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苦手な方はご注意ください。

No.-

No.16 

作者: 夜行 千尋

出されたお題を元に、一週間で書き上げてみよう企画第十六弾!

今回のお題は「亡霊」「鉛筆」「隙間」


12/8  お題が出された時点で現在のプロット案が浮かぶ

12/10 だが実際読者置いてきぼりをどうするべきか悩む

12/12 ゲストキャラに『第四の壁』を意識させる形で説明役にさせることを思いつく

12/13 書きはじめる

12/14 自己満足作品で良いのかと思いながらもほぼノーカットで投稿


後悔はしていない。だがぶっ続け12時間執筆の疲れから読み返してもいない ←ぉぃ

 幸徳井こうとくい ヨシュアと名付けられた者は気が付くと真っ白な空間に居た。


「? ここは……どこだ?」


 見覚えはない。彼は『10の世界線』を巡る宿命を背負った者であり、そのサガ故に“他の世界”を見ることには慣れている。時には遥か未来を、時には遠い過去を、別世界の様な平行世界を旅する者でも“何もない真っ白な世界”というのは初めて見る。

 探り探り彼は歩き出した。いきなり足元が消える、ということもあり得れば、気が付けば壁の中という事も有った。他世界を巡り歩くとはそういうことだ。常識は非常識であり、魚が二足歩行をしたり、華が高らかに歌い始め、鳥が人を飼ったりする。それらの常識に伴って慎重に歩を進める。が、何もない。ここはいったい何なのか、どうしてここに迷い込んだのか、彼には思い当たらない。


 それなりに歩いただろうか? 時間という概念が彼の尺度で有っていいとするならば、約数時間は歩いているはずだ。あるいは数分かもしれないが、こうなにも無い空間では体感時間は退屈からかなり進んで思える。ここだけ高重力の結果時間の進みが遅いのかもしれないなんて事はさすがに無いだろう。そもそも、重力が有るのかも謎だ。


「誰か居ないのか?」


 唐突に口をついて出てきたその言の葉、それは白い世界に色を落とした。

 ヨシュアの足元から色が広がる。赤茶の煉瓦のタイルだ。それが水に落としたインクのように毛細状に広がり、白い世界に、整備された赤茶の煉瓦タイルの地面が作られる。


「……どういう仕組みだ?」


 彼には思い当たる節があった。彼の世界では『蒼炎』と言われる隕石由来の微生物がある。その微生物は生き物の呼吸に応じて『その生物の想像力を現実にする』希少クォーツを生産する性質を持つ。つまり『想像力で創造』する物質、まさに“魔法”の様な物体が存在する。そして、彼の体にも『蒼炎』が高い濃度で存在し、まるでミトコンドリアのごとく共存している。それは精神状況が悪ければ暴走し、自身の制御を離れることもある。無意識のうちに『想像力からの創造』を行てしまう場合がある、ということだ。

 だが、その『蒼炎』はその力を振るう時は『青白い光の粒子』をばら撒くはずである。先ほどはそのようなことは無かった。ということは、これは『蒼炎』の作用ではないということになる。故に彼にはこの事象がよくわからなかった。


 突如、彼は背後に気配を感じ振り返る。

 そこに居るのは……


「(子供……? だが……)」


 そこにたたずむ少年の放つ気配たるやどす黒く、どろりどろりと音をたてんばかりに放たれる憎悪の気配にヨシュアは身構える。

 その判断は概ね正しい。

 目深にかぶったフードから覗く口元が動き、何かを呟く。すると少年の右手には刀身が黒い剣が握られる。黒々とした液体をまき散らしながら現れるそれは毒々しく、ぬめりを帯びながら固まりひび割れていく。そのすべてが、ヨシュアの知らない事柄だった。

 少年がとぎれとぎれに何かを口にする。


「どうして……やめたんだ……」


 その言葉に返答を待つように、少年はそのままヨシュアに向き合ったまま止まっている。


「……何の話だ? 人違い……じゃないのか?」


 ヨシュアは必死に刺激のなさそうな言葉を(彼なりの感性で)選んで口にする。

 直後、ヨシュアは驚いた。目の前の少年はうめき始め、その頬を濡らし始めた。そして、その喉が枯れんばかりに叫びに似た咆哮をあげて、その墨の塊のごとき黒い剣を持ってヨシュアに斬りかかってくる。


