桜舞う
登場人物
◆鬼童……何百年もひきこもっている子鬼。
◇香月……鬼童の護衛を引き受ける少年。
◆笛吹き……夜に現れた銀髪の青年。香月を知っているようだが……?
ひらり、と文机の上に薄紅色の欠片が舞い降りる。
「桜……」
哀しげに花びらを見つめ、ため息を吐く。
この花が散るのを見るのは何度目なのだろう、と。
蛍が舞い踊るのも、紅葉が舞い落ちるのも何度も見た。
そして、人が死ぬのも。
――――私は“鬼”だから。
鬼というと頭に角を生やし、鋭い牙で人間を喰らうような怪物を想像するかもしれないけど、違う。
私たちはそんなものじゃない。
ただ、寿命が長かったり成長が遅かったり力が強いだけだ。
なのに、なんで人間は退治しようとしにくるのだろう。
なんで人間は私を守ろうとして死んでいくのだろう。
退治しようとするくせに。
◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆
また、新しい人間がくるらしい。……今年で五十六人目だ。
「はじめまして、新たに護衛の任に就かせていただきました
香る月と書いて『かづき』と申します」
少年が微笑んだ。
護衛……。ああ、先代の人間は五日前に死んだんだっけ。
歳はたぶん十四、五歳だろう。
浅葱色の上衣に青鈍色の帯を巻き、漆塗りの箪笥のように黒い股引、それから履き古したわらじを履いている。腰に太刀と脇差を差しているので剣術の心得はあるのだろうけど……不安。
今までの護衛は少なくとも三十路を過ぎた技の熟練した人間ばかりだったような気がする。あるいは良く言うと体格がよくて強そうな、悪く言うと関所を通ろうとすると役人に止められてあれこれ尋ねられそうなくらい人相が……な男ばかりだったような気も。
大抵一年もしないうちに死ぬのにこのヒトもご苦労様だな、と思いながらお茶をすする。
「こらっ!」
いきなり怒鳴られてびくりと肩をふるわせる。
むっとしたように少年を見返し、口を開く。
「……なんですか」
「なんですか、じゃないよ。
人が話しているのにお茶すするなんて失礼だよ」
びしっと私を指さしながら言う。
「人の斬り方もよくわかっていなさそうな若い方に注意及び指図されたくなどありません」
「わ、若いって……僕の方が絶対年上ですよ!」
見た目はどうみても六、七歳くらいの私にぴしゃりと言われてむっとしたらしく、顔を真っ赤にして叫ぶ少年。
黙っていたら、この少年はもっとわめくだろう。……うるさいのは嫌いだ。
「こうみえても六百年以上は生きていますよ」
ぱあんっと事実をつきつける。
しばしの沈黙がして。
「ろ、六百?」
信じられない、と私をじっ~と見つめる。
やっと静かになりましたね、それではお茶を……と口をつけかけてた時。
「あ~うん。君がなんでそんなにひねくれているのかわかったよ」
そんな言葉が耳に入ってきた。もう、土足でずかずかと。
「失礼なのはどちらですか」
がたん、と立ち上がって指さす。
「あぶないあぶない、お茶こぼれちゃうよ?」
しかも六百年以上生きているという事実をつきつけたのにも関わらず、
口調が敬語からタメ口に格下げされている。
気に食わない。
最近の若者は年上に敬意を払うべしということを知らないのだろうか。
「物好きですね、貴方も。
こんなにひねくれた年寄りの護衛を引き受けるなんて、よほど生活が苦しいのですか?
それともそんなに報酬が高いのですか?」
と、皮肉攻撃をはじめる。
「あはは、君って本当に可愛くないね。
報酬はなかなか魅力的だけど、そんなにいらないから半分くらいにしてもらったよ。
そのかわりにここのお屋敷の一室を借りて住む権利と食事をつけてもらうことにしたけど」
冗談じゃない。四六時中こんな生意気な人間といるなんて拷問だ。
おもいっきり顔をしかめてやったが、少年は気を悪くすることなく続ける。
「あ、君の護衛をうけたのは、たんなる興味だよ。
なんか聞くところによると一年以上護衛の人がもった事、無いんでしょう?
これは絶対、何か面白そうな事ある!って思ってさ。
僕、退屈だと死んじゃうんだよ~」
楽観主義者でしたか。どうりで攻撃がきかないわけだ。
しかも興味で人斬りの仕事を請け負うなんて。
……この人間が護衛で大丈夫か本気で心配になってきた。
◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆
「暇なの?」
座布団に座って刀を研ぎながらたずねる少年。
「…………」
「なにか反応してくれると嬉しいんだけど」
庭の方から視線をはずし、答える。
「紫陽花は何故、雨にあたるほど美しく咲くのか考えているのです。
話しかけないで下さい」
「本当にお年寄りみたいだね、君。
……あ、初めて会った時から気になっていたんだけどさ。
なんで君ってそんなうっとうしい布、かぶっているの?」
私の頭――水色の頭巾を指さして聞く。
「……っ。こ、これは……」
私の動揺した声を聞き、にやりと笑う少年。
「それって僕のことが嫌いで顔も見せたくないってこと?
