相性
その後姿を見送って「素敵な奥様ですね」と伝えると、先見さんはちょっと照れたような表情を浮かべて、「3歳年上なんです。姉さん女房。掌の上で遊ばせてもらっています」とはにかんだが、自分が好き勝手なことができるのは妻のお陰だと賛辞を忘れなかった。「私のような変わり者を理解してくれる女性は少ないですから」と。
再婚なのだという。30歳を過ぎた頃に4歳年下の女性と恋愛結婚したが、10年持たなかったという。「普通の人だと思ったのに、そうじゃなかった」と言われて縁を切られたのだと笑った。
「子供もできなかったので、2人だけの生活に煮詰まったのかもしれません。いつの間にか私の悪い所ばかりに目が行くようになったのかもしれないですね。それに、私には女心がさっぱりわからないから……」
ちょっと顔を曇らせたが、それは長く続かず、今の奥さんとの出会いに触れた。知人の紹介がきっかけだという。
「見合いみたいなものです。お互いバツイチだったので、気楽に付き合えたのが良かったのかもしれません」
それに、変なことを言ったり、おかしなことをしたりしても笑って包み込んでくれたのが新鮮だったという。
「『他の人と違っているから面白い』って言われましてね。それを聞いた途端、この人だって思ったんですよ」
だからすぐにプロポーズをして籍を入れた、と白状するように言った。
「相性って大事ですね。例え喧嘩をしても許せる相手なら長続きしますよね。でも、許せない相手だとどんどん気まずくなる。再婚した妻は前者で、離婚した妻は後者だったんだと思います。もちろん、若い時とそうでない時では違ってくるでしょうし、社会環境や労働環境によっても変わってくるとは思いますが、でも、絶対的な相性というのはあると思うので、一時的な恋愛感情だけで結婚するのは危険なことかも知れませんね。ただ、一緒に暮らしてみないとわからないことも多いから、付き合っている時にそれを見抜くのは大変だとは思いますけどね」
そう言われても結婚する気のないわたしはどう反応していいかわからなかったので、彼から視線を外して部屋の中を見回した。
すると、テレビとステレオが一体になっているコーナーに目が留まった。ラックの中にはCDに加えて数多くのレコードが収納されていた。そのせいか、「まだレコードを聴いていらっしゃるのですか?」と訊いてしまったが、ん? というような表情が返ってきたので、一瞬固まってしまった。まだという言葉が気に障ったのではないかと思うと、余計なことを口にした自分を恥じた。
それで、「レコードってもう何十年も見たことがなかったものですから」と言い訳じみたことを口にしてしまったが、先見さんは何も答えず、ラックからレコードを一枚取り出して、「アルバムジャケットが大好きなんですよ。CDと違って大きくて迫力があるでしょ。まるで絵画のように思えることがあるし、これなんて完璧に芸術作品ですよね」と話題を変えてくれた。