「(来る!)」


 ヨシュアは荒事には慣れている。『他の世界線』を巡るにあたり、危険な世界線の方がはるかに多い。

 だが、だからこそ、彼は『他の世界線』を巡る。彼の『蒼炎』は彼にある能力を与えている。それは『他の世界線の“幸徳井 ヨシュア”の能力、肉体を借りる』能力である。それは部分的に借りることも、全身を借りることもできる。実際は『他の世界線へ渡る能力』の応用であり、他の『蒼炎』と共存する者たちと比べてもその能力は多彩で異色、強力無比な物である。

 ヨシュアが深呼吸をすると、彼の左腕が蒼い光をわずかに放つ。彼は自身の左腕を機械の左腕に変える。鋼とカーボンファイバーで出来た機械の腕は手のひらで左右に分かれ、その間にセラミック合金の回転鋸を有し、腕には簡易的な展開型の盾が付いている。彼が白兵戦で好んで使う左手だ。彼が最初に『蒼炎』の能力を発現した時に使ったのも、この左腕だ。これは『第四世界線』の幸徳井 ヨシュアの能力であり、最初に“彼”が失ったのが左腕だったかららしい。


少年が目の前で跳躍し、その振り下ろしてくる悪意に対し、左腕の盾を広げて受けようとするところを、咄嗟の判断で背後への跳躍で避ける。


「(なんだ? あれは……)」


 少年の剣の軌道に合わせ、空間が黒く色づく。まるで墨を塗ったかのように、その空間そのものが黒くなって塗りつぶされている。


「(触らない方が良さそうだな)」


 ヨシュアは別の能力を借りる。『第五世界線』の能力だ。呼吸と共に彼の首から上が蒼い光に包まれ、髪は白髪、目の虹彩が赤く色づき、その視線に合わせて、世界が水分を失い枯れていく。空間から水分を蒸発させる能力で、曰くこれは『吸血鬼』の能力らしい。ヨシュアが持つ能力の中でもかなり危険であり、乱戦には向かない、制御しにくい能力だ。だが、こういう謎の手合いには十二分に役立つ。大抵の場合は、搦め手を使う者ほど、こういう能力を警戒して距離を取るはずだからだ。その間に逃げるなり更に別の遠距離攻撃に移行するなり出来る。離れてくれれば、ヨシュアは機械の体を借りれば逃げることも出来る。それが彼の狙いだった

 しかし少年は狙いと逆の方向へ、後退などせず正面へと突進してくる。


「な!?(冗談だろう!)」


 水分の強制的な蒸発など、人体が受けていいダメージではない。その苦痛は想像を絶するはずだ。肌を露出している部分は裂傷を起こして血を吹き出し、それでもなお少年は黒い剣を振るいながら迫る。

 『吸血鬼』の能力を解除し、剣を左腕の展開型の盾で受ける。剣はそこで止まるが、その周りの空間そのものが黒く染まる。剣が盾とかち合い震えるたびに、その黒が空間を汚濁する。

 ヨシュアはその黒が腕にまとわりついた時、言い表せぬ違和感を覚え、咄嗟に少年の胸座を右手で掴み頭突きを放つ。少年がよろめいた瞬間を狙って足払いを掛けて距離を取る。


「(なんだ? 戦闘慣れしてないのか? それより……)」


 左腕は黒く色づいてはいるが、痛みなどは無い。だが、妙な違和感がある。既視感はある物の、その正体が分からない。とにかく、あの剣を食らわない方が良さそうだ。

 ヨシュアは腰から下を機械の体に変える。腰回りのスカート部分と脹脛と踝にはそれぞれブースターがあり、これらを利用することでホバーリングや飛行が可能だ。高速で飛ぶには全身を借りなければならないが、相手はきっと空を飛ぶことは出来ないだろう。ならそこまでしなくてもいいはずだ。

 赤いレンガの地面に粉塵をまき散らし、炎を上げてヨシュアは空へ飛び立つ。

 が、背中に何かが圧し掛かる感覚にバランスを崩し、ヨシュアは地面に叩きつけられる。


「!?」


 咄嗟に全身を機械化し、ブースターの推進力で地面を数m引きずられる際のダメージを抑える。

 そして、背中に乗っているのが何なのかを確認する。


「(誰だ?)」


 先ほどの少年とは別の少年だ。仲間なのだろうか? 

