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4.籠の中の鳥

「あなた! いったい、何があったんですの……!?」

 階段を下りきると、邸を出てきた玲華の母がムッとした顔で待っていた。


 一方、使用人たちは邸のそばにある激しく燃え盛る小屋に向かって、代わる代わる桶で水をかけている。このままでは本邸にも飛び火しかねない勢いだ。


「下がっていろ」

 父が苛立たしげに手を振り、結びの力を使って積もっていた雪を掬い上げ、一気に小屋の上から落とす。


 火はたちまち消えたが、無残にも崩れ落ちる小屋を見て、真桜は胸がぎゅっと苦しくなった。

 使い物にならないと判断されれば、あんな風に容赦なく潰されるのだろう。


「さっきまであんなに天気が良かったのに……」

 玲華の母は(すす)けた臭いに眉をひそめ、着物の袖で口や鼻を覆う。


「わかっている。全ては真桜が祠を壊し、禍ツ神の封印を解いたせいだ」

 父が冷たい声でにべもなく言い放った。


「そ、それは――」

 小さく声を漏らした真桜だったが、父の鋭い視線に遮られ、口をつぐむ。


「もしかして、その子どもが……!?」

 玲華の母や使用人たちが、怒りや怯えの表情に変わり、真桜に非難の視線を向けてきた。


「なんという罰当たりなことを……!」


「雷が落ちたのも、あの忌々しい神の仕業よ。けれど安心なさって。この私が結びの力で封じておきますから」

 玲華が得意げに口を開くと、父は愛娘の頭を撫でた。


「まあ、さすが私の娘ね」

 彼女の母親も心得たように目を細める。


「まったく玲華がいてくれなかったら大変なことになっていたな」

 父は微笑みながら頷き、使用人たちを振り返る。


「玲華に任せれば問題はない。さあ、仕事に戻れ」


「さすが玲華お嬢様!」

 使用人たちは口々に褒めそやし、散り散りに去っていった。


 その様子を見て、玲華は満足げに笑みを浮かべていた。


 玲華がいたから大変なことになった、の間違いではないのか――そう言いたいのをぐっと堪える。


「真桜。おまえは()()と一緒にこちらへ来い」


「はい……」

 真桜は俯いたまま、父に連れられて邸の中へ入った。


 本当はついていきたくなかったが、住む場所がなくなってしまった以上は仕方がない。

 薄暗い長い廊下の端には高価な掛け軸が飾られている。床板が軋む音だけが響き、やがて古木(ふるき)の扉の前で止まった。


「ここだ」

 建付けの悪い扉を横に引くと、そこには木の格子で閉ざされた四畳半ほどの狭い土間だった。


 窓は上方に明かり取りの隙間があるだけ。土壁は古びていて、一部は崩れかけている。空気はまるで外気と変わらなかった。


「ここは……?」

 部屋とも呼べないような空間に戸惑う。


「あら、真桜は見たことないの? ここは悪い子に反省してもらうためのお部屋よ。赦しがあるまで出られないわ」

 玲華がくすっと笑う。


「私は……仕方がないかもしれませんが、この方は神ですよ? こんな仕打ち――」


「黙れ。災いを呼ぶ神など誰が敬う? もしそいつが出ていこうものなら、おまえが命を懸けてでも止めるのだぞ」

 父が格子戸を開き、真桜は土間の方へ背中を押されるように禍ツ神とともに無理やり押し込められた。


 二人が中に入った途端に、部屋中に紅い糸が張り巡らされ、暗赤色の光を放ち始めた。まるで滴る血のような不気味な色だ。


「これは……」

 おそらく結びの力だろう。誰のものなのかはわからないが、これは中から容易に破れない作りになっている。


「ここには特別な呪が施されている。そいつを絶対に逃すな。さきほど見せた力があれば、我が白月家は御三家など容易に超える。それどころか、全ての退魔師の頂点に立つことも夢ではないからな。いいように利用させてもらう」


 父の欲望に満ちた声を聞きながら、真桜は小さく震えた。


「一生私たちのために働くのよ」

 口元に手を当てて、玲華はにっと目を細める。


「お父様。ここは埃っぽいわ。早く戻りましょう」


「ああ。そうしよう。いつ、どうやって力を使うのが効果的か、考えねばな」


 嬉しそうに肩を揺する父が玲華と共に扉を閉めていってしまうと、真桜は震える唇を噛みしめた。


(泣いてはいけない――)

