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春を待つ  作者: 安達夷三郎
第二章、学徒動員
8/22

八話

顔を洗い、少し伸びた髪を細い紐で結ぶ。もう少し伸びたら柳子に頼んで三つ編みでもしてもらおうかな。

それと同時に柳子がうーんと嫌そうな声を上げる。

「柳子、起きて」

「あと五分......」

ゴソゴソと壁の方を向こうと動きながら答える毎日恒例の姿に思わず苦笑が溢れる。

「昨日それを許したら、文が怒ってたでしょー。早く起きるよ〜」

先に起きて身支度を済ましていたらしいツユがゆさゆさと布団に包まる柳子を叩く。

「無理。ツユと千代、起こして」

なのに、布団から腕だけ出したお化けみたいな柳子が言う。

「しょうがないな〜」

ツユと一緒に引っ張ってやると、寝癖を付けた柳子が釣れた。

「すごい寝癖」

柳子の鏡を見せると、急いで自前の手鏡と(くし)でとかし始める。さすが、どんな場所でもオシャレがしたいと公言していただけある。

襟付きの白い作業着にモンペを持って行って、着替えを促すと、うだうだと着替え始めた。

「今日はよく寝た〜」

ふわぁ......と大きな欠伸をする柳子。

「一昨日は機械の故障で交代の時間が削れたもんね」

「ねー」

用意を済ませ、交代の時間になるまで部屋で待機する。雑嚢の中から手帳を取り出して、隣にいたツユに何描いて欲しいか聞くと、「おにぎり!」と返ってきた。

「ちょっと待ってね」

鉛筆で大きなおにぎりを描く。

「わー!これならお腹いっぱいだね」

ツユが嬉しそうにはしゃぐ。

「ね、私にも描いてよ!」

柳子が自分を指差す。

「何描いてほしいの?」

「戦争に勝ったらデートに行くでしょ?その時に着ていく服!」

とびきり可愛い服をね!と付け加えて。

簡略化した柳子の似顔絵に、ワンピースを着せる。

「こんな感じ?」

「キャー、千代。私の専属デザイナーになってよ!可愛い!」

「良いよー!」

柳子がバッと抱きついてきたので、後ろに倒れそうになった。

気に入ってもらえたみたいで、嬉しかった。

簡略化柳子の隣にツユも描く。

「え、可愛い!!千代、才能あるよ!!」

部屋でキャアキャア騒いでいたら、手拭いを持ったカエデが部屋に入ってきた。

「五班うるさいよー。全く、夜勤なのに何でこんなに騒げるんだろ......」

「騒いでるのは千代とツユと柳子だけだよ」

本を読んでいた文が顔を上げて言った。

「お。カエデおは〜」

柳子がカエデに手を振る。

「おはようじゃないよ......もうすぐ交代だよ?」

呆れたように言いながら、カエデは湿った手拭いで手に付いていた機械油を拭いた。

「カエデちゃんは今から就寝?」

エツ子が尋ねると、カエデが頷くより先に、バーンと部屋の扉が空いた。

「疲れた〜」

「もうくたくた〜」

流れるように入って布団に倒れたユリと志穂。

「じゃあ私達は行こうか」

文が立ち上がる。

「行ってらっしゃーい」

ユリが倒れながら手を振る。

「夜勤頑張ってね〜」

志穂が布団に埋もれたまま、もごもごと呟く。

「うん、行ってきます」

文が静かに返し、先に戸口へ向かった。

私達も後に続いて部屋を出る。

廊下の床はひんやりとしていて、足音がやけに響く。

「はぁ……眠い……」

ツユが目を擦りながらぼやく。

「さっきまであんなに元気だったじゃん」

と笑うと、「気持ちの問題!」と即答されて、思わず吹き出した。

工場に近づくにつれて、機械の唸る音がじわじわと大きくなる。

金属が擦れる音と、油の匂い。

もう何度も嗅いでいるはずなのに、やっぱり少し息が詰まりそうになる。

「今日は配置替えあるかもって言ってたよ」

文が前を歩きながら言う。

「えー、また?」

柳子が不満そうに頬を膨らませる。

「私あの持ち場、手が汚れるから嫌なんだけど」

「どこでも汚れるでしょ、ここ」

エツ子が後ろからつっこむ。

「それはそうだけど!せめて心の準備をさせてよ〜」

柳子はぶつぶつ言いながらも、襟を正した。

「五班、集合」

担当の人の声が響く。

私たちは指定された場所に並んだ。

「今日も部品の組み立て中心だ。人手が足りないところは随時応援に回る。無理しすぎないように」

短い説明が終わると、それぞれの持ち場へ散っていく。

ひんやりとした空気と、機械の熱との差が、指先に伝わってくる。

「ねえ千代」

隣の持ち場になった柳子が、小声で呼ぶ。

「ん?」

「さっきのワンピース、リボンは背中ね。あと、袖はちょっとふわっとしてるやつ」

「作業中に注文しないでよ〜......」

小さく笑いながら答えると、

「だって忘れられたら困るじゃん?」

と拗ねた顔をする。

「大丈夫、忘れないよ」

そう言いながら、私は一つ目の部品を手に取った。

冷たい金属の感触。

いつもと同じはずなのに、今日は少しだけ軽く感じる。

......次の休憩で、ちゃんと描いてあげよう。

そんなことを考えながら、黙々と手を動かし始めた。

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