 手を突いて立ち上がろうとするところを、背中に乗っている少年がヨシュアを踏みしめて阻止する。その力たるや想像をはるかに上回り、背中の装甲が悲鳴を上げる。機械の体でなければ今ごろ地面の染みになっていただろう。再度立ち上がろうとするが更に踏みつけられる。


「(くそっ! なんて馬鹿力だよ)」


 ヨシュアは奥の手ともいえる能力を借りる。外見こそ人間それと同じだが、中身は『蒼炎』そのモノ。その肉体は機械のそれよりはるかに堅く、その力は今踏みしめる少年の比ではない。だが、この能力を長く借りるのは危険でもある。どういうわけか、この状態は精神的に不安を増長させるようで、強大極まりない力が精神不安から暴走しかねないともいえる。その不安の矛先がどこを向くかもわからないハイリスクハイリターンな能力である。この能力は『第六世界線』のものであり、その世界の“彼”は『蒼炎』の化身と化している。すなわち、人をはるかに超越した能力を発揮できる能力である。

 なおも踏みつける少年を軽く跳ねのける。跳ねのけられた少年は軽業師のごとくバク転から着地を決める。


 周りを見回すが、さっき黒い剣を振るっていた少年が居ない。どこへ行ったのか……あるいは、この少年もまた……。


 目の前の少年は何処からか身の丈をはるかに超える大剣を取り出す。その剣幅は広く、少年の全身を隠せるほどの大きさが有る。それをあの馬鹿力で軽々と、向かって左下から振り上げる。

 しかし、相手が悪い。


「よせ、今は無駄だ」


 ヨシュアは静かに呼吸をする。全身から蒼い光の粒が空中に放たれ、それを左手に集める。その光り輝く腕で軽く受け止める。重い金属音が響き、少年が踏み込んだ地面にひびが入る。今の状態でなければ間違いなく重症の一撃だが……。

 そのまま“軽く”受け止めた大剣を、子供からおもちゃを取り上げるように奪う。目の前の少年の姿が、最初に会った黒い剣を振るう少年の姿に代わる。

 やはり、この少年も他の能力者の能力を使えるタイプらしい。しかし、能力を使用する時に『蒼炎』の蒼い光が見えない。


 少年は何事か聞いたことの無い言語を口にする。すると、ヨシュアの周りに赤い炎が生み出され、ヨシュアを包み込みように焼こうとする。

 ヨシュアは能力の副作用がごときネガティブな思考が自身の思考回路に浮かび始めているのを感じ取った。


「(もう来たか。早く済ませよう)」


 逃がしてはくれそうにない。炎が全身を包む中、その“ほのかな”暖かさを『想像力』で跳ね飛ばす。劫火は嘘のように立ち消えた。

 目の前に居る少年の驚く表情が目に入る。


「っ!?」

「いい加減教えてくれ。なぜ襲う?」


 だが、少年は何も言わない。そしてその姿がまた変わる。何か自分が悪いのではないか、という考えが浮かび始めるのを誤魔化しながら、ヨシュアは呼吸と共に右手に電気を集める。


「(埒が明かないなら、一時的に気絶なりなんなりしてもらうほかないだろう)」


そう考えたヨシュアの首に唐突に鎖が絡まり足が宙に浮く。その鎖に囚われた瞬間、心の奥底が、ぞりぞりと音をたてて怯えだすのを感じた。

どうやら目の前の少年の能力のようだ。おそらく精神的な不安を煽る能力なのだろう。相性が悪すぎる。案の定、電撃は暴発し、あたりに無差別にまき散らされる。収めようにも収められず、自分の体に電撃が刺さる感覚に痛みを感じながら、尚も首元の鎖は音をたてて締めあがる。


「う、ぐっ……(まずいぞ、この状況!)」


 咄嗟にどうすべきかヨシュアの脳内が活発に動こうとするのを、『第六世界線』の能力の副作用が邪魔をする。窒息はしないし首が引きちぎられることこそないものの、暴発を続ける電撃が収まらなければ、どうなるか分からない。

