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第5話 僕に優しそうな警察官がついてくれた

 ゆさゆさと揺すられて、僕は目を覚ました。…なんかこの感じ、既視感が。


「どうしたの佐久間?ごはん中に寝るなんて。よっぽど疲れたかね?」

「…母さん。」


 一瞬嫌な予感がしたが、外れたようだ。どうやら夕飯中に戻ってきたらしい。相変わらずあの天使の巻き戻す時間は何とも言えないタイミングだな…。もっと夜中とかにしてくれないだろうか。


「食べれる?」

「うん、食べるよ。」


 と言いつつ、食卓の下でスマホを取り出す。今の日にちは…6月7日。

 良かった。計算通り、ちゃんと5日前に…


「いやダメじゃん!!」

「おぉ、今度はどしたよ。」


 もう僕はモジのお父さんと話した後じゃないか!?だって会話したのは学校終わりの放課後なのだから。こうしちゃいられない。


「ごめん母さん、今すぐ行かなきゃいけない!」

「え、ど、えぇ?」


 突然僕が出かける仕度をしだしたから、母さんは驚いたように箸を持ったまま立ち上がった。そんな母さんを無視し、僕は玄関の扉を開いて外に飛び出た。夜の街はじめっとして、街灯の光すらブレているように見えたが幸い雨は降っていない。足音がアスファルトに跳ね返るたび、自分の心臓の音と混ざって不安が膨らむ。こんな時間に外を駆け抜けるのは、自分だけかもしれない。

 近所のモジの家へと着くや否や、インターホンを鳴らした。流石にいるよな…モジのお父さん!


「…はぁ…はぁっ…まだか…?」


 足踏みをして返事を待つ。僕はいつどのタイミングでモジのお父さんが殺し屋に依頼したのかわからない。まずもって殺し屋に依頼したかどうかすら確証はない。ただ、何かしたのは絶対なんだ。


「はい?」

「あの、えっと、ぐっ、ゴホッ。」


 急いできたもんだから頭も回ってないし口も回らない。落ち着け、深呼吸を…


「…佐久間?」

「あ、う、うん。僕だ。」


 インターホン越しに聞こえた彼女の声は、えらく懐かしさを感じた。もう二度と、彼女の声を聞くことなんてない。そう思っていたからか名前を呼んでくれただけで泣きそうになる。


「どうしたのこんな夜中に。とりあえず待ってて。今行く。」


 インターホンが切れ、そこまで待たず玄関の扉が開いた。


「こんばんは、佐久間。息切らしちゃって。何の用?」


 目頭が熱くなる。生きてる、喋っている…!

 でもこのままではまだ彼女の死は確定してしまう。早く、話をしなければ。


「お父さんいるか?モジの。」

「いるよ。珍しく帰ってきてる。あぁそっか、なんで知ってるのかって思ったけどそういえば道端で話したんだっけ。」

「そうなんだ。その話の続きをちょっと、したくて。呼んでほしい。」

「それが急いできた理由?…なんだ、私の為じゃないんだ。ふーん。」


 ちょっと困らせてやろうと、妬けたふりしてモジは言ったのだろうが僕の目を見てすぐに何かを察したのかお父さんを呼んできてくれた。

 少し待つとお父さんがやってきた。モジはどうやら外してくれたようだ。


「はいはい、どうしたかな。佐久間君。」

「いきなりで申し訳ないんですけど、その。夕方話したことなんですが。」

「…外で話そうか。」


 数えるほどしか見たことない、モジのお父さんの優しい朗らかな表情は今夜だけは影に沈んで恐ろしく見えた。

 モジの家の先から少し歩いたあたりで、本題に入ってくれた。


「不安になって連れ出したが、もしかして勘違いだったかな。モジと君が交際する話だったり。」

「すみませんが、単刀直入に言わせてもらいます。…夕方あんなこと言った身で言える口じゃないと思いますが、奥さんを殺すことを、やめてください・」


 浮気に関連した話をすると予想していたんだろうが、その根底の言葉を持ち出されモジのお父さんは少し面食らったようだ。


「わ、私がそんなこと…するわけがないだろう。」

「詳しくは言えませんが…その日、モジのお母さんはいないんです。」

「なんだって?確かに聞いたぞ、家でくつろぐ…と…。まさか…!」


 うちの担任の先生が言っていた。モジの死体を最初に見たのはお母さんだって。どこか出かけていたんだ。もしかしたら浮気相手の所に、と嫌な想像をしてしまったがまさか本当にそうだとは…。モジのお母さん、優しそうに見えたのに。


