精女王の姿はなかった。
「……お前は昨日捕まっていた、勇者じゃないか」
息は絶え絶えに、横たわる巨人がいた。昨日、女王への謁見の際に、地下牢から女王の間までの誘導をした巨人だったらしい。
「無事だったのか、それよりこの状況はまずい。外を見てみろ」
城のエントランスから外を見ると、ただ延々と暗闇が続くだけだった。美しく、キラキラしたピクシーランドの街並みはそこにはない。
そうか、キラキラの正体は妖精の鱗粉だったのか。あのマモンという悪魔が、鱗粉をすべて“強欲”でかき消してしまったようだ。
「あの鱗粉があるから、妖精たちは元気になれる。希望がわく。生きられる。だが、あいつらにとっては、その妖精の鱗分こそが瘴気になるんだ」
それじゃあ、妖精と悪魔仁の仲は致命的じゃないか、だとしたら鱗粉を封じ込めるためにマモンはピクシーガーデンを襲っているのか。そこまで、住み分けていないとも考えにくいのだけれど。
「ノームがさらわれたんだ。オイラとハルトはやっと王子たちと仲良くなれると思ったのに」
ニッピは瞳に涙を浮かべている。
「そうか、悪魔仁どもの目的は鱗粉の力が弱ったピクシーガーデンに冥府の門を開き、冥界の悪魔や鬼を放ち、この街を滅ぼすことだ。そのために王子を誘拐したのだ」
巨人はこの街の行く末を案じている。
妖精の鱗粉は善と悪を識別し、悪をひたすらに拒絶する。この世界の魔仁を善と悪に分断するものだ。しかも悪には瘴気をもたらす。
「僕はノームを助けたい」
ハルトは真心からそう思った。
「俺たちもだよ、兄弟を助けるのは当たり前だろ」
「そうよね、ノームが私たち兄弟のなかで一番末っ子よ、弟を助けるのだから」
「速攻で助けてやるからな」
「……マモン許さない」
妖精王子のサラマンドラ、ウンディーネ、アルヘイム、シーフの思いは人間、高峰ハルトと同じだ。
「そこのピクシー、本来一巨人の俺がお前に渡すのは誤りだとしても、事が事だ。ちょうど妖精の剣を隊長の俺が保管している。」
そうだ、この巨人の姿は財を管理するゴブリンだ。
「人仁だけでは、心許ない、妖精の代表として助けてやれ」
巨人はエントランスの女王像の深紅の右目を爪で引っかけ、爪楊枝程の剣を取り出した。掌に乗せニッピに手渡す。
「抜いてみな」
ニッピは剣を抜刀する。僕の時と違い力を込める素振りもなく、するすると剣が抜けた。剣身はオレンジに光輝き、勇気と力に満ち溢れていた。
「オイラ、初めて触った気がしないんだ。懐かしい気持ちがするよ」
ニッピは剣身を胸の前に出して、目を閉じている。
「宝物管理人としての俺の目に狂いはなかった。宝剣がピクシーの勇気を認めたんだ。“君の力になる”と輝きが増すんだ」
巨人が床にひざまづく。
「先程、女王から君たちに伝言を頂いた。どうか聞いてほしい。“勇者よ無礼を働きすまぬ、この街は危機にさらされている。どうか、行く末を見守ってほしい。子供たちのことは頼んだぞ”以上だ」
巨人は涙を流し始めた。周囲で流れる涙に大きさはない。
「女王とノームはどこにいきましたか?」
「マモンは衝撃波を起こし、まわりの巨人を蹴散らしたんだ。女王はそれに耐えたが、捕まえることができなかった。マモンは黒翼を広げて、ノーム王子をさらい西の空に逃げた。無論女王は追いかけていったが」
ハルトは外に駆け出した。
三日月が東の空に輝く、西の空は月の光を忘れたように、暗黒の妖気が渦巻く。とある丘が光の輪郭が溢れる。女王がいるのだ。
「あそこまで行こう、ハルト、俺たちが運んでやる。四人で運べば力の弱い俺たちでもお前くらい運べる」
サラマンドラは提案する。
王子たちは、絡まったリボンに魔法を施し、ブランコを作る。それの四隅を妖精が持ち、移動するようだ。
「にんじんが乗れば、切れるかもしれないけれど、すぐに着くから、大丈夫だから。とにかく紐だけはしっかり握ってくれよ、紐は切れないから」
不安だったけど、空を飛ぶことの好奇心があったし、作家として、友達としてノームの所にいく使命感を確かに感じていた。
空中ブランコに腰かける。不安定でぐらついたが、それは自分が揺れているのだとわかり、すぐに安定した。
「それじゃあ、飛ぶぞ」
王子たちは羽をふるわせ、浮き上がる。街で一番高い、城の最上階の小窓に近づいた。
ピクシーランドの街並みが一望できる。光輝く街並みの姿は消えてしまった。この街は寂しさと不安にあふれ、どよめきがかすかに聞こえてしまう。
西の空が赤くなり、大気が震えここまで押し寄せた。
「駄目だ、冥府の門が開いちゃったのか!ノームが危ない」
西の空を覆う巨大な扉が出現した。扉には、おぞましい姿の門番が埋め込まれており、呻き声がここまで聞こえる。
冥府の門は開いてしまった。




