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鬼語草子  作者: 水瀬黎
2/7

紅蓮

銀髪の男が笛から口をはなし、振り返る。

そして、私の方をみてふわりと微笑んだ。


「こんばんは。このような時刻に散歩か?」


このような時刻に、というのはお互いさまだろう。

というか、このヒトは一体……?

も、もしかして!


「貴方は何者ですか。また新手の刺客か何かですか?」


「質問したのは(それがし)の方なのだが。

 もし仮に某が刺客で、御前(ごぜん)を抹殺せよと命をうけていたのなら、 とっくに御前の首は落ちているであろう」


腰の刀(五本。脇差(わきざし)、小刀含む)に視線を落として言う。

遠回しにだが、敵ではないと言っているのだろう。

 ……それにしても、(じじ)むさいしゃべり方だ。

五十年ほど前に会った『殿』とか『将軍』呼ばれている人間がこんな堅くて聞いているとむかむかとするしゃべり方をしていたような気がする。


「では貴方は、ここの従者なのですか?」


「まあ、夜限定で働かせていただいておる」


「ということは、また貴方の笛の音を聞くことができるのですね!」


目を輝かせながら聞く。

このヒトはしゃべり方がアレだが、笛の音は冬の夜空のように澄み渡っていて綺麗(きれい)だった。

もし機会があれば教わることもできるかもしれない、と胸を躍らせる。


「また、お目にかかることがあれば。

笛ならば香月も嗜んでいるゆえ、頼んでみてはどうであろう?」


かづき、と聞いて苦虫を噛み潰したような顔をする。


「?」

「嫌です」


即答だった。


「何故?」

「あの者は人の気も知らないでのんきに過ごしていて、いけすきません。

 それに皮肉攻撃も効かないし、何かと言って子ども扱いしますし、

 頭の布ごときで他界させようとしますし」


あと蛍も見にいってくれませんでしたし、

行儀にいちいちうるさいですし……。

ああ、多すぎて言い尽くせない。

それにこの間の朝餉(あさげ)

食べていたら湯豆腐を一つとったんですよ、人の好物と知りながら!!

月に一度の三ツ葉屋のお豆腐使った湯豆腐だったのに!


「そうなのか」


「そうなのです!」


そう聞くと男は目を細め、にやりと笑った。


「では、御前は香月に消えてほしいと」


一瞬ぎょっとしたように目をみひらく。

このヒトはなかなか、いやかなりぶっとんだ性格をしているようだ。

なんで私のまわりには変わったヒトばかり集まるのだろう。

ああ、昨年の冬に寿命で亡くなった勝手場のおばあさん(とても常識人。爪の垢を(せん)じて香月やこのヒトや香月や新入りの小姓や香月に飲ませたいくらい)に会いたい。おばあさん、早く生まれ変わってきて私にまた仕えてください……。じゃなくて弁解弁解。あれほどわからないヒトは初めてだし、勝手に消されたら、困る。


「そんなことありません。

 たしかに話しているとむかつきますし、人をからかい、

 慎みなくずけずけと物を言いますが、あの方は良い方です」


「……そうか」


嬉しそうに、でもどこか哀しそうに笑う。

なにか気に病むようなことを言ったのだろうか?

         

◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇



「え、銀髪の笛吹き?」


秋刀魚の身をほぐす手をとめて聞き返す。


「はい。昨晩会ったのですが、お知り合いなのですか?」


「いたかな~そんな人。南蛮とかからの人かな?

 あっちの方の人の顔、覚えるのニガテなんだよね」


「そうですか」


向こうの方は香月をよく知っているかのように語っていました。

でも、香月は彼のことを認知していないようです。

こちらが知らないのにむこうは知っている……。

不気味です。


「なに?そんなに気になるの?」


「いえ、別に」


思いつめていただけです、と断ろうと口を開こうとした。

が。


「そんなにカッコよかったの?」


香月の不本意な発言でかき消された。

は?何言ってるんですか。

視線が凍りついたのにもかかわらず香月の口はまわるまわる。ぐるんぐるんと。


「ふふふ、自称年寄りでひねくれてて毒舌な君も一応女のコだもんね。

 君みたいなコも色男には弱いのか~。

 あ、もしかして人生初の恋なんじゃない?

 おめでと~今日は赤飯炊いてもらいなよ」


ぱちぱち、と笑顔で手をたたく。

まったく、この人というのは……!


