私だって怒るとそれなりに怖いんですよ?
ミリア・ユリット伯爵令嬢にはアルバーツ・クラインという婚約者がいる。
彼はリボット王国の伯爵家の次男で二人は5歳の頃からの知り合い。よくに言う幼馴染と言う間柄ですでに十年の付き合いになる。関係は良好。何せ、アルバーツはミリアの初恋でもあるのだから。今宵も王国でも有数の公爵家が主催するパーティに共に出席していた。そのはずだったのだけれど、先ほどから彼の姿がない。
「アルバーツはどこへ行ったの?」
ミリアとよく似た桃色の髪にレモン色の瞳を揺らして不満を漏らすのは二つ上の姉、シモーヌである。
「友人が困ってるから、相談に乗ってるそうよ」
「また?」
姉の表情はますます曇っていく。
「そうおっしゃらないで。アルバーツは優しいんですよ」
確かに姉が言うように最近、アルバーツとまともに話した記憶がない。
「友人がモンスター討伐で負傷したから見舞いに行ってくる」
そう言われて、茶会をすっぽかされた事は一度や二度ではない。
アルバーツは王宮騎士団に所属している。そこでの人間関係を重要視するのは理解できる。けれど、ミリアの誕生日に友達が彼氏にフラれたから慰めに行くと言われ、デートをドタキャンされたのは少々堪えた。
さらにこうして、夜毎あるパーティのエスコートはしてくれても、すぐに姿を消してもしまうのも悩みの一つ。そうした彼の行動に苦言を呈した事はある。
「ミリアとは結婚したら、いつも一緒にいられるんだ。構わないだろ?」
アルバーツは茶色い髪と同色の瞳でミリアを見つめてこう諭すのだ。
そう言われたら、確かにそうかなと思ってしまう自分にも腹が立ったものだ。
「婚約者をほったらかしてる男のどこが優しいのよ。全く、その友人っていうのはどこの誰よ」
さらに怒りを募らせているシモーヌとは異なり、ミリアはどこまでも冷静だ。
「今宵の相手は確か、フワータ様だったかしら?」
「フワータ?オリエッタ男爵のご令嬢の?」
「そうよ」
確か理由は“悲しい事があったから慰めて欲しいそうだ”だったかしら?
「うん?今宵ってどういうこと?」
「それはすぐにでも分かるわよ」
ミリアは姉の手を引っ張り、パーティを抜け出た。
行く場所は広大な庭に植えられている薔薇園。
そこには先約がいた。
「ねえ。アルバーツ。ミリアなんてやめて、私と結婚してよ。あの女、ちょっとポーション作りが上手いからって私の事、いつも見下してくるのよ」
フワータが涙目でアルバーツに抱き着けばその青色の髪が風になびく。
「ああ…」
どう見ても逢瀬にしか見えない。
「まあ。フワータ・オリエッタ男爵令嬢。そんな風に思われていたの?心外だわ。見下すも何もまともに話した事もありませんのに」
ミリアよりも先にアルバートの頬を叩きに行こうとするシモーヌを何とか押しとどめて笑みを浮かべる。
「ミリア。どうしてここに?」
「どうしても何も。この状況を説明するのが先じゃなくって?」
「いや。これはなんでもないんだ」
フワータの手をやんわり剥がすアルバーツ。
「何でもないわけないでしょう!どう見ても、そこの女とデキてるじゃないの!」
「お姉さま。お口がお悪いですわ」
「もう。ミリアはどうしてそんなに冷静なのよ」
フワータはアルバートに再びしがみついた。
「ミリアさん。こうなったからには言いますけれど、私達愛し合ってるんです。だから、アルバーツと別れて!」
「いいですよ」
驚いたのはアルバーツだ。
「何を言ってるんだ。そんな事するわけないだろ!」
「あら、私の事が嫌いじゃなかったんですの?」
「嫌いなわけないだろ。フワータはちょっと勘違いしてるんだ」
フワータの手を払いのけるアルバーツ。
「アルバーツ!私の事が好きだって言ったじゃないの」
「そんな事を言った覚えはない」
ないわけないでしょう。
さっき、“ああ”って言ったの聞こえてたから。
