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第9話 僕の親友は今にも潰されそうだった

 

 連れてこられたのは、取調室だった。窓が一つ、月明かりを通している。机が一つの何の音も面白味もない無機質な空間。ただ、僕らが被害者だからか、場の空気は緊迫したような感じはなかった。女性の警官が担当してくれているからかもしれない。モジとは離れることはなく、一緒に居ても良いとの事だった。僕の目が錯乱していたように見えたのかもしれない。


「野山モジさんに浅宮佐久間さん。親御さんはもう呼んでいます。佐久間さんにはお母さんが。モジさんには…ごめんなさい。お父さんには連絡がついたのですが、少し遅れて明日の昼頃になるらしいです。それまでには君たちを家に帰せるから、ここには来ないですが…。」

「はい、大丈夫です。」

「わかりました。それではお二人とも、お話を聞く前に。お手柄…と言いたくはあるのですが、通報で嘘を吐くのはよくありません。…とはいえ、犯人が警察官ということを考えると、一概に警察を信用してくださいとは言えませんがね。」

「すいませんでした。…モジを救うには、これしかなくて。」

「…佐久間さんは、知っていたんですか?あの警官が殺し屋だと、そしてあの時間に襲ってくると。」

「はい。その…」


 答えに詰まった。どう嘘をつくか。すると、モジが話し出す。


「いや、警官が殺し屋だとは知らなかったはずです。私には事情を放してくれたんですけど、ある日匿名のメールで知ったらしいんです。ただあの警官が殺し屋だとはわからず相談してしまって…。」

「なるほど。そのメールというのは見せてもらえますか?」

「すぐに消えちゃったみたいです。履歴を探したんですが、残ってなくて。」

「ふむ…。まだこの事件には裏がありそうですね…。ではとりあえず、話を聞きましょう。」


 それから今回の出来事の全貌を丁度説明し終わるところで、母さんが来てくれた。僕らは母さんの車に揺られ、帰路を辿った。街灯が点々と道を照らし、時折車内に入るとモジの顔が見えた。安心し、呆けているようにも見える。


「よくやったよ、佐久間!」

「…いや、僕はモジに逆に助けられた気がするよ。」


 一人じゃ何もできなかった。


「そんなことないよ。佐久間のお母さん、佐久間がいてくれて本当に助かったんです。ありがと、本当に。」

「誇らしいねぇ。自分の息子が誰かの命を助けたなんて。」


 何もしてないのに褒められるのは忍びなかったが、これ以上言ってもくどいと思いもう何か言うのはやめた。


「とりあえず今日はお家に帰って、ゆっくり休みなさい。学校も休んだ方が良いわ。モジちゃんもね。」

「はい。…佐久間、一緒にいてくれる?」


 即答したかった、でも。眠すぎて。少し経つと前から朝日が君の顔を照らす。優しい灯かりに、君はちょっとくすぐったそうに光を遮るよう少し座る場所を変えた。「あぁ救えたんだ」とようやく実感が湧いてきたからか僕も安心しきってしまった。


「眠い、寝る。」

「あんたねぇ…。」

「ふふっ、良いですよお母さん。佐久間だって疲れたもんね。帰って寝て。私も…ふわぁあ。寝ようっと。」


 モジを見送ってから、家に帰り、適当に着替えてからすぐベッドに寝転がった。

 平和が戻って来た。ついに日常へ僕は戻ってこれたんだ。もうあの天使の顔を見なくてもいい。


「上手くやったな、サクマ。」

「ナツメ…。あぁ、やったよ。ついに。」


 起き上がるとナツメの姿があった。今回も変わらず黒いワンピースに身を包んでいる。


「最終的には私の助けもいらなかったようで。天使も悔しがってるだろう。」

「気づいたんだよ。ナツメは優しいけど、世界に干渉することはできない。もう自分で何とかしなきゃだって思ったんだ。…まぁ、結局モジがほとんどなんとかしてくれたんだけどね。」


 そう話すと、ナツメは少し寂しそうな顔をした。慌てて弁明をする。


「あ、で、でも。ナツメがいなきゃまずここまでこれなかった。感謝してる。」

「慰めは良い。私が何もできないことは間違ってない。もし明上にナイフを向ける時、私では止められなかった。野山モジだからこそ、止められたんだ。」

「…そう、か。」


 悪魔も悔しがるんだと、言っては悪いがまた人間らしさをナツメから感じた。


「きっとこのことはニュースになるだろう。」

「そうかな。誰か死んだわけでもないんだし、そこまで大きくはならないんじゃない?」

「…かもしれないな。だが情報を日ごろから得るのは大切だと思うぞ。」

「はっ、何を不安になってるんだ。もうモジは助けられた。天使の助けももう必要ないんだ。また明日から、変わらない日常…じゃダメだ。そうだ。」

「な、なんだ?何かまだあるのか?」

「モジに告白しなきゃ。」


 このままこの思いを置いておくには、もう我慢できないほど一気にモジに近づいた気がする。次会う時は、告白しよう。


「…応援している。」

「あぁ、ありがとう。」


 数分、ナツメはじっと空を眺めたままそこに居座った。どうかしたのだろうか?正直眠いからもう帰ってもらって良いんだけど…。


「ナツメ?」

「ど、どうした?」

「帰らないの?」

「…そうだな。もう私は用済みか。」

「そうはいってないけど…。ナツメも悪魔なら、何か忙しいんじゃない?ぼくにばっかり構ってなくていいから。」

「言葉に甘えて…帰る。帰るぞ。」

「うん、またね。」

「…あぁ、まただ。」


 ナツメは最後まで暗い表情のまま消えていった。最後まで悪魔らしくないやつだったな…。またね、とは言ったがもう会う事はないだろう。天使も俺が望まなければ来るとは思えない。


