第6話 言葉が、血のように重くなる
翌朝、世界は何事もなかったように目を覚ました。
井戸を汲む音、鍋の蓋が開く音、子供の笑い声──
すべてが、昨日の夜なんて存在しなかったかのようだった。
……ただ一人を除いて。
◆
「佐藤様、最近……少しお疲れでは?」
薬草園の娘がそう言った。
その声は優しかった。
だが、その目には探るような気配があった。
「無理はなさらず。高橋様もおられますし」
──“今は”。
その一言が、胸にひっかかった。
まるで、「もうあなたでなくてもいい」と告げられたようだった。
◆
村の広場では、高橋が子供たちと遊んでいた。
笑い声。
花冠。
焼いたパンの香り。
それらの中心にいるのは、いつも彼だった。
知識で勝負していたつもりだった。
技術で、論理で、成果で──
けれど今、この村で必要とされているのは、
そういうものじゃないらしい。
必要なのは、“その場に自然と溶けこめる”人間だ。
そしてそれが、できるのは彼で──俺じゃなかった。
◆
昼過ぎ、俺の小屋を高橋が訪ねてきた。
手には焼きたてのパンと、小瓶に詰めたジャム。
「村の子たちが手伝ってくれてさ。よかったら、一緒にどう?」
受け取ったが、何も言えなかった。
言葉が、のどに引っかかって出てこなかった。
「……佐藤くん。昨日のこと、言わないよ」
不意に、彼がそう言った。
俺は動けなかった。
「君のこと、責めたいわけじゃない。ただ……怖かったよね。孤独ってさ、頭の中にずっと棘を残すから」
その声は、真っ直ぐだった。
嘘も、演技もない。
ただ、真剣に“理解しよう”としていた。
だからこそ、残酷だった。
◆
「佐藤くん、君はもう、充分に頑張ってるよ」
その言葉は、刃だった。
まるで“これ以上頑張らなくていい人間”への、やさしい死刑宣告のようだった。
俺は、笑った。
口元だけで、音もなく。
──やっぱり、こいつを殺さなきゃいけない。
前よりも、静かに。
もっと深く。
確実に。