第1話 僕には誰よりも大切な幼馴染がいた
1話目のインパクトは弱めです
晴天の朝、電線に並んだ雀がちゅんちゅん鳴き、道端の紫陽花は、昨夜の雨をまだ花弁に残していた。映画やアニメ、小説や漫画で見れば涙がこぼれ落ちそうなほどには絶景の景色。ただ日常と化してしまった今では、何も感じない。見慣れた風景には感情が湧かない。なんなら「もう少し曇りがあった方が涼しいんだけどな」なんてお天道様に悪態をつくんだから、僕、浅宮佐久間には罰が当たってもおかしくない。『慣れ』なんてもの、なかったら人間はもっと幸せに生きていけるのかな。
「おっはよ!佐久間!」
「おうっ!?相変わらずだな…朝から激突してくるのは。おはよう。」
「えへへ~。元気が有り余ってて!」
「常に余ってるくせに。」
登校路を歩く僕に突撃してきたのは幼馴染の野山モジ。近所に住んでいるため、朝は一緒に登校している。小学生からの変わらない日常だ。
めちゃくちゃ似合う制服姿でこれまた見慣れた黒髪ショートヘア。
そして変わらない小さな胸。
「どこ見てんの?」
「不変。」
「どういう意味よ。」
「そういえば今日の一時間目はテストがあるらしいぞ。」
「ないよ。昨日確認した。」
「がり勉め…。」
モジは優等生だった。勉強はできるし運動はできるし。友好関係も良好。彼女がため息をつくときと言えば、お気に入りのBLTサンドイッチが購買に仕入れられてなかった日くらいだろう。あぁそうだ。丁度目の前で奪われた日はそれはもう特大のため息だったっけ。
「ふふん。学年一桁キープしないとお小遣い減っちゃうからね。」
「今何円だっけ?」
「月に一万円。高校生に上がってから二倍になったんだ。」
「太っ腹だね、モジのお父さん。」
「社長さんだからね。おかげで忙しくて、中々会えないんだけど。」
少し寂し気な表情を見せるモジ。いつもは元気な笑顔からの暗い苦笑い。そんな表情も好きだ。
…そう。僕は野山モジが好きだ。恋愛的に。幼馴染歴、小学一年生から現在高校一年生までの約10年間。僕は彼女が大好きだった。それはもう、表面張力なんか軽々突破できるくらいには。
問題は10年の月日、猛アピールをしているというのに一切振り向いてくれないことにある。小学生まで、『コイツ鈍感すぎる』と思っていたが流石にここまで来ると僕が悪い気がしてきている。
「僕は…確か三度しか会ったことないな。いつもモジのお母さんにしか会えない。」
「三回もあってるなんて、私の大親友ですら会ったことないよ。流石だね、佐久間。私との関係一番長いだけあるよ。」
私との関係…!?いったい僕らはいつからそんな関係に…。
待て待て。これはいつものことだ。彼女の思わせぶりレベルはカンストしている。何度惑わされたか…。おかげでモジへの恋愛感情は高まるばかりだ。
・・・
1-1組。僕とモジのクラスだ。
「じゃね、佐久間。」
「おう。」
同じクラスになることくらい、僕らの運命力ならばどうということはない。一回中学二年生の時、別々になった。あの一年、本気で先生に席替えではなくクラス替えを申し込んだっけ。
「おはよ。佐久間。」
「おはよう。翔。」
気さくなこの男は僕の高校からの友。羽島翔だ。最初に言っておこう。こいつはモテる。顔は良いし声は良いし。要するに、イケメンだ。
なんで平凡な僕なんかと友達になってくれたのか、話しかけられたその瞬間にわかった。
「あぁ…今日も野山さんと登校。早く付き合わないと俺が奪うよ?」
「あげねぇ。僕のだ。」
「なら早く告白しなよ…。」
モジのことが好きだったらしい。一目惚れだとか。こっちは10年ぞ。負けられっか。最初、『野山モジさんと幼馴染なのかい?なんとか俺と彼女を近づける手伝いを』なんて言われた暁にはそのイケメン面を僕と同レベルに落としてやろうかと目論んだ。もちろんやめた。僕が心の内を明かすと、逆に応援してくれるようになった。
でも僕は怪しんでいる。隙を狙って好きを狙っていると!!
