第1話 知恵の火は、誰が灯したか
転移してから、三ヶ月が経った。
名前は佐藤翔。元・高校生。目が覚めたら、森の中だった。
ありがちな異世界転移──剣と魔法、魔物に怯える人々、そして、現代知識が万能に通用する世界。
最初は戸惑ったが、すぐに順応した。俺には“武器”がある。情報だ。
ナイロン袋を水に浮かべて冷却する方法を教えたら「水精霊の奇跡」と呼ばれた。
石鹸を作ってやったら「白き宝石」と称賛され、紙とペンを与えれば、村人は「言葉の神」と崇めた。
──全部、中学理科とスマホに入ってたWikipediaの知識だ。
笑えるだろ?
村の長は俺に頭を下げ、娘は赤い実の酒をくれ、子供たちは「知恵者さま!」と駆け寄ってきた。
でも──それは、長く続かなかった。
◆
「……それ、どうせまた“サトウさま”の知恵なんだろ?」
村の少年の呟きが耳に残っていた。
最初は気にしなかった。でも、わかっていた。
俺は尊敬されているようで、どこか“遠ざけられて”いた。
尊敬はされている。けれど、信頼されていない。
感謝はされている。けれど、好かれていない。
俺はただの、“便利な余所者”になっていた。
それでも、必要とされている限りは――そう思っていた。
◆
だが、それは音を立てて崩れた。
その日、彼が現れたのだ。
──高橋潤。
俺と同じ制服を着た、もう一人の転移者。
濡れた地面に倒れていた彼は、目を覚ますなり笑った。
「はじめまして。高橋潤です。こっちの言葉、ちょっと難しいですね……」
その笑顔は、まっすぐだった。
村の者たちは、その笑顔にあっという間に引き寄せられていった。
あの夜、俺は火の気のない鍛冶小屋で、ひとり呟いた。
「この世界に、余所者は……一人でいいんだよ」