第10話 イタズラの理由
黒づくめのペテン師と遭遇して、ハルトとニッピは疲れ気味だった。
「あの黒づくめのことは忘れよう、もう会うことはないと思うし」
「そうだね、アイツまた会うならとっちめてやる」
「ニッピ、城まで案内お願いするね」
「もちろん任せて!」
城に向かう道中、噴水の傍らに見慣れたツギハギの妖精がいた。
「あっ、お前は紙を奪った妖精じゃないか!紙を返してくれないか!」
ツギハギの妖精はそっぽを向いた。
「背中を見てみなよ勇者、お前の紙は背中に貼ったから、返せないよ~」
どうやら、機嫌が悪くてそっぽを向いたのではなく、背中に貼った紙を見せるために後ろを向いたらしい。
「引っ剥がしてやる」
ツギハギの背中に貼り付いた紙を剥がそうとしたが、背中にピッタリとくっついて剥がそうにも剥がせない。
「もう体と一体化して、くっついたから絶対に剥がせないよ」
憎たらしい顔つきでこっちを見る。
「こいつ無理矢理にも剥がしてやる!」
「いたいいたいいたい、それヒフ、皮膚だから!」
「まったく、ちっとも剥がれやしないじゃないか」
「オイラも見てるだけで痛くなりそう」
「痛すぎる、そんなに必要なら内容だけ何かに書いて持ってけばいいじゃないか!それまで待つから!」
これだけ引っ張ってもどうにもならない。背中の紙はちょうど募集要項の面を向いている。紙もペンも持っているし、もう取れないし、書き写していくしかないようだ。
「そうするしかないか、じっとしていろよ」
ルーン文字がアルファベットに似た単純な文字で良かった、これがヒエログリフだとかインド系文字みたいなら絶対に正確に書けやしない自信がある。
ルーン文字を写す間、ツギハギ妖精が話しかける。
「お前はおいらたちの神話を書いてくれるんだろ?神話を書く意味を勇者のお前が知ってるの?」
“神話の意味”、考えたことも無かった。
ハルトは小説家として古今東西の神話を読んで、題材にしたこともあったが、その意味や意義について深く考えたことがないし、フワッとした答えしか出てこない。
「神話って物語だから主人公の物語だよね」
「そうだよ、だけどそれは神話の内容だけど、目的には当てはまらないよね」
確かにそうだ。神話は何のために作られるのか?
「神話はおいらたちが、おいらである為のアイデンティティーなんだ」
「アイデンティティー?じゃあ神話がないと君は君じゃないのかい?」
「う~ん、おいらたち魔仁が、この世界で共存するよりも昔にあったのが神話なんだ。だから神話こそがおいらたちを認めてくれるんだ」
「神話は君たちにとってかけがえのないものなんだね。じゃあ君たちはどんな神話を書いてもらいたいんだ?」
「よかったら、改めて兄弟を紹介するよ。お前はワルイヤツでも無さそうだし。どうせなら皆から聞こう。そろそろ書き終わってるでしょ?」
ハルトはルーン文字を書き終えペンを懐にしまった。
「それじゃあ妖精さん、改めて自己紹介するね。僕は高峰ハルト、こっちの妖精はニッピ。僕たちはユグドラの街に向かってるんだ。よろしくね」
「おいらはノームだよ。趣味は前に言った通り物を作ること、夢は勇敢な男になることだよ。よろしくねハルトとニッピ」
「そういえば、どうして紙を奪ったりしたんだ?」
「この紙からおいらの父さんを感じるんだ。懐かしくなって勢いで盗ったんだ」
「君にとって大切なものでも、僕にとっても大切なものなんだ。絶対に黙って奪い去ってはいけないし、必ず後悔するよ」
「…ごめんなさい、」
「だからそれは君に譲ることにした」
ごめんなさいの後に何か言いたげだけど、言えないところに子供らしさを感じた。
ノームはピョーンと噴水から飛び降りて二人を手招きする。
「じゃあお礼に城まで案内させて!今から一緒にお城に戻ろう!」
「それはオイラの役目なのに!だけど、今回はノームが案内してもいいよ、譲ってあげる」
「任せてよ、おいらはツギハギだらけの未熟な妖精かも知れないけど、これでも王子なんだよ」
「フィーーー!」
ノームは指笛を鳴らした。その音を聴いたのか、南から風が吹き黒紫色の異次元に通ずるような空間が開いた。そこから一角を生やした馬車が飛び出し三人の前に停まる。
「すごいや、さすがは妖精の国の王子様。ユニコーンの馬車を出すとは、驚いちゃったよ」
「オイラ、神幻獣初めて見ちゃった。感動ものかも」
「ユニマルっていうんだ。ユニマルは妖精の国で王族たちを乗せてくれるんだ。どこまでも走り、どこでもすぐに連れてってくれるよ。さあ乗って!」
二人は馬車に乗る。ハルトは初めての馬車、しかもユニコーンの馬車だけあってどこか興奮気味だ。
ノームがユニコーンに乗り上げると小さな手に手綱を握った。
「じゃあ、出発するよ、揺れるから気を付けてね。ハッ!」
握った手綱を降り下ろし、ユニコーンがいななくとさっきの異次元空間がブワッと開きそこへ走り出した。するとすぐに異次元空間から抜け出し、そこには見覚えのある立派なお城があった。
「着いたよ」
『もう終わりかよ(なの!)!』
初めてのユニコーンの馬車、ワープで一瞬にして目的地に到着した。
ハルトとニッピはユニコーンと街並みを堪能したかったが、何だか拍子抜けだった。けれどもやっぱりユニコーンは凄まじかったのは分かった。