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優しい人々

「はぁ……」


我ながら重過ぎる溜息が零れる。それは物理的な重みさえ持っているかの様にすら思えた。

気分は最悪。希望は見えたが結果は実らず。これで何件目だろうか……。足は既に棒みたいに強張って、太腿は張って硬くなっている。

時刻は正午過ぎ。燦々と空で輝く恒星がこちらの事情など顧みず、悠々と熱を秘めた光線を送って来ていた。

額を一筋の汗が流れ落ちる。首筋の滑る感触がどうにも気持ち悪くてしょうがない。

なんとなく、手を覆う手袋を見つめてしまう僕。


さて、これから何もかもをフランツ親子にお世話になるわけにもいかず、自身でこの境遇へ対応していこうと決意した次第ではあったのだが。

問題は生活基盤の確保。街を出て森に身を隠して暮らす、なんてことも計画してみたが、この貧弱な身一つでは如何にもならないので即却下。

人口の少ない場所への移動を行いたいところだが、一人で如何にかできる当てもない。この街であればしばらく滞在している予定の親子が、ある程度の援助を約束してくれた。

取り敢えず、ミラで資金繰りの為の仕事を探そうと一大決心をし、宿屋を出たのが数時間前。

臆病を押さえ人の気配に慣れる為、意味なく大通りを往復すること数回。道行く人々をベンチに座って眺めること一時間。

人間観察で思ったのは、見た目は変だが、かといって身振りや言葉にこれといって異質な部分は感じられないこと。実際、人々と自身に際立った違いもなく思えた。

気付けばこの状況に馴染んでいることに気付き、漸く当初の目的を思い出す。しかし、文字が読めないことが致命的な弱点と気付き、どんな店なのか分かりやすい看板を目印に店を回ってみた。

手始めに、数ある看板の内の一つに目を付けては、言うべき言葉を考え纏め始める。

だがしかし、一件目の店を目の前にしたとき、緊張と不安でなかなか店に入ることが出来なかった。

数分後覚悟を決め、気の良さそうな中年の婦人と対面し、さっそく雇ってくれないかと交渉へと移行―――――





その後、様々な店を廻り廻っては、人生そう上手くいかないものだと痛感させられた。

結局、太陽が真上を通り過ぎするまで色々な店を回ったが雇ってくれると言ってくれた店はなかった……。

混沌とした状況の中これからだ、という思いで立ち上がったのに、こう幸先が悪くては、どうにも仄暗い未来を思い浮かべてしまうものである。


「……」


そういえば、昼食がまだだった。資金の方はアルレイさんから拝借している。銀貨数枚。どれほどの価値なのかは分からないが、宿屋代も含めていつか必ず返すと言ってはみたけれども、あの人は笑いながら首を振って、