「はい、多分…。想像の通りかと。」

「で、ではどうなる?依頼は失敗に終わるのか?」

「いえ、僕の憶測ですけど。その。」


 天使の存在を言えない以上、全て憶測になってしまうがもう時間が無い。


「モジが…家に帰っているかと。」

「なんだと…!!くっ!」


 モジのお父さんは一心不乱にスマホを取り出しどこかに電話をかけ出した。間に合わなかった…。どうやらすでに殺し屋に頼んでしまっていたようだ。でも今止めればなんとかなるかもしれない。

 まだ安心しきれない緊迫した心持ちの片隅に、失望の感情があった。

 …信じては、いたんだけどな…。


「私だ。先ほどの依頼、すぐに取りやめてほしい。金も払わない。…あぁ。………なんだと!?なぜうちの娘を…。言っただろ、金は払わないんだぞ!…おい、やめろ!私が悪かっ…た…。」

「…え?」


 お父さんは腕をだらんと、耳に当てていたスマホを下に落とし空を呆けた。静かな夜に、ツーツーと切れた電話の音が響く。


「どうしたんですか、ねぇ!」

「…私が頼んだ殺しのプロは金のためにやるような奴じゃなかった。人を殺すことに快楽を得ている…最低な奴だった!…クソッ、もう止められない…!」

「そんな…。で、でもモジをすぐに家から離せば。」

「無駄だ。アイツはどうやら私の娘の情報もどこからか手に入れてる。私の渡した妻の情報以外にな。どこへ逃げても殺しに来るだろう。…最初から、妻も娘も、殺す気だったんだ。」

「…嘘だろ。」


 その後、モジのお父さんはぶつぶつと何か独り言を言うと


「あ、あの。」

「…すまないけど、帰ってくれ。」


 とだけ僕に呟き、闇に消えていった。

 また救えないのか、僕は…!!モジとの大切な時間を犠牲にして…来たって言うのに!


「畜生…畜生!!」


 まるで運命が、彼女を殺しているようにさえ思えた。あまりにも大きな、どうしようもない力に解決しようがない力不足を嘆き倒れこんでしまう。


「僕が言わなければ!…いわなけれ…ばぁ…。」


 小さくなる声とは裏腹に、硬いアスファルトを殴る力は強まる。一度、二度。後悔を痛みに変換すると、三度目。何かやわらかいものが僕の手を受け止めた。


「はっ…。」

「ダメだぞ。そうやって…自身の体を痛めるのは。弱者だからと立ち止まっても、世界は振り向かない。」

「…ナツメ。」


 街灯に照らされた悪魔の少女が、僕の手をその似つかわしくない温かい手が止めていた。


「でももうダメだ…。殺し屋は止まらないんだ。知ってるんだろ、ナツメ。」

「あぁ、事情は空から見ていた。」

「僕にできることはもうない。…モジは、殺されるんだ。」


 また思い出を失って、過去に戻るか?

 嫌だ…いやだ。いやだいやだいやだ!もう…忘れたくない。巻き戻すたびに、彼女への強い好きという思いが薄れているのがわかった。…僕は何を、犠牲にしたんだ?

