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第12話 僕には正常な判断が足らなかった


 意識が覚醒すると、僕は思い切り起き上がった。カーテンの隙間から差し込む朝の光が、やけにまぶしく目に突き刺さるいつだ今は。場所は…自分の部屋。時間は6月10日のぴったり7時だった。


「時間がない…うっ。」


 ぐらつく視界。襲い掛かる眠気。睡眠が足りてないのもあるが、純粋にもう精神的に限界が来てもいる。…でもここで登校しなきゃ、モジを救えない…。

 僕の様子を見て、家に引き止める母さんを無視し僕は登校路を歩んだ。いつもの登校路にモジはいなく、学校に向かったようだった。


「…まぁ、そうか。家で待つ理由もない。」


 すでにスマホには不在着信が数件。僕が遅刻すると判断したんだろう。…それに家に留まるのも、辛かっただろう。


「とにかく…ふぅ。ゆっくり行こう。これだけ早く出れば遅刻はない。少しでも、休め。」


 重たい体に鞭打って一歩ずつ、そう遠くない学校までの道のりを歩いた。



 ・・・



 靴を履き替え、教室へと向かう。この時間…もしかしたらすでに。


「急げ…僕…!」


 周りの目なんて気にせず、息を切らしながら階段を昇った。その先の廊下、何か誰かが叫んでいる声が聞こえて来た。やっぱりか。


「モジちゃんのせいよ!私の家族が…もう、ぐちゃぐちゃなの!!」

「ご、ごめんってば。謝ってるじゃん。」

「そんな心のこもってないごめん求めてない!あーもう…一生恨むから!」


 教室前、廊下の真ん中でモジと古井が喧嘩しているのが見えた。

 止めるんだ、とにかく!


「嫌い、あんたなんて!」

「っ!」


 古井が拳を振り上げたのと同時に、僕は間に割って入れた。


「な…浅宮…君?」

「佐久間!」

「やめろよ、古井。僕の幼馴染に、手上げるな。」

「あ、あんた…。何よ、何も知らないくせに!割って入らないでよ!」

「知ってるさ。モジのお父さんが自首したから、お前の親がリストラされたんだろ?不運だったよな、同情する。」

「なんで知って…。」

「でもモジは悪くないだろ。モジが何かしたのか、お前の親の件に関係あるのかよ。」

「うっ…ううううう!!!もう良い!しらない!」


 古井は顔を真っ赤にして、野次馬の中を蹴散らす勢いで逃げていった。

 これでまず1つ。…で、僕が来たからこれで2つ。あとはアレを解決すればモジは死なないはずだ。


「あ、奈津!」

「行くな、モジ。」

「佐久間…。」

「あんなやつ…モジの友達なんかじゃない。」

「え…。」

「だって関係ないモジに八つ当たりしてんだぞ。このままほったらかしとけばいじめてくるぞアイツ。」

「そ、そんなことない!」

「あるんだよ!」


 思わず声を荒げてしまった。たまりにたまった繰り返しの日々と疲労。このまま彼女を救えないかもしれない未来への恐怖が、混合してしまった。


「お、大きな声出さないでよ。」

「…とにかく、今後一切古井に関わらない方がいい。あっちからなんかあったら呼んでくれ。守るから。辛いのはモジも同じなのに、自分だけがしんどいと思うなよ。両親もろとも崩壊してけばいいんだ、クズが。」


 パン!!!


 乾いた音が廊下に響き、周囲のざわめきが一瞬凍りついた。頬を叩かれた衝撃が脳を揺らす。誰に叩かれた?


 …モジが?