「佐久間、昨日EINで送ったやつ。役立った?」
EINとは、要するにラ○ン。そう、ライ○である。
「あー…あれ。なんだったんだ?あの数字の羅列。」
「6月7日の数学で出てた課題の答え。」
「はーん…。」
ふと流れるように黒板右寄りの日付を確認。
『6月7日・月曜日』。
「!?」
「一時間目は数学だよ~。」
「なんで教えてくれないんだよ!?」
「なんで覚えてないんだよ。」
「ぐっ、がっ、ぎぃ…!!」
「何ギガスだお前は。」
今は正論を聞いている場合じゃない。すぐにノートを開けば確かにぐちゃぐちゃな『6/7(月)・数学課題忘れるな』のメモが。
どの口が命令してんだ!
翔が送ってくれた答えを映し出したスマホを横に、筆記用具を取り出して必死に移した。結果、なんとかなった。この先のテストに関しては…まぁ未来の僕がなんとかしてくれるだろう。
・・・
お昼時、基本は一人で食べている。別に一緒に食べる相手がいないわけではない。断じて。翔以外にも友人はもちろんいる。僕が一人なのはこの《《場所》》の為だ。
「相変わらず、人いないな…。」
うちの学校は珍しく、屋上が解放されていた。流石に高いフェンスがあるが、登れないほどではない。けれども生徒が来ることはほとんどなかった。そこまで長いわけでもないお昼時間を潰し、わざわざ階段を昇って屋上まで来るのは足腰的に辛いものもある。なので、ここでバカ真面目に毎日お昼を食べにくるの僕と…
「よ、ギリギリ提出君。」
「両手にパンか。クラスのマドンナが泣くぜ、モジ。」
モジくらいだろう。
登校路の道をなんとなく覚えてきた頃、屋上でお昼ご飯を食べてみようとふと思い立ち、来てみたんだ。学生として一度はやってみたいことランキング上位。『屋上お昼』。ロマンのまま来てみれば、なるほど。衛生面はそこまで良くない、フェンスのせいで街並みの景色はろくに見えないし、想像より狭い。
しかしまぁ、せっかく来たので購買で買ったパンを食べていたら、モジが来たんだ。身内がいて安心したのか、晴天の青空なんかより眩しい笑顔を向けてきたことをよく覚えている。心臓が飛び出るかと思ったからだ。その日以降、何か約束をしているわけでもないのに、僕らはここでお昼を共にしている。
「ん、ん~…。」
「寝不足か?」
「なんだろ。運動しすぎかな。筋肉痛もどきがある。」
「何をそんな運動……部活か。」
「そそ。バスケって体力使うんだよ?」
「万年文化部の僕にはわからんな。」
「陰キャ。」
「おう言って良いことと悪いことがあるって教えてやろうか、あ?」
「なはは、怒った。」
「…怒るわけないだろ、こんなちっさいことで。」
「だよねぇ。」
冗談を冗談と流してくれて、本気な話は本気で受け止めてくれる。モジはそんなやつだ。ただ一つ、『告白事』という例外を除いて。
「ここ、風が気持ちいいよね。」
「あぁ、それは僕も思う。」
ほとんどの好きな物、嫌いな物が僕らは被っていた。共通点を作りに行っているわけではない、ないのに。
「…モジ、好きだ。」
「はいはい。ありがと。」
この感情だけは、共通しない。
どうしてこれだけ…冗談と、判断するんだ。
・・・
夕暮れは人影もなく、濡れた土の匂いと、遠くの蛙の声だけが漂っていた。下校は基本一人。モジは部活で遅くなるんだ。朝は隣にいる人間がいないというだけで登校路は別の街へと移り変わったように見えた。彼女のことを見すぎ、ということなんだろうな。もうフラれても良いから本気で受け取ってくれないかな…。
「ダメだ、フラれたら死ぬ。包み隠してた愛が爆発する、爆死だ。」
くだらない独り言で下校の隙間を埋めていると、ふとなんだか見覚えのある男性が電信柱付近にしゃがみ、何かを探していた。
「どうかしましたか?」
「あ、申しわけない…ここら辺に眼鏡は落ちていないかな。」
言われて周りを見ると…
「…頭の上にありますよ。」
「え!…あぁ本当だ。あっはっは!すまないねぇ。」
カチャりと、眼鏡を降ろした男性の顔を見てようやく見覚えの正体に気付いた。
「モジのお父さんじゃないですか。」
「ん?君は…佐久間君か!懐かしい、中学生ぶりじゃないかい?」
その後、久しぶりに雑談でも。ということで近くの公園に寄った。ベンチに座る前、モジのお父さんは自販機で冷たいコーヒーを買ってくれた。ちなみにお父さんは飲料水だった。
「すいません、飲み物もらっちゃって。」
「良いさ、私がモジを見てない分、君が見てくれているからね。そのお礼だよ。」
好きな人といるだけでコーヒーがもらえるなんて。僕は前世にどれだけの善行を積んだんだ。
「それでも申し訳ないですけどね…。ありがとうございます。」
「本当、モジは幸せ者だよ。君の様な青年と友人だなんて。私としては、佐久間君とモジが交際してくれたらどれだけ嬉しいか。」
願ってもないんですけど。先に親公認とかある?