 なんとかならないかと必死に考えるヨシュアに少年は言う。


「どうして、おまえなんだ」

「何の……はなし、だ」

「どうして、俺たちを“書かなくなった”」


 目の前の少年は最初の黒い剣の少年に戻り、黒い、例の黒い剣を持って近づく。暴れまわる電撃を遮断するように“黒”を空間に配置して、電撃を遮断して近づいてくる。そして、静かにヨシュアの腹に剣を突き立てる。


「!?」


 その剣が放つ“黒”に触れられた部分が“普通”に戻る感覚が有る。そして、腹の皮膚にゆっくりと何かが刺さる感覚と痛みがある。


「(まずい!)」


 その時、ヨシュアと少年の間に影が降り立った。

 その影が言う。


「こんにちは、人類諸君。助けに来たよ」


 その言葉と同時に、首元を縛る鎖が切れ、ヨシュアは地面に落とされる。電撃を制御して解除する。そして、降り立った影を見る。その人物にヨシュアは見覚えが有った。


逝緋徒いきひとか! どうやって世界線を渡ってきた!?」

「はいはい、お話は色々あるけど、いったん退きましょっか」


 逝緋徒と呼ばれる影が、ヨシュアと同じく深呼吸から蒼い光の粒子をばら撒く。その蒼い粒子は彼の周りに外套として姿を変える。

 そして彼は言う。


「汝、『雨夜命あめよのみこと』に命ずる。その役目を果たせ」


 その号にしたがって、外套から水蒸気がもうもうと霧か煙のごとく立ち上がる。その水蒸気が視界を覆い、更に目の前も見えないほどの豪雨を振らし始める。

 その雨で視界を遮られる中、誰かに腕を掴まれる。


「ヨシュアくん、行きますよ。今の内です」

「ヨシュアくん、だ? お前……」

「あー、色々話は後です」


 二人は目晦ましの雨と霧に乗じてその場を離れた。




 真っ白だった世界は赤石の煉瓦造りの町並みに代わっていた。暖色のネオンがところどころ瞬き、あるいは火花を散らしながらも、暖かな光を放つ街灯の光が街中を包んでいる。

 二人は少し奥まったところのカフェで腰を下ろした。オープンテラスの席に座り、一目であたりを見渡せる場所を選んだ。カフェとはいえ店員はおらず、あたりに人気は無い。


「で?」


 ヨシュアはぶっきらぼうに、逝緋徒へ聞いた。


「で??」


 逝緋徒はなんのことかと復唱する。ヨシュアは苛立ちながら頭をかきむしり、逝緋徒へ迫る。


「お前はどこまで何を知ってる。そもそも、おまえは“逝緋徒”なのか?」

「ああ、キミがいた世界線ではボクはそう呼ばれてたんですね」

「キミ……ボク……だと……?」


 ヨシュアの知っている“逝緋徒”は、二人称は『お前』一人称は『オレ』性格は荒く暴力的。敬語を使うイメージなどまったくない。何度も拳や『蒼炎』を交え戦い、最後は理解し合い共に肩を並べて戦った、強敵きょうてきにして強敵ともだった。

 その外見はヨシュアの知るそれと大差はなく、黒の細身の機械の体、驚くほどの美形の顔立ち、黙っていれば雰囲気こそ違うものの間違いなく“逝緋徒”だ。

 ヨシュアの知る彼は『蒼炎』を使った生体コンピュータをベースに組み立てられたアンドロイド兵器『アルママキナ』と呼ばれる存在の一体であり、その『蒼炎』のコントロール能力はヨシュアと同格かそれ以上と言えるほど、『アルママキナ』の中でもかなりのエリート兵だった。おそらく、今の前に居る“逝緋徒”は『別の世界線の“逝緋徒”』なのだろう。