「気にするな」


そんなこと言われても、彼にとっては小さなことでも、僕にとっては大きなことだ。きっと、返さないと僕がすっきりしない。何事にもけじめがなければ。

ちなみに今着ている服もアルレイさんから渡された。その場では了承してみたが、いつかは返すと心に決めている。


「あれ……なんだろ?」


幾つも建ち並ぶ店の一点。ある店の前に晴天の下で溌剌と声を張り上げ、行く人を呼び止める光景があった。

そこにあったのは、先ほどからやたら食欲を誘う匂いを垂れ流す露天。

ついつい惹かれてしまう。けれど、今更だがお金の使い方が分からないことに気付いてしまった。

正確にはお金の価値だ。アルレイさんに銀貨らしきものを数枚渡されたとき、お礼を言ったらすぐにアルレイさんは行ってしまった。その為、詳しく聞く暇などなかったのだ。

銀貨を一枚手に取っては暫しの考察。視線の先の商品と金を交換している様子を眺めて、どの程度の金額なのかを測ってみる。

だが、手の影に隠れて上手く見ることが出来なかった。辛うじて、何枚かが重なるように丸い物体の受け渡しが確認出来た程度。

しばしの思案。屋台は、安さが売りの基本だったと思う。それが普通であったはず。いや、現代的な感覚だが。

……たぶん大丈夫だろう。希望的観測を胸に店の前に並ぶことにした。

お釣りに数枚の銅貨。案外、価値など知らなくても物は買えるものでした。因み味の方は大変美味であった。




日は既に落ちて、街は暗闇に覆われ、静寂に包まれる……。なんてことはなく、人通りは途切れることなくまだまだ賑わいを見せていた。

その喧騒を横目にため息を一つ。ふざけた色を頭に咲かせる人々をぼんやりと眺めては脱力する。

昨日の疲れもまだとれていないのに一日歩きまわって、足はすでに棒。そんなに頑張れた自分を褒めてやりたいくらいだが、結果として努力も実ることはなかった。

誰だって自分の思い通りに進むことは稀だろう。ならこれも仕方ないこと……。そんな風に……思える訳なかった。

こっちは切羽詰まっているんだ。いつまでも赤の他人に迷惑はかけられない。明日を何の不安や焦燥もなく迎える事など、いっそ無理な話である。

自分なりの土台、基盤を早期に作り上げないと、いずれ終わりが近づく気がして仕方がない。

だが、そうは言ってもこう何の成果もないとなると、根気は底をつき、意思は多少の妥協を選ぼうとしてしまう。

そして、僕程度の心の芯では、あっさりと挫折しては安易な道へと流れることなど、とうの昔から分かっていることである。


「はぁ、もう戻るか……」


仕事が見つからなかったことを伝えることを考えると気が重い。さんざん彼らに負担を掛けた挙句、ダメだったことを話すのは躊躇われる。

どんな反応が返ってくるのか今から不安でしょうがない。


「おう、おかえり。どうだった?ちゃんと見つかったのか?」


無機質な音を立てながら木目の濃い階段を上がり、冷たいドアの取っ手を回し部屋に入れば、アルレイさんとローゼの二人が揃っていた。

アルレイさんは刀身をむき出しにした剣を手に。ローゼは本を読んでいたが、こちらに顔を向け、アルレイさんに続いて―――――


「おかえりなさい」

「――――――あ、…ただ…いま」


瞬間、胸にふわりとした柔らかな温かさが灯る。陰鬱な感情は一瞬、姿を消した。

久しぶりだった。


“おかえり”


彼らはきっと何となしに言ったのだろうその言葉。しかし、僕にとっては……。

僕がまだ子供の頃、世界は幸福で溢れていると本気で信じていたとき、幸福とは永劫に輝き色づいているものだと、疑いなく信じていたとき。

僕が学校から帰って来るといつも母親が待っていてくれた。

玄関を開けて、すぐに僕は母親の所に“ただいま”と声をかけに行く。すると母親は“おかえり”と僕を迎えてくれた。何気なく温もりと優しさ共に。

そして、僕はその日学校であったことを母親に話すのだ。

そんな僕をやさしげな眼で見ながら終わるまで話を聞いてくれる。そして、最後は決まって微笑みながら、


“楽しかった?”

“うん!”


そんなやりとりで締めくくられる。

緩々と穏やかな時間経過。夜になれば仕事からあの人が帰って来るので、母親と二人揃って“おかえり”と言って出迎えた。

あの人は“ただいま”と答える。その返しはぶっきらぼうだったが、必ずそう言ってくれた。

我が家の夕食は家族が揃ってからというのが、暗黙の了解になっていて、母親の合図と共にテーブルに着き、手を合わせては一言。

夕食の席で僕はあの人に母親に言ったことと同じことをまた話す。仕事で疲れていたのだろうに、それでも嫌な顔などせずに聞いてくれた。

あんまり話しばかりしていると、時々あの人はもう少し静かに食べなさいと叱ったが、

相槌をくれたし、笑ってもくれた。

誰もが笑っている。あの日々は間違いなく僕にとって幸せな時間だった。そんな幼くて、確かにあった僕の時間――――


思い出したのはくだらない自己憐憫の記憶と感情。乱雑に切り取られた記憶の端々を無理矢理継ぎ接いだ過去は、僕の心をささくれ立たせた。

これだ、この感覚だ。この人達の隣は酷く居心地が悪い。ああ……僕は何を考えているのだろうか? まるで、彼らの好意を裏切るその気持ちを強引に心の奥底に沈めた。

それから、苦笑いに近い笑みを浮かべて部屋にそっと足を踏み入れた。







「仕事のことなんですけど、…すいません。見つからなくって。だけど、明日は必ず雇ってもらえる所見つけてみせますから」

「そうか。本当だったら仕事の一つでも紹介してやりたいのだがな……。この街にそんな知り合いもいない」

「いえ、お気持ちだけでありがたいです。自力で探して見せますよ。其処まで迷惑は掛けられません。ところでそれ……、何してるんですか?」


アルレイさんの手の中で鈍い輝きを放つものに眼がいってしまう。胸の前で天に翳す様に剣を抱えながら、熱心に刀身を具に観察しているその眼が鋭利に細められていて少したじろぐ。

