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春を待つ  作者: 安達夷三郎
第二章、学徒動員
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五話

がた、と風が窓を揺らす音で目が覚めた。

浅く短い眠りを繰り返した後、目覚めは決して快いものではなかったが、不思議と意識はしっかりしていた。

窓掛けの隙間から、朝焼けに染まる空が見える。まだ鳥さえも夢の中にいる早朝の空気は冷たく、いそいそと着物の襟を寄せながら立ち上がる。

制服のセーラー服にモンペを穿き、布団を畳んだ。

(お守りは渡した......あとは、戦争が終わるまで精一杯お仕事を頑張ろう)

玄関に立ち、見送りに出てきた母へ頭を下げた。

「行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい。辛くなったら帰ってきても良いんだよ」

「アハハ、ないない。勝利の日まで、頑張って来るね!」

笑いながら雑嚢を肩に掛け、玄関を出る。門前まで小走りで向かうと、柳子が待っていた。

「おはよ」

「おはよう」

それからツユや文、エツ子の家を回って駅に向かうと、やがて駅が見えてきた。

まだ日が昇りきらないうちから、構内にはすでに同じ組の半数以上が集まっていた。整列する姿は、まるで出征兵士のようにも見える。

「あ、ユリおはよ〜」

近くにいたユリに声をかける。

「おはよう。いよいよ今日だね」

先生方が点呼を取り、雑嚢や荷物の確認をしている。

蒸気機関車の煙の匂いがあたりに満ち、耳の奥で『しゅう』と音を立てていた。

「千代!」

呼ばれて振り向くと、柳子が笑顔で手を振っていた。

「五班はこっちだよ!」

その声に慌てて駆け寄る。向かい側には柳子、文、エツ子が座り、私の隣にはツユが腰を下ろした。

車窓の外には、見送りに来た家族達の姿。母親がハンカチや旗を振り、子供達は手を振っている。

汽笛が二度鳴った。

その音が胸の奥を震わせる。襟と防空頭巾をぎゅっと寄せる。

列車がゆっくりと動き出すと、見送りに来ていた人々が、列車の速度に合わせて後ろへ流れていく。

母の姿を探したが、もう人の波に紛れて見えなかった。

ハンカチを握りしめたまま、黙って手を振る。

やがて汽車は町を抜け、田畑の広がる風景の中へと入っていった。

―――ごう、ごう、と鉄の車輪が音を立てる。

車内では誰かが小声で歌を口ずさんでいた。

「♪見よ東海の空あけて、旭日高く、輝けば―――」

それに続くように、あちこちの席から声が重なる。

昼が近づくと、列車は中継の駅に止まり、弁当の時間になった。

「私のはお芋だよ」と、文が包みを開ける。

中には一本のお芋。

「私はスギナとお芋と小麦粉を混ぜて干したやつ」

ツユも包みを広げ、笑う。

みんなの弁当が似ているのが、なんだかおかしくて、つい小さく笑ってしまった。

「私は干し芋にして非常食にしようかな」

「それ良いね」

午後になると、空の色がわずかに霞み始めた。春の陽炎が揺れて、線路沿いの木々がぼんやりして見える。

「眠い……」とエツ子が小さく欠伸をした。

「ちゃんと寝なよ。明日からお仕事だよ」

文が少し呆れながら言う。

「だって、昨日は興奮して眠れなかった」

「私も。なんだか夢みたいで」

窓の外には、焼け焦げた建物の影が増えてきた。

列車が停まった小駅の向こうには、黒く炭のように崩れた家並みがある。

「あれ……空襲の跡かな」

柳子が呟く。

誰も答えなかった。

さっきまで笑っていた空気が、ふっと静まり返る。

汽車が再び動き出すと、トンネルを通過する。

窓は閉めていたはずだが、誰かが閉め忘れていたようで、トンネルを抜ける頃にはみんなの顔に煤が付いていた。

午後八時を過ぎた頃、車内がざわめき出した。

「もうすぐ上野だって!」

「本当!?」

期待と不安の入り混じった声が、車内のあちこちから聞こえる。

外を見ると、いつの間にか建物疎開によって壊されたであろう家の土台だけが現れ、線路の数も増えていた。見慣れない広い街並みに、胸がどきどきする。

列車が減速し、汽笛が短く鳴る。

「上野、上野―――」という駅員の声が響く。

がたん、と列車が止まる。

窓の外には、霞んだ空が広がっていた。

ホームには多くの人が立ち並び、白い腕章を付けた挺身隊(ていしんたい)の女性達が誘導している。空気は埃っぽく、遠くで警戒警報のサイレンが鳴った。

「やっと着いた......」

柳子が伸びをしながら言う。

「そうだね」

東北の清らかな風とは違う、鉄と煤の混じった匂い。

「皆さん、整列して下さい」

引率の先生が声を張り上げる。

みんなは荷物を持ち直し、列になってホームを進んだ。

上野駅の外は、戦争の影が色濃く残っていた。

崩れかけた建物の間を、荷車を押す男が通り過ぎる。焼け跡の向こうに見えるのは、まだ再建途中の市場。

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