「…なん、で。」

「私の親友を悪く言わないでよ!バカ!…もう…もう佐久間なんて知らない!」

「あ…。」


 モジは少し涙をためて、教室へ走っていった。そのまま彼女は席に座り、顔を隠すように机に突っ伏した。


「おいおい、どうした佐久間。今のは酷かったぞ。お前らしくない。」


 放心していると、肩に翔が手を置いて声をかけてくれたが、僕の耳には何も聞こえてなかった。ただ3つの要因の最後の1つ。それだけを考えていた。


「だ、ダメだ。まだあと一つ残ってる。」

「はぁ?」


 僕は翔を振りほどいて突っ伏したモジの所へと走って行った。


「モジ!」

「なに…。顔見たくない。」

「お前の母親、いなくなったんじゃないのか?」


 そう言った途端、顔を見たくないと言ったモジが勢いよく顔を上げて僕と目を合わせる。驚いて、丸くなった目は泣いていた。


「…なんで知ってるの?」

「困ったらうちに来ればいい。その間に僕がなんとかしとくから、安心して…

「気持ち悪い。」

「…あ…?」

「キモいって言ったの。…なんで…誰にも言ってない…。メールも、留守電もしてない。なんで?なんでなんで…。」

「も、モジ…。」

「やめて!」


 手を置こうとして、振りほどかれてしまった。そんな強い力じゃなかったのに、痛かった。


「もう私に構わないでよ…浅宮君。消えて。…関わらないで。」

「………。」


 何が何だかわからないまま、僕は席に座った。ようやく事がすべて終わったと思ったのか他のみんなもぞくぞくと教室に入ってきた。

 何を間違えたんだ…?何を?3つ…だよな。


 僕が学校に来なかった。来たから問題ないよな?

 モジがいじめられた。…止めた、よな?

 母親の件…頼ってくれと言ったのにどうして…。どうして?


 その日、授業が終わるまで誰も僕に声をかけてはくれなかった。僕も一声も発さなかった。なんだかドラマを見ているような、自分は第三者の様な感覚を覚えた。


 ・・・



 放心状態のまま家に帰ると、ナツメがベッドに座って待っていた。何も言わず、僕を見た瞬間手を広げてくれた。


「…ナツメ。」

「何も言うな。…来い。」


 言われた通り、僕は、何も言わず、ナツメの胸の中に飛び込んだ。ナツメの服から漂う柔らかな香りが、胸の奥をさらにかき乱した。セーブされていた涙が、崩壊したダムのように流れ出す。


「うっ…うわぁあああああ。あ、ああああああ!!!」

「…部屋を静寂に包んだ。いくらでも泣け。話はその後だ。」


 泣いて、泣きまくって。涙で何も見えなくなったが、それは今に至る話じゃない。焦りすぎたんだ。モジを救うことを。少しでも休んでから冷静に…救うべきだった。古井を貶さずあの二人を和解させればよかったんだ。モジの唯一無二は僕だけじゃない、古井もなんだから。知ってたはずなのに。