 そして、目の前の“逝緋徒”も同じことをヨシュアに対して思っていたようで、こう口にする。


「ボクが知ってるヨシュアくんはもう少し礼儀正しかったんだけどなぁ……」

「悪かったな」

「いやぁ~、もっとこう……小動物的と言いますか」

「気持ち悪い僕も居たもんだな」

「うわーん。なんかショックだなぁ」

「話しが合うな」

「それは良かった」


 そして、逝緋徒はしみじみと何かを思い出す様に空間を眺めた。微かに雰囲気が違う原因にヨシュアは気づいた。今目の前に居る逝緋徒は、とても古びているのだ。肌は日焼けて微かに色褪せ、機械の体も微かに汚れている。

 ヨシュアは逝緋徒に話を促した。


「それで、現状をどこまで知ってる」

「だいたいは」

「ほぅ……じゃあ説明してくれ。どうして僕がここに居るのか」


 逝緋徒はため息交じりに口を開いた。椅子に浅く腰掛け、背もたれに寄りかかり足を投げ出しながら言う。


「あれね、キミの“前身”とも言うべき存在なんだ」

「……もうすこしかみ砕いてくれ。分かりやすく頼む」


 少々の沈黙の後、逝緋徒は言葉を選ぶようにゆっくりと口にする。


「君は『世界が一つではない』事を知って居るよね? じゃあ『世界と世界の隙間』については知ってるかい?」

「『世界と世界の隙間』? いや……初耳だ」


 逝緋徒が頷いて続ける。


「まさにここの事、この世界の事だよ。君は多くの世界線を巡ってきているけれど、先ほど会った少年はその倍以上を歩んできた。それこそ、百か千か……。それらの世界に干渉して、彼が持つ『黒の剣』が持つ『世界への加筆能力』を使って、それぞれの世界の“足りない部分”を書き加えていく。それが彼の冒険だったんだ。その物語たるや、10年の歳月と共に研磨され続けてきた。物語の“作り手”が見聞きした世界全てに入り込み、様々な冒険を繰り返してきた」


 ヨシュアは黙って聞いていた。自分以外にも世界を移動する存在が実在することに興味を持った。

 逝緋徒がヨシュアの反応を見ながら続ける。


「でも、その話はある日終わりを迎えた。そうある日……唐突に」

「……『なぜだ?』と聞いてほしそうだな……」


 逝緋徒は悲しそうに微笑みながら言った。


「さあ……今となっては思い出せない。絶望なのか、怠慢なのか……あるいは形にすることを恐れたのかもしれない。ともあれ、彼らの物語は日の目を見ることなく終わりを迎えたんだ。そして忘れ去られてしまった。“最初”というのはそう言う定めなのかねぇ……結果、彼らは亡霊と化しているんだよ」


 ヨシュアには逝緋徒の言っていることが何なのか、詳細には分からなかった。


「理不尽だな」

「ああ、だから、彼らは憤慨してる。今世界を股にかけて冒険をしている君に。嫉妬してるんだよ」


 ヨシュアは考えた。


「(それで僕にどうしろというんだ。素直に殺されておけとでも?)」


 その様子を逝緋徒は静かに見つめている。まるで子供を見守る親の様な目線で。


「やめろ。お前にそういう顔をされると気持ち悪い」

「えぇー、酷いなぁ。……で?」


 ヨシュアは質問の意味を問うために復唱した。


「で??」


 逝緋徒は少し笑いを堪えるように笑った後、ため息に似た吐息と共にヨシュアに聞いた。


「どうする? あの少年の嫉妬は君を殺しても止まらないだろうね」


 ヨシュアは席を立ち上がり乍ら言った。


「殺されても変わらないなら殺される義務はない。そんな理由なら義理も無い」

「じゃあ……?」

「退ける。今度は全力で」


 ヨシュアの視線の先に少年がいつの間にか佇んでいる。背後のテラス席で逝緋徒が言う。


「今度は助けないよ。あくまで僕は今回“第四の壁”への解説役だ」

「? それはどういう……」


 ヨシュアが振り向いて聞こうとしたところに、視界の端に斬りかかってくる少年が映り込む。それをかわし、剣の軌道に残る“黒”も回避する。

 逝緋徒がヨシュアの背後から大声で言う。


「彼の名前は『コウ』。意味は“光”という名前でありながら、その能力は世界へ加筆する能力を持つ剣『黒の剣』を扱うんだ。『黒の剣』はいわば鉛筆かペンみたいなものだよ。“残ってるインク”にも効果があるから、巻き込まれないようにね」