あれが血で染まっているところを見たことがある僕としては、ついつい緊張してしまうのだ。

生物を傷付ける事が目的の道具。あれほど物騒な物を今まで見る機会など無かった。劇で使われる小道具でもなく、人など触れただけで全てが切り裂かれる本物の……凶器、そう思うと感じる違和感。

一瞬、当たり前の様に剣を握るアルレイさんが遠くなる。それでもすぐに、意識はまた形を取り戻す。

これが普通なのだ。何処も可笑しくはない。感じるのは世界との違和感。胸に巣食う濁った泥が気のせいか盛り上がる。

この感覚は所謂恐怖……。アルレイさんがその武器を僕に向けることなど間違ってもないだろう。

分かっている。でも、想像とは思いたくなくても意思とは別に勝手に想起してくるものである。

あれで斬られたら痛いんだろうな、なんて馬鹿な妄想も起こってくる。


「いや、手入れをしていたところなんだが、ちょうど終わった所だ。最後に一通り確認していたが…… むぅ、以外と早いな。次がぎりぎりか」


そう言って、顔を顰めてから鞘に静かに滑らせて剣を納めた。そこでやっと僕を覆う不安も消える。その動作にホッと一息。意味もなく疲れてしまった。


「そうだ、お金ありがとうございます。これ余ったので返しますね」


お金の入った袋を取り出し渡そうとしたが、アルレイさんはごつごつした手を横に振り受け取り拒否の意を示してきた。


「おいおい、明日も探すんだろ。その金はもっていた方がいいだろう。そんなに借りを作りたくないなら、いつか飯でも奢ってくればいい。いちいち渡すのも面倒だし、足りなくなったら言ってくれればまた渡す。遠慮なんてするなよ」


もっともな言葉に素直に従うことにする。それに、再びアルレイさんからお金を借りるつもりもない。明日で見付けてみせるさ、と再び意気込み熱意を燃やした。

それからしばらく雑談をして時間を潰す。といっても、僕が一日街を歩いて疑問に思ったことなどをアルレイさんに聞いただけだが……。


「そろそろ下で飯にしよう。ローゼもいいか?」

「分かった。本置いてくるから少し待ってて」


食堂のほとんどのテーブルが埋まっていた。耳に痛い賑やかさの中なんとか空いているテーブルを見つけてそこに座る。

メニューが置いてあったが、相変わらず字は読めない。その事を伝えてメニューは二人にまかせた。

忙しそうにしている店員を呼び注文を取る。


“少々お待ちを“


そう言われてから大分たつ。まだかと思っているところへ漸く来た。


「随分忙しそうだな?」

「ええ、給士が私しかいなくて手が回らないもので。待たせてしまったようで申し訳ございません」

「いや、責める心算はない。失礼した」


そう言って、彼女はテーブルを去って行った。数秒対峙した顔に何処か覚えがあり、少しだけ悩む。この街で関係のある人間なんていただろうか。

そういえば彼女は昨日受付にいた人?ブロンドの髪を後ろで紐でまとめている後ろ姿を見て思った。


「なぁ、いいんじゃないか?」

「……何がですか?」


突然、アルレイさんはそう切り出してくる。話しが急過ぎて、意図が掴めない。いいって何がいいのだろう?