 心が弱れば霊力が乱れる。きつく目を閉じて呼吸を整えようと集中した。


「『まお』とはどういう字を書くのだ?」

 唐突に背後から着物の袖を引かれ、彼女はハッと顔を上げる。


「……(まこと)(さくら)、で『まお』と……」


 小さく答えると、白い装束の少年が彼女の前に歩み出た。


「良い名だな。俺は『あきと』。(あかつき)に、飛翔(ひしょう)の翔で、『あきと』と読む――が、それ以上のことは記憶が混濁していてよく思い出せない」


「それは大変ですね……」

 真桜は暁翔の視線に合わせるように、ゆっくりと身をかがめ、膝をついた。


「俺のせいでおまえが酷い目に遭っているのか?」


「い、いいえ……まが……暁翔様のせいではありません。こちらこそ、こんな場所に閉じ込めることになってしまって申し訳ありません」


「そうか……俺のことは気にするな。それより、ここは、どれほど時が経っている?」


「暁翔様が封じられてから三百年が経っていると、父が申しておりましたが……」

 真桜が答えると、暁翔の瞳が静かに動き、どこか遠い記憶を探るような色を浮かべた。


「そうか……ずいぶん長い時が経ったのだな」


「はい。封じられたのが江戸時代の初め頃ということでしょうか。白月家はその頃からここへ定住したらしいです」


「あの男が言っていた御三家とは何だ? その言葉も耳に馴染みがない」


「御三家とは、古くから強大な退魔の力を持つ三つの名家のことです。彼らは妖や神を退ける技を代々受け継ぎ、人々の尊崇を集めてきたとこのことです。この家もかつてはその御三家に並ぶほどの力を持っていたそうですが……今では細々と退魔の仕事が入ってくるだけとか」


 食事の時や何かにつけて、父たちは愚痴をこぼしていた。御三家は白月家を軽んじすぎているのだと。そして真桜の力が使えるようになってからは、積極的に妖退治に乗り出していた。


 陰から力を放出し、限界まで引き回された真桜は倒れたこともあった。

 それでも、手柄は玲華のものにされ、将来を有望視された結果が霧島家からの縁談ということなのだろう。


「そこまで、世は荒れ果てているのか? 妖たちが悪事を働いているのならば俺が諫めるが……」

 暁翔の視線が少しだけ硬くなり、真桜をじっと見つめた。


「いえ、そんなことは――」

 真桜は慌てて首を横に振った。


「むしろ……妖は以前に比べて減っているように思います。彼らからしたら、縄張りに土足で踏み込まれたようなもの、怒って襲ってくるのも無理はないと思うんです……」


 明治以降、文明は急速に発展してきた。帝都では夜でも煌々と灯りがつき、人々の喧騒で溢れているという。闇を好む妖がそれを嫌がって暴れれば、たちまち退魔師に亡き者にされる。


 それに立ち会うと、言葉は交わせなくても、彼らの悲鳴が耳の奥に響く気がするのだ。

 真桜の力は結界を張るのが主で、妖を追い詰めるのは他の家の者だが、その手助けをするのが年々苦しくなってきた。


「真桜は優しい。それはわかるぞ。祠を掃除するおまえの姿を、俺は毎日見ていた。それだけが、消えかけていた俺の意識を繋ぎ止めていた」


「え……!」

 真桜は驚いて目を丸くする。


「おかげで俺は消えずに済んだ……礼を言う」

 暁翔の言葉は静かだったが、その瞳には真摯な光が宿っていた。


「そ、そんな! 神様にお礼を言われるなんて……畏れ多いです!」

 真桜は慌てて頭を下げる。


「謙遜するな。本当のことを言っただけだ」

 暁翔の手がそっと真桜の頭に触れ、そっと撫でてくれる。その温もりが胸の奥へ広がっていくようだった。


 誰かに認めてもらえるなんて、母と暮らしていた以来のことだ。


「優しいのは暁翔様の方です。どうして禍ツ神などと呼ばれるようになったのですか?」

 真桜はゆっくりと顔を上げる。


「さあ……なぜだろうな」

 暁翔が首をひねると、無邪気な子どもにしか見えなくて、真桜は目を瞬いた後、ふっと微笑んだ。


 時間が経てば、思い出せるだろうか。だが、人間に災いを為したから封印されたのであって、記憶が戻った時、彼が禍ツ神の本性を明らかにするかもしれない。

 幼子のようなかわいらしい姿でも、力を出せば異形と化す妖を今までに見てきた。


 これから、自分たちはどうなるのだろう。

 一生ここで過ごさなくてはならないのか。


(お母さん……会いたい……)

 真桜は息を詰まらせた。


 赤黒い糸の結界の中で、自分の運命が締め付けられるように感じる。

 ――ここは、まるで鳥籠だ。どこにも逃げられない。

 牢の薄暗い空間に漂う絶望が、静かに真桜の胸を蝕んでいった。


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