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春を待つ  作者: 安達夷三郎
第四章、六月の夏
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十四話

六月になった。

四月に来た時より夏の暑さが本格的になってきて、川では幼い子供達が水遊びをしていた。水しぶきが光を反射して、キラキラと輝いている。

私達は数日前に人手不足の新しい工場に移動することになった。

その工場では、私達以外にも女学生達が作業をしていた。

年齢が近く、同じ女学生ということもあって、私達はすぐに仲良くなった。

どうやら彼女達は近くの商業女学校の生徒らしい。

「暑いねぇ......」

「もうじき、夏だもんね」

柳子が暑そうに手でパタパタと仰ぐ。

「お腹空いた......」

午前の作業を終えて寮に戻ると、裏手の方にみんなが集まっていた。

なにやら何かを覗き込んでいるようだ。

「あ!千代、見てよこれ!」

柳子が私を呼んだ。

みんなが覗き込んでいるのを見る。

「わぁ!焼き芋?」

声を上げかけて、私は慌てて口元を押さえた。

周りを見ると、みんな同じように声を潜めている。

「しーっ」

志穂が指を立てて笑う。

裏手の空き地には、小さな穴が掘られていて、その中に赤くくすぶる炭が残っていた。

その上に、新聞紙と布で包まれた細長い芋がいくつも埋められている。

「配給の芋を少し残しておいたんだ」

エツ子が小声で教えてくれる。

「煙、立ってない?」

「大丈夫。ちゃんと埋めてるから」

誰かがそう言って、ほっと息をついた。

しばらくすると、甘い匂いがふわりと漂ってきた。

鼻の奥をくすぐるその匂いに、自然と唾を飲み込む。

「火事とか大丈夫かな?」

ユリの言葉に急に不安になり、みんなで焚き火をしっかり見ていた。

「でも穴を掘っているから、何かあれば砂を被せれば良いよね」

カエデは砂が入ったバケツを持っている。

誰かが時計代わりに、工場の方角をちらりと見る。

休憩時間は短い。長居はできない。

「ねぇ、東北から来たんだよね。寂しくないの?」

商業女学校の一人が、そんなことを聞いた。

「え?」

「ほら、家族と離れて東京に......私だったら寂しいからさ」

その言葉に少し考える。

寂しくないと言えば嘘になる。

「寂しいけど、みんながいるから寂しくないよ」

「千代〜、泣かせる奴め〜」

柳子が肩を組んで絡んできた。

仲良く話をしていると、どうやら焼き芋ができたようである。

やがて、ユリがしゃがみ込んで、そっと芋をひとつ掘り出した。

「あ、できてるよ!」

その一言で、みんなの表情が一気に明るくなった。

志穂が周囲を気にしながら言う。

「半分ずつにしよ。数、足りないから」

芋は決して大きくはない。

それでも手で割ると、ほくりと崩れて、淡い黄色が顔を出した。

「あつ……でも、甘い」

誰かの小さな声に、思わず笑いがこぼれる。

商業女学校の子が、懐かしそうに目を細めた。

「こういうの、久しぶり。家にいた時みたい」

私は黙って頷いた。

昔も、収穫の時期を終えると町の人達総出(そうで)で神社の境内で芋を焼いた。

その時の匂いと、今の甘さが、胸の奥で静かに重なる。


それから午後の作業を済ませて就寝時間前になる頃、私は割り当てられた部屋で手紙を二通書いていた。

家族への手紙と、春馬への手紙。

机と呼ぶには少し心許ない小さな台に、ランプの灯りが揺れている。

窓は少しだけ開けてあって、夜の川の匂いと、遠くで鳴く虫の声が入り込んできた。

先に書いたのは、家族への手紙だった。

母の顔を思い浮かべながら、便箋の行を一つずつ埋めていく。

『こちらは皆、元気にしています。初めに働いていた工場は空襲に遭い、消失してしまいましたが、生き残った子達と新しい工場に移動することになりました。仕事にもだんだん慣れてきて心配はいりません。』

本当は、悲しさも、疲れも、少しの寂しさもあったけれど、そういうことは書かなかった。

お母さんはきっと、文字の端からでもそれを読み取ってしまうから。

最後に『身体に気をつけてください』と書いたところで、筆を置いた。

次に、春馬への手紙を広げる。

こちらは、少しだけ息を整えてから書き始めた。

何を書こうか、しばらく考える。

軍の検閲のことを思うと、余計なことは書けない。届かない場合もあるのだとか。

それでも、ただの事務的な文にするのも、少し違う気がした。

しばらく考えた末、私は筆先を紙に触れさせた。

『お変わりありませんか。こちらは皆、無事に過ごしております。』

まずは無難な一文。 これなら、誰が読んでも問題はない。

『仕事は忙しいですが、体調を崩すほどではありません。同じ年頃の子達も多く、互いに声を掛け合いながら働いています。』

本当のことだ。 辛い時もあるけれど、一人ではない。

一行、空ける。

ここから先は、少しだけ言葉を選ぶ必要がありそうだ。

『今日、みんなと工場の裏手で焼き芋をしました。小さなことですが、それがとても美味しかったです。』

今日の焼き芋のことが、ふと浮かぶ。

この先に続く言葉は、書いていいのか、書かない方がいいのか。

迷った末、短くまとめることにした。

『どうか、そちらもご自愛(じあい)ください。再びお手紙を書ける日を楽しみにしております。』

封筒に手紙を入れ、丁寧にのり付けをする。

宛名を書く手は、少しだけ震えたけれど、文字は崩さずに書けた。

ランプの火を落とすと、部屋は一気に夜の色に沈む。

窓の外では、虫の声が昼よりもはっきりと聞こえていた。

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