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31.夜会への招待

「そうか」

 暁翔は短く頷くと立ち上がり、八坂に向き直った。


「八坂殿。今日は調べ物に集中しよう」

 声をかけられた八坂が「わかりました」と応じる。


「あ、あの、片づけを手伝います」

 真桜はそう言って、散らばった鏡の破片を集めようとしている礼司の方へ咄嗟に手を出そうとした。


「大丈夫ですよ。暁翔殿のおかげで遠くへは飛んでいませんから」

 そう言われてしまうと、何もできない。


 礼司が掃除するのを、真桜は申し訳なさでいっぱいの面持ちで見つめていた。


(私、迷惑をかけているだけだわ……)

 肩を落とし己の至らなさを反省していると、離れの扉が開く音がしたので、そちらに視線が向く。


「おはよう。研究熱心なのはいいことだが、まさかこんな朝早くから取り込んでいるとはな」

 一瞬、扉の陰から窺うようにこちらを見たのは、本質を映す鏡がないかどうか警戒したせいだろう。現れたのは綾斗だった。


「そちらこそ、こんな朝早くからどうしたのですか? また神具を壊しでもしましたか?」

 礼司が肩をすくめて問い返す。


「こんな時間ということは、ただ事ではないですね?」

 八坂が言うと、綾斗は「ああ、そうだ」と言って部屋に入ってきた。


「少々厄介な相談だ。正確には暁翔殿と真桜さんに」

 綾斗は真桜達のそばまでやってくると、手近な椅子に腰かけ、重々しく口を開く。


「父の知り合いから退魔の依頼を受けた」

 全員がそれぞれ椅子に腰かけると、綾斗は話し出した。


「依頼人は倉科(くらしな)兼行(かねゆき)氏という」


「倉科伯爵が?」

 八坂が軽く目を瞠る。


「……どなた、ですか?」

 真桜は初めて聞く名前に首を捻る。


「倉科家は、代々伯爵位を継承してきた華族だ。兼行氏

「その方が、妖に襲われたのですか? すぐに向かわなくてもいいのですか?」

 真桜が心配そうに矢継ぎ早に尋ねると、綾斗は首を横に振った。


「今のところ、命を取られるような事態にはなっていない。だが伯爵が言うには、息子の尚隆(なおたか)殿が妖に(たぶら)かされている、というのだ」

 綾斗は困ったように眉を寄せる。


大事(おおごと)にはしたくないから秘密裏に処理してくれと言われた。尚隆殿は親の勧める婚約話に応じず、『決めた相手がいる』と言って連れてきた女性が――妖だというのだ」

 それは、(からす)のように真っ黒な色をした猫の妖だという。尚隆は彼女を妻にできなければ家を出るとまで言っているらしい。


「それで、誑かされている、と」

 八坂の言葉に、綾斗が頷く。


「ああ。少し前だったら、何のためらいもなく伯爵の依頼をこなしていただろう。だが、私は、妖たちの害のない姿を見てしまった……」

 幽世で穏やかに暮らしている妖たち、綾斗のために黒髪に変化してくれたくろ、壊れた祠を直してもらい喜ぶ子狐の妖たち――新たに結ばれた縁が彼の心を溶かしてくれた。


「だから、私はもう少し様子を見てもいいのではと意見したのだ。だが伯爵は、今夜のパーティーで尚隆殿に別の女性を婚約者として紹介するつもりだというのだ」


「強引ですね」

 礼司が苦笑いを浮かべる。


「まあ、普通は親に従うだろう。颯吾(そうご)も、自分の意思とは関係ない婚約をしそうになったらしいではないか」


 それを聞いて真桜は心がぎゅっとなった。黒狼の契約を断ち切るために、白月玲華との婚約を命じた霧島の顔が浮かぶ。


(玲華様……そういえば、あれからどうしているのかしら)

 颯吾との婚約が破談になった挙句、御三家からの厳しい監視下にあるはずだ。

 そういえば退魔の依頼も最近はあまり聞いていない気がする。


(暁翔様の封印が解けたから? 妖さんたちも幽世へ戻っているのかしら)

 真桜はやや視線を遠くへ投げた。


「ああ、それで真桜さんに結びの力があるということがわかったのだよね」

 礼司が頷くと、綾斗は「そうだ」と繋ぐ。


「で、話は戻るが、他の出席者の前で紹介すれば尚隆殿も断れないだろうという算段らしい。そこで、万が一妖の妨害が入れば、即座にその妖を葬ってほしい、と依頼内容を変更してきた」


「そんな……」

 真桜は息を呑んだ。


 妖の真意はわからないけれど、目の前で想い人を消されてしまうかもしれない尚隆のことを思うと胸が痛い。少なくとも彼はその妖を信じ、添い遂げたいほど求めているというのに。


 大切な人を目の前で失うなど想像したくもない。


「それで私も迷っている。人の心に付け入る悪妖なら容赦はしないが、はたしてそれを私一人で見極められるか――」


「それで、俺たちを?」

 暁翔が静かに口を開いた。


「そういうことだ。暁翔殿と真桜さんには一緒にパーティーに出席し、万が一何かが起きたとき、力になってもらいたいのだ」


「わ、私も出席するのですか……?」

 それを聞いた真桜は目を丸くした。


「そんな立派な催しに参加したことなんてありません。もし、場違いなことをしたら、妖どころの騒ぎでは済まないかも……」


「普段より派手で賑やかで、人が多いだけだ。祭りみたいなものだよ。問題が起きなければおいしいものでも食べて楽しんでくれればいい」


「祭り、ですか……?」

 真桜は少し首をかしげたものの、綾斗の説明に少し安心したようだった。


「わ、わかりました。私、頑張ります!」

 真桜はぐっと拳を握って眉を寄せる。


 その様子を見た礼司が苦笑いを浮かべ、「ちょっと違う気もしますが、まあ、本人がいいならいいですかね」と呟いた。八坂も微笑みながら、「真桜さんがそこにいるだけで、場が和むでしょうし」と言葉を添えた。


「暁翔殿もよろしいだろうか?」


「ああ。もちろんだ」


「感謝する。それに、もしうまくいけば穢れを祓う力になるかもしれない」

 綾斗は真剣な顔で告げた。


(もし、また縁を結ぶことができれば暁翔様のお役に立てる……)

 真桜は少し不安げながらも、胸の奥に温かな決意を抱いていた。


 今度こそ暁翔の恩に報いることができるかもしれない――。


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