 顔は下がり、蹲る僕の背中に悪魔は手を置いてくれた。


「辛い、泣きたい。わかる。…またも天使はとてつもない畜生の所業をやってのけた。腸が煮えくり返る。でもサクマ、やはりここで止まっている場合じゃない。」

「じゃあどうするんだよ、僕は何したらいい!」

「それは…。」

「僕が考える事か?あぁそうだろうよ!」


 だって…。


「だってモジを殺したのは僕だもんな!!」

「サクマ…。」


 僕が悪いんだ。僕が殺したんだ。モジは死ぬんだ、軽はずみな言葉をかけた僕のせいで。


「ナツメ、ほっといてくれ。もう…僕は立ち上がれない。」

「…許せ。」

「なっ!?」


 己への怒りで上がった首をまた下げようとしたその時、頬に何かが触れた。

 ナツメの唇、悪魔のキスだった。


「…なに、を?」

「人は驚くと冷静になるという。」

「そりゃまぁ…驚いたけども。」


 ドキドキと胸がうるさい。…ナツメはよく見なくても美少女だ。こんな子にキスをされて、高ぶらない男はいないだろう。いや待て。


「待て待て、僕はモジ一筋だぞ。」

「ふん、わかっている。それに悪魔は人間に興味などない。」

「あぁそう…。」

「しかし、サクマもわかっているではないか。」

「え?」

「モジ一筋。ならば…まだ彼女は生きているというのに、死にゆく時をただ待つのか?」

「!」


 そうだ、そうじゃないか。まだモジは死んでいない。生きているんだ。殺し屋が何だ、所詮人だろう。僕は悪魔とも天使とも過ごしている。今さら人一人、止めてやる。


「モジが殺されるのは6月9日、まだ時間はある。」

「ならば明日、警察に駆け込め。子供の戯言と取られるかもしれないが…熱心に頼めばもしかしたら誰か一人は耳を傾けてくれるかもしれない。」

「だな。ナツメありがとう。ナツメがいなきゃ…諦めてた。」

「決めたのはサクマだ。それに…私は悪魔としてお前自身に考えさせなければいけないのに、結局ほとんど手助けしてしまった。悪魔失格だ。」

「ははっ、今さらかよ。」


 …笑顔、いつぶりにその仕草をしたんだろ。


「立て、サクマ。共に帰ろう。」

「おう。」


 その日は家に帰り、母さんに謝った。そのままやることをやり、ベッドに横になる。寝れたもんじゃないが、そのせいで明日何もできなくなっては本末転倒。無理矢理にでも寝よう。


「やはり添い寝を。」

「良いってば!」



 ・・・


 6月8日


 学校からの帰り道、警察署へと足を運んだ。この近くには交番はなく、少し大きな警察署しかない。

 自動ドアが開くと、蛍光灯の白い光がやけに冷たく目に刺さる。奥では電話のベルが鳴り、紙をめくる音やキーボードを叩く音が絶えず聞こえてくる。制服の警官が数人、忙しそうに資料を抱えて廊下を行き交っていた。

 場違いな場所に踏み込んだ感覚に、足の裏がじんわりと汗ばんでくる。

 緊張はもちろんしている。だが幼馴染のためだ。

 入ってすぐに、若い学生一人で違和感を持ったのか警官が話しかけてきてくれた。とは言え、帽子をかぶっていたりはせず、スーツだった。


「どうかしたのか?君。」

「はい。実は友達が…殺し屋に狙われていて。」


 こんな話、僕が警察側でも笑って家に帰すだろう。荒唐無稽が過ぎる。

 でも時間が無い以上、素直に伝えるのが一番早い。そう考えたのだが…現実は甘くなかった。


「はっはっは、小説の読みすぎだよ君。その友達にだって失礼だ。ほら、もう帰りなさい。」

「ほ、本当なんです!嘘じゃありません!友達が……モジが、殺し屋に…。」

「ふぅむ…。でもねぇ、まだ起きていない殺人事件に手を割けるほど警察も暇じゃないんだ。良かったらほら、生活安全課にでも相談してみてくれ。安心はできるよ。」


 そんな課に行ってもどうせ対応はかわらない。かと言って素直に言っても機嫌を損ねるだけだ。もどかしい…。

 言い淀んでいると、警官の人も飽きて来たのか。


「それじゃあね。さっきも言ったけど、暇じゃないから。」

「…すいません。」


 やっぱり、何も考えず直球勝負はダメだったか。どうする、このままじゃモジが…。


「ねぇ君。今の話、詳しく聞かせてくれないかい?」

「え?」


 背中を叩かれ、後ろを振り向くとそこにいたのは真面目そうなお兄さんだった。



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