それか君、極度の恥ずかしがり屋なのかな?
それとも顔が醜くて隠してる……とか?」
「な、違います!」
「じゃあ布とってみてよ」
「嫌です」
頭巾をおさえて背を向ける。
……頭巾の下にあるモノを見たら、このヒトもきっと私に刃を向けるだろう。
ここ二月ほど過ごしてきただけだけど、このヒトはかなりの腕前の持ち主だということはわかった。
刀を抜刀すると同時にかるく三人は斬り捨て、二十人ほどの忍び隊及び小規模な騎馬隊ならば四半時足らずで壊滅させてしまう。長い刻を生きてきて、時折『死』について考えることもあるが、このヒトに刻まれて死ぬことだけはごめんだ。
「まさか傷でもあるの?
今日はかわいそうだからやめとくけど、いつか見せてね。
……あんまり遅いと斬っちゃうかもしれないから気を付けて」
「布一枚のために私を他界させないでくださいっ!」
慌てて腕を上下にばたばたしながら叫ぶ。
「大丈夫、こんなにいろんな人と戦える仕事、他に知らないし。
おじいさんになる手前まではがんばるよ」
そう言ってははは、と笑う。本当にこのヒトは……
「来年ここにいるかもわからないのに、のんきですね」
多くの気に入らない侍女を追い込んできた連日皮肉攻撃が全く効かないなんて……なんていうヒトだ。
「見てなよ、僕は来年になっても君の前から消えたりしないから」
びしっと得意げにひとさし指をたてて言う。
その根拠のない自信はいったいどこから湧いてくるのだろう。
「憎まれっ子はなんとやらと言いますしね。せいぜい頑張ってください」
「あはは、君ってホントかわいくない」
そういって布の上から頭をなでる。本当にこのヒトはわからない。
◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆
「え、蛍?」
『剣術ノ心得、其ノ参』と書かれた巻物から顔をあげて聞き返す。
「はい、毎年このくらいの時期になると近くの川で見られるようになるんです」
「あ~うん。見たいのはやまやまなんだけど、僕は典型的な朝型というか昼型人間で夜は全然起きていられないんだよ。だから奇襲のとき以外は起きないというかなんというかさ……今も結構つらいよ」
「まだ酉の刻になったばかりですけど?」
「なんの刻だろうが眠いものは眠いの。ご飯早めにすませて寝ようかな。
おやすみ」
そう言って部屋を出ていく。
……つまらない人だ。もう二度と誘うもんか。
むしゃくしゃするから私も夕餉をすませて寝よう。
「……?」
なにやら外から不思議な音が聞こえる。この澄んだ音色は笛だろう。
掛け布団をはねのけ、障子をあけて庭の方を見る。そこには一人の笛吹きがいた。透き通るように薄い被衣をかぶり、雪のように 白い長髪を垂らしている。被衣なんてかぶっているから女の人かと思ったけど、がっしりとした体格からして男の人だろう。
ぴたりと笛の音が止む。笛から口をはなし、振り返る。
男が、私の方をみてふわりと微笑んだ。
【用語集】
◆鬼……角を持ち、不思議な力を操る人間に似た種族の総称。
夜目が利き、人間より身体能力も優れている。
◇護衛……偉い人の警護をする人のこと。
◆浅葱色……よーするに水色。
新撰組の羽織の色。
◇青鈍色……黒っぽい青色。
◆脇差……短い刀みたいなの。
◇ヒト……主人公の人間に対する二人称。
寿命が短くひ弱な人間を嘲っていて
漢字に変換するのもめんどうだという
主人公の心境が反映されている。
◆紫陽花……水無月の風物詩。
屋敷に引きこもっている主人公の少ない楽しみのひとつ。
◇頭巾……頭にかぶっている水色のうっとうしい薄い布。
かぶっているのには深い理由が……。
◆忍び隊……忍者の部隊。
◇騎馬隊……馬に乗ったおじさん・お兄さんの部隊。
◆四半時……十五分くらい。
◇蛍……文月の風物詩。
屋敷の主人は代々なぜか蛍好きで、
外出厳禁の主人公も毎年蛍狩りに連れていってもらっている。
◆酉の刻……夕方の四時くらい。
◇夕餉…夕飯のこと。
◆被衣……女の人が顔を隠すためにかぶった薄い布のこと。