「解っている!」


 ヨシュアは『第四世界線』の能力を借りて全身を機械化する。右手内部に収納された機関銃が耳鳴りに似た甲高い音をたてながら、右手の平の付け根から銃弾をばら撒く。

 それに答えるように少年の姿が代わり、青色の司祭服に身を包んだ、今までに見たことの無い少年の姿に代わる。そして青色の半透明の壁を造りだし、銃弾を弾いていく。

 また逝緋徒の大声が背後からかかる。


「彼は『クリア』。魔力を内蔵した機械人形だ。ボクの攻撃すら防げる障壁、バリアーを張れるんだ。ただし攻撃能力無い。畳みかけても無駄だから状況を窺うといいよ」


 逝緋徒に苛立ちを覚えながらも、ヨシュアは言われた通り射撃を止めて、今度は『第八世界線』の能力を借りる。呼吸と共に放たれる青色の粒子が彼の手元に本となって表れる。その本をバラし、多くのページが舞う中、一枚のページを掴む。紙切れは姿を変えて巨大な鉄の壁へと姿を変える。その鉄の壁を尚も障壁に引き籠もる少年へ嗾ける。

 『第八世界線』では“彼”はすでに記憶の中の人物になっている。その存在そのものが幻想であり、同時に自身が収まっている書物を使って、記憶にある物なら自在に物体を造りだせる。正直この能力自体に攻撃能力は無い。あえて使うならば、目晦ましやデコイ、囮だ。


 案の定、少年の方に動きが有った。嗾けた鉄の壁が宙を軽々と舞う。少年の姿は例の馬鹿力を振るう少年の姿へ変わっていた。


「その子は『アッシュ』。吸血鬼の王子様で人間をはるかに超える身体能力を有してる。力勝負じゃまず勝てないと思うよ。彼が振るう大剣は出し入れ自在のマジックアイテムだから、不死の体を利用した不意打ちに気を付けて。まずは距離を取るべきだよ」

「そいつは……断る!」


 逝緋徒の助言をほぼ無視して、ヨシュアは『第五世界線』の能力を借りる。


「吸血鬼には吸血鬼を、だ!」


 アッシュは巨大な大剣をどこからか取り出し、高く跳躍してそのままヨシュアに振り下ろす。対するヨシュアは右手の親指に軽く牙を突き立て血を出し、その血を元に細身の剣を造りだす。そしてその細剣で振り下ろされる大剣を受け流す。地面まで振り下ろされた剣は地面を砕いて粉塵を巻き上げる。

微かに揺れる地面を他所に、ヨシュアは踏み込み、細剣で突きを放つ。それを寸前でかわすのに合わせて、吸血鬼の反応速度を持って避けられた方向へ剣を振り下ろす。それを少年はいつの間にか出した大剣で防ぐ。そこにヨシュアはすかさず『枯らす能力』を畳みかける。それを受けて少年は大剣を盾にしながら距離を詰めてくる。


「(また変わってくる)」


 ヨシュアは大剣の後ろで少年の姿がすでに別の少年へ変わっていることに感づいていた。それ故に、ヨシュアもまた借りる能力を変える。『第六世界線』の能力を借りて、渾身の力を持って大剣ごと殴る。『蒼炎』の蒼い光が飛び散り、同時にすさまじい衝撃波をあたりに放ちながら大剣が砕け散る。その大剣の裏にはまた別の少年が居た。だがその姿は霞のように目の前で消えていった。

 逝緋徒の大声のアドバイスがまた入る。


「今のは『ダーク』。洋風な服装で洋風な名前だけど、ニンジャみたいに分身を操るんだ。実態を持つ残像と言っても良い。本体を見つけるのは無理だから……」


 そのアドバイスの間に、少年は見る見るうちに数十人に人数を増やしている。


「なら全部相手にすればいい!」


 そのまま『第六世界線』の能力を使って、振り上げた右腕から電撃を四方八方へ放つ。電撃を受けた少年たちは破裂した風船のように霞になって消えていく。


「(この状態なら……来るはずだ。さっきの鎖が!)」


 そう構えるヨシュアの右腕に鎖が巻き付く。鎖は何もない空間から生えており、目の前に唯一残った少年は首輪から何本かの鎖を出しており、その鎖が虚空へと消えて行っている。


