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第10話 僕には最高の相棒と親友が残っていた


 街灯の光が長い影を引きずる校庭。風がざわりと木の葉を揺らし、沈黙をさらに重くしていた。 夜の学校は当たり前だけど、暗かった。ただその暗さには幻想的だとか青春だとか、そんな甘えた様子は一切ない。まだまだ、地獄は始まったばかりという戦慄のフィルターが学校にはかかっていた。施錠された校門の奥。校舎の壁の、真下。黄色いビニールテープで囲まれている。どうやら勘違いでも夢でもないようだ。


「翔!」

「…よぉ。」


 翔は校門前に背中を預けて地べたに座っていた。文字通りでは元気そうに見える返事だが、声のトーンと下がりきった視線が翔の絶望を物語ってる。肩は落ち、膝は抱えるように曲げられ、月明かりが顔をうっすら照らす。表情は硬直し、視線は地面のどこにも定まらない


「説明してくれ。…メンタルやられてるのはわかる。ただなんでそうなったか教えてもらわなきゃ、慰めようがない。」

「はは…適当な言葉をかけないあたり、お前らしいよ。…モジちゃん、守ったんだってな。殺し屋から。」

「あ、あぁ…。その話はもう聞いてるのか。」

「モジちゃんの家の近くに住んでるのはお前だけでもないってことよ。見た奴がいたんだろう。どこからか噂が独り歩きしてきて知ったんだ。…素直に尊敬したぜ。好きな人を守れるなんて、早々できる事でもないしやろうとしてもタイミングがねぇからな。」

「できることなら何事もなく生きてて欲しいけどな。」


 だけど、モジは死んだ。今度は正真正銘の自殺?それとも誰かの手による他殺?また僕は犯人探しを、対策を練らなきゃいけないのか…?


「だが…俺はどうやらヒーローじゃなかった。時間を戻せるのなら、今日の朝に戻りたい。」

「……。何があったんだ。」


 そこから翔は、思い出すようにぽつぽつと今日の、僕が寝ていた時に起きたことを話してくれた。


「モジちゃんはあんなことがあっても登校してきたよ。ただお前がいなくて寂しそうで…落ち込んでた。あんなに笑顔のないモジちゃんは初めて見たな。…で、教室に入った、そこまではいつも通りだったんだ。突然、古井のやつがモジちゃんに掴みかかったんだよ。」

「古井…。古井美奈か?」


 あいつはモジの親友だったはずだ。


「モジちゃんは慌てた様子で、一度教室を出て話そうってなだめてた。古井も同意して二人とも廊下に出たよ。その時はなんか喧嘩でもしたのかなって、気にしてなかった。…一時間目が始まる前、戻って来たんだ二人。モジちゃんはやっぱり落ち込んでて。古井は睨みつけてた。」


 喧嘩理由はわからない、か。


「それで?」

「そこからだ。授業が終わるたび、古井があからさまにモジちゃんをいじめだした。机を蹴ったのが最初だったかな。筆箱奪って窓から投げたり、三時間目の体育終わり、制服隠したりな。…周りは止めなかった。止められなかったのかもしれない。モジちゃんが抵抗しなかったから。」

「…まだ6月。他の友達もいないか。」

「あぁ。逆にグループができてなくてよかったとも言える。一対一だからまだ良かったけど、複数対一なら…いや言い訳だ。なんでもない。」


 助けたのに、とでも言うのか。翔。


「そのまま昼休みになってモジちゃんは逃げた。屋上に。…12時45分。五時間目が始まるとき、モジちゃんは帰ってこなかった。」


 そこから、翔の顔が真っ青になって行くのが夜中でもわかった。肩に手を置いて、落ち着かせる。


「…どうしたんだろって、窓の外見たんだよ。そしたら…落ちてきたんだ。丁度、視界に…映ったんだ。」

「……誰かが突き落としたとかじゃないんだな?」

「警察の話じゃな。」

「…わかった。もう話さなくていい。ちなみにモジが落ちた時間は覚えてるか。」

「みんなパニックになって…教室に叫び声が…。だから、よく覚えてない。覚えてないけど、落ち着いて、見たのは13時30分だった。多分、13時…丁度とかじゃないか。すまん、憶測で。」


 すぐにポケットからスマホを取り出す。モジとのあのEIN、時間は…


「…13:00。」

「どうした?」

「見てくれ、モジにメールを送ったんだ。」


 僕が何に驚いているのか、翔もメールをみて気づいたようだ。


「…まさか、この後に。」

「多分な。…気づけなかった。」


 顔を見ればわかった。電話すれば声色で気づけた。

 言葉だけじゃ…わからなかった…!!