「婚約破棄したくない理由は分かるわ。王宮騎士団を束ねる将軍は私の父だものね。その娘の私と結婚すれば、将来安泰よね」
「ミリア?俺はそんな事は一度も思った覚えは…」
「本当に?」
「俺達、子供の頃に将来を誓い合った仲じゃないか」
「ああ、そんな事もあったわね。だけどねえ。私だってもう子供じゃないの。婚約者にぞんざいに扱われたら傷つくに決まってる」
初恋だって苦い物に変わるわ。
「こんな真似されたらね。友人とやらは一体何人いるのかしら?」
手を叩くとその場に二人の女性が姿を見せる。
一人は王宮騎士団所属の女性騎士アボット・スカーレット子爵令嬢。
二人目は魔法学園で一つ先輩だったユーゼ・ニリス公爵令嬢である。
「どういうことなの?婚約者であるミリアさんには他に好きな人がいて近々婚約破棄されるって言っていたじゃないの」
「そうよ。親同士が決めた愛のない婚約だって話していたから私は…」
二人は怒りを募らせて、アルバーツに詰め寄る。
「いや、これは、違うんだ。慰めていたら二人から迫られて断れずに…」
そう言えば、アルバーツは昔から優柔不断だった。
マカロンとショートケーキ。どちらを食べるかで三時間悩んでいたのは可愛い思い出だ。だが、これは許せない。
「「私達のせいだって言うの?」」
「いや。でも…。実際、告白してきたのはお前達の方じゃないか!」
アルバーツはこの場にいる女性、すべてを敵に回したいらしい。
「「それは、フリーだと思ったからよ!婚約破棄の予定もない人を口説く物ですか!ごめんなさい。ミリアさん。私達…」」
アボットとユーゼの声は重なった。
「ああ。良いんです。結婚する前にこの男の本質を教えてくださったんですから」
ミリアは淡々と答えるのであった。
本当に遅かったぐらいだわ。
そして、アルバーツはアボットとユーゼ、そしてシモーヌに取り囲まれるのであった。もちろん、三人とも物凄い形相だ。
生きて帰れるかしらね。
他人事のように思うのであった。
「ミリア。助けてくれ」
アルバーツの情けない声にそっぽを向くミリア。その視線はそそくさとその場を後にしようとするフワータに向けられる。
「あら、よろしいの。アルバーツを愛してるんでしょう?」
「こんな男、願い下げよ」
「そうなの?お似合いだと思ったんだけどね。あそこの二人はアルバーツの嘘に騙されたみたいだけど、貴女は正々堂々と私から寝取ろうとしたんだもの」
「貴女、本当にミリア。なんだか、アルバーツが話していた印象と違う」
「彼はどんな風に言っていたの?」
「大人しくて物分かりが良いって」
いつの話をしてるのよ。
「私だって怒るとそれなりに怖いんですよ?何せ、この国の将軍の娘なんですから。剣の腕だってアルバーツより上だと思いますけど」
「ポーション作りが専門だったんじゃ…」
「そっちももちろん得意よ」
フワータはミリアの笑みに背筋を凍らせるのであった。
それから数日も立たずにアルバーツと正式に婚約破棄をしたミリアは王宮騎士団に入団し、剣術でアルバーツを瞬殺する。呆気に取られる彼はアボット以外の騎士団の女性も慰めていたようでその怒りを買い、居心地の悪さに耐えかねて騎士団を去っていく。現在は冒険者ギルドでモンスター退治を行っているようだが、歴戦の猛者たちに囲まれて苦労しているらしい。そして、なぜかフワータの両親からアルバーツに婚約の申し出が来ているのを風の噂に聞いた。以前、フワータがアルバーツの事が好きだと吹聴してたためだと思われるが、今のフワータは乗り気ではないので上手くいくとは思えない。しかし、ミリアとの婚約破棄からそれほど時が経たない段階での婚約打診にフワータが本当に寝取ったのではという話が一部の人間の間で囁かれているのはミリアの知らぬ事だ。
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