奴隷船
彼が乗船している大型の貨物船は、今も海原にうねりを生み、魚たちを蹴散らして進んでいる。航海の水面下には多くの犠牲がつきものなのだ。
彼の手足には枷がはめられている。そして彼は無造作に床に転げられている。彼の視線の先には、彼と同じような身なりの若者がごろごろと横たわっている。どれも黒々とした体毛におおわれていて、一見すると類人猿か何かに見える。
それらも全てが動いているわけではなく、一部は完全に生命活動を停止している。それらが発する腐臭のせいで、倉庫の中は生き地獄と化していた。
この船に詰め込まれて、どれくらい経つだろう、と彼は考える。彼は咀嚼したパンの数を思い出す。硬く不味いパンだ。一日に一回、口に押し込まれるのだ。
……126個、いや、127個だろうか。もしくはもっとかもしれない。長い間こんな空間に閉じ込められていたら、感覚が狂ってしまうのも無理のないことだろう。
パンを口に詰め込みにやってくるのは、彼と同じような格好の青年だ。この船の乗組員は、この部屋が臭いのを嫌い、商品である彼らの中から一人抜き出したのだ。
部屋から連れ出されるときの、青年の晴れ晴れとした表情と、向けられた憐れみの眼差しを彼は忘れていない。最初は羨ましいだけだったが、幾度かの配膳を経て、羨望は憎悪へと変わった。というのも、青年の表情に、彼を侮蔑するような色が見え始めたからだ。
生きることに必死だった者が、その立場から逃れ、余裕を持ち、余裕のない者を嘲る。手の平を返すような態度の変化に、彼は反感を抱くようになった。
彼は眠りについた。彼の脳裏には、青年の汚れた笑みが浮かんでいた。
彼が眠りから覚めると、ちょうど甲板から続く階段を、青年が下りてくる足音が聞こえた。
この生活を変えるために、俺に何ができるだろう、と彼は考える。反乱を起こせはしないか。手足は縛られているので使えない。となると、彼に残された攻撃手段は一つしかなかった。
口を使うのだ。パンを詰め込まれた時、青年の指に噛みつくのだ。
自分の口に人の指が含まれていると考えるだけでおぞましい気持ちがしたが、そうしなければこの日々が惰性で続くだけだ。彼は覚悟を決めた。
扉が開いた。彼はもぞもぞとうごめいて、生きていることを示す。それを確認して、青年が近づいてくる。死んでいると思われたら、食事は与えられない。行動しないことは、ある意味では死と同義だ。
彼の両目に青年の顔が映った。今日は一段と増して醜く歪んでいる。
パンと指が近づいてくる。パンには緑色のカビが付いている。こんなものなど、食べていられない。
口にパンが入ってくる瞬間、彼は身をくねらせ、大きく噛り付いた。犬歯が青年の人差指と中指を捉えた。下顎に力を加える。すると皮膚が破れ、血肉がはち切れ、骨が砕けた。
青年の絶叫が船中に響いた。青年は大きくよろめき、腰から床に倒れこんだ。その後動かなくなった。気絶しているのか、それとも死んでいるのか。死なれたら困る。今後の作戦に利用できないからだ。
彼は口の中から指を吐き出した。第二関節まで切れていた。彼の舌には、不快な血の味が、べったりと尾を引いていた。その血の味は、ひとまずの変革の味だ。一度動き始めたら、途中で止まるわけにはいかない。
これから俺の人生は変わる。人生という名の航海の水面下で、青年が殺されたって不思議ではない。彼はそう考えるのであった。
彼は倒れた青年が起き上がるのを待った。騒ぎで仲間たちが目を覚まし始めた。
リアルの友人には続きを書いた方が良いと言われたのですが、このままで終わってよいものか、続編を紡いだ方がいいのか、皆さんのご意見を是非ください!