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11.妖と人間

 食事が済むと、水琴が茶を淹れてくれたのでありがたく受け取った。


 片づけくらいは自分ですると言ったのだが、くろたちが「真桜さまは休んでて」と主張して譲らなかった。


「あなたたち、私より小さいのに……なんだか申し訳ないわ」


「え? 僕たち、人間よりもずっと長生きしてるよ」

「うんうん。真桜さまが生まれるずっと前から、あの山に住んでたの~」

 彼らの言葉に目を丸くしていると、隣から小さな笑い声が聞こえる。


「我ら妖は人よりも長い時を生きます(ゆえ)、成長もゆっくりなのです」

 そう教えてくれたのは水琴だ。


「そう、なんですね……」

 真桜は膳を下げる幼い姿の妖たちを見ながら、ぽかんとしたまま頷く。


「ここでは時の流れが一つに結ばれ、混じり合っているのです。空の移り変わりを見ていると一日が早く過ぎるように思えましょうが、実際には現世(うつしよ)よりもゆったりとした時が流れているのですよ」

 水琴の説明を聞いて、本当に自分は別世界にやってきたのだと驚くばかりだった。


「だとすると、現世は今も時間が経って……」

 真桜は、茶碗から薄く立ち上る湯気に不安げに視線を落とす。


「あの……その前に、よろしければ真桜様のお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

 水琴の言葉に、真桜はハッとした。


 自分が何者で、なぜ暁翔の花嫁となったのか、何も説明がないまま彼女は最上級のもてなしをしてくれていたのである。


「申し訳ありません。私は……」

 そうして真桜は、今まで白月家で起こった出来事を話して聞かせた。


「それは……お辛い思いをいたしましたね」

 事の顛末まで話すと、水琴は眉根を下げ、(ぬる)くなった茶を淹れ変えてくれる。


「真桜さま、かわいそう」

「ほんと、あの人間たち、きらいだった!」

「あたしたちにもっと力があったら、懲らしめてやったのに」

 三匹の妖たちは真桜の話を聞いて、頬を膨らませ、ぷりぷりと怒っていた。


「昔は互いに現世(あちら)幽世(こちら)を頻繁に行き来していた頃もあったのですよ。それがいつしか人間たちは妖を見ると現世から排除したり、無理やり使役したりして、その力をいいように利用し始めたのです」

 頷いた水琴は目を細め、少し遠くの方を見やる。


 それを言われると、耳が痛い。

 真桜が始めたことではないし、本当はしたくないと思っても、結局は結びの力を使って加担したことに変わりはない。


「本当に申し訳ありません。妖の皆さんにも家族がありますよね……」

 真桜は膝の上に置いた手をぎゅっと握り込み、俯いた。


「神や妖にも命はあります。けれど、想いが断ち切れない限り、何度でも蘇るのです。天渓谷(あまがたに)はそういう所です。人間が忘れても、我々が忘れない。そうして命は繰り返し、生まれていくのです」


 水琴の言葉を聞いているうちに、視界が歪んで熱いものが零れていく。

 後悔と懺悔と、安堵感で胸がいっぱいになった。


「真桜様、我らのために涙を流してくださり、ありがとうございます。そのお気持ちだけで充分でございますよ」

 固く握った手の上に水琴の柔らかな手が重ねられる。


 知らず知らずのうちに、幾筋の涙が頬を濡らしていた。


「真桜さま、泣かないで」

「優しいの、知っているよ」

「あたしは真桜さまのこと好きだよ」

 小さな妖たちが、真桜にむぎゅっと身を寄せてきた。みんなの温もりが胸に沁みる。


「うん……ごめん……ありがとう……」

 ひとしきり泣いたら、なんだか胸に溜まっていた靄のようなものが晴れてすっきりした。


「真桜さまのお母さまはどこに住んでいるの?」

 しろが首をかしげて尋ねてきた。


「引っ越していなければ、帝都の東にある川沿いの町にいると思う。ここに比べたら狭くて古い家だったけど、母は仕立て屋で働きながら、私を育ててくれて……貧しくとも幸せだったわ」

 どうしているだろうかと思い浮かべると、いつも脳裏に現れるのは引き離された時の泣くのを堪えたような無理な笑顔。


 幼い頃、真桜が間に入るとなぜか喧嘩や諍いが丸く収まることがあった。それはまったく意識していなかったが、結びの力によるものだと後で知ることになる。


 また、ある時は、町に現れた妖に襲われそうになった人を助けようと、無我夢中で手を伸ばしたら結界を繰り出していた。母は、むやみにその力を使ってはいけないと言ったが、結局は白月家の父の耳に入り、迎えが来てしまったのだ。


「何もわからない子どもの頃から真桜様を道具のように扱うとは、本当にその男は人間ですか?」

 水琴の目が冷ややかに光る。


鬼人(きじん)だったりしてー」

 くろが、むっと頬を膨らませた。


「鬼人?」

 真桜が首をひねると「妖はここで生まれる者以外に、人から成る者もいるのです」と水琴が教えてくれる。


「ですが、人間から妖へと変貌を遂げる者は深い後悔や強い怨嗟を持った者が多く、鬼人と呼んでいます。ただの鬼ではなく、凶暴で獣性(じゅうせい)が強い。我らとも意思の疎通は難しく、退治しても人から疎まれるだけなので、再び(ことわり)の輪に入ることはありません」


 つまり、それは生まれ変わることがないということなのだろう。今まで真桜が見てきた妖の中には、そういう恐ろしい妖はいなかったように思う。


「滅多に生まれることはございませんよ。その男もただの性根の腐った外道です。あとは社会的に堕ちて(しま)いです」

 笑顔の水琴の言葉をさらっと流したが、ひしひしと怒りの波動が伝わってくる気がする。


「妖にも、いろいろな存在がいるんですね……」

 真桜は苦笑いしながら、視線を落とした。


「ええ、妖も、人間も、命に宿る想いの形が違うだけ。真桜様の結びの力は、その架け橋になれるかもしれませんね」

 水琴は眉を開き、頷く。


「架け橋に……」

 どこかで断ち切れてしまった妖と人間の縁。もう一度結び直すことができるだろうか。


暁翔(あるじ)様の穢れは人間たちの怨嗟によるもの。真桜様が両者の架け橋となり、それを落としてくだされば、再び祝福(ことほぎ)の神になりましょう」

 水琴をはじめ、三匹の妖たちも目を輝かせて真桜を見つめてくる。


 これはとても責任重大だ――。

 けれど、暁翔に恩返ししたいのも事実。


「私、頑張ります!」

 そう言ってぐっと握りこぶしを胸の前に掲げてみたけれど、いい考えが浮かんだわけではない。


 まずは母の無事を確認しなければならない。


 その時、部屋の障子がすらりと開いた。


「戻ったぞ。待たせたか?」

 振り返ると、白い狩衣をまとった暁翔が、部屋の中に入ってくる。一瞬でその場の空気が変わり、温かく清らかな雰囲気が広がった。


 彼の背後に一瞬光が差したように見えて真桜の胸が高鳴る。


「おかえりなさい……」

 一日も経っていないはずなのに、暁翔の姿を見ただけで心が満たされていくような感じになるのはどうしてなのだろう。これが『半身』ということなのだろうか。


 この瞬間だけは、過去も未来も、何もかもが静まり返り、穏やかなひとときを感じることができた。


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