「彼は『フェドニア』。能力を持つ者を探し出して縛り上げる鎖を使う。縛られた物は精神を犯されてまともでいられなくなる。回避は不可能だけど攻撃力は低いから……」

「なら大丈夫だ。こいつへの対策はある!」


 逝緋徒の助言を遮って、ヨシュアは行動を開始する。まずは集中して電撃を抑え込む。まき散らされる電撃を、ざわつく心を抑え込んで制御する。徐々に電撃は収束し、完全に放電が止まる。そして深呼吸を一つ置いて全力を持って鎖を振り払う。暗い考えが脳内を覆おうとするが、それに囚われないように急いで抜け出す。そして間髪入れずに襲ってくる鎖に対して、ヨシュアは『第九世界線』の能力を借りる。

 『第九世界線』の能力は“何もない”。第九世界線での“彼”は一般人であり『蒼炎』の効果を受けていない。だが、それ故に、この手の手合いには一番の有効打になる。

 それを受けて少年はまた姿を変える。最初の少年の姿だ。ヨシュアもまたそれを受けて最初の姿『第一世界線』の、自分本来の姿に戻り少年に言う。


「来い! お前の全部をぶつけてこい! そして、今度は忘れられないようにして見ろ!」


 少年は……コウは『黒の剣』を造りだし、それを構えてヨシュアへ向かう。ヨシュアはそれに対して、左手を機械化し、右手には吸血鬼の細剣を持ち相対する。

 切り結びながら、空間に残される“墨”を左手で払いのけ、更に視線を持ってして『枯れさせる』。

それに対してコウは“墨”を足場にしたり盾にしたりと、トリッキーな動きに更に先刻見せた炎を交える。炎に対してヨシュアは右手を本に持ち替え、そのうちの一枚を破いて鉄板を造りだしてこれを防ぐ。炎に対しては水生み出し、更に水蒸気を目晦ましにする。

 その鉄板に『黒の剣』を突き刺し、インクまみれのただの紙切れに戻し、破いて払いのけ、そのままヨシュアを刺しにかかる。そして、ヨシュアの肩に『黒の剣』が深く突き刺さる。黒いインクと血が混じったモノが飛び散り、ヨシュアは痛みに声を上げる。コウが勝利を確信しながら更にヨシュアへ炎を放つ。


 が、次の瞬間にはコウが倒れ伏していた。

 彼が刺した剣の先には、水蒸気とインクに塗れたページの一枚が有るだけだった。


「切り札は最後に切ってこそ、だろう?」


 倒れたコウを見下ろすヨシュアの姿は“逝緋徒”とうり二つのものだった。『第二世界線』の“彼”は、逝緋徒と同じく『アルママキナ』の一体。その能力は『条件を満たせば自身の想像を相手に短時間押し付ける事が出来る』能力である。平たく言えば『条件付きの現実になる幻覚』と言える。強力な能力だが、全身を借りなければ使う事が出来ず(つまり別の能力は予め借りてるもの以外は使えなくなる)、またその外見故にこの能力に頼るのをヨシュアはすごく嫌っている。


 なにが起きたのか、全貌はこうだ。

先ほど『第八世界線』の能力で壁を作った裏で『第八世界線の能力で作った偽物の自分が刺されたら、相手の少年を幻覚の世界に三秒連れ込む』という能力をセッティング。本物の自分が姿を隠せる時間を壁で稼ぎ、水蒸気で本物が逃げているのを気づかせないようにする。そして、幻覚の世界へ落ちて完全に棒立ちになったところを背後から殴打。そして今に至る。


「僕の勝ちでいいな」




 ヨシュアは元の『第一世界線』の姿に戻り、なおも地べたから起き上がろうとしないコウの傍に腰を下ろす。コウはヨシュアに聞いた。


「どうして、君なんだ。僕らの“物語”はどうなったんだよ……」

「心配するな。もう、お前のことは忘れない。それにだな……」


 ヨシュアは頭をかきながら、わずかながらに照れくさそうに言った。


「お前が僕の“前身”って意味、少し分かった気がするよ。……大丈夫だ。僕が進み続ける限り、お前もまた進めるんだ。終わってなんかいない。まだ……僕らと共に進んでるんだ」


