表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

第6話 言葉が、血のように重くなる

翌朝、世界は何事もなかったように目を覚ました。


 


井戸を汲む音、鍋の蓋が開く音、子供の笑い声──

すべてが、昨日の夜なんて存在しなかったかのようだった。


 


……ただ一人を除いて。


 


 



 


「佐藤様、最近……少しお疲れでは?」


 


薬草園の娘がそう言った。


 


その声は優しかった。

だが、その目には探るような気配があった。


 


「無理はなさらず。高橋様もおられますし」


 


──“今は”。


 


その一言が、胸にひっかかった。


 


まるで、「もうあなたでなくてもいい」と告げられたようだった。


 


 



 


村の広場では、高橋が子供たちと遊んでいた。


 


笑い声。

花冠。

焼いたパンの香り。


 


それらの中心にいるのは、いつも彼だった。


 


知識で勝負していたつもりだった。


 

技術で、論理で、成果で──


 


けれど今、この村で必要とされているのは、

そういうものじゃないらしい。


 


必要なのは、“その場に自然と溶けこめる”人間だ。


 


そしてそれが、できるのは彼で──俺じゃなかった。


 


 



 


昼過ぎ、俺の小屋を高橋が訪ねてきた。


 


手には焼きたてのパンと、小瓶に詰めたジャム。


 


「村の子たちが手伝ってくれてさ。よかったら、一緒にどう?」


 


受け取ったが、何も言えなかった。


 


言葉が、のどに引っかかって出てこなかった。


 


「……佐藤くん。昨日のこと、言わないよ」


 


不意に、彼がそう言った。


 


俺は動けなかった。


 


「君のこと、責めたいわけじゃない。ただ……怖かったよね。孤独ってさ、頭の中にずっと棘を残すから」


 


その声は、真っ直ぐだった。


 


嘘も、演技もない。

ただ、真剣に“理解しよう”としていた。


 


だからこそ、残酷だった。


 


 



 


「佐藤くん、君はもう、充分に頑張ってるよ」


 


その言葉は、刃だった。


 


まるで“これ以上頑張らなくていい人間”への、やさしい死刑宣告のようだった。


 


俺は、笑った。


 

口元だけで、音もなく。


 


 


──やっぱり、こいつを殺さなきゃいけない。


 


前よりも、静かに。


 

もっと深く。

確実に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