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第9話 誓いの手が、刃に変わるとき

橋の夜から数日が経った。


 


高橋潤は、何も言わなかった。


 

あの縄のことも、俺がいたことも、誰にも話していない。


 


だから、村の空気は変わらなかった。


 


子供の笑い声、老人の昔話、花の編み方を教える若い娘。


 


その中心に、相変わらずあいつがいた。


 


 


──あの夜、あいつは俺を赦した。


 


その“やさしさ”が、俺を最も深く傷つけた。


 


 



 


計画は簡単だった。


 


高橋を小屋に呼ぶ。

酒を出す。

酔いが回ったら、刃を突き立てる。


 


心臓を狙えば一撃。

返り血を避けるため、座る位置も変えておく。


 


あとは翌朝、眠るように亡くなっていたと言えばいい。


 


誰も俺を疑わない。

むしろ、悲しむ者として扱われる。


 


──完璧だ。


 


 



 


夜。


 


高橋は、いつもと変わらぬ笑顔で小屋に現れた。


 


「久しぶりに、ふたりで話そうよ」


 


まるで、最後の夜だと知っているかのようだった。


 


俺は、準備していた杯を差し出した。


 


果実酒と、干した肉と、少しのパン。


 


高橋は嬉しそうに受け取り、ゆっくり飲み干していく。


 


時折、くだらない話を挟んでくる。


 


日本のドラマの話。

好きだった給食のメニュー。

田んぼに落ちたときの笑い話。


 


──全部、過去の話だ。


 


未来の話は、ひとつもない。


 


それが、妙に不吉だった。


 


 



 


やがて、高橋が静かに言った。


 


「佐藤くん。ありがとう。ほんとうに、ありがとう」


 


そう言って、目を伏せた。


 


それが合図のように思えた。


 


俺は立ち上がり、刃に手をかけた。


 


──そして、そのとき。


 


その手を、別の手がそっと包んだ。


 


高橋の手だった。


 


酔っているはずの目が、まっすぐ俺を見ていた。


 


「……君なら、きっとやると思ってた」


 


笑っていた。


 


泣きそうな、優しい笑顔だった。


 


「信じてたんだ。どこまで君が“君のまま”でいられるか」


 


その瞬間、俺の中で何かが音を立てて砕けた。


 


あいつは──


 


最初からすべて、知っていた。


 


 


俺の孤独も、劣等感も、殺意も。


 


全部。


 


 


……それでも、笑っている。


 


 


だったら。


 


やっぱり。


 


殺すしかない。


 


今度こそ、確実に。

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