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禍ツ神の恋結び綺譚  作者: 宮永レン@書籍コミック発売中
第七章 暁の惜別、桜の言祝

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39.切なる願い(2)

 その場にいた全員が一瞬息を呑み、視線が言葉を発した暁翔へと集まる。


「どういう意味だ?」

 東雲が眉を寄せて尋ねる。


「鬼人の本質は強い恨みと執着だ。その恨みが人や出来事に結びつき、理性を奪う。だが、真桜の()()()()()を使えば、その結びつきを断ち切れるかもしれない」

 暁翔の言葉は静かでありながら重く、真桜の胸に深い衝撃を与えた。


「縁切り……」

 真桜は自分の手を見つめながら呟く。


「ただし、確実にできるかどうかはわからない。心の中の執着が別の形で暴走する可能性もある」

 暁翔の声には迷いが滲んでいた。計画が成功する保証がない以上、真桜にこの重荷を背負わせることへのためらいがあったのだろう。


 しかし、沈黙を破ったのは玲華だった。


「お願い……!」

 玲華が突然、立ち上がってやってくると真桜の前に膝をついた。


「真桜。お母様を助けて!」

 彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔を畳すれすれまで下げ、祈るように声を絞り出す。


「玲華様……」


「さ、『様』なんてもう付けなくていい。私は……これまであなたを虐げてきた。ひどいことを言ったり、したりして、何度も傷つけた。本当に……本当に、ごめんなさい!」

 その懺悔の言葉に、周囲の空気が複雑な色になる。


 玲華は涙をぽろぽろと零しながら続けた。


「だけど、それでも……お母様を失うなんて、考えられないの! 私のわがままだってわかってる。でも……どうか、お願い、助けて!」


 真桜は玲華の懇願に胸が痛くなる。自分だってきっと母親を助けられるなら、なんだってするだろう。


 これまで玲華に受けてきた仕打ちは、言葉では語り尽くせないほどだった。それでも、彼女の涙は嘘には見えなかった。


「真桜。おまえに決めてほしい」

 暁翔の一言に、真桜は目を閉じて深く息を吸う。


(私が決める……?)

 この結びの力を使って、芙美子を助けられれば、また暁翔の穢れを浄化できる手伝いになるかもしれない。あと少しで痣が完全に消えるのだ。


 暁翔の横顔がちらりと視界に映る。彼はただ、彼女の選択を尊重するつもりのようだった。


「わかりました」

 真桜の声が静かに部屋に響く。


「私の力を使います。芙美子さんを――助けます」


「あ……ありがとう! ありがとう、真桜!」

 玲華は涙を拭いながら、真桜の手を取り、ぎゅっと握る。だが、真桜の心中には決して晴れることのない重圧がのしかかっていた。


(この決断が正しいのかなんて、わからない。でも、誰も傷つけずに済む方法があるなら、それを選びたい――)

 真桜は小さく拳を握り、全員を見渡した。


「できるだけのことはやらせてください。お願いします」

 真桜はその場に深く頭を下げる。


「前例のないことだ。失敗すれば多くの人間の命を危険に晒すことになるぞ」

 霧島が渋面を作って苦言を呈し、真桜は俯いて肩を落とした。


「一番は真桜殿のことが心配だ、と霧島殿は言っておられるのです」

 八坂が眼鏡の奥でにこりと笑うと、霧島が「はあ? 都合のいいように解釈するな」と声を荒げる。


「いざという時は、これまでと変わらない対応とする――それでよいな?」

 東雲がやれやれとため息をつきながら二人の間に割って入った。


「具体的に、どうするのだ? のんびりしている暇はないぞ」


「では、白月家に向かいながら話すとしよう」

 暁翔は慌てる様子もなく、静かな所作で立ち上がった。


 他の者も彼に続き、各々部屋を出る。


「わ、私も行く。こんな霊力じゃ……役に立たない、だろうけど……」

 玲華が身を縮ませ、気まずそうに下を向いていた。


「奥様の心を現世に留められるのは、玲華さんにしかできないと思います」

 真桜が静かに話すと、玲華はまたしくしくと泣き出す。


 そんな異母姉と連れ立って部屋を出た。


(鬼になった人の心に触れることができるかしら……でも、暁翔様がついているから、大丈夫)

 お腹に力を入れようとするが、冷え切った空気に身が震える。


「暁翔殿。少しいいか?」

 そう呼び止めたのは綾斗だった。


「なんだ? のんびりしていられないのだろう?」


「一つ、聞いておきたいことがある」

 綾斗が眉をひそめると、暁翔は足を止める。


「真桜。先に車に乗っていてくれ」


「は、はい……」

 彼の言葉に頷いた真桜は、玲華と共に再び玄関に向かう。


 入り口にある鏡の近くに置かれた時計を見ると、すでに夜半に差し掛かっていた。ここから白月家までどれほどの時間がかかるのだろうか。


 ――明けない夜はない。

 ――きっと、うまくいく。


 不安な影を振り払うように、真桜は自身の左手の薬指を上から押さえた。



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