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第2話 掌の中の虚栄

高橋潤がこの村に来て、まだ三日しか経っていない。


 


だというのに、まるで昔からいたかのように、村人たちは彼に話しかけ、笑い合い、言葉を交わしていた。


 


あの雑貨屋の老婆が、他人にあんなに饒舌だったのを初めて見た。

あの農夫の男が、自分の畑を見せたがるのも、初めて見た。


 


「いやぁ、佐藤くん。君が作ったあの水車、すごいよな。でもね、ちょっと効率が悪いかもって思ってさ、僕なりに少し工夫してみたんだ」


 


とびきりの笑顔で、高橋はそう言った。


 


まるで“仲間”であるかのような口調。


 

だが俺の耳には、あれは宣戦布告だった。


 


──何様のつもりだ?


 


たかが三日で、何がわかる?


 

この世界の苦労も、土と水の重みも、俺が築いた信頼の上に何が乗っているかも、知らないくせに。


 


それを、にこにこと、なにげなく、軽々と塗り替えていく。


 


まるで、掌の中にこの世界が収まっているとでも言うように。


 


 



 


「……翔様、少し、言葉をお控えになってはいかがでしょう」


 


村の長がそう言ったとき、俺は言葉を失った。


 


余計なことは言うな、と。

人を見下したような物言いは慎め、と。


 


──だが、高橋には誰もそんなことを言わない。


 


彼は笑って、丁寧に言葉を返し、誰にも棘を残さない。


 


俺より知識があるわけじゃない。

俺より早く何かをやったわけでもない。


 


それでも、皆が彼を見る。


 


俺ではなく。


 



 


夜。

俺は鍛冶小屋にひとり座り、火の消えた炉の前で図面を睨んでいた。


 


これは、誰のために描いているのか。

なぜ、俺がここにいるのか。

なぜ、俺じゃいけないのか。


 


──そのとき、背後から声がした。


 


「まだ起きてたんだ、佐藤くん」


 


高橋だった。


 


月明かりの中、彼の顔は優しくて、憎めないほどに澄んでいた。


 


「この世界ってさ、面白いよね。ちょっと知ってるだけで、すごいことにされる」


 


まるで、俺と同じことを考えているかのようだった。


 


「でも、誰もそれを知らないから、信じちゃう。そういうの、ちょっと怖いよね」


 


冗談のように言って、彼は笑った。


 


俺も笑った。引き攣った、乾いた笑いで。


 


──ああ、こいつは知ってる。


 

この世界での“立ち回り”を、最初から知っている。


 


だったら、なぜその笑顔を使う?


 

なぜその距離の詰め方を選ぶ?


 


こいつは、「好かれるため」にここへ来たんだ。


 


 


……俺と違って。

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