「また、また僕のせいでモジは…。」

「何言ってんだ。俺が悪いんだ。今回は。…一番近くにいたのに、気づけなかった。こんなに自分の事が嫌いになったのは…生まれて初めてだよ。ははは…。」


 乾いた笑いと共に、何もかもを諦めたような吐息交じりの後悔が吐き出された。


「それで自殺しようとしたのか、お前も。」

「…その気だったけどな。やめたよ。柵を乗り越えようとして…お前から電話が来たんだ。ハッとしたぜ。ありがとうな。」

「ならあんな不安になるような文面止めてくれ…。」

「なに?……はっ、これは酷い。悪かった。」


 心からではなくとも、翔は笑った。少し僕は落ち着けた。

 翔はすでに何もかもを諦めたようだが、僕は違う。

 僕は巻き戻れる。時間を遡れる。ここでくじけちゃ…一回目の、殺し屋をなんとかした努力も意味を無くす。


「明日とりあえず話を聞くか…古井に。」

「何を?今さら何したって、帰ってこないぞ、モジちゃんは。…てかお前、モジちゃんが死んだってのに涙一つ流してなくないか?」

「…ショック過ぎて、一周回った。」

「ふっ、なんじゃそりゃ。…ま、わからんくもないか。」


 冗談のように言ったが、冗談じゃない。…僕はもう慣れてしまっている。悲しさよりまたか、と面倒を感じてしまっていた。幼馴染の死に。

 助けられるから、まだ救えるはずと。

 ゲームのように何度も、永遠に巻き戻れるわけではないというのに。


「…あそこか。モジが、落ちたの。」

「あぁ。警察と救急車が一気にきて…モジちゃんはすぐに持ってかれちまった。血もブルーシートで隠されて。…誰かが言ったんだ、『ドラマみたい』って。…モジちゃんの身が、そんな言葉で送られて…俺は悔しかったよ。」

「…とりあえず翔。今日は帰ろう。家まで送る。…それで、悪いんだが明日。絶対来てくれないか。学校。」

「酷い奴だな、友よ。…だがそんな友の頼みだ、行くさ。古井とのいざこざも知りたくはある…。だからって何になるって話だけどな。」

「助かる。」


 なんとかできるんだよ、翔。一人じゃきっと一日で手に入れられる情報なんて限られてる。二人で集めれば、きっとすぐモジと古井の喧嘩理由。そして…これは勝手な予想だけど、モジが自殺した理由は多分、古井のいじめ以外にある気がする。

 翔を家に送る途中に、送って来たメールについてまだ気になったことがあったので聞いた。


「そういや翔、お前メールで『いじめ以外にも追い詰められてた』とか言ってたろ。あれどういうことだ?」

「あぁ、それは…一回声かけはしたんだよ。大丈夫かって。そしたらモジちゃん無理矢理作ったような笑顔で『これはね』って。…その時な何のことかわからなかったけど、自殺した今なら…別の何かがあったんじゃないかって思ったんだ。」


 これはね…か。


「確かに、その言い方だともう一つありそうだな。」

「だろ。…明日、解明しよう。モジちゃんの死をただただ見送るだけじゃかわいそうだもんな。佐久間もそう思ったんだろ?」

「…まぁな。」


 翔を送り、家に帰る頃には時計の針は5時を示していた。散々寝たから、まだ動ける。落ち着いて考えよう、モジが自殺した理由。

 部屋の扉を音のならないようゆっくり開けると、電気がついていた。慌てて出たから消し忘れたのかなと思ったら…


「ナツメ。」

「おかえり、サクマ。」


 ナツメが座って待っていた。


「…お前カップ麺食ったな?」

「うっ…。い、いや。伸びたら悪くなるから、食べてやったんだ。」


 空のカップ麺の前に座って説明してくるが、そこまで時間も経ってないだろ…。


「ほ、ほら。お腹空いてると思って一応もう一つあるんだ。」

「それならそうと早く言え。やっぱナツメは最高だな。」


 さらりと、常套句のように言ったがナツメは何故か食いついた。


「そ、そうか?私は最高か?」

「お、おう。いい意味で悪魔らしくないよ。」

「ふふふ…。悪魔らしくない、か。」


 種族否定されて喜ぶのなんて、ナツメくらいだろうな。

 カップ麺にお湯を注ぐと、湯気がふわりと立ち、窓から差し込む淡い光にナツメの頬の赤みが温かく映る。

 