「いやだから、此処だよ、此処。どうも人が足りてないみたいだからな。後で聞いてくるのはどうだ? うまくいくと思うぞ」


隣で微かにローゼが頷くのが見えた。それに因り、ようやく話しの合点がいく。確かに、今も彼女は忙しそうにあちこちを移動している。

この人数を捌くには一人では到底無理の様に思えるが、彼女の手際が良いのだろう。どうにかまわっている様子だ。


「みたいですね。今日見てきた中で一番雇ってもらえそうですよ。……ええ、考えておきます」

「おお、そうしろ」


その後、今まで食べたことのない味に舌鼓を打っては、やっと取り戻した食欲を満足させ始める。

その途中、口にサラダを運んでいるときにふと気がついた。


「ねぇ、ローゼ。その手袋取らないの?」


出会ってから、彼女はずっとその白い手袋を身に付けていた。今まで不思議に思わなかったが、食事の時まで付けているのが気になった。


「それなら、ソウタだってそう」


そう、彼女の言う通り僕自身も現在手袋を身につけている。といっても、これにはもちろん訳がある。

単純な話、これで人との直接的な接触を避けるための物である。これもアルレイさんに進められたものだ。

今の僕の姿は長袖、長ズボン、それに手袋。素肌は顔を除いて全て隠れるようにしている。

もしもの対策としてこうなった。

僕自身これに異論はない。世の中何が起きるか分からないのだから、慎重になりすぎた方がいいだろう。

格好からいえば、ローゼだってあまり変わらない。

上はフリルの付いた長袖のブラウス、下は足首ほどまである黒のロングスカート、そして白い手袋。

格好からいえば、殆ど僕とローゼに大差は無いと言えてしまう。


「う、それはそうなんだけどさぁ」


このまま自分のことは棚に上げて聞くことは躊躇われる。別にそこまで気になることでもないし、彼女も言いたくはないという気配を醸し出している。

何事も無かったかのように食事を再開した。

食べ終わり、人が減って来た頃を見計らって、先ほどの店員さんを呼ぶ。


「ご馳走さまです。美味しかったです」

「ありがとうございます」


顔には疲れが見えるが、それでも嬉しそうに微笑んだ。丁寧に腰を折って、食器を下げ始める。


「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、お時間ありますか?」

「えっ、はい、もう空いてきたので、少々お待ちいただければ……」

「よかった……。よろしくお願いします」

「はい、それではまた後ほど」


立ち去った彼女を見送ってから、此方の遣り取りを見守っていた二人の方に顔を向ける。


「アルレイさんとローゼは先に戻っていて下さい。一人でも大丈夫ですから…」

「だな。俺達がいても邪魔になるだけだ。それじゃ、部屋でゆっくりしてるか。……行くぞ、ローゼ」


椅子から立ち上がり、二人は部屋に戻って行った。その途中、ローゼは振り返って、


「がんばって……。うまくいくといいね」


そんな一言を残していった。








この宿屋、やたら人がいないと思ったらあの店員さんと、その旦那さんの二人しかいないらしい。

あの人数を二人で捌いていたなんて驚きだ。奥さんの名前はフラン。旦那さんの名前はイアン。性はランタナ。

ここで雇って欲しいと頼み込んだところ、フランさんは一旦厨房へと向かうと、奥にいたイアンさんを伴って戻って来た。

とりあえず、自己紹介の後は面接。何回やっても面接には慣れない。緊張したが、二人の雰囲気にすぐに解れてしまった。質問にもなんとか答えて、終了。


“お疲れ様、これで終わりよ。君は合格。…って言っても、あなたが働きたいって言ってくれたときから決まってたようなものだけど”


“最近はここも忙しくなってきてな。そろそろ誰か雇ってみようと決めていたんだよ。君は真面目そうだし、やる気もある。問題ないだろう”


客から従業員となったその時から、二人の言葉はフランクになった。親しみの籠った言葉にほっと息を吐出した、それに気づかれ笑われてしまった。

肩の力が抜け脱力してしまった。割とすんなりと働き口を手に入れてしまった。この一日の苦労はなんだったんだろう……。そう思わずにはいられない。

住み込みの食事付き、給料も少しだけだが出るらしい。そんな好条件に頭が下がるばかりだ。


“それじゃ、明日からよろしく”




