表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

「 七夜 」

 十畳の和室の中央に、一枚板のおおきなテーブルがある。

 そこが宮地家の居間件食堂となっていた。

 テーブルのうえには、すでにサラダやオードブルが用意されている。

 粋さんの手伝いで、濃い蒼色のお皿に湯気のたつハヤシライスを盛りつけた。

「このお皿……」

 表面に釉薬(ゆうやく)がとろりとかかったこの蒼に、見覚えがある。河童の吊るした風鈴の蒼と同じではなかろうか。

「圭介さんの作よ」

 誇らしげに粋さんが言う。

「とても深みのある色ですね」

「そう言っていただけると、妻として嬉しい」

 粋さんは満ち足りた笑みを浮かべた。


 雨模様でありながら、大きく開け放った窓の網戸越しに庭が見渡せた。

 雨に濡れ、樹々の緑が濃い。土の匂いがどこからともなく、漂ってくる。緑の合間に半円を描く窯が垣間見えた。火をいれたら一日中窯の前から動けないんだと、河童が説明する。

 宮地さんが音楽をかけ、四人での昼食が始まる。

 河童は居間に流れるピアノ曲に耳を傾けると、すかさず「バッハだ」と言った。

「そうだ。それから?」

 宮地さんが手にしたスプーンで河童の胸のあたりを、挑発するように指す。

「フランス組曲第五番。あたり?」

「あたりだ」

 おろしたスプーンで宮地さんは、満足そうにハヤシライスをおおきく掬う。


 驚いた。

 河童がクラシックに造詣ぞうけいがふかいなど考えもしなかった。色いろと(あなど)れない河童である。

「びっくりした?」

 目元をたわめ、河童が聞く。なんだか自慢げなこどものようである。

「びっくりした」

「宮地さんは、外見に似合わずピアノ曲が好きなんです。しかもバッハとドビュッシーばかり。僕にお薦めのCDを押し付けるという悪癖もあります」

「押しつけじゃあねえ。プレゼントだろうが」

 不満気に宮地さんが鼻をならす。

「今かかっている、このCDもいただきました。フランス組曲の次には幻想曲とフーガのイ短調がくるはずです」

「うん……あっている」

「ほらね」

 得意そうに河童が胸をはる。

「しみず夜では、毎日宮地圭介セレクトのCDがエンドレスで流れているんです。だから自然と覚えてしまう」

「そうなんだ」

 わたしの返答に、宮地さんが驚いた声をだした。


「え? なに、あんたキヨの店行ったことないのか?」

 しな子さん呼びが、いつの間にやら、あんたに変わっている。なんとも気取らない人柄だ。

「ありません」

 正直に答えると、宮地さんが「ひゃーー」と奇声と共にのけぞる。大袈裟な動作である。

「え? 嘘だろ。キヨ。なにやってんの? 落としたんじゃないのかよ!」

 初対面に関わらず、失礼極まりない。

 あまりの言われようにわたしは言葉がでず、河童は眉間に深く皺を刻むと、宮地さんを睨んだ。

「圭介さん、変なこと言わないで下さいって、僕頼みましたよね!」

「言ってねえよ、変なことなんか。確認しただけだろうが。なあ、粋? 俺言ってねえよな?」

「微妙ですね」

 粋さんはすまして食事を続けている。


「上手くいったから連れて来たんだろう。違うのか? お前まさか、ふられてるの?」

 宮地さんはなかなかしつこい。嫌がる河童に頓着せずに、話しを続ける。

「まだふられていません。友人の位置はキープしています」

 河童は憮然とした顔つきで答える。嫌がりながらも、律儀に答えるところが河童らしい。

「友人? 翡翠堂の風鈴と団扇を使っておいて、友人って……どこまでお前ヘタレなんだよ。やだ。やだ。今時の草食系男子かよ」

 芝居がかった調子で、宮地さんが肩をすくめる。それからは、河童と宮地さんのかけあいが延々と続いた。


 わたしは粋さんを見習って我関せずと決め込んだ。

 黙々と美味しい料理を堪能する。河童のことは放っておこう。

 第一。河童がこんなにもくだけた調子で話すのを聞いたのは、初めてである。なんだかんだ言って、河童は宮地さんを、かなり好いているのであろう。



宮地圭介お薦め/フリードリヒ・ヴィルヘルム・シュアヌー バッハ:ピアノ小品集〜主よ、人の望みの喜びよ〜

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