「どうした、そんなに見つめて。…恥ずかしい、よ。」

「いや、また会えてうれしいなって。」

「ほ、本当か?…私も嬉しいぞ、サクマ。」


 …とはいえ、ナツメが来てくれる時というのは大抵モジが死んだ前後。手を貸してくれる時だ。そう思うとこの再会は望めはしないな…。

 いやナツメは関係ないか。


「今回も助けてくれるんだろ、ナツメ。」

「あ、あぁ…。そういうことか。…うん、見ていた。また空からな。落ち込んでいるかと思い来たのだ。前回のように天使に慌てて思い出を渡してしまう前に冷静にさせようとしたんだが…その様子じゃ問題なさそうだ。」

「最高の親友がいるからな。」

「最高の…。サクマ、お前にとって私は最高のなんだ?」

「え?」


 早速思考を巡らせようとしたところで思いもよらない質問が来た。今日はどうしたんだナツメのやつ。やけになんというか、人間らしい仕草だ。


「そうだな…。相棒ってとこだな。最高の相棒。」

「相棒。良い響きだ。気に入った。」

「なんだかわかんないけど喜んでくれたのなら良かったよ。」


 カップ麺の蓋を開け、ナツメから渡された割り箸をパキンと割り、啜った。カップ麺ってのは腹の空き次第でいくらでも食える最高の一食だ。


「そうだ、サクマ。最高の相棒から助言をしてやろう。」


 気に入ったのね。


「困った時はニュースを見た方が良い。学校に行く前に、何か情報を得れるか知れないぞ。」

「前も言ってたなそんなこと。」


 疑心半々でスマホを開き、ニュースを眺めた。いつもなら動画やゲームをするだけなので、ちょっと新鮮だった。


「私も見たい。」

「どうぞ。…ってそこかよ。」


 ナツメは立ち上がり、胡坐を掻いていた僕の足の真ん中の隙間に座った。麺が食いにくい。


「だ、だめか?」

「まぁいいが…。」


 なんか妹みたいなやつだな。

 右手で麺を持ってくると、こてんとナツメは横に倒れた。

 そして左手でスマホをスクロールする。…政治の話、スポーツの話。

 やっぱこれと言った情報はないか?


「待った、サクマ。少し戻してくれ。」

「何かあったか?」

「この記事だ。」


『《《速報・大企業の社長が殺し屋に依頼!?》》』と書かれた記事。

 思い当たる節しかない。


「ある町で起きた殺人未遂。殺し屋を依頼したのは元クリーンカンパニー社長、野山浩一郎だった。6月8日の深夜帯、突然警察に駆け込んできて自首をした…。『娘が殺される。私のせいで。もう良い、何も見たくない』と供述…。」


 まさか、いやそうか。整理すればわかることじゃないか。最初の世界線、モジが縄で首を吊っていたあの日。モジのお父さんは殺し屋が間違えて殺したと判断していた。その次もだ。…自首しなかったのは、『自分のせい』という部分。確かに依頼をしたのはモジのお父さん…野山浩一郎。


「でも僕が説得した夜、突きつけたんだ…。殺し屋が、最初から娘も妻も殺すつもりだったと。」

「…可能性の話だな。サクマの説得で、ほんの少し罪悪感が増えた可能性。それにより以前はぎりぎり耐えていた水バケツが溢れた、可能性。」


 モジのお父さんの気持ちなんてわからないが…僕が変えた未来はモジを救うだけじゃなかったんだ。野山浩一郎の罪悪感を、少し増やしてしまった。


「ジェンガみたいなものだな。一つ引き抜けば、他も揺れて、時には崩れる。とにかくサクマ、これは良い情報だ。」

「…だな。明日の聞き込みに使えるかもしれない。」


 そこから先、同じような記事を眺めて…カップ麺を啜って。もう、味はしなかった。

 食べ終わると同時にスマホを置き…思わず、さっきから何かを察してか何も言わなかったナツメの腰に手を回し、抱きしめてしまった。


「な、何を?」

「…悪い。少しだけこうさせてくれ。」

「……あぁ。私の本来の役目はサクマの精神安定だからな。」


 ナツメのしっぽが、僕の体をゆっくりと一回転、巻き付いた。

 数分だけ、体を預けてから僕はナツメを放した。


「もう良いのか?」

「うん、ありがとう。…寝るよ。一応、明日に備えて。」

「そうすると良い。寝れなければ添い寝をしよう。」

「はは…遠慮しとくっての。」


 ベッドに潜り込むと、ナツメは電気を消してから


「おやすみ」


 とだけ残して消えていった。

 足先は冷たかったが、手と腕は温かかった。悪魔のくせに、温もりはあるんだな。

 だがまさかナツメに弱みを見せるまで…誰かれ構わず頼ってしまってる。


「…もう、限界が近い。」


 そう、自覚する。


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