「そんな!僕にはもったいないです、モジは可愛くて…頭も良い優等生で。」
「私は佐久間君も同じくらい、素晴らしい人間だと思うよ。」
「はは…そんな。大げさですよ。それにモジのことはモジのお母さんも見てくれてますし。」
「ふぅ…どうだかね。うちの家内は、モジを見てくれているんだかどうなんだか…。」
「どういうことですか?」
「佐久間君だから、言ってしまうが…。うちの、どうやら浮気をしているようでね。このことはモジには内密にしてほしいんだが。」
「え、あ…は、はい。もちろんです…けど。」
突拍子もない秘密に、思わず手に持ったコーヒーを落としそうになってしまった。
「ふっ、少し子供には残酷だったかな。」
「…確定、なんですか。」
「あぁ。そういうのを調べてくれる場所に任せてみてね。…色々わかったよ。すごいね、プロというものは。妻が嘘をついて出かけた日、何をしていたかだとか。私のカードを使って何を購入していたかなんかも大体わかってしまった。もはや感心してしまったよ。よくここまで隠せたなと。」
「…。」
僕は何も言えなかった。何を言えばわからなかったということもあるが、同時に一つのある疑問が頭から離れなかった。…なんでこの人、そんな平然としゃべっていられるんだ?自分の愛する人が浮気してるなんて…もっと怒ったりして良いんじゃないのか?
「あ、あの…。いいんですか。」
「うん。まぁ、私も悪いからね。家族の事をほったらかしていたのは事実だ。仕方ない…んじゃないかな。とりあえずモジが成人するまでは黙認を…
「そんなの、ダメですよ!!」
思わず立ち上がっていた。なんだ、僕は何をこんな感情的になってる?
「モジが言ってたんです。私のお父さんとお母さんは、離れちゃってるけど愛しはあってるはずだって。」
「佐久間君…。」
「それは私の事を、二人とも好きだから。そう言ってました。…僕はあの時の彼女の照れくさそうな笑顔をそのままにしたい。……成人して、このことを知れば…落ち込みます。このままにしちゃ、ダメですよ。」
「………。」
そうか。彼女の事だから、モジの事だからだ。昔からそうだった。僕はモジのことになると、周りが見えなくなるところがある。大切な、大好きな、幼馴染だから。
「…そう、だね。佐久間君の言う通りだ。…このままにしては、いけない。」
「…はい。」
「ありがとう。決心がついた。話してみるよ。」
「っ!!ありがとうございます!…あと、すいません。部外者がこんなこと。」
「いや、私は感謝しているよ。背中を蹴飛ばされたような気分さ。」
「なんかそれはそれで申し訳ないんですけど。」
「ははは。もう暗い、家まで送ろうじゃないか。」
「はい。」
家が近いので、また来た道を戻り僕とモジのお父さんは帰路についた。モジのお父さんはああ言ってくれたけど、出過ぎた真似だったよなぁ…。
これで家庭が崩れたらどうしよう…。いや、きっと大丈夫だ。
モジのお父さんは冷静で、かっこいい人なんだから。大人を信じるべき!
そうだろう。
「それじゃあここで。今後とも、モジを任せるよ。」
「はい!」
ふと気になった、帰り際に見たお父さんの顔。
暗く、少し怖い顔。…きっともう日が暮れたからだろうと、その時は思っていた。
二日後の6月9日。モジが首を吊って自殺した。