「はぁ…こんな体が軽いのは…中々ない。寝よっと。」


 6月9日、そのまま僕は眠りにつき目が覚めた頃は夜だった。夕飯を食べ、また眠る。両親は事情を知っているからか、僕が次の日、いつもの時間に起きなくても起こしてはくれなかった。死んだように寝ていた。良く考えれば、最初にモジが自殺してからろくに寝ていない。実際時間では精々一日徹夜した程度だが、巻き戻した時間を合わせれば五日以上はちゃんと寝ていないはず。仕方ないだろう。


「んっ…ふぅ。ふっぐっ…っと。寝た寝た。良く寝たぜ…。今は…。」


 ブルーライトに眩しさを感じつつ、時間を確認すると6月10日の13時。とんでもない遅刻だ。遅刻って時間が過ぎれば過ぎるほど焦りなくなるよな。


「…これもう学校行かなくていいのでは。」


 でもモジは行ってるか…。いや良いや。もう一日休もう。


「モジにメールだけ送るか…。EIN来てた。なんだって?『サボり野郎』?コイツ、僕の苦労も知らないで。って違う違う、モジに伝えるんだ。えーと…。『ごめん、今日も休む。疲れた。』」


 するとすぐに既読がついて返信が返って来た。


「『私も』…ってことはモジも学校休んでるのか。なら僕も寝よ…。」


 もう一度ベッドに気絶したように倒れた。流石に明日は行かなきゃな…。モジに伝えとこう。寝転がりながら、またメールをEINに送った。


『明日は学校、一緒に行こう。時間はいつもので』


 今度は、既読がつかなかった。寝てしまったんだろう。なら、僕も寝よう。

 瞼を閉じて、五日分の体の疲れを取ることに専念した。


 ・・・



 気が付くと夜中だった。そりゃあんな時間に寝ればそうもなる。


「ふぅ…。お腹空いたな。」


 目を擦り、部屋を見ると机の上にカップ麺が置かれていた。給湯器までご丁寧に隣に置かれている。


「ナツメか…?」


 カップ麺を持ち上げると、下に紙が敷いてあった。母さんより、と書かれている。ナツメが用意したわけではないようだ。もうナツメは来てくれないんだと思うと、少し寂しかった。


「母さんからの手紙…。『起きたいときに起きていいからね。』ははっ、引きこもりになるぞそんなこと言うなら。」


 流石に冗談だけど。モジにも翔にも会いたいしな。


「さてと…流石にもう寝れないな。食べ終わったら勉強でもしとくか。」


 カップ麺にお湯を注ぐと、手持ち無沙汰になったのでスマホを手に持った。何件かメールが来ている。もしかしたらモジも起きてるかもな。

 EINを開くと、翔から10件以上の通知が来ていた。また数学のプリントの答えでもまとめて送ってくれたのかな。



『モジちゃんが自殺した。屋上から、飛び降りた。』


「は?」


『ごめん守れなかった。』

『気づいてた、でもだだ、めだったんだ』

『大丈夫だ、と思ってたんだ。』 

『おれよりおまえがきてくれたほうがはやいって。』

『でもまさかいじめ以外にもおいつめらられたなんて。』

『おまえがせっかくすくったてのに。』

『あしたがっこうぜったいきてくれ。…俺は無理だ。もうゆうきがない。』


 …最後の、一件。


『おれもしのうかな。』


「うそだろッ…?!」


 すぐに僕は翔に電話した。


「出てくれよ…頼む…。翔…!!」


 何がどうなってるんだ?モジが自殺した?いじめにあった?それ以外に追い詰められていた?

 モジも学校、休んだんじゃなかったのかよ?

 どうして、翔まで死ぬなんてことに…?


 プルル、プルルと無常に音が続く。あのメール、急いで送ったんだろう。漢字に変換されていなく、脱字やらも酷かった。確実に何かあったんだ。


 …カチャ。


[…佐久間?]

「か、翔…!?よ、良かった。どうしたんだ。今どこに居るんだ?」

[お、お前…。すまん、すまなかった…。うっ、あぁあああっ…。]

「落ち着け。どこに居る?」

[…学校の、校門前だ。閉まってたんだ。]

「今すぐ行く、動くなよ。死ぬなんて考えるな。…僕を一人にしないでくれ。」

[…わかった。]


 僕は今にも落ちそうな線香花火を持つように、電話を切った。すぐに着替え、母さんたちを起こさないようゆっくり家を出た。


 深夜の街を走るのは何度目だろう。街灯だけが道を照らし、路面に映る影がゆらめく。遠くで車のライトが点滅し、虫の鳴き声が耳に届く。深夜の静けさの中で、僕の心臓の音だけが大きく響く。不気味なはずなのに、恐怖はなかった。幼馴染の死、それに続く友達の危機。この瞬間、この世の何よりも怖いのは現実の恐怖だった。

 走りながら、モジとの最後の会話。EINのメールを思い出す。


「はぁっ…はぁっ…。『私も』って返事は…。はぁっ。僕が今日休むことへの同意じゃない。」


 疲れた、ただそれだけに同調したんだ。

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