第3話 祭壇の果実
──人は、差し出された果実が毒かどうかを、笑顔の数で判断する。
◆
「高橋様、高橋様。うちの子が熱を出しまして……」
薬草の使い方を説明する高橋の声が、今日も広場に響いていた。
「この葉をすり潰して、お湯で煎じてみてください。飲ませすぎないようにね、少し苦いから」
驚いたことに、それは正しかった。
俺が前に教えた方法と、まったく同じだった。
けれど──
「へぇ、高橋様って、ほんとうに何でもご存知なんですねえ」
村人たちは、まるでそれが“最初に”語られた真実のように彼を褒め称えていた。
思い出してみれば、俺もかつて、あの輪の中にいた。
けれど今、その輪は、俺を中心から押し出していた。
──祭壇に供えられるのは、いつだって“新しい果実”だ。
誰も、古びたものには手を伸ばさない。
◆
その夜、俺は高橋を尾行した。
目的はなんとなく、ではなかった。
怒りでも、嫉妬でもない。
……確かめたかったのだ。
あの笑顔の裏に、何があるのかを。
高橋は、村の井戸の裏にひとりで立っていた。
誰もいない夜の闇の中、何かを懐から取り出している。
それは、折りたたみのスマホだった。
画面はもう、とうに点かない。電池なんて残っていないはずだ。
なのに彼は、それを懐かしげに、そしてどこか寂しげに見つめていた。
「……誰にも見せられないな、これは」
独り言のような呟きだった。
その声音には、どこか乾いた優しさがあった。
──そのとき、俺は確信した。
こいつも、“演じている”。
この世界で“うまく生きる”方法を。
俺ができなかったことを、完璧にやってのけている。
──だから。
殺すべきだ。
その思考は、まるで自然な流れのように、音もなく心に沈んだ。
最初はただの反射だった。
次に、それは思考になり。
そしていま、意志になった。
この村に、余所者は一人でいい。
誰も、もう俺の果実には手を伸ばさないのなら──