さっそく二人に報告しに行こう。足取りは軽く、気分は軽く高揚しているのが自覚出来る。

早く伝えたい。

そして部屋の前に到着。扉を――――




「……どう思う?」   「さぁな、分からない……」


「私は正直期待出来ない。確かに彼は“禍根”だけど、不自然なほどに何も知らない。それにあまりに普通すぎる。……普通の人過ぎる」


「まぁ、そうだな。あの様子じゃ手掛かりも何もないだろう。……やっと見つけたと思ったのに!……すまないな」


「……お父さんのせいじゃないよ」



沈黙。



話の内容は分からない。おそらく自分に関係あることなのは確か。言葉にすることの出来ない疎外感。でも、それはすっと胸にはまる。

僕の持論では無償の善人なんていないと思っている。人間の関係はなんらかの利害関係で結ばれるのが正しい在り方なんだ。

人は他人に何かを求める生物。他人と関係をもつことで、優越感を持ったり、自己を満足させたり、人によって様々だろう。

そしてこの人達もやはりそうであった。彼らは僕に何かを求めていた。ただ助けようと思ったわけではないのだ。

うん、そっちの方がやはりすっきりする。理由の無い優しさは時に人を不安にする。付き合いの短い他人なら尚更だ。


そう、それが正しい在り方。なのに……どうしてこんなにも寂しいのだろう。





二人にこの宿屋で雇ってもらえることを伝えると、二人は祝福してくれた。次の日は早かった。仕事の説明をされ、さっそく任される。

朝食は先に済ませ、食堂に集まって来た宿泊客の注文を取る。初めてということで動きも遅く失敗もあった。

そんなときはフランさんがフォローしてくれる。その姿を見て、早く慣れないと、なんて思ってしまう自分は生真面目なのだろうか。

そんな中、一つのテーブルから自分を呼ぶ声が一つ。


「ソウタ、注文取ってくれ!」


そちらに視線を向ければ、厳つい成人男性、その隣には可憐な少女。不釣り合いな二人。

言うまでもなく、アルレイさんとローゼの組み合わせだ。


「今行きます!」


昨夜ほどでもない食堂には人がいるので、声を張らないと届かない。

二人の傍まで行くと、


「よく働いてるみたいだな。実は少し心配してたが、その様子なら大丈夫そうだな」

「そうでもないです。失敗ばかりでフランさんにも迷惑かけちゃって」

「フランさんってのはあの人のことか?」


アルレイさんは相変わらず忙しそうに注文を取って、配膳をしているフランさんに眼向けた。


「そうです。優しくていい人です」


――――こんな僕を働かせてくれるのだから。

思ったことは口には出さず。余分なことは省くに限る。


「ソウタ、注文」


静かにそうローゼが告げてきた。しまった、忘れていた。


「あ、うん、ごめんね」


ローゼを怒らせちゃったのかと思ったが、取り越し苦労だった。

流石にこの程度では怒りもしないか、ローゼはいつも通り淡々とメニューを伝えてくる。


「それでは、少々お待ち下さい」


マニュアル通りの言葉を残しその場を離れイアンさんに注文を伝える。そして料理が出来たことを伝える声があったので、それを持っていく。

注文を取る客も減り、食堂を去っていく人が多くなってきたとき、空いているテーブルを拭いていた僕にフランさんから声が掛かった。


「ちょっといいかしら?ソウタ君と一緒にここに来た子いるじゃない?その子にちょっとお願いしたいことがあるんだけど」

「ローゼのことですか?そういうことは本人に言った方が早いかと」

「ううん、あなたにも頼みたいのよ。少し時間をくれないかしら?」

「いいですよ。そういうことなら聞いてみます」


アルレイさんとローゼのテーブルへ向かう。まだローゼが食べている途中だったので、この後話があることを伝えて、了承を得た。

そのことをフランさんに伝えて、再び仕事に戻る。数分後ローゼが食べ終わったところを見計らってフランさんと一緒に二人の元へ。


「話って何……?」


フランさんを横目で見ると、ローゼの独特の空気に多少戸惑っていた。


「ああ、僕じゃないんだ。こちらのフランさんからお願いしたいことがあるんだって。僕も頼まれたんだけど、まだ内容は聞いてなくてね」

「ローゼさん初めまして、よろしくね。……それで、突然で悪いんだけどあなた達にお願いしたいことがあるの。とりあえず話だけでも聞いてもらえないかしら?」





――――私には娘がいるのだけど……。









そして、僕達はそのお願いを聞くことになった。


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