第7話 笑う者と、笑われる者
あいつは、どうして笑っていられるのだろう。
誰に何を言われても、どれだけ気づかれても、
まるで痛みというものを知らないかのように、ただ笑っている。
高橋潤は、“笑ってみせる”ことの意味を知っていた。
それは武器であり、鎧であり、祝福であり──
そして、俺にとっては呪いだった。
◆
「最近、佐藤様をあまり見かけませんね」
薬草園の娘がそう言ったとき、俺はただ頷くしかなかった。
その言葉には、咎める気配もない。
だが、もう関心を失っていることが伝わった。
代わりに彼女はこう続けた。
「高橋様は、よく訪ねて来てくださいますよ。花の育て方まで、丁寧に聞いてくださって……」
……花?
そんなものに、何の意味がある。
──だが、村人たちはそれを「価値」だと思っている。
俺が与えてきたものは生活を変えた。
あいつが与えているのは、空気を変える。
誰もが、空気のほうを選んでいる。
◆
夜。
村の広場では小さな火が焚かれ、歌と笑いが響いていた。
その中心にいるのは、もちろん高橋だ。
子供に肩車され、老人に酒を注がれ、
若い娘に花輪を編まれていた。
──笑っていた。
誰よりも自然に。
誰よりも馴染んで。
俺は、輪の外にいた。
気づいた子供が一度だけ俺に手を振った。
だが、すぐに他の子に気を取られて、忘れたように笑った。
その笑顔が、刺さった。
──ああ、俺はいま、笑われているんだ。
この村における「現在」は、あの輪の中にある。
俺は、「過去」になった。
もう誰も、俺を必要としない。
◆
勝ちたかったわけじゃない。
ただ、戻りたかっただけなんだ。
最初の、あの場所に。
「ありがとう」と言われたあの日に。
けれど、それはもう戻れない。
ならば──
笑顔ごと、壊すしかない。
笑っている者が勝つのなら、
笑えない俺は、ずっと負け続ける。
だったらその“勝ち”そのものを、
跡形もなく壊してやればいい。