 母親の件もだ。例え幼馴染とは言え、家族の話はデリケートなもの。それをあんな取ってつけたように乱暴に話せば…キモい。正に、だ。

 落ち着いたら…また泣いて。そんなのを繰り返していたら眠気が一気に襲ってきて僕は瞼を閉じた。


 目を覚ますと、何度目かの深夜。すぐ隣を見ると、ナツメが心地よさそうに眠っていた。悪魔も睡眠とるんだな。


「…てかほんとに添い寝してるし。」

「んむ、起きた…か。ふわぁ…。もう起きれるか?」

「あぁ、なんか…全部どうでもよくなった。」

「野山モジを救う事もか?」

「……いや、それは絶対諦めない。今までのことを無駄にはしたくない。」


 ここまでの苦労を諦めるには、あまりにも重たい決断だ。それほどに背負ってきた重しは僕を今にも潰しそうだった。

 僕が起き上がると、ナツメも同じように起き上がった。一度眠気を取ったからか、頭はすっきりした。すっきりした頭で自分がやってしまった事の重大さを自覚する。

 ……モジに、酷いことを言って、言わせてしまった。全部僕の責任だ。謝って許してくれるかはわからないけど…言葉にすることは大切だよな。


「カップ麺食べるか?」

「…良い。今は食欲ない。」

「なら睡眠欲…眠ったからないか。人間はあと何を欲するんだったか。」


 ナツメはどこからか手帳をぽんと出し、ぱらぱらとめくった。メモとかするんだな…。面白いので、最後の一つは教えないで眺めてみることにした。


「あ、あったあった。人間の三大欲求。食欲と…睡眠欲と………。」

「ん?どうかした?」

「…こ、これは、そ、その。」


 たじたじと慌てるナツメを見ていると、もっといじめたくなってしまう。


「ナツメが最後の、なんとかしてくれるの?」

「う、あ、う…。」

「ははっ、冗談だよ。大丈夫。」


 大丈夫、まだ、僕はモジの事が好きだ。…まだ。


「か、からかうな!」

「ごめんってば。…スマホ確認しとくか。」


 スマホを開くと通知が一件だけ。翔からだった。


『モジちゃん怒ってたぞ~。明日ちゃんと謝るんだな。でもまぁ、明日になったらアイツも落ち着くって言ったんだけど絶対許さないって頬膨らませながら言ってたぜw』


 w、じゃないんだよ…。そんな簡単な話ではないんだ。僕が笑うと、顔を真っ赤にしていたナツメは気になったのかスマホを覗き込もうとしてきたので、画面を向けてやった。


「…ん?野山モジ、生きているんじゃないか?」

「……本当だ。」


 ナツメに言われて気づいた。そうだ、本来ならモジは今日の13時に自殺している。

 …あれだけ追い詰めてしまったのに、なぜ?


「後悔、かもしれないな。」

「後悔?」

「あぁ。野山モジの心の端でサクマに暴言を吐いてしまったことを悔やんでいるのかもしれない。それに空から見ていたが、サクマは乱暴に言ってしまっていたが、言葉自体は野山モジを想っての事だ。その後悔があるから、自殺しようという気にはならないんじゃないか?」

「…ちょっと都合よく考えすぎてない?」

「ならば明日聞けばいいじゃないか。」

「それはできないだろ…。」

「喧嘩中だからか。」

「そうだ。」

「ふぅむ…人は面倒だな。」


 …悪魔同士は喧嘩しないのか?そもそもナツメ以外の悪魔がいるか微妙なところだが。


「なぁナツメ。」

「なんだ。」

「ナツメは僕の事好きか?」

「……は?」

「気になっただけだ。」


 ナツメは天使を憎んでいるから手を貸すと言ったが、この所明らかに僕と関われることを喜んでいる節がある。まさか恋愛的にとは思ってない。ただ人の種族、その一人を友人として思ってくれているのか。それが聞きたかった。


「す、好きだぞ。もちろん。」

「…そっか。」

「なんなのだ一体?」

「気にしないでくれ。」


 …悪魔も、もしかしたら代償を渡せば契約できるんじゃないかと考えて振り払った。これ以上何かを失う訳にはいかない。

 だが…これだけは何とかしてほしい。


「ナツメ、お願い、いや契約だ。」

「何…?」

「明日の朝、僕の眠気を飛ばしてくれないか。変に巻き戻りを繰り返してるせいで立派に昼夜逆転してる。このままじゃ正常な判断をできず、モジに会うことになる。それだけは避けたい。それとも、できないか?」

「できる。できるが…。契約ってほどでもないぞ。カップ麵のお湯を出したりしてるだろう。」

「え、無料タダでやってくれるのか?」


 カナエとの関わりのせいで僕からのお願いは何か代償が必要なのかと思ったが、どうやらそういう訳でもないらしい。


「眠気を飛ばすのと時間を巻き戻すのでは全く違うだろう。だから良い。」

「えぇ…なんか申し訳ないし後々弱音握られたらいやだな。」

「そんなこと私がするか!…どうしても不意に堕ちないのならば、少し目を瞑れ。」

「え、怖い。」

「痛いことはしない。」


 …まぁナツメならそんなことしないとわかってはいる。そのうえで、僕は目を閉じた。本来悪魔の前で目を閉じるなんて、一瞬で死にそうな行為だけど。


 ちゅっ


「……もう良いぞ。」

「ナツメ今。」

「私はもう帰る。約束通り、明日の朝の眠気は飛ばしてやるからな。」

「ねぇナツメ今キ…。」

「さらばだ!」


 ナツメは恥ずかしそうに逃げ帰っていった。いや、逃げ消えた?

 でもあの口に何か触れたやわらかい感触…唇、だったよな。


「…まさかアイツの好きって。」


 ……そんなわけ、ない…よな?

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