 コウは仰向けになりながら静かに言った。


「そうか……。なら、少し休むよ。最後まで、必ず進んでくれよ。僕らはそれを……過去から待ち望んでる」

「ああ、未来で待ってろ。絶対にそこまで行ってやる」


 亡霊は世界の色を吸い上げながら、無色透明になり消えていった。最後には、真っ白な世界に戻っており、残されたのはヨシュアと逝緋徒だけだった。

 逝緋徒が言う。


「終わったようだね」

「いや、まだ通過点だ。そうだろう?」

「ああ、そうだね」


 逝緋徒が微笑む。そんな逝緋徒へヨシュアは聞いた。


「で、お前はどうするんだ? 僕は自分の能力で移動できるが……『アルママキナ』もお前クラスになると世界移動が出来るのか?」

「んなことはないよ。まぁ……ボクの場合は紛れ込んだ、に近いからね。自力じゃ無理なんだ」

「……連れて行こうか?」


 逝緋徒は首を振って断る。


「ここでのボクの役目は終わったようだし、またいつか勝手に流されるはずさ」

「……そう言うモノか?」

「そう言うモノさ」


 逝緋徒に見送られながら、ヨシュアは『世界の隙間の世界』を後にした。




 逝緋徒、またの名を椿矢つばきや りょうは、どこへともなく……あるいは“あなた”へと言う。


「作品を亡霊にしてはいけません。それはきっと、何かを残せるはずです。少なくとも、想いが詰まってるはずですから……。是非、諦めずに書き上げてください。書けなくとも他の作品の糧としてあげてください。それはきっと無駄ではありません。己の子を愛してあげてください」


 そして、真っ白な何もない世界へと踏み出していく。


「では、また……お会いできる、その時まで」



正直すみませんでした。


今回相手役で出した『コウ』はワタクシの処女作の主人公で、その処女作自体は中学の頃からごく最近まで加筆を繰り返して来た作品でした。

にもかかわらず、今回のお題の「亡霊」「鉛筆」を見るまで忘れていたのです。

どう考えても自己満足な作品をどうしたら事情を知らない人でも読めるように出来るか苦心した末、ゲストキャラに説明役を丸投げ。本当はもっとメタ発言をガンガン飛ばしてもらう予定でしたが、さすがに真面目な空気の時は止めていただきました。


幾つか謝らなければなりませんが、

まずは『第四世界線』のネタバレについて。

これは『第四世界線の幸徳井 ヨシュアも『蒼炎』の能力に目覚める』訳ではありません。詳細は本編の方で後々語りますが、『第一世界線』のヨシュアはあくまで“借りてる”だけなので、

詳細は違いますし、細部は全く別物かもしれません。あくまで“それっぽい”程度に捉えていただければと思います。


次に、

発表すらしてない処女作をネタにした件。

これは『人気の無い作品、未発表で消えていった作品』に焦点を当てたかったので、使わさせていただきました。今後も『コウ』たちの冒険は発表する予定は有りません。詳細の設定などは、ヨシュア君への流用のごとく他のキャラに活かされたりはするかもしれませんが……


ん? そもそも『幸徳井 ヨシュア』の作品が全然出されてない?

……あい

そこは……ぐうの音も出ませんすみません。

本当は今書いている『第四世界線』以外にも書きたいとこなのですが、如何せん筆が進まず時間が取れず体力が足りず(言い訳乙)

しかし『コウ』くんらの為にも、必ず完結まで導こうと思います。どれほどかかるかは分かりませんが、

無駄などには致しませんとも……


というわけで

『第四世界線』「死は君たちを逃がさない ――僕の62日間――」

http://ncode.syosetu.com/n8866cg/

どうぞよろしくお願いします

(更新遅めだけど頑張る)

そして

そのうち他の世界線も書く予定だじぇ!


裏話をしますと

『第三世界線』ではヨシュアくんは完全に死んでるので、借りることができません。一度『アンデットな体を借りる』とか考えましたが……あんまうまく浮かばなかったので却下しました


ここまで読んでいただき、ありがとうございます

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