「違います。なぜ若造は異性の話をすべて色恋(いろこい)沙汰(ざた)の方向に話をもっていこうとするのですか」


「うん、君がそうやってムキになって返答してくるのが面白いからだよ」


満面の笑みで答える香月。

殺意が湧いてきた。いっそ毒でも調合して飲ませてやりたい。


「あなたを殺すための刺客をやとってもいいですか?」


「冗談だって。……僕を殺せる刺客はそうそういるものじゃないと思うけどね」


えっへん、と胸をはって得意げに言う。


傲慢(ごうまん)ですね」


「君もでしょ。あ。そういえば、頭の布とってくれる気になった?」


うっ、まだそれ覚えてたんですか……


「またそれですか」

「布くらい、いいじゃない」

頭の布に手をのばす。


「いーやーでーすー」


頭の布をおさえて、ぷいっとそっぽを向く。


「お~い、君~」

無視、無視。何も聞こえない、何も聞こえない。


「ひ~め」

「!」


たしかに初めて会った日、『三日月姫』と古参(こさん)の侍女が紹介していたような気がしないでもないが、この人が私の護衛の任に就いて三ヶ月以上経っているのに、いきなり姫と呼ぶなんてどういう風の吹き回しだろう。

新手の悪戯(いたずら)だろうか。


「隙あり!」

私の手を強引にのけ、布を引きはがし、庭の方へ投げ捨てる。


「さ~て。君は、いったい何を隠していたのかな~……

 なっ、君、髪が……!」


頭のてっぺんから髪が真っ白に染まっていく。


「み、見ないでください」


慌てて頭を隠すが、遅かった。

硬くて短いモノが生えてきてしまったようだ。


「その額のって、もしかして……」


「来ないでください!」

私の怒りに反応し、真紅の炎が香月の方へ飛んでいく。


「わわっ」

とっさに腰の瓢箪(ひょうたん)の水をぶちまけ、消火する。


「なにするんだよ!」

「こちらの台詞ですよ!

 炭になりたくないのでしたら、早くあの布をとってきてください!!」

瞳をぎらぎらと金色に光らせながら叫ぶ。


「承知」


うなずき、松の木の根元に落ちた布を拾い上げ、被せる。

するとつむじから髪が、白から淡い栗色に戻っていく。


「びっくりした~。君、鬼のお姫様だったんだね?」

つんつん、と角のあった場所をつつきながら尋ねる。


「何つついているんですか」


むっとして香月の手をぴしゃりと払いのける。


「あはは、ごめんごめん」


「……あなたは、刀を抜かないのですね」


「え?」


「大抵あの姿を見た者は刀を抜き、私に襲いかかります。

そして、私は……」


そのヒトを殺した。あるヒトは切り裂き、あるヒトは燃やした。

あるヒトは潰し、あるヒトは壊してしまったこともある。

怖くて、怖くて、怖くて。

だから私は隠すことにした。もう誰も、手にかけたくない。


「なんで襲うのさ?たしかに火がとんできて怖かったけどね、なんていうのかな~」

すごく、綺麗だった。

不謹慎かもしれないけど。

もし神様というものが存在して、

炎を(つかさど)るものがいるのだとしたら、あんな感じかもしれない。


「ん、君の瞳。不思議な色をしているね。雲一つない青空みたいだ。

 隠しているの、もったいないなぁ……」


「そう言われましても……。

 私は、あの布がないと生きていけません。

 かってに力がはたらいてしまって苦しいんです」


「そっかぁ……。ちょっと残念。

 ねぇそういえば、君は鬼の成り立ちって聞いたこと、ある?」


「人間の心の闇が形をとった……と記されている書物が多いですから、そうなのではないでしょうか?」

「つまんないな~」

おおげさにため息をつき、ぴしゃりと言い捨てる。


「そういうあなたはどうなのですか」


「そうだね……。

 色々と聞いたことはあるけど、外国ではこの話が有名かなあ。

 鬼はね、龍の力を身に宿したものなんだよ」


「龍……ですか?」


        ・◆・◇・◆・


 昔、人間はさっきの君みたいに炎を操ったり雷を操っていたりしていた。

火をおこして体を温めたり、作物のために雨を降らせたりなんかもできたらしいよ。でも、人間はその力を戦で使い始めてしまった。

地は荒れ、水も枯れ果ててしまうほどの凄まじい戦いだった。

それで、怒った龍は人間から炎や雷を操る力を奪ったんだ。

人間は嘆き悲しんだけど、その力なしで暮らしていくことにした。

これでめでたしめでたし。おしまい。

……というわけにはならなかったんだ。


 人間は不思議な力のかわりに刀などの武器は作り、力を取り戻すために龍を倒しにいった。龍はとても強かったんだけど数におされて倒された。

その時龍は言ったんだ。

『私は決してゆるさない。

 美しい大地を穢し、力を己が欲のために使ったお前たちを』

そう言ってこの世界から消えた。

でも、龍が死ぬと同時に龍の血を浴びた人――龍を倒した英雄たちは髪の色が変色し、牙や角が生え、異形のモノへと変わってしまった。

それで、今まで自分たちが化け物、怪物とののしっていた魔物や龍たちのようになってしまった。『鬼狩り』といって鬼を狩ろうとする時期なんかもあった。でもそんな彼らを助けたものたちがいる。誰だかわかる?

