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駿河台ひばり

 

 今年36歳になるわたしは『尖った発想が時代を切り開く』という開学の精神を持つ先端発想大学で准教授として働いている。

 専門は異質学である。

 異質とは、文字通り、他とは違っていること。

 つまり、同質の反対。

 だから、群れないこと。

 それに着目して立ち上げたのは牟礼内(むれうち)静華(しずか)教授で、日本再興の切り札になる学問領域という自負のもと、研究に(いそ)しんでいる。

 その一環として、わたしは『特徴経営者フォーラム』という異業種交流会に参加している。異質学を深耕するためである。多くの経営者と交流することによって異能なリーダーを探し出し、該当者に対してインタビューを繰り返している。


 ところで、わたしの名字、駿河台(するがだい)の由来は徳川将軍家まで遡る。

 徳川家康の死後、駿府(すんぷ)の旗本を移住させたことから付いた名前。

 由緒正しき家系なのだ。

 名前の〈ひばり〉は、そのものずばり、鳥の名前から取ったもの。

〈雲に届くほど天高く飛翔するように〉と願って母が付けてくれた名前。

 とても気に入っている。

 父は母が考えた名前に賛同しながらも日晴(ひはる)という漢字に拘ったようだが、母は頑として退けたらしい。「ひらがなで〈ひばり〉は譲れません」と。

 いつもはおとなしい母が一歩も引かなかったため、父は自分の案を渋々引っ込めたらしいが、今でも酒に酔うと、「日晴にしたかったんだよな~」とグチグチ言っている。

 でも、わたしは〈ひばり〉が大好きだ。

 駿河台日晴だと漢字五文字で重たくてしょうがない。

 ひらがなで〈ひばり〉にしてくれたお陰でバランスが取れているのだ。

 母のセンスに感謝している。


        *


 さて、先見さんのメールを受信してから1週間が過ぎてしまった。

 すぐに返信しようと思ったが、なかなか文面が決まらず、何度も修正したから思いの外、時間がかかってしまったのだ。

 それでも、なんとかまとまったので、送信することができた。


『感染者数がやっと落ち着き、一安心というところですが、いかがお過ごしでしょうか。気を緩めることはできませんが、なんとかこのまま収束に向かって欲しいですね。

 ところで、勤務する大学は休校が続き、講義をすることも研究をすることもままならない日々が続いています。それでも、この期間を無駄にしたくないと思い、異質学に関する国内外の文献を読み漁っています。ただ、変化のない単調な毎日に淀んでいるのも事実です。

 そんな折、メールをいただき、一瞬にして気合が入りました。いつにも増して鋭い先見節に思わずガッツポーズを作ったほどです。新型コロナ感染をネガティヴに考えるのではなく、変化・変革へのチャンスと捉えなければならないと言われることにはまったく同感ですし、ゲームチェンジをするためには変人・奇人の発掘と抜擢が必須であると断言されたことには我が意を得たりという思いを抱いております。

 ご承知の通り、わたしの専門である異質学は同質を排することの重要性を極める学問ですので、平時には見向きもされません。ですので、長期政権が続く安定した時代には不人気を甘受するしかありませんでした。当然のように受講する学生が減り、ガラガラの教室を見回しては、ため息をついてばかりいました。

 しかし、それも過去の話になりそうです。先見さんの言われる変人・奇人論をきっちり体系化できれば、新しい時代の異質学の根幹になるのではないかと思いました。

 つきましては、ご多忙とは存じますが、一度、時間を取っていただいてお話を窺えれば幸甚(こうじん)に存じます。ご検討のほど、よろしくお願いいたします』


        *


 翌日、返信があった。


『ご返信いただき、ありがとうございます。先日のメールは特徴経営者フォーラムのメンバー20名に送信したのですが、誰からも返信がなく、ちょっと落ち込んでいました。

 余計なメールだったかな? 共感を得られない内容だったかな? と送信したのを後悔したりしていました。

 しかし、駿河台さんからの返信を読ませて頂き、わかる人はわかってくれるのだな、と胸を撫で下ろした次第です。

 前回お目にかかった時にお伝えしましたが、私は今年5月の株主総会を機に顧問に就任しました。ルーティンワークなどはないので、会社に行くのは月に数日といった感じです。

 ですから、いつでもお目にかかれます。ご都合の良い日を2、3ご連絡ください。お待ちしております』



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