え、敵の敵は味方といいますし、魔物たちと協力でもしたのですか、だって?うん、いい線いってる。人間たちの中でも魔物との共存をしようとしていた小さな民族が助けてくれたんだよ。その民族は魔物について色々な研究をしていてね。角や牙なんかをかくして人間の姿になる装飾品なんかも開発していたんだ。それで鬼たちはその民族と幸せに暮らした……だけど、

何百年か経った後、人並みはずれた鬼の力に目をつけた人達がいてね。

その人達は鬼を兵器として戦争に利用したり実験につかったりしたんだ。

そんなとき、一人の鬼が現れて人間から鬼たちを解放し、色々なことを教えた。戦術に薬学、それにもともと人間が持ってた不思議な力に頼らなくてもいい術――『魔法』の使い方も。


ある日、鬼たちはその鬼に尋ねた『貴方は何者なのか』と。

するとその鬼は答えた。『我は始まりの鬼。かつて貴様(きさま)らが化け物と(さげす)んだ龍の子だ』と。そういって鬼は立ち去り、二度と鬼たちの前に姿を現さなかったそうだよ。

でも、何百年に1度とか現れて暴れてるみたい。このお屋敷の巻物を色々読んでみたんだけど、けっこう記録に残っていたよ。


            ・◇・◆・◇・


「……っていうお話。どう?こっちの方がおもしろいと思わない?」

「あなた、語りができたんですか?!」


キラキラと目を輝かせながら聞く。


「うん。剣とかできない頃はこれで稼いでたんだよ~。

 小さい子はよろこんでお菓子とかくれるし、

 貴族に呼ばれて仕事が成功したら一年中遊べるような大金くれるしね」


「……そのような特技があるのなら、用心棒などしなくてもよいのでは?」


そういえばこの人は何故この職で食べていくことにしたのだろう。

たしかにこの歳でこの剣術の腕は凄いと思うが……。


「ん、心配してくれてるの?」


目をまるくして尋ねる。なんだか、やけに嬉しそうな顔だ。


「なっ、そういうわけでは……!」


否定した後にハッとした。たしかにこの人がいなくなったら嫌です。

……否定するべきなのでしょうか?


「あはは、図星でしょ」


……否定するまでもなかったようです。


「困った人を放っておけないんだよ」


ははは、と苦笑を浮かべながら答える。

「…………」

それは、人――人間限定なのだろうか。わたしは……。

ぎゅっと着物を握る。


「どうしたの、君?」

心配そうに顔を覗き込む。


「まさか、布とったのがホントにマズかったのかな。

 どーしよっかなぁ……」

つんつん、とほっぺたをつつく。


「つつかないでください!

 それより、あのようなおもしろい話は他にないのですか?」

「あるよ~。海賊の冒険とか陰陽師の話とか今まで行った国の話とか何でも来い!だよ」


「では、その『かいぞく』なるものの話を聞かせてください。

 ……ところで『かいぞく』とはどのような食べ物なのですか?」


「えっ、海賊知らないの?!君、ホント世間知らずだね」

「な、あたり前です!わたしは……」

物心ついた頃からずっとここにいるのだから。


【用語集】


(それがし)……一人称のひとつ。武士が多く用いたとか。

御前(ごぜん)……偉い人に対する敬称のひとつ。

         主に女性に用いられる。

朝餉(あさげ)……朝ごはんのこと。

◆三ツ葉屋……お屋敷の板前さんご贔屓(ひいき)の豆腐やさん。

       ミツバの描かれた緑の紋が目印。

◇秋刀魚……秋のお魚。塩焼きにするとおいしい。

◆南蛮……よーするに外国。

     スペイン、ポルトガルなどをさす。

◇三日月姫……主人公の本名。

◆龍……この世界をつくったといわれている伝説の生物。

    幾千幾万年前の記録に残っているだけで存在は定かではない。

◇魔物……妖怪など異形の総称。南蛮ではもんすたあと呼ばれているとか。

◆魔法……精霊の力を借りて奇跡をおこす術。

     鬼と特殊な